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鬼退治 【略拝詞】

須賀原さん視点が続きます。




「すまないが、桐野未散ちゃん、派遣してもらえるかな?」


 こちらで何とかすると言っていたが、結局ダメだった。






 会社の社長と付き合いのある別の会社の社長の奥さんが島根県出身で、その奥さんの実家で怪異が起きている。そう社長が聞いて私にお鉢が回って来たのだ。


 自分も行きたかったと愚痴る社長を置いて、俺は部下の武田と島根県へと出張に出た。


 社長権限で、会社の仕事として島根県行きとなったのは、「出雲めのう」を手に入れて欲しいと言う海外からの依頼が来ていたことも理由の一つだ。


 実際はすでに社長が取引をまとめていたのだが、直接出向いてご挨拶をして来いとのことだったのだ。


 武田とともに相手方へご挨拶を済ませ、いろいろなお話も伺い、サンプル品もいくつか頂いた。


 その後二人で石見福光へと向かった。


 社長の話では最初は家で物音がするようになり、やがて家具が勝手に動き、とうとう屋根の瓦が落ちたと言う。


「霊障ですか?」


 ハンドルを握る武田が聞いて来る。


「分からないね。行ってみないと」


 話だけなら霊障に思えるが、最悪呪いの可能性もある。また、まれに狂言というケースもあるのだ。


「話を聞いた範囲では?」

「霊障だね」

「それ以外の可能性ってあるんですか?こういう現象が起きていて?」

「呪いだね」

「あ、そうでした」


 前を向いたまま武田が舌をペロッと出した。


「他にも狂言というケースもあるね」

「狂言ですか?何のために?」

「千葉に加茂と言う一族がいる」

「あ、前に少し話が出ましたね。人形の時でしたよね?」

「そう。その加茂」


 人形騒動の時からこの武田とは距離がぐっと近づいた。社長とともに飲みに連れ出されることが多いが、二人だけでの飲み会もすでに数えるのをやめたほどある。


 それでいて何の進展もないのは、やはり武田をどこまで巻き込んでいいのかという思いと、未だに立ちきれない女性への思いがあるのだと思う。


「彼は動画配信者に騙されて呼ばれたことがある」

「暴いてみる、みたいな?」

「その通り」


 武田の勘がいいところも気に入っている。もしかしたら彼女は私からの言葉を待っているのかもしれないと思う時もあるが、私は踏ん切りをつけられないでいる。


「でも結局その時は何もない公園だと思っていたところに「見えた」んだよ」

「あらあら」

「その時の動画配信者が今では弟子入りしているんだから世の中分からないよね」

「あはは、何ですかその落ち」


 屈託なく武田が笑う。この笑顔にもうずいぶん励まされていると思う。


「でも私もすっかり須賀原さんの弟子みたいなものですよね?」

「そうかなあ?お経とか唱えないし」

「それは私はお坊さんじゃありませんしねえ」

「いやいや、言霊の話はしたじゃないか」


 もうすでに社長を交えてこっちの世界の話は結構武田にも話している。


「でもお経ですからねえ」

「出だしだけでもいいから覚えるといいんだけどなあ。身を守る意味でも」

「須賀原さんが教えてくれるなら覚えてもいいかなあ」


 武田は「見える」のだが、特になんの鍛錬もしてきていないので、ぶっちゃけ祓う力はほとんどない。加茂さん仕込みの札などを渡すことはあるが、基本的には私のアシスタント的な立ち位置である。


「短いのとなると、そうだなあ」


 「布留部ふるべ 由良由良止ゆらゆらと 布留部ふるべ」の祝詞もあるが、さすがに強過ぎる。


「じゃあ、シンプルに略拝詞りゃくはいしかなあ」

「略拝詞ですか?」

「神前で唱える祝詞を短くしたものだよ」

「須賀原さんが、いいんですか、神前の祝詞とか扱って?」

「専売はお経だからね。使うのは武田」


 別に真の威力を発揮させようとせずに言霊としての力を頼るだけならば、誰が言ったっていいのだ。略拝詞を使ったくらいで、仏罰が下るほど了見が狭くは無いはずだ。


「では、教えてください」

「うん。簡単だよ。「祓え給え、清め給え、かんながら守り給え、さきわえ給え」だよ」

「すいません。もう一度お願いします」


 俺はくすりと笑いながらもう一度略拝詞を唱えた。


「かんながらって言うのは?」

「かんは神の字を書いてかんと読む」

「神主のかんですね」

「そう」

「えっと、さきわえって言うのは?」


 きちんと言葉の意味を分かろうとする武田の好感度がまた上がる。


「幸福の幸に「う」の送り仮名をつけて、「さきわう」と言うんだ。幸福にあうとか、豊かに栄えるって意味だよ」

「そんな使い方があるんですね」

「覚えた?」

「いえ、もう一回お願いします」


 もう一度、彼女に略拝詞を聞かせる。


「その、抑揚のない言い方はわざとですか?」

「いいところに気付いたね。実はわざとだよ。祝詞は言葉の意味を考えつつも、抑揚をつけずに唱えるのが効果的とされているんだ」

「へえ。面白いですね」


 その後すっかり略拝詞をマスターした武田はなぜか上機嫌であった。





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