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鬼退治 【本物の出雲そば】




「はー、なんかお日様がまぶしいね」

「はは、そうだな」


 ホテルから出たところでつゆりが言った。


 確かに雲一つない空からは陽光が降り注いでいる。


 すぐにホテルの送迎車がやって来た。


「すいません、お願いします」

「お願いします」


 車に乗り込んでシートに収まる。すぐにつゆりがこてっと頭を肩に乗せて来た。


「何?」

「えへへ。朝からがんばっちゃったから」


 悪戯っぽく見上げながら、小さな声でつゆりが言った。


 確かにその通りだった。


 昨晩はシャワーも浴びずに寝てしまった。つゆりのマッサージがとても心地よくそのまま爆睡してしまったのだ。


 一方のつゆりも俺にマッサージをした後にそのまま添い寝で爆睡だったらしい。


 起きた時には昨日の身体の状態が嘘のようにすっきりとしていた。筋肉が悲鳴を上げて、関節が痛みをしきりに伝えて来ていたはずなのに、全く身体に問題がなかった。


 当然それはつゆりのマッサージのおかげであろうから、彼女には感謝しかない。


 気力体力が充実しているというか、満ち満ちて溢れそうな状態だった。


 先に目を覚ました俺の横ですやすやと眠るつゆりが愛おしくて愛おしくてたまらなかった。


 髪を撫で、さらに頬に触れるとつゆりが目を覚ました。


 俺が触れていることに気付いてふっと笑って「おはよ」と言ったところで我慢の限界だった。


「ごめんな、朝から」


 頭を乗せたつゆりにこちらも小さな声で言った。


「ううん。嬉しかったよ。上梨が元気になった証拠だし」

「しかし腹が減ったなあ」

「本当だよお」


 つゆりが口を尖らせて文句を言った。


「そこだけはちょっと上梨、減点ね」

「甘んじて受けましょう」


 指定された朝ごはんの時間に間に合わなかったので、結局部屋でしじみ汁だけお腹に入れて今に至っているのだ。


 須賀原さんと武田さんは早朝にホテルを出たらしい。銀之助さんとだけ会えて、文太さんと未散ちゃんもすでに駅から九州へと発ったと聞いた。


 その銀之助さんもホテルを引き払い、まだ何かこちらで動くのだと聞いたが詳細はあえて尋ねなかった。その表情から「鬼退治」のような深刻な案件ではないことも分かったから。


「ねえ、もう一回出雲そばの美味しいところにチャレンジしない?」


 つゆりが俺の腹がぐうと鳴ったことに気付いたのか言ってきた。


「ああ、確かに。つゆりには本物の出雲そばを味わってほしいな」

「ね、そうしよう」


 がばっと肩に乗せた頭を起こしてつゆりが笑顔で言った。


 もちろん異論などない。その笑顔が眩しくて自分の頬がゆるむのが分かった。


 お姫様の仰せの通りに。







「ね、上梨」

「む?」


 ここなら間違いないと言われている出雲そばが食べられるお店に来た。


 問題は、案内された席にすでに先客がいたことだった。


 テーブルを挟んで椅子が置いてあるのだが、その椅子に男女が座っていた。


「ひょっとして「見える」のか?」


 すぐに上梨が察して小声で確認して来た。私も小さく頷いた。


 珍しい。老夫婦だろうか。まるで注文した品が届くのを待っているかのように見える。


 まだ店内は混み合う時間ではないので、空席はあるが、他の席を希望する理由も特にないよねえ。


「拍手して平気な感じ?」

「うん。無害に見える」


 無害とは言え、そこに私達が座れば、身体が重なる状態になってしまう。あまり気持ちのいいものでもない。


 上梨が手を拍手の形に構えるが、その手をすっと下ろした。


「上梨?」

「ちょっと待って」


 上梨が椅子を引いた。そこにいる女性のそれは椅子が無くても座っている形をとっていた。


「よっと」


 どすんと勢いよく上梨が椅子に座った。


「あ」


 それだけで椅子に座っていた二人がぶわっと消えてしまった。


「何それ。すごすぎ」

「虫がいましたって、食べ物のお店で言いたくないだろ?」

「確かに」


 私は誰もいなくなった椅子に座った。


「なんだか朝から気力と体力が充実している感じなんだ」

「だから座るだけで出来るかもって?」

「ああ、出来たみたいだし」

「出来てました」


 笑顔で上梨に言った。体力が充実していることも、私は朝から身をもって体験している。


 予想するに「鬼退治」でチャクラを回したその余波だと思う。実を言えば、私も刺激を受けて、気力体力が充実しているのだ。そうでなければ朝から上梨の相手をして、無事でいられるはずがない。


