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鬼退治 【必死の防衛】




『お久しぶりです、須賀原さん』


 電話の相手は九州の桐野家でエージェントをしている桐野銀之助君である。


「突然すまないね。ぶしつけだが、九州の女傑の身は空いてるかい?」


 昨晩の怪異を解決するために、九州の女傑である桐野ひかりさんを頼ることにした。


『すいません、ひかりさんは今ダメですね』


 心に落胆が広がる。


「そうか、すまなかった。他を当たる」

『須賀原さん』

「はい?」

『やばいやつですか?』


 しまった。落胆が声に出てしまったようだ。


「うーん、たぶんね」


 たぶんではなく間違いなくやばい相手と思うが。


「ちょっと得体が知れなくて」

『須賀原さんでも、ですか?』

「はは、まあね。でも何とかするよ」


 そんな言い方をされるほど、強いわけでもないことは自分がよく分かっている。


『ひかりさんはダメですが、未散ちゃんならいます』

「ああ、彼女が?ひかりさんの付き人は?」


 未散ちゃんは以前に何度かひかりさんの付き人としてともに行動したことがある。素質はひかりさん以上かもしれないと、ひかりさん本人が話していた少女だ。まだ中学生だったはずだが。


『今回は別の者が』

「そうなんだ」


 素質溢れる若者だとしても、まだ付き人をしていたわけだから、今回の件に巻き込むのは気が引ける。


『実は未散ちゃんは斬魔刀を伝授されました』

「え?まだ中学生じゃないか」


 思わず声が大きくなってしまった。


『それだけの逸材ってことです。どうです?』

「しかしなあ、まだ中学生だからなあ」

『そこは何とかするのが桐野家ですが』


 銀之助君は私の言葉を学業のことだと受け取ったようだ。こちらとしてはこうした怪異に中学生を巻き込むことを言っていたのだが。


 何しろ後輩の武田を巻き込むことにも躊躇している私だから。


「せっかくの話だけど、とりあえずこっちで何とかしてみるよ。もしもの時はまた連絡するから」

『分かりました。遠慮なくどうぞ』


 電話を切って話を聞いていた武田を見る。


「ダメだったんですね」

「ああ、別の仕事を請け負っている最中のようだね」

「未散ちゃんではダメなんですか?」


 話の流れで分かっていたようだ。桐野未散ちゃんと武田は面識がある。


「うん、彼女は中学生だからね」

「巻き込みたくないと?」

「そうだなあ」

「私のこともそう思っていますよね、先輩?」


 ぐっと覗き込まれるように顔が近づいて、ドキッとする。


「そうだな。ぶっちゃけ思っているよ」

「そりゃ私もこんな世界があるなんてと戸惑ってはいますがね」

「そうだろう。それにこうして危険なこともある」

「ええ、分かっています。それでも私は知らなかった世界を知れてよかったと思っています」

「ふうん」


 武田があきれたような顔になる。


「須賀原先輩っ」

「お、おう」

「私はまだまだ頼りないし、役に立たない小娘ですが」


 そんなことは無いと思うが。


「こんな役立たずでも出来ることがあるはずです。それをしっかりやらせてください」

「あ、ああ」

「私は先輩の役に立ちたいんです」


 真剣な表情だ。


「先輩の役に立つことはつまり、誰かを助けることなんですよね」

「そうだな」


 武田、いいやつだなあ。改めてその真剣な眼差しを受け止めながら思った。






「空振りか」


 次の日の晩は元カレも現れず、あの激烈な怪異も起きなかった。


 それを聞いた両親はとても喜んだが、まだ祓えたわけではないとしっかりと告げた。


「準備していたのに、残念でした」

「いや、こちらとしてはありがたい。体調も戻ったしな」


 持ち込んだ分で出来る最大級の準備をしていたが、それでもあの強烈なものを祓える自信はなかった。


「ああ、でもあっちも力を溜めている可能性がありますね」


 武田がさらっと恐ろしいことを言った。もちろん私もその可能性には気付いていた。


 先日追い払えたのは出会い頭だったから。


 あんなものが簡単に彼女をあきらめるとは思えない。


 となれば今回の空振りは次への準備と言えるかもしれないのだ。


 そしてこの予想は的中することになってしまったのである。






「祓え給え、清め給え、かんながら守り給え、さきわえ給え」


 武田が略拝詞を唱えながらおりんを鳴らした。


 私はお経を唱えながら必死に腹に力を込めた。


 今回も最初は元カレが現れた。そして彼女の名前を呼んだと思ったら消えた。


 次に訪れたのがこの怪異だ。


 3倍に増やした盛塩は全て黒ずみ、線香も増やして部屋が煙っているくらいなのにその煙がどんどん消えていく。たくさん並べたその線香もすでに半分は火が消えてしまっていた。


 手持ちの分を全て使った札ももう半分が黒くなってしまった。


「祓え給え、清め給え、神ながら守り給え、幸え給え」


 大したものだ。この状況で内心は動揺しているはずなのに、きちんと言いつけ通りに略拝詞を平坦なイントネーションで唱えている。


 しかも彼女が略拝詞を唱え、おりんを鳴らすたびに圧がふっと弱まるのだ。


 もしかしたら、彼女の潜在能力はすごいのではないだろうか。こうした状況でチャクラが回転している可能性がある。


「がほっ」


 喉に痛みが走った。いくら武田に才能があったとしてもあの酒々井の跡継ぎが連れていた男とは比べるべくもない。


 今度の相手には、焼け石に水なのは明らかだった。


 そして今の私の全力でも、この怪異を祓うどころか、この部屋に入れないことさえ覚束ないことも。


「がはっ。げほっ」

「先輩っ」


 圧が消えた時に残っていた札はわずか3枚。


 ギリギリだった。


「先ぱ、須賀原さん、口から血が」


 武田がハンカチを差し出すが、血で汚すのは忍びない。私は自分のハンカチを使って口を拭いた。喉が切れたのかもしれない。


 夢中で気が付かなかったが、鉄の味が口の中に広がっていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 さすがに血を見て亜世さんが心配そうに言った。


「ええ」


 声が枯れていた。そして話そうとすると喉が痛い。


 ぐいっと武田の肩を引っ張る。


「え?」

「伝達してくれ」


 耳元で息を使って囁いた。これだと喉の痛みはだいぶ楽だ。


 武田がうんうんと顔を少し赤らめながら頷いた。


「声が出にくいですが、大丈夫です。ただしちょっと今回の相手はやっかいなので、応援を呼びます。費用とかは必要ありません。こちらで負担します」


 必要経費は社長に出してもらう約束になっている。その代わり話せる範囲で今回ことを飲みの席で話すことになっている。


 武田が伝達すると亜世さんが頷いた。


「今夜は大丈夫なはずですから、ゆっくり休んでください。寝られないようならご両親の泊っているホテルへ行っても構いません」

「いえ、大丈夫です」


 健気に彼女は頷いた。その視線は今では立てられているフォトスタンドへ向いていた。




主人公たち、まだですねえ。すいません。

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