鬼退治 【桐野文太の懸念】
桐野家の付き人。引退目前の桐野文太さんです。
「確かに何もないところだな」
「ええ、休耕地、それ以上でもそれ以下でもない場所だと思います」
私の言葉に須賀原が答えた。
霊もいなければ、魔の物の残滓も感じない。しかしだ。
「野犬とは考えられないな」
「え?そうなんですか?」
「住処にしている様子もないし、獣道のようなものもない。犬が往来していたとは思えない」
そして私は近くの草むらに近づいた。
「これだ」
「それは?あ、ハーブですか?」
「そうだ。恐らく休耕地になる前に育てられていたものが自生するようになったのだろう」
そこにはハーブが結構な広さで自生していた。
「犬はハーブの香りが強いところには基本的に近づかない」
「確かに」
「では、何が?」
桐島未散が聞いてきた。
まつり、ひかりという近年では突出した才を生み出した桐島家で、その二人を凌ぐかもしれないと評価されている少女である。
しっかりとまとめられ後ろで結んだ髪が揺れている。
「一番可能性が高いのは?」
才はあっても経験が足りていない。ひかりの強い推薦で斬魔刀を持たせることになったが、それには反対意見も慎重意見も少なくない。
だからこそ私が付き人として派遣されたのだと理解している。
「犬以外で、ですよね」
「無論だ」
もうここに用はない。歩きながら答えた。
「となるとあの亜世さんのところ来た黒い塊でしょうか」
「今のところそれしかない」
「元カレはあの黒い塊に食われたと?」
「他に考える要素が無い以上、そう考えるしかない」
この意味が分かるだろうか。
未散の足が止まった。
「つまりあの黒い塊は人を食う力を持っている、ということですね」
うむ。合格だ。私は深々と頷いた。
「呪いの類と思うのが定番だが、どうも話を聞くと違う気もする」
「そうですね。私の浅い経験ですが、やはり単純な呪いとは思えません」
「須賀原も同じ見解のようだが」
視線を須賀原に向けると、彼も頷いた。
「うちの未散と違って須賀原は経験豊富だが、感触としては何だ?あるいは何に近い?」
須賀原も足を止めて沈思黙考した。
「霊でもない、そして呪いでもないとすると」
須賀原の唇が歪んだ。
「人外。私は出会っていませんが、外法様のようなものかと」
「なるほど」
唇が歪んだ理由が分かった。つまりそれはとても私達では対応できかねるという意味にもなるからだ。
「未散では力不足だな」
「申し訳ありません」
「斬魔刀「青龍」を使いこなせるならともかく、「秋月」を使い続けているようではな」
未散が顔を赤くして俯いた。
こういうところも慎重派がもっていた懸念であったな。
「しかし木刀である「秋月」が震えるということは、それだけ未散との相性がいいと言うことだ。そこは認めよう」
「ありがとうございます」
未散が顔を上げたので、再び全員で歩き出す。
「ひかりが推薦したように未散の潜在能力は大きなものだと思う」
「はあ」
この自信のなさも指摘されていたが、ひかりが自信なんて経験して付けさせればいいと言っていた。この若さで「斬魔刀」を持たされる重責も、口には出さねど未散の心の負担になっているはずだ。
そのために私がいる。経験を積ませながら自信を持たせなければならない。その初回にしては相手が悪すぎる気がするが。
「未散の「秋月」は、お前と幼少期から苦楽を共にしてきた。そのため普通の木刀以上に未散とシンクロしてしまったのだと思う」
「分かります」
「その結果、今、未散が「青龍」に切り替えるのを躊躇う理由に「秋月」がなってしまっている」
「ごめんなさい」
まるで泣きそうな顔で未散が謝った。
「謝ることではない。相棒を切り替えるのは勇気がいることだ。それはまつりやひかりも同じだった」
「そうなんですね」
「特にひかりはそれまでに使っていたのが「破魔刀」だったからなおのことだったな」
「ひかりさんは「斬魔刀」の前に「破魔刀」を使っていたんですね」
「そうだ。「最上」と言う。ひかりはその「最上」を見事に使いこなしていてね。まるで「斬魔刀」のごとく力を引き出していた」
だからこそひかりは「最上」にこだわった。「斬魔刀」はいらないとさえ言った。
「そして未散」
「はい」
「お前はその「秋月」で「伏魔両断」を放ったそうだな」
「ええ、まあ、一応って感じですけれど」
「それはすごいことだ。恐らく桐島家の歴史でも数名いるかどうかだと思う」
「え?」
「少なくとも近代になってはいない。口伝で出来たとされている者がいるだけだ」
「はあ」
自分の才能を自覚させることも付き人の役目であるが、こう幼いと難しいものだな。
「さて、須賀原」
「はい、何でしょう?」
「酒々井さんの孫娘、どうなのだ?」
「つゆりちゃん?潜在能力はすごいと思うよ」
「御大と比べてもか?」
「そりゃあ、比べる相手が悪いですよ。しかしまだつゆりちゃんは若いですから」
「ふむ」
「困ったら酒々井を頼れ」。これは桐野家でも脈々と伝わる金言となっている。他流との協力は厭わないが、それでも厳しい目を向けることが多い桐野家でこれは異例なことでもある。
「彼氏のことは?上梨君」
「彼氏?」
須賀原が笑った。彼氏と言うと酒々井の孫娘の彼氏のことか?
「その彼がまたすごいんですよ」
「聞いていないな」
ちらっと未散を見ると、うんうんと頷いている。
「きっと驚きますよ、文太さんでも」
「カップルで動いているのか?」
「ええ。しかも上梨君は「見えない」んですよ」
「何?」
どういうことだ?
文太と名付けたので、当然あの方を思い浮かべながら書いています。