「二人座ってたの?」


 注文を終えて、私に上梨が聞いてきた。


「うん、老夫婦が食事が運ばれてくるのを待っているみたいな感じ」

「ふーん。何の思い入れなんだろうな?食べ物?」

「食べ物でこっちに残るってことはあまりなくて、食べ物はあくまでファクターなことはあるかな」

「となると、例えば夫婦で最後にあそこでご飯を食べたかったなあとか?初めてのデートの場所だったとか?」

「うん、そんな感じ」


 上梨が難しい顔をする。


「追い払っちゃってよかったのかな?」

「ん?」

「何か思い入れがこの席にあったかもしれないんだろう?」

「うーん、分からないけど」


 ヒントになるものがないか店の中を見回してみるが、特にひっかかるものはない。


 上梨も私の動きに気付いてぐるりと店内を見回してくれている。


「分からないなあ」

「何だろうね」


 やがて注文した品が届く。


「あ、美味し」

「だろ?」


 今度の出雲そばはそば粉の風味もあって美味しかった。


「これが本物の出雲そばなのね」

「そう。色が黒くてしっかり「焼きぐるみ」で作ってる」

「本物食べられてよかった」


 そんな会話をしていたら店員のおばさんが話しかけて来た。まだ店内が混み合っていなかったから会話が聞こえてしまったようだ。


「偽物食べたの?」

「ええ、まあ、そうなんです」

「ここはちゃんと「焼きぐるみ」で作っていて良かったです」


 私の言葉におばさんが破顔した。


「手間も時間もかかるけどね、やっぱり本物の「出雲そば」を食べて欲しいし」

「こだわっているんですね」

「旦那がね」

「ここ、長いんですか?」


 上梨が聞いた。確かに年季は入った店だが、それほど古い感じでもない。古き伝統を守り続けた店と言うわけでもなさそうだ。


「いえ、旦那が開いた店ですよ」

「へえ。どこかで修業を?」


 上梨の言葉にほんの少し店員のおばさんの表情が曇ったのが分かった。


「ええ、まあ」


 急におばさんの言葉が歯切れ悪くなる。


「何かご苦労を?」


 私の中で出来るだけ優しい笑みを浮かべて聞く。


「元々旦那の実家が蕎麦屋でね。そこを飛び出して開いた店なのよ」

「あら」

「勘当同然でね。採算度外視で昔ながらの出雲そばだけを出す方針だったから、これでは先がないってぶつかって」


 確かにこの店は出雲そば以外にもいろいろな物を扱っているようだ。夜は居酒屋に変身する感じかもしれない。


「ご両親はすでに?」

「ええ、昨年亡くなりました。身内だけの葬儀だったんですが、うちのも頑なで店を休めないとか言って参列しなかったんです」

「そうなんですね。でもここは繁盛しているようですし、きっとご両親も喜んでおられるでしょうね」

「だといいのだけれど」


 そんな会話をしていると上梨がつんと私の手を突いた。


 何?


