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鬼退治 【鬼退治】




「準備万端、かな?」

「うん、大丈夫だと思う」


 上梨の言葉に安心する。


「笹も場所でこんなに違うんだね」

「そうだな」


 昨日使った笹は一晩で使い物にならなくなった。すっかりしなびて水分も抜けてしまっていたそれは、同時に笹の力を使いつくしたと言うことだ。


 今夜の笹は銀之助さんがある神社の中に生えているものを分けて頂いて来たと聞いたけれど、はっきり言って昨日の笹よりも「強い」笹であると思う。


「神社の敷地に生えているだけでいろいろな影響を受けるってことなんだろうな」


 上梨の言葉に頷く。


 すでに部屋には全員が勢ぞろいしている。


「あの、みなさん。本当にありがとうございます。こんなことになるなんて思っていませんでしたが」


 依頼主である亜世さんが頭を下げた。彼女の座るベッドは笹に囲まれ、さらにその身にはお守りの類がたくさん付けられている。


 彼女の表情にみんなの視線が集まる。それを全て受け止めて、彼女は薄く笑った。


「これも運命なのかもしれません。結果がどうあろうとみなさんには感謝しかありません」


 ふんと文太さんが鼻息を吐いた。


「亜世さん。運命だと全てをあきらめてはいけない」

「そうそう、運命は勇者に微笑むって言うでしょ」


 銀之助さんが乗っかった。


「目の前にある困難が運命だとしても、その運命は行動で変えられる」


 須賀原さんも続いた。私は思わず上梨を見た。上梨が俺?という表情をする。


「えっと。運命の大きな要素のひとつに人との出会いがあると思っています、俺は」


 ぐるりと部屋の中を上梨が見渡す。


「ここにこうしてこれだけの人間が集ったこと。亜世さんのために力を尽くそうとする者が、これだけいるんです」


 思わずうんうんと頷いた。


「あなたのために集まったこの出会いも運命だとしたら、亜世さん、あなたは強運なのかもしれません」


 にかっと亜世さんに向かって上梨が笑った。かっこいいんだけれど、その笑顔が他の女性に向けられてしまうことに少し胸が痛むのは仕方ないことよね。


「本当にありがとうございます」


 深々と亜世さんが頭を下げた。


「須賀原、光明真言しっかり言えるようになったか?」


 文太さんが話題を変えた。


「苦労しましたよ。本気でやったことが無かったので。でもご満足いただけるレベルにはなったと思います」


 横で武田さんがうんうんと頷いている。きっと昨日からたくさん練習していたのだろう。


「上梨君、杖の捌き。大丈夫だな?」

「自信があるとは言えませんが、出来ます、と言いたいですね」

「十分だ。酒々井さんは?」


 私にも話が来た。


「体調は万全です。石も準備出来ています」

「頼むぞ、二人とも」


 文太さんが上梨と私を交互に見た。二人で頷いた。タイミングばっちり合っているのが嬉しい。


「未散」

「はい、「青龍」を使いこなせるというレベルには達したと思います」


 これは文太さんは分かっていることのはずだ。それでも聞いたのは私達に聞かせるためだろう。


「武田さん」

「え?はいっ」


 文太さんは武田さんにも話を振った。


「あなたの略拝詞には力がある。そして何よりおりんの拍子がいい」

「ありがとうございます」


 確かにその通りだと思う。須賀原さんのお経にうまく乗せていたことで、お経の力がぐっと増していた。今日の光明真言でも乗せられるといいなと思う。


 ただし光明真言は日本語ではないので難しいかもしれない。昨日から須賀原さんが練習しているのに付き合っていたから、大丈夫だと思いたい。


「よし、ではみんな頼むぞ。そろそろだ」


 文太さんの一言でぎゅっと場の空気が引き締まった。


「がんばろうな。つゆり」

「うん」


 きっと上梨と一緒なら「鬼」退治、出来るよね。




 お香の立ち込める中、須賀原さんがゆっくりと光明真言を唱え始めた。


 異国の言葉が部屋を巡り、武田さんのおりんが鳴るとさらに部屋に静謐さが満ちる。


 これだけのレベルになると、元カレが入ってくることが出来なくなるんじゃないかと思ったけれど、入って来た。


 この人の思念は相当のものだったのだろうか。しかも今回はその身体がキラキラと光すら帯びている。


 すでに「開眼」してある上梨にも見えている。


「光ってるな」

「不思議だね」


 そして元カレは、今日は「あよ」と言わなかった。


 元カレは亜世さんをじっと見つめ微笑んだ。


 そして部屋から出て行かずにその場でふうっと消えて行ってしまった。


 ああ。


 もう元カレは現れないんだなと分かった。


 亜世さんにもそれが分かったのか、消えて行く彼に精一杯の笑顔を向けていた。今にも泣きだしそうな笑顔だったけれど。


「来るぞ」


 上梨が杖を構えて言った。未散ちゃんも真剣、斬魔刀「青龍」を構えた。


 上梨の身体からは気がゆらゆらと立ち昇り、未散ちゃんの手の「青龍」が青い光を帯びて光った。


 私もお腹に力を入れて石に力を流し込んだ。


 ずるり。


 窓から黒い影が入って来る。


「浄間」


 部屋全体が一瞬光り、黒い影から細かい黒い粒子が剥がれ落ちる。


 「鬼」の本体がぼんやりと見える。


「いいいいいぃいいいいい」


 「鬼」の声が部屋に響く。その口から放たれた声は、黒い粒子を伴い、吐き出された粒子が部屋に広がろうとする。


 須賀原さんの光明真言のトーンが一段上がる。そこに武田さんの略拝詞も加わり、おりんが鳴らされる。


 吐き出された粒子が消えて行く。


「いぃいいいい」

 

