鬼退治 【形代】
須賀原さん視点、桐島未散ちゃん視点と変わります。
「これです」
「お、これは人形か」
翌日になって満面の笑みで銀之助君が部屋に荷物を持って来た。
「ええ、加茂さんからです」
「来たがっていたんだって?」
「そうですねえ。来たがっていたと言うか、とても心配なさっていましたね」
「それはやはり相手が「鬼」だから?」
「まあ、それもあるんですが、加茂さんは上梨君のことを気に掛けていましたね」
「なるほど」
弟子入りみたいなことをしたから思い入れがあるのだろう。
「この紙の人形って?」
武田が手元を覗き込んで聞いてきた。
「これは人形と書いてひとがたと読む。代理の形と書いて形代とも言うね」
「代理ってことは身代わりですか?」
「察しがいいね。そうだよ。呪いに使うようなものは」
「藁人形とか?」
「その通り。で、これは厄災を代わりに引き受けてくれるとされる特別な紙で作られたものだよ。神道では大祓という儀式をするけど、その時にも使うね」
「これを亜世さんの身代わりにするんですね?」
「いや」
武田に向かって首を振った。
「どちらかと言うと私達だな」
「ああ、だからこんなに入っているんですね」
渡した人形をしげしげと武田が見つめる。
「四角い紙を切っただけの単純な形なのに、そんな効果があるんですね。もっとなんか人間に似せなくていいのですか?」
「そう言うものもあるよ。もちろん。流し雛などでね。しかし我々のやり方で言うとシンプルなこういうものの方が使い勝手がいいから」
「確かにかさばりませんしね」
「そうだ、生年月日を聞かなくちゃ」
銀之助君がさっとペーパーを差し出して来た。
「調べてくれたのか。ありがとう」
「いえ」
「君の名前もあるけど?」
銀之助君の名前もあった。
「今夜は参加させてもらいます」
「へえ、どういう風の吹き回しだい?」
「酒々井さんの「開眼」。やってもおうと思っていまして」
「それはいいけど。危険な相手だよ」
「そうですね。しかし今夜が決戦、そうですよね?」
「ああ、そうなるだろうね」
「不測の事態に備えて」
「ありがたい申し出だけど」
銀之助君の調査、調整の能力は疑うべくもないが、現場となると未知数だ。そもそも少ししか「見えない」彼は場数も踏んでいないだろう。
「ダメですか?」
「いや、ダメということはないよ。リスクを分かっているならいい」
「ありがとうございます。不測の事態にも備えますが、やはり桐島未散の力、しっかり見極めておきたいので」
ああ、なるほど。そう言う意味合いが強いのか。
「今後のために、ということか」
「ええ、どうも彼女の実力、歴代の中でも相当なものであるらしいので。まあ、単独での仕事の相手がいきなり「鬼」と言うのは彼女のこの先の運命を物語っているような気もしますがね」
「波乱万丈で間違いない、かな」
「そうかもしれません。ただ懸念も」
「ほう」
銀之助君が懸念があると言いつつも語らない。桐島家としてあえて語る必要はないと言うことか。
「なんとなくですが」
武田がぽつりと言った。
「相棒、でしょうか」
正解だったようで銀之助君が少し苦い表情になる。
「文太さんは引退か。付き人の数ってどうなんだい?」
「桐島家の内情ですから」
銀之助君はそう言って指を立てて唇に当てた。
「まあ、そう言う時点で事情は察せられるけれどね」
「あー」
がっくりと銀之助君が肩を落とした。
「外の風を入れようって話もしているんですがねえ。お歴々がなかなか首を縦に振らなくて」
「なるほどね」
彼の言葉に、自分の実家を思い出して深々と頷いた。
「なんか先輩、実感こもってましたね」
銀之助君が引き上げてから、武田が言った。
「ああ、まあね」
「会社ですか?ご実家ですか?」
「実家の方だね。会社はあんな社長だから」
「そうですか。でもあまりご縁が無いのですよね?」
「はは、そうだね。こっちから避けてるって感じだけど」
「あまり込み入ったことを聞かない方がいいですか?」
「うーん。まあ別に秘密にしたいわけでもないけど、追々でいいかな?武田とは長い付き合いになりそうだし」
「ふえ」
あ、別にそう言う意味で言ったんじゃないのだが。
武田が赤くなってしまったが、洗面所に逃げないだけよかった。変にここで否定するのもよくないだろう。それは、自分の中にそう言う意味が入っていてもいいかと言う思いがあったからだ。
◇
「文太さん、無理をしないでください」
「別に何をするでもない。同席するだけだ」
文太さんが今夜の現場に行くと言い出して、私と銀之助さんはそれを止めていた。
「私が未熟なのを心配してくださるのはありがたいですが、危険です」
「まだ完全に回復していない状態で、「鬼」に相対するのは避けた方がいいのでは?」
「少しは気も巡るようになった。夜までにはさらに回しておける」
文太さんの言葉に私と銀之助さんは顔を見合わせた。
一応、言っていることは正しい。
「それに勾玉、形代、いろいろな物が揃っているではないか」
「それはあくまで補助的なものですから」
「そもそも「夕雲」はあんなことになっていますし」
文太さんが使っていた「夕雲」は「鬼」に相対した時に砕け散ってしまっている。
「銀之助」
「はい?」
「手配したのだろう?」
手配?何のことだろう?
「文太さん」
「いいから、持ってこい」
銀之助さんが首を振りながらため息をついた。
「持ってこい」
「分かりましたよ」
銀之助さんが部屋を出て、少しして戻って来た。手には長い袋。それを見てピンと来た。
「なんだ、「羽黒」ではないのか?」
「あのねえ、文太さん。「羽黒」は破魔刀ですよ。真剣なんてそう簡単に送れませんよ」
袋から銀之助さんが木刀を取り出す。文太さんが手を伸ばすが、ひょいと銀之助さんが引いた。
「約束してください。立ち会うだけ。こいつを使うとしても身を守るときだけです」
「分かっている」
「桐島家の名にかけてください」
「ぬ」
私やひかりさん世代ではそんなに重さの実感のない言葉であるが、文太さんのように年配の方にはこの言葉はとっても重みがあるみたい。
「かけてくれないのならば渡しません」
「分かった。桐島家の名にかけよう」
「では」
文太さんに銀之助さんが木刀を渡した。文太さんが木刀をこするようにして眺める。
「これは、「巻雲」か」
「ええ、相性もよいかと思いまして」
「気が利くな。だが、これは」
「まあまあ、そこはいいじゃないですか。くれぐれも壊さないでくださいね。傷も出来れば無しで」
木刀は「巻雲」だった。確か「夕雲」と同じ木から作られた木刀の中の一つだ。そして「巻雲」は記憶が確かならば、桐島家の大老と呼ばれる方が普段使いしている木刀だったはずだ。
そんな「巻雲」を送ってもらえるとは思えない。一体どんな手段を使ったのやら。
「大老の気が練り込まれているぞ」
「でしょうね。そう頼んでおきましたから」
ああ、やっぱり大老の木刀だった。
「これを持たせてなお、自衛のためのみに使えと?」
「大老は文太さんを後継者だと思っているみたいですよ」
「何?まだ早い…、とは言えないか、もう」
「そうですよ。今回だって花道みたいなものだったのでしょう?」
「まあな」
そう言って文太さんは私を見つめた。
「もう立派な花道になったと言いたいところだが、「鬼」退治を無事に終えてから、だな」
「えーっと。ご期待に沿えるようにがんばります」
自分の言葉が合っているのか甚だ自信がないなあ。
クライマックスまであと少しという感じです。