「ところで、あのメニューですが」


 上梨が壁に貼ってあるメニューを指差した。私もそれを見た。


「昔ながらの出雲そば?」

「ああ、あれは材料や製法にさらにこだわった昔の出雲そばを再現したものなのよ」

「それってご両親がこだわっていたものですよね?」

「そうねえ。旦那はいつか両親が食べに来てくれることがあれば、あれを食べさせたいって言ってたもので」


 ああ、何だか繋がった気がする。


 上梨も小さく頷いている。


「あれ、追加でください。二つ」

「え?大丈夫?」

「もちろん。俺達食いしん坊なので」

「分かったわ。少し時間が掛かるけれど?」

「待ちます」


 店員さんが去って行った。


「つゆり、呼び戻そう」

「え?」

「玉でそういうのあったろ?」

「あ、うん」


 上梨が言っているのは「招来」の石のことだ。場所や人にこだわりがあるものを呼び出すことが出来る石である。


「今のつゆりなら出来るだろ?」

「たぶん」

「力、貸すから」


 上梨が手を握って来る。


「この周辺にどれくらいいるのかによるけれど、こっちはたぶん少ないと思うから探せると思う。でも力は貸して」

「うん」


 私は袋から石を取り出す。他のお客さんは自分の目の前の料理に集中しているようだ。大丈夫かな。


「あまりたくさんじゃなくていいから」

「分かった」


 頷いた上梨の手からゆっくりと温かいものが流れ込んで来る。


 それを自分の気と混ぜるようにして、握った「招来」の石に流し込む。


 ふわっと周辺を認知する。雑多なもの、矮小なものは全部無視する。


「あ、つかまえた」


 さっきの老夫婦のものであろう気配のようなものを捕まえる。


「招来」


 いんっと石が鳴ったような音がする。


 周辺のお客がびっくりして顔を上げた。奥からさっきの店員さんも出てくる。


 もちろん私も上梨もとぼけたままだ。


 上梨に見えないだろうが、上梨にだぶっておじいさんが見える。私のもとにはおばあさんが「見える」はずだ。


「来た?」

「うん。気を付けて。上梨の力だと、はずみで追い払っちゃうかもだから」

「分かった」


 まずは残っている普通の出雲そばを食べる。老夫婦の様子に変化はない。上梨に重なって分かりにくいが、やはり待っているような様子だ。


 うん、分かってる。


 おじいさん、おばあさん。もう少しで息子さんが作った昔ながらの出雲そばが出てくるからね。


 色褪せたメニューを見ると、きっとあれを注文する人はめったにいないのだろう。なぜこの席に座るのかは分からないが、この席に座った人が昔ながらの出雲そばを注文することはなかったのだ。


「こちら、片付けますね」


 店員さんが食べ終わった出雲そばの器を片付けてくれた。


「お腹、どう?」

「ふふふ、全然平気。上梨も、だよね?」

「もちろん。朝から運動したし」


 あれは運動なのだろうか。


 本当に昔ながらの出雲そばが出てくるまでには時間が掛かった。


「ごめんなさいね。滅多に出ないもので、準備もいちからだから」

「いえ、大丈夫です。さっき普通のも食べたし」

「そう?もう少しお待ちくださいね」


 そして店も混みあってきた頃、ようやく昔ながらの出雲そばが出て来た。


「釜揚げそば?」

「ええ、このつゆはいわゆる蕎麦湯です。このかけ汁を好みに合わせてかけて食べて下さいね」

「これは、俺も初体験だ」

「釜揚げの食べ方も結構大社様の周辺では一般的ですよ」

「そうなんですね。勉強不足でした」


 そう言えば前に食べた店でもメニュー表のすみっこに釜揚げのタイプが載っていたように思う。


「ふわあ、風味すごいね」

「これ、今挽いたそば粉で打ったんじゃないか?」

「え、本当に?」


 時間が掛かったのはそのせい?


「かけ汁なしで、まずはいただくとするよ」


 上梨も思うところがあるのだろう。私もそれに倣う。


「風味はすごく分かるな。確かにかけ汁は欲しいと思うけれど」

「かけてみよう。まずはちょびっと」


 ほんの少しかけ汁をかけてそばを啜る。口から鼻に風味が抜けて、そこにかけ汁の少し甘い感じが加わってすごく美味しい。


「これは、すごいな」

「値段も高いだけあるね」


 さらにかけ汁を増やして食べるがやっぱり美味しい。かけ汁に負けないそばの風味がとてもいいと思う。少し硬いけれど、そばはあまり噛まずに食べるのが通らしいからいいのだろう、きっと。


「あ」

「ん?」


 そして私は気付いた。上梨に重なるおじいさんが嬉しそうに笑っている。


「ちょっと失礼」


 少し腰を浮かせて自分の席を見ると、おばあさんも幸せそうに笑みを浮かべていた。


「何?」

「笑ってる」

「そうか、よかった」


 上梨がにかっと笑って、おじいさんの笑みと重なった。


 するとおじいさんがすうっと消えて行って、上梨の笑顔だけが残った。


「行っちゃった」

「うん」

「嬉しそうだった」

「うん」


 なんだろう、なんだか泣きそう。


 あのね、上梨。


 今、二人が消える時にね。


 小さく「ありがとう」って聞こえたんだ。


 上梨にも聞かせてあげたかった。


「何、笑いながら泣いてんだ?」

「馬鹿上梨」


 私はそう言ってまた昔ながらの出雲そばに手を伸ばした。


 こんなに美味しく作ってくれてたよ。よかったね。





最後にいつもの感じのお話を入れさせていただきました。これで鬼退治編は終わりです。なかなか続きも書けませんが、好きになってくれた方々がいてくださって嬉しいです。「見えない」上梨君と、「見える」つゆりちゃんの話は、まだ続くと信じて、ひとまずこれにて失礼します。またいつか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後にほっこり良い話が。
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