 それでも「鬼」が声を出し続ける。


「魔を祓う一刀是成」


 未散ちゃんが「青龍」をゆっくりと持ち上げた。


「光明の太刀」


 振った「青龍」から青い光が放たれて「鬼」に向かった。


「いいぃい」


 「鬼」が手に持っていた黒い斧を構えてその光を受けた。


 ばしんと音がして斧が揺れた。


「しっ」


 上梨が大きく踏み込んで杖を突き出す。かろうじてという感じで「鬼」がその杖を斧で叩く。


 そこへ未散ちゃんが「青龍」を振った。


 「光明の太刀」の連撃だった。すごい。もう「青龍」を使いこなしていると言っていいと思う。


 放たれた光は「鬼」が斧を持つ腕に命中する。


「ひいああああああああああ」


 「鬼」が叫び声を上げた。ぶわっと身に纏う瘴気が増す。


 須賀原さんの光明真言がそれをかき消す勢いで部屋に響く。


 上梨が不動明王の面を下ろした。その瞬間に上梨の身体から立ち昇る光がぶわっとその勢いを増した。


 そして、だんっとこのタイミングで踏み込んだ。ぶんっと空気を裂く音がして、彼の振った杖が綺麗な光の帯を引いて「鬼」の側頭部に命中した。


 どん。


 衝撃に部屋が揺れたと思った。


 「鬼」の纏っていた黒い瘴気が消し飛ぶ。


 初めて顔が見えた。


 それは憤怒。


「いいいいひいいいいいっ」


 どこかの鬼瓦で見たような、怒りに満ちた表情をしていた。片目は潰れているようにも見える。


「未散っ」

「はい」


 文太さんの言葉に未散ちゃんは驚くくらい冷静に返事をした。


 「青龍」がまばゆいくらいの光を放っている。


「つゆり、ここだ」


 上梨が杖を脇に挟んで私の後ろに立った。掴まれた腕から力が流れ込んでくる。


「あふ」


 思わず喘いでしまうが気にしている場合ではない。そのまま私は石に力を流し込んだ。


 手の中で石が光を放ち始める。


「渾身の一刀、魔を伏し断つ」


 私の石の光に負けないくらい光る「青龍」を未散ちゃんが再び構えた。


「伏魔両断」


 縦に放たれた青い光は「鬼」の身体を二つに断つように「鬼」の身体を抜けた。


「ひ」


 「鬼」の叫びが消え、そして動きが止まった。


 上梨がものすごい勢いで気を流し込んで来る。不動明王の面の効果だとしてもこれじゃ溢れちゃう。


 でも私のお腹の底から何かがぐるぐるとらせんを描いて立ち昇り、私の身体に満ちる。私はそれに快感すら感じながら思い切り石に流し込んだ。


 こんなに流し込んで平気なのかとちらりと思うが、長年酒々井家で使われてきたこの石を信じることにする。


「すごい」


 銀之助さんの呟きをきっかけにしたかのように、私は石の力を解放した。


「破魔」


 視界が真っ白になる。


 身体が脱力して崩れ落ちそうになるのを上梨が支えてくれていることは分かった。


「おお」


 「鬼」がいたところには黒い枝みたいなものが立っていた。


 ふらふらと揺れるそれに文太さんが木刀を手に近づく。


「文太さん?」

「残りかすだ」


 木刀で黒い枝のようなものを文太さんが払うと、枝はその場で粉々に崩れそして宙に消えて行った。


「やった、のか?」

「そうだな」


 ひび割れている須賀原さんの言葉に文太さんが頷いた。


「やったな、つゆり」

「うん。っと」


 上梨の言葉に振り向いたらまだ不動明王の面を付けていたので、驚いてしまった。


「石は?」

「うん、大丈夫」


 よかった。石に異常はなかった。あんなに流し込んだのは初めてだったけれど、石のポテンシャルはそれを受け入れて、なお余裕があったようだ。


「終わったのですね?」


 亜世さんの言葉に頷こうとしてびっくりした。彼女周りの笹は全て枯れてしなびている。貼った札は黒ずみ、用意した形代もくしゃくしゃになっている。そして彼女が手にしているのは首から下げていた勾玉が割れたものだ。


 よくぞ無事だったなと安堵する。


「ええ、「鬼」は消え」


 突然ぐいっと上梨に腕を引かれた。


 何をと言おうとして異常に気付いた。消えたはずの「鬼」の気配。


 それが亜世さんの背後の壁から伝わって来たのだ。


「亜世さんっ」


 すばやく反応した文太さんが亜世さんの手を引いてベッドから引き離した。


 ずぶりと壁を突き抜けて、黒い塊が瘴気をまき散らしながら部屋に入って来た。


「2体目だと」


 須賀原さんのひび割れた言葉が部屋に響いた。





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