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死んだのは誰だ

病院出て来ません。すいません。




挿絵(By みてみん)


「加茂さんってさ」

「おじいちゃんね」

「ああ、おじいちゃんって早くに亡くなったんだっけ?」


 つゆりにアイスバーを渡しながら聞いた。最近つゆりが気に入っているスイカの形を模したアイスバーだ。


「うん、私が生まれる前。なんで?」

「いや、加茂さんって祓うのにお札使うって言ってたじゃん」

「うん、らしいね。でも私は当然見たことありません」

「だよね。えーっと依り代とかで人形も使っただろ」

「うん、言ってたね」


 シャクシャクとアイスバーを齧るつゆりが幸せそうだ。


「あんな風に道具とか物?そういうのって使えるのかな?」

「何?どういうこと?」

「ほら、例えばさ、水晶玉とか塩とかお守りとか」

「水晶玉って占いじゃないの?」

「でもテレビで、霊媒師とか言うのが使ってたぜ。水晶玉覗き込んで、見えますって」

「あー。霊媒師はともかく、パワーストーンって言葉があるくらいだから。そもそも私が使うのも石だし」


 あっという間につゆりはアイスバーを食べ終えて、棒を噛んでいる。


「つゆりの石って何の石なの?」

瑪瑙めのうって言ってたよ」

「瑪瑙もパワーストーンなのかな?」

「さあ?石なんて誰かがパワーストーンって言えばパワーストーンでしょ?」


 自分の使う石にこの無関心。思わず苦笑してしまった。


「じゃあ、塩は?」

「お葬式の帰りの清めの塩と盛り塩とか?」

「それそれ」

「塩は効果あると思うな。おばあちゃんもあんまり集まってくるときには盛り塩してたもん」

「へえ、そうなんだ。お守りは?」


 俺もアイスバーを食べ終えて、つゆりの口から棒を取ってゴミ箱に入れた。


「お守りは当然効果あるでしょー。なきゃ困るじゃない」

「まあ、それもそうか。でも守るだけで祓うまではいかないよな」

「うん、それはたぶんそうだと思うな」


 そう言えば初詣に一緒に行った時にも、俺と一緒にお守り買ってたもんな。


「今日はバイト無いんだよね?」

「うん、明日、試合だから」

「そうか、じゃあ精のつくものを食べないとな」

「期待してまーす」


 俺はお辞儀するつゆりに笑いながらキッチンへ立った。







「相談だって?」

「何の相談?」

「さあ?」


 スマホに入った連絡は、例のイベントを開催した彼からだった。


「まあ、つゆりは試合だから、俺は彼の相談に乗るよ」

「応援に来てくれないのー?」

「いつも行こうとすると断るくせに」

「そうでした」


 ぺろっと舌を出すつゆりが可愛い。キスをして先につゆりを送り出した。


 スマホで連絡を確認すると午前にもすぐ相談したいとのことだった。イベントならもう参加しないぞ。





「あ、上梨。こっちこっち」


 学食で俺を呼ぶ彼の横には女性が座っていた。あの子は前に救急隊員に齧られた子じゃないか。


「上梨君、おはよ」

「ああ、おはよう。何?二人は付き合ってんの?」

「そんなんじゃないですっ」


 力説する彼女に対して、彼は少しショックを受けているようだ。ふむ、片思いかね。


「で、相談ってのは?」


 彼が周囲を見回して声を潜めた。こういう話し方をする時ってだいたいろくな話じゃない。


「実はさ」


 彼女の妹のことだった。


 彼女の妹の様子がおかしいというのだ。


「すまん。ちょっと待って。その彼女の妹さんが調子が悪いとして、その相談をどうして俺に?」


 二人が顔を見合わせる。


「この前のイベントの時さ。彼女が倒れただろう?」

「ああ」


 好意があるのなら、お前が病院に連れて行けばよかったのに。


「あの時さ、上梨、お祓いみたいなのしたろ?」


 おっと。これは予想外だった。


「なんだそれ?」


 一応とぼけるとしよう。


「あの時部屋にいたやつからさ、聞いたんだよ。そしたらお前がなんかしたんじゃないかって」


 うーん。どうしよう。


「それにさ、上梨、キャンプの肝試しの時にも急にぱんってやったろ?」


 さすがに逃げ道がないかな。


「ああ、したな」

「あれって、お祓いの一種だろ。俺、調べたんだ」

「で、お祓いだったら?妹さんの病気は治せないよ」


