鬼退治 【合流】
「文太さん、無茶しましたねえ」
桐島銀之助は手に包帯を巻いた桐島文太へと言った。宿泊しているホテルの一室。桐島文太はベッドに寝たままである。
「仕方あるまい」
それに対して淡々と桐島文太は言葉を返した。
「それにしても「夕雲」、がんばってくれましたね」
「ああ、そうだな」
粉々に砕け散った菅原文太の使っていた木刀は、その身を砕くことで桐島文太を守ったのかもしれない。もしそのままの圧を桐島文太が食らっていたら、こうして話が出来る状態ではなかったかもしれないのだ。
「助けは、呼べそうか」
「はい、来てくれることになりました」
すでに「困った時は酒々井に頼れ」を実行に移した。桐島家として引き受けた案件だが、経験不足の桐島未散とそして今、付き人の桐島文太はその役目を果たして力を発揮できる状況ではない。
いや、もしかするとこれで桐島文太は引退となるかもしれない。元々引退をほのめかしていたところに桐島未散が斬魔刀を受け継ぐことになって、もう一度付き人を引き受けたのだ。
「で、調べまわっていた成果はあったんだろうな?」
「もう少しですね。でもいろいろと見えてきました。これ、結構根深い話ですね」
「やはりそうか。あれは明らかに霊でも呪いでもない」
「ええ。こんな状況で申し訳ないですが、今日も調べものをしに出ます」
「そうか」
桐島未散のメンタルが心配だが、真相を突き止めることでこの案件の解決に近づくのは間違いない。
「恐らく未散の「秋月」も厳しい状態のはずだ」
「斬魔刀、「青龍」、まだ使いこなせませんか?」
「未散のポテンシャルならば使えるはずだ。ただ相手がよくなかったな。未散が「青龍」の力を引き出したとしても祓えるかどうか」
「あきらめますか?」
ピンと空気が張り詰めた。
「銀之助。本気ではあるまいな」
「いえ、本気ですよ。引き受けた仕事とは言え、自分たちが死んでは意味がありません。我々の力を必要とする人は大勢いて、そしてこれからもたくさんの人を助けることになるでしょう」
「桐島家の」
「家のメンツなんて、俺はどうでもいいんです」
予想通りの桐島文太の言葉を遮った。
「依頼人には申し訳ないと思います。しかし桐島家の力があれば全部を解決出来るなんて、ただの傲慢です」
「言うようになったな、銀之助」
「前から思っていたけれど、口に出す機会がなかっただけですよ」
ふうと桐島文太がため息をついて天井を見た。
「確かに私が付き人としての役目を果たして、未散を守ったもの、それと同じような思いからだ」
「ですよね。文太さんが身を挺して彼女を守ったのに、彼女が死んでは意味がありませんから」
「どうだろう?依頼人を桐島家に連れ帰るというのは?」
確かに桐島家ならばあの部屋の何倍も防御を固めることが出来る。だが…。
「それ、ご法度ですよね?」
桐島家の禁じ手の一つである。依頼人を連れ帰ることは断じてしてはならないとされているのだ。その理由は様々だが、確かに桐島家そのものを揺るがす可能性があるから禁じ手になっていることも納得できる。
「確かにそうだな」
また桐島文太がため息をついた。年齢の割に活力に満ちていた彼が、なんだか年相応に老けてしまった気がする。
「酒々井の孫とその彼、期待していいのだな?」
「そう思います。あのコンビはすごいですから」
「ならば、せめてその二人を待とうか」
「文太さんはしっかり静養してください。未散の傍にいるだけでも力になるはずですから」
「分かったよ。今日一日は大人しく休んでいるつもりだ」
「お願いします」
話を終えて部屋を出ると部屋の前に3人が待っていた。
「どうです?」
須賀原さんが聞いて来る。
「今日は一日大人しくしてもらいます。話も出来て、手の傷以外は問題ないかと」
「そうか」
須賀原さんは頷くが、きっと彼も分かっているだろう。桐島文太の出番はほぼ終わったと言うことが。
「あの、私」
「あ、いいから。今はゆっくり寝かせてあげて」
「は、はい」
思い詰めた表情の未散がうなだれた。
「須賀原さん、彼女をお願いしていいですか?」
「ああ、もちろん」
「俺、まだ調査することがあるので」
「何か分かったんだね?」
「だいぶ見えてきました」
「そうか、期待している」
この状態の未散を桐島家の者以外に任せるのは不本意だが、須賀原さんならば信頼できる。それだけに今日の調査で真相に辿り着きたいところだった。
歴史や風習が調査の邪魔をしてくるが、少々強引にでも事実を暴かなければ。俺の存在意義はそこにあるのだから。
「ではお願いします」
不安げな未散を置いて、俺はエレベーターへと向かった。
◇
調査を終えて、駅へと向かった。いよいよ酒々井さんと上梨君が来てくれたのだ。
ギリギリのタイミングに合わせて、調査も一応の手ごたえを感じられる状況になっていてよかった。
二人の姿を見つけて手を振ると、上梨君が気付いてくれた。
「お久しぶりです」
「いやあ、すまないね。取り敢えず乗って」
「はい、失礼します」
レンタカーに乗り込んでシートベルトを締めた。運転を始めると上梨君が言った。
「状況を運転しながら話せますか?」
「どこまで聞いてる?」
ちらっと後ろを振り返って聞いた。幸いこの時間、車の通りは少ない。
「鬼退治という話しか」
「そうなの?」
「ええ、現地で聞けと言われました」
「相変わらずなんだねえ」
思わず笑ってしまった。多分に俺も同じような傾向があるが、それは御大の性格に影響を受けているのかもしれない。
「銀之助さん、安全運転で」
指摘されて気付いた。
「あ、ああ。すまない。ちょっとこの車のアクセルもブレーキも固くてさあ」
少し事実で残りは言い訳だ。ぶっちゃけ急いで彼らを合流させたくて仕方ないのだ。
「あ」
突然酒々井さんが言った。
「む?」
「何でもない」
「ひょっとして「見えた」?」
「うん」
どうも酒々井さんに何かが「見えた」ようだ。俺も多少は見えるが、今回は何も気づかなかった。
さあ、どこから話そうか。
「最初は普通の霊障の依頼かと思ったんだ」
そう切り出した。ハンドルを握る手に力が入った。
やっとリアル時間に主人公たちが到着しました。長かった。ここからは一気に畳みかける予定です。たぶん。




