鬼退治 【目一鬼伝説】
「では、調査して分かったことをお話します」
依頼人である忍立亜世さんには仕事帰りにホテルに来てもらった。
文太さんがまだベッドにいるので、この部屋に全員に集まってもらった。
「この方達は今回の応援に来てもらった酒々井さんと上梨さんです」
「よろしくお願いします」
「はい」
「よろしくお願いします」
二人と初対面の亜世さんに紹介する。すでに桐島文太さんには酒々井さんと上梨君は紹介してある。
ちなみに文太さんは酒々井さんを「清流のような女性」と、そして上梨君を「まるで神木」と表現した。二人ともどう返していいのか分からない顔をしていた。それはそうだろう。
だけど、俺も何となく文太さんの表現を理解は出来た。
「亜世さんにとっては聞かされて辛いことがあるかもしれませんと事前に言ってあります。それでも亜世さんは聞きたいとおっしゃってこうしてみんなと一緒に話を聞いてもらうことになりました」
「はい、お願いします」
そう言って健気に頭を下げた。横には武田さんが立って彼女の腕を掴んで支えるようにしてくれている。ありがたい気づかいだった。
「まず単刀直入に、やはりあれは「鬼」でした」
「やはり?」
「はい、確信がもてないので話していませんでしたが、もしかしたらと思っていました」
「言えよ」
文太さんが言うが、それには曖昧に笑って返した。先入観を与えることはこの仕事ではとてもよくないことである。思い込みで祓おうとして失敗したこともある。被害者だと思っていたら、加害者だったこともあるし。
「全国各地に鬼の伝説は残っています」
これには亜世さん以外は皆頷いた。
「鬼の由来には諸説ありますが、それはここでは割愛しましょう」
上梨君と酒々井さんが視線を交わした。酒々井家に頼る際にはすでに「鬼」の可能性を伝えていた。きっと御大からレクチャーを受けたのだろう。
「島根県にも鬼伝説があります。その中の一つは日本最古の文献で確認できる鬼です」
「そうなんだ」
酒々井さんの言葉に頷いた。
「一つ目の鬼です。目が一つの鬼と書いて、目一鬼と言います」
「一つ目は片目を失明する技術者が多かったことに由来すると言いますよね?」
今度は上梨君が言った。やはりよく勉強して来たらしい。
「金属加工に従事した技術者は鋳造する炎を見つめることで失明する者が多かったんです。金属加工を出来る技術者は異能の持ち主であると思われて、人々から畏怖の対象として見られていた時代があったようです」
「それとは違うわけですね?」
俺は小さく頷いて話を続けた。
「ある家族が畑を耕作していた時に、目一鬼に遭遇しました。両親は竹藪に隠れることが出来ましたが、息子は鬼に食われました」
いきなり食われる話だが、これは伝説だから仕方ない。
「その息子は食われながら両親の隠れた竹藪が揺れていることに気付きました。つまり彼は両親が自分を見捨てていることが分かったのです」
酒々井さんが上梨君の腕を掴むのが見えた。
「しかし彼はその竹藪に向かって、恨み言を言わずに「あよ」と言いました」
亜世さんがはっとする。
「あよ。それは昔の言葉で、動けと言う意味です。つまり彼は自分が食われている間に、両親に向かってそこから動いて逃げろ、と言ったのです」
武田さんが亜世さんの腕をしっかりと掴んでくれている。
「亜世さんの元カレが、霊になって彼女に呼びかけていたのは、名前ではなく、「あよ」つまり動いて逃げろと言っていたのです」
「むう」
文太さんが唸った。
「待て、銀之助。単純に彼女の名前の「亜世」と呼んでいた可能性もあるだろう?」
「ありますが」
「が?」
ここからが本題のようなものだ。
「亜世さん。彼氏だった益方さんがあなたとの結婚をあきらめた、本当の理由をお話します」
「本当の理由?」
「そうです」
俺は頷いた。
「須賀原さんが益方さんの仕事場、これは亜世さんの仕事場でもありますが、そこで話を聞いてきてくれました。そこで葬儀の際に「鬼が出た」と言っていた人がいるという情報を手にしました」
須賀原さんと武田さんが頷いた。
「まず、益方さんの家は代々、神楽に参加する家系でした」
「神楽に?」
「そうです。あちこちに神楽の習慣は残っていますが、ここ島根にも残っています」
「石見銀山とか?」
「そうです」
俺は酒々井さんの言葉に頷いた。
「益方さんの家系は毎年神楽を奉納することをしていました。それが先だっての感染症の流行で、中止になりました。これはここに限らず全国各地で起きたことです」
人の集まるお祭りもずいぶん中止になったが、神楽も例外ではなかった。
「最近の神楽は祭りや伝統芸能の意味合いが強くなっていますが、中には本当に神に捧げる意味のあるものもあるのです」
「それが益方家の神楽だったと?」
