鬼退治 【最後のミーティング】
「終わり、ですか?」
須賀原さんがしわがれた声で言った。
「終わった、ようだな」
未散ちゃんを抱きかかえた文太さんが言った。
「終わったみたいだよ、つゆり」
抱きかかえたつゆりに言った。つゆりは俺の胸に顔を埋めている。
「つゆり?」
「あ、えっと、はい」
何してたんだ?顔が少し赤いぞ。
「あ、ごめん。汗びっしょりだったな」
「ううん。平気。って言うか上梨もがんばったね」
「ああ、そうだな」
そう答えつつ、つい視線は二つに切断された杖に行ってしまう。
「あー、杖、ダメになっちゃったね」
「ああ、預かりものだったから、叱られてしまうかもなあ」
「えー、大丈夫でしょ?変な使い方したわけじゃないし、相手も相手だったんだから」
「そうだな。事情を話して理解してもらうよ」
心の狭い方ではないが、代々加茂家に伝わっていた杖が真っ二つになってしまったと聞いたら落胆するのではないだろうか。
せっかく「鬼」を退治したのに、少しブルーな気分だった。
「亜世さん。これでたぶん怪異は収まります」
銀之助さんが亜世さんに言った。もう彼女の顔に怯えの色はなく、なんとなく気の抜けた顔をしていた。
「あの、彼は」
「はい?」
「もう彼は来てくれないのですね」
銀之助さんが須賀原さんを見ると、須賀原さんが頷いた。
「おそらくもう来ません」
「そうですか」
「彼があなたの元に現れたのは、心残りが強かったからです」
銀之助さんがいつになく優しい口調だ。
「あなたが「鬼」に襲われることを危惧して、旅立てなかったのです。だから、その危惧が解消された今、彼は旅立つはずです」
「そう、ですか」
亜世さんが涙を浮かべるが、その涙は零れることはなかった。
「ありがとうございました」
亜世さんは深々と、そう、深々と頭を下げてしばらくその頭を上げなかった。
◇
「あんな奥の手があったなんて知らなかったぞ」
「まあ、それぞれの流儀の奥の手は隠しておくのが常ですからね」
文太さんの言葉に須賀原さんが言った。
「いえ、そのー、奥の手というわけでもなくて」
「何?」
「あれが奥の手じゃなくて何なんですか?」
男性二人の圧が強くて思わず上梨の腕を掴んでしまった。
「えっと、普段は俺とつゆりなので、あの石が必要ないんですよ」
「む?なるほど」
「そう言えばそうですね」
上梨の言葉に二人が納得してくれた。
「すごかったです、あれ。「連華」でしたよね?」
「そうだよ」
未散ちゃんが聞いてきた。実を言うと彼女にどんな影響が出るかも考えずに強行してしまったことに、今更ながらにびびっているのでした。
でも元気そうでよかった。
「どんな感じなんだ?」
文太さんが未散ちゃんに聞いた。
「えーっとですねえ」
未散ちゃんの顔が少し赤くなった。
ああ、分かるわあ。ちょっと恥ずかしい感じなんだよね、変な声出しちゃうから。
「たぶん、私が上梨にされているのと同じ感覚だと思うんです」
「ほう。で、どんな?」
やっぱり聞きたいわよねえ。
「少しの時は染みてくる感じです。お風呂に入ってじわーっとあったまるみたいな」
「ふむ。多い時は?」
「えっとですねえ。お腹の奥にぐうって力が溜まる感じですかねえ」
まさか変な声が出ちゃう感覚を詳しく語るわけにはいかない。近い感覚を表現できたと思うんだけどなあ。
「同じか?」
文太さんの問いに未散ちゃんも頷いてくれた。
「それにしても2体目の「鬼」が出てくるとは思いませんでした」
上梨がさりげなく話題を変えてくれた。ありがとう、上梨。
「確かにな。しかし考えてみればあり得る話だ。なあ、須賀原」
「そうですね。神楽があちこちで中止されたわけですから、活性化したのがあの「黒鬼」だけのはずが無いですね」
ん?