 彼女が意を決したように口を開いた。


「妹は、呪われています」







「呪われてる?本当に?」

「最初は俺も勘違いだと思ったんだけどさ」


 つゆりは今日の試合が勝利に終わってご機嫌だった。


「妹さんが修学旅行から帰ってから体調を崩したんだって」

「うん」


 つゆりは宅配ピザのメニューを見ながら答えた。今日は特別にピザを取ることで話がついていた。まあ、お祝いだからね。


「最初は熱を出して寝込んだらしいんだけど、やけにうわ言を言ってたらしい。で、回復したと思ったら引きこもりになったんだと」

「うん。ねえ、ハーフ&ハーフでいい?」

「好きに選んでいいよ。つゆりのお祝いなんだから。で、ぶつぶつ呟いていてどうも精神的に病んでるんじゃないかって、まずはメンタルクリニックに連れて行ったんだけど」

「異常なし?」


 気持ちはピザに向いていてもきちんと話は聞いてくれてるんだな。


「そう。メンタルクリニックに行くと普通になるんだって」

「それはおかしいね。ちょっと注文するね」


 つゆりがメニューを片手に電話で注文している。嬉しそうだなあ。


「はい、続き。どうぞ」

「うん。でも家に帰るとまたもとに戻るんだって。食事の好みも変わるし、夜中に冷蔵庫を開けて生肉食ってたり、汚い言葉を使ったりするもんだから、ご両親がお祓いをした方がいいってことで」

「お祓いしたんだ」

「ああ、でもメンタルクリニックと同じ」

「お祓いの場所では普通になるのか」

「そう」


 俺の知っている「見える」話とは明らかに毛色が違う。


「お祓いから帰ったらまた元に戻ると?」

「そう。で、藁にもすがる思いで、俺に相談を持ち掛けたってわけ」

「私が石を使ったことは?」

「それは分かってなかった。俺が何かの手段で祓ったと思ってるみたい。ほら、あの時俺、つゆりに力を流し込んでただろ」

「後は「否認」かな?」

「そうだろうね。つゆりみたいな可愛い子がお祓いとか想像できないんじゃないか?」

「うふふ、おだてますねえ」


 つゆりが悪戯っぽく笑って俺の横に移動して来た。俺が肩を抱くとこてっと胸元に頭を預けて来た。


「そんでさ。それでも呪いかどうかは分からないって言ったら、これ」


 俺はスマホの写真データを呼び出してつゆりに見せた。


「これ、お守り?」

「そう。妹さんが修学旅行に行った時に鞄にぶら下げてた物だって」


 写真のお守りは真っ黒になっていた。







「そりゃ、つゆり。憑き物だよ」

「憑き物って狐憑きとか?」

「意味はそうだがね。狐憑きなんかはだいたい「持ち」なんだよ」

「何?「持ち」って?」


 おばあちゃんはスマホゲームを止めて私を見た。パズルゲームにはまって課金までしているらしいけど、ほどほどにね。


「人に一時的に、そうだな、乗り移るのが「憑き」だね。家系的に憑かれる血筋、これが「持ち」だね」

「そんなのあるんだ」

「まあ、忌避されることが多いからね、「持ち」の家は。だいたい内緒にしていることが多いんだ」

「じゃあもしかしたら、彼女の家も「持ち」の可能性がある?」

「ないだろう。旅行から戻ってからそうなったし、お守りが黒くなったし」


 おばあちゃんには転送してもらった黒くなったお守りの写真をスマホゲームのロード時間中に見せてある。


「お守りって黒くなるんだね」

「いや、滅多にこんなことは無い。お札ならともかくね」


 おばあちゃんの表情がいつになく険しい。


「私に祓えると思う?」

「無理だろうね」


 即答されて固まってしまった。無理?


「上梨の力を借りても?」

「力の問題じゃない」

「え?」

「憑かれている場合は「見えない」んだよ」

「そうなんだ」

「もちろん石を使えば、祓える可能性もある。しかし「見えない」ままでは効果も半減する。憑かれている者の身体が力を受け止めてしまうから」


 なんとなく分かる。石を使うときは、その力をどこに向けるのかきちんと意識するように言われていたし。


「神社にお祓いに行くと普通になってたって言うのは?」

「それはごまかしているんだろうよ。神社のお祓いは、形式だけになってしまっているところも多い」

「どうやったら、祓える?おばあちゃんは経験ないの?」

「あるよ」


 おばあちゃんは紙とペンを取ってくるように言った。私がそれを渡すと何やら図を描いた。


「これは