「そうです」
「しかしそれがなぜ離縁の理由になる?」
文太さんが言った。
「家柄です」
「家柄?」
「これは亜世さんの家系、押立家に関わることでもあります」
「え?」
やはり彼女は知らないことだったか。もしかすると彼女の父親も知らないかもしれない。
「魔のものを抑え込むために、神楽は捧げられました。そして時に人々は、そこに人身御供を用意しました」
「人柱?」
「人身供儀か」
「生贄ってことだね」
解説がいっぱい入った。
「その人身御供の家系が、実は押立家なのです」
「そんな」
武田さんがぎゅっと亜世さんの肩を抱いてくれている。いくら覚悟を決めていたと言っても、こんな話だとは思っていなかっただろう。
「つまり、元カレの益方は魔を封じるために神楽を踊る家系で、元カノの押立はそのために贄にされる家系だったと?」
「そうです。益方さんも最初はそんなことは知らなかったそうです。ただ彼が亜世さんの存在を父親に伝えたところ、その事実を知らされました。これを父親から聞き出すのには苦労しました」
本音だ。幸いに存命だった祖父が桐島家のことを知っていて、諭してくれたのだ。
「彼は亜世さんと結婚すれば、不幸なことが起きるかもしれないと親族に諭されました。もちろん昨今、人身御供なんて行われないのですが、その家系同士が一つになることで、何かが起きるかもしれないと危惧されたのです」
「贄を使う側と贄の側。確かにそうかもしれないな」
「えー」
文太さんが頷いたが、それに酒々井さんが食いついた。
「そんなの関係ない。二人が好き合っているなら関係ない」
「つゆり」
上梨君が酒々井さんの肩を掴んだ。それで酒々井さんは鼻息をふんと出して言葉を収めた。
「そこで彼は鬼伝説についても話を聞きました。ちなみに先ほどの「あよ」から雲南市には「阿用」の地名が残っています。そしてこの伝説は「阿用郷の鬼」の伝説と呼ばれています」
「つまり彼は言霊として彼女に「あよ」と伝えている線が出てくるわけだな」
「そうです。ただ名前を呼ぶために出て来たとは考えにくくありませんか?」
「確かに」
同意してくれたのは須賀原さんと文太さんだ。
「恨み持ちでもなく、自分が死んでいることも分かっているのに、名前を呼ぶだけなんておかしい。彼は亜世さんに逃げて欲しいと思って「あよ」と呼び掛けているのだろう」
亜世さんが涙を零し、武田さんがティッシュを差し出しているが、無視して話を進めさせてもらおう。
「神楽が中止になったせいで封じられていた鬼が力を増し、この世に現れたのだと思われます」
「それは彼が知ったと?」
「そこまでは分かりません。偶然なのか、それとも彼が調べたのか。しかし彼がその鬼に食われたことは事実でしょう。立ち向かおうとしたのか、それとも彼女を守るとしたのか。それも分かりません」
恐らく後者である。そして前者に繋がると俺は思っている。
「彼女を守ろうとしたのではないでしょうか?」
上梨君がポツリと言った。
「鬼が出現したとなれば、通常の神楽では抑えきれません。たぶんですけれど」
上梨君は亜世さんを見つめている。
「神楽はあくまで抑え込むために毎年行われる神事にすぎません。実際に出現したとなれば、違う手法が必要です。それがおそらく」
酒々井さんが上梨君の腕をぎゅっとするのが見えた。
「贄」
とうとう亜世さんが嗚咽を漏らし始めた。
「益方家にどれだけその手法についての知識が残っているのかは疑問ですが、もしかしたら出現した鬼を退治するために、贄を、つまり亜世さんを必要とし、実際に使おうとする可能性があると予想したのでしょう」
「そんなのって」
「思い切りイリーガルだけどね。古い家柄って結構現代社会にそぐわない慣習に縛られているところが多いから」
「彼ももしかしたらって考えたのね」
酒々井さんまで涙を零し始めた。
「彼女を守るために鬼と対峙した彼は、結局敵わず鬼に食われた。しかし彼女を守りたいと言う一心は、彼の姿をこの世に残し、彼女に「あよ」と話しかけているわけか」
文太さんがまとめてくれた。
「と言うことは我々が対峙しているのはその目一鬼だと言うのか?」
俺は須賀原さんの言葉に首を振った。
「恐らく違います。古の伝説にはありますが、目一鬼の封じ役として益方家が任じられていたとは思えません」
「となると?」
「益方家の神楽の時に鬼役が持つ武器があります」
「武器?金棒か?」
「いえ、斧です」
「斧?」
さすがにこれは全員が知識がないか。
「鬼は種別で違う武器を持つとされています。赤鬼は貪欲を現し金棒を。青鬼は悪意を現しさすまたを。黄色、または白の鬼は後悔を現しのこぎりを。緑鬼は倦怠を現しなぎなたを。そして斧を持つのは黒鬼、疑心の現す鬼です」
誤字報告、評価、ありがとうございます。




