鬼退治 【桐島家大老】
桐島家の当主様です。
「大老」
「何だね?」
鹿児島の桐島家、大老と呼ばれた老人は筆の手を置いた。
「島根の案件、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、とは?」
脇に置いてあるポットから急須にお湯を注ぎながら聞いた。
「斬魔刀を伝授したばかりの未散を派遣したまではよしとしても、その導き手たるべき文太は木刀「夕雲」を破砕されたとか」
「そのようだね」
「あの「夕雲」を破砕するほどの相手。未散はまだ斬魔刀を使いこなせておらぬとなれば、一度引き戻すのが良策かと」
「ふむ」
急須から湯呑にお茶を入れて、相手にも差し出す。
「まあ、飲もうか」
湯気を立てるお茶をゆっくりと飲んで大老は相手を見据えた。
「可愛い子には旅をさせよと言うではないか」
「場所によります。旅先が危険であればその旅を止めるのも保護者の役目かと」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすとも言うぞ」
「登って来られぬ谷であれば困ります」
彼もまた桐野未散の才を分かっての言葉なのだ。その才をここで散らすことになってはならないと思っているのだろう。
「親の甘茶が毒になる」
「むう。しかしっ」
「老い木は曲がらぬとはよく言ったものよ」
さすがに相手が黙った。今の言葉は未散に対しての意味と、自分自身に対しての言葉の両方が込められていることに気付いているからだ。
「須賀原からの依頼だとは知っているな?」
「はい」
「彼も進境著しいと聞く」
「確かに」
「桐島家との共同での案件も多々ある。その繋がりは大事にしたいところよ。その須賀原が助けを求めて来たのだ」
「しかし桐島家の新星を危険にさらすこととは」
「まあ、待て。今、そこに別の二人が加わっている。それは知らないであろう?」
「どこの誰です?加茂家ですか?」
「違う、酒々井家だ」
「え?御大が?引退されたと聞きましたが。あ、いや引退同然とか」
「御大ではない」
「は?」
「その孫娘、酒々井家の後継者だ」
「なんと」
酒々井の名が出た時点で伸びた背筋がさらにしゃんとした。彼も以前の案件で桐島ひかりとともにその酒々井の孫娘が活躍したことを知っているからだ。
「例の、恋人とともに、ですか?」
「そうだ。上梨と言う」
「そうですか。そうなのですね」
さすがに察しがいいな。桐島家の重鎮を務めているだけのことはある。
「きっと未散の気も回っていることでしょうな」
「その通りだ。その才を認められ、若くにして斬魔刀を授けられることになったが、まだまだ力の使い方は未熟よ。そこへ例の上梨という男」
「まさにうってつけと」
「まあ、そこまでこちらの都合のみで案件を扱っているわけではないがな」
さすがに彼も今、未散が相対しているものが「鬼」であることは知らない。
長い桐島家の歴史の中で、実は「鬼」を退治した記録が2件ある。この件は大老になったものにしか閲覧が許されない記録の中にあったものだ。
1件は呪術的な手法で自らを「鬼」と化した強力な呪術師を倒した話。こちらは当時の桐島家が総力をもって倒したとされている。歴史としては大正の話である。
破魔刀を持つ者が3名死に、付き人も5名死亡とある。そして斬魔刀を持つ者が1名死亡。負傷者やのちに引退を余儀なくされた者も多数だとあった。この後、しばし桐島家は活動の縮小を余儀なくされた。
もう1件は江戸時代にまで記録がさかのぼる。江戸幕府転覆を企む大名が陰陽師を雇い、古の「鬼」を呼び出したとされるものだ。この時、実に1000人を超える領民が贄として捧げられたという。
この「鬼」の討伐は幕府からの上意を受けて、全国から陰陽師や退魔師など、様々な者が集められた。その中に我が桐島家も入っていた。斬魔刀を持つ4名が全て赴き、江戸は大火に包まれながらもなんとかこれを滅したと言う。
そんな規格外の「鬼」に比べれば、今回の「鬼」は御しやすいと思われるが、それでも「鬼」は「鬼」だ。
文太に届けた木刀「巻雲」には、気をたっぷりと込めておいたので、これで文太も少しは役に立てるはずだ。人格的にも彼が私の後の大老候補である。
未散も大事だが、文太にも無事に戻って欲しいものだ。
クライマックス前のフレーバーな感じですね。




