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鬼退治 【須賀原と武田と文太と未散】




「先輩、喉の調子戻って良かったですね」

「ああ、本当だよ」


 隣に立つ武田に言った。朝はまだ少し枯れていたが、ホテルを出てここに来るまでに少しずつ回復してほぼ元の声の調子に戻っている。


 予定していた日程を越えて島根に滞在することになってしまった我々は、なるべく早く帰社するために、早い時間にホテルを出ていた。


 この時間だとタクシーも呼べないとのことで、ホテルの送迎車で駅まで送ってもらった。


 早朝の駅のホームは誰もお客がいない状態だ。


「あの、こんな言い方していいのか分かりませんが」

「何だい?」

「楽しかったです」


 にこりと武田が笑った。


「そうか。ずいぶんと危険だったんだけどね」

「でも楽しかったです。来て良かったです」


 そう言って武田が一歩近づいた。肩が触れる距離だ。


 なんと返すべきだろうか。


 一瞬逡巡しつつ、答えは決まっていた。


「武田、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 思い切って手を武田の肩に回した。


「ふえ?」

「武田のことが好きだ」

「ふわああああ」


 どんと突き飛ばされた。


 あ、あれ?


「あ、ご、ごめんなさいっ。嘘ですっ。今の間違いですっ」


 そう言って今度は武田が胸に飛び込んできた。


 何だ、何だ?


「私も先輩のこと、好きです」

「ああ、ありがとう。その、嬉しいよ」


 構内放送が入って二人ともびくっとなって離れた。


「えーっと、社長に何て言うかなあ」

「気付かれるでしょうね」


 そう言いつつ武田は笑顔だ。


 この笑顔が素敵なのだ。この笑顔をもっと見ていたい。出来ればこの笑顔を私に対して一番向けて欲しい。


 武田と行動を共にしているうちに、いつしかそう思っていた。


 私と行動を共にすると言うことは、危険な場所に行くこともあるということだ。武田を巻き込むことをよしとしない自分がいたのだが、今回の案件で、その壁を越えた気がする。


 彼女はその危険を承知で、私と行動を共にしたいと思ってくれている。


 交代しながらお互いに肩を揉んだ昨晩。


 いつの間にかお互いのことをいろいろと話していた。


 好きな食べ物、好きな音楽、好きな映画。


 武田はゴキブリはそれほど苦手ではないがなぜかカナブンが苦手だとか。


 目玉焼きは塩一択であるとか。


 恋愛映画よりもホラー映画だとか。


 ちょっと頼りない兄と、落ち着いている弟がいるとか。


 そしてうちの会社に入れたことをとても喜んでいることとか。


 そのまま二人の恋愛話に発展しなかったのは、二人が何となくその話題を避けていたのだろう。


 そして、武田と共に過ごす時間が心地よいと感じた。まだまだ話し足りないと思えた。


 ずいぶんと年季の入った風情の列車がホームに入って来る。


「さて、帰るか」

「帰りましょう」


 自然と手が伸び、その手を武田が握った。


 少し冷たく感じた手だが、すぐに心地よい何かが流れ込んでくるのを感じた。


 列車がギシと鳴って進み始めた。


 私と武田は他の客が近くに座るまで、ずっと手を繋いでいた。







「では、ここで」

「うむ。気を付けてな」

「そちらこそ、道中安全に」


 銀之助が笑って言った。


 駅まで彼の車で送ってもらい、ここからは私と未散は電車で九州に戻ることになっている。


 銀之助はここから別行動である。


「文太さん、急ぎましょう。電車来ちゃいます」

「そうか。分かった」


 未散に促されて駅のホームへと入ると、すぐに電車が入線して来た。


「大丈夫ですか?お疲れではありませんか?」


 席に座ると未散が心配そうに言ってきた。


「疲れているように見えるか?」

「ええ、少し」


 そうか。それはすまなかったな。


「大丈夫だ。普通にしている分には問題ない」

「分かりました。何かあればすぐに言ってくださいね」

「ああ、分かった」


 年寄扱いに内心もやっとするが、心から心配しての言葉だと分かっているので、それを飲み込んだ。


「未散は?どうだ?」

「全く問題ないです。ご飯もたくさん食べられたし」


 笑顔で未散が答えた。確かに今日も朝からもりもり食べていた。昨日のこともあったから、身体が栄養補給を欲しているのだろう。


「文太さん」

「何だ?」


 神妙な顔で未散が前を向いた。


「もう引退なんですか?」

「ああ、一線は退く。元々その予定だったしな」

「なんだか、私のせいですいません」

「未散が謝る話ではない。心技体が一致しなくなっていたからな。引き際だっただけの話だ」

「まだまだ出来る感じでしたけれど?」

「いや、今回は「巻雲」に助けられた。あれが届いていなかったら、お荷物以外の何物でもないよ」

「そんな。文太さんには経験もありますし」


 確かにそこは未散の言う通りだ。


「うむ。だからこそ後進に道を譲り、その経験を知恵として伝えていく立場に収まることになる」

「大老になるんですか?」

「いや、まだだろう。大老はまだまだかくしゃくとしておられるしな」

「確かにそうですね。「巻雲」に込められた気もまだまだ元気でしたし」

「はは、そうだな」


 「巻雲」に込められた気を元気と表現する未散に笑ってしまった。経験はまだまだだが、確かに見込みがある。桐島家は彼女を将来の柱としていくことになる予感がした。


「ひかりさんは元気にしているんですかねえ」

「何だ?連絡を取り合っているんだろう?」


 未散がスマホを取り出した。


「こんな写真が送られてきて以来、音信不通です」


 桐島ひかりは現在イギリスに滞在しているはずだ。


「城?ああ、チリンガム城か」


 有名な幽霊の出ると言われる城だ。それを背景にひかりが笑顔で映っていた。


「やらかしていなければいいのですが」

「はは、確かにな」


 未散が本を取り出した。見れば数学の問題集のようだ。


「すいません、課題を」

「ああ、気にするな。こっちは寝かせてもらうよ」

「はい」


 今回の「鬼退治」で大活躍をしたが、本来の姿は女子中学生だ。


 その姿に少しの安心を覚えて、私は瞼を閉じた。


 リズムよく刻まれる列車の揺れが心地よく、すぐに眠りに落ちた。


 夢の中で桐島ひかりがチリンガム城で大暴れしていた。




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