ちょっと待って。
それは分かっていたことだけど。
「あのー」
何かだ聞くのが怖い気もする。
「それって、全国のあちこちで「鬼」が出てくるってことですか?」
「ありえるな。ただし「鬼」とは限らないだろう」
「そうですね。正式な意味のある神楽が抑え込んでいるものは「鬼」とは限らないですから」
「何が出るんですか?」
「さてね。世の魑魅魍魎がこぞって活性化している可能性すらあるからね」
うわあ。大変なことになるんじゃなかろうか。
「そう考えると、うちの未散が今回一皮むけたことは大きいな」
「むけました?」
未散ちゃんが文太さんに聞き返した。
「私、まだ「斬魔一刀」使えませんけれど」
「誰も一人前になったとは言っていないぞ」
「そうでした」
もう十分すごいと思うけれど、桐島家の中ではまだ一人前ではないのかあ。
「私達も、まだまだ、だよね?」
「ん?そうだなあ」
上梨に元気がない原因は分かっている。真っ二つにされた杖だ。
「いやあ、二人セットならば、御大も超えるんじゃないかなあ。どうです?文太さん」
「まだだろう。だが可能性は大いに感じるな」
須賀原さんと文太さんに褒められて素直に嬉しい。
「それに、そっちの武田」
「え?ふぁいっ?」
武田さんすっかり油断していたわね。
「須賀原とずっとコンビを組むのか?」
「は?いえ、全然そう言うことじゃなくて、今回はたまたまご一緒させてもらっただけで」
「何だと?そうなのか?須賀原」
「あれ、言ってませんでしたか。彼女は普通の会社員ですよ」
「もったいない。あのおりん効果はあなどれないぞ、須賀原」
「ええ、分かっています。今回の影の功労者は彼女だってことですよね」
「その通りだ」
「ええー。そんなことないですよお」
思い切り手をぶんぶん振る武田さんだけど、私も二人に同意するなあ。
「須賀原さんをサポートする役としてとっても役立ったと思うよ、私も」
「はあ、そうなんですか。まあ、よかったです」
「ちょっと須賀原さん、もっと武田さんのこと認めてあげないとっ」
「え?認めてるぞ」
「もっとですっ」
「あ、ああ。分かったよ。武田、ありがとう。本当に助かった」
うーん、上梨もそうだけど、須賀原さんも女性の気持ちに鈍感なところがあるのではなかろうか。上梨はずいぶんマシになったと思うけど、以前は心を込めたハート型のチョコを真っ二つに割った前科がある。
「あー、後で部屋で肩でも揉んであげてください」
「え?肩を?肩凝ってるのか?」
「あ、いえ。あの、その、少し凝ってます」
私がきっと須賀原さんを睨むと、察してくれたようだ。そうそう。二人の関係はまだまだみたいだけど、スキンシップは大事だもんね。
「さあ、そろそろお開きにしましょう」
銀之助さんが言って、最後のミーティングが終わった。
部屋に戻ると上梨がいきなり肩を抱いて来た。
「つゆりも肩、凝ってる?」
「上梨こそ、凝ってるでしょ?」
「実は体中筋肉痛でバッキバキなんだよね」
「え?本気で?」
確かに「鬼」のやり合ったのだ。身体にも相当な負担がかかったのは間違いない。
「え、ちょっと、寝て、寝て」
「おう」
うつぶせにした上梨の腰の上に乗って、まずは背中の筋肉をぐっと押してみる。
「うわあ、効くう」
上梨が呻いた。
やだ、本当にすごいことになってるみたい。
「本気でやるね。寝てもいいから」
「いやあ、寝てられないでしょ?」
「今日は我慢して。本気だよ」
「分かりました。つゆり様にマッサージしてもらえるならば何でも言うことを聞きます」
「よろしい」
私は少しだけ気を流し込みながらダメージを受けた上梨の筋肉を解きほぐした。
いつしか上梨は寝息を立て始めたが、それでも全身くまなくマッサージしてあげた。
本気でやったので私もうっすらと汗をかいてしまった。シャワーを浴びたいけれど、疲れが押し寄せて瞼が落ちそうだった。
私は寝ている上梨の横に寝転んだ。
もう何回も見た彼の寝顔にやすらぎを覚えて、私もゆっくりと目を閉じた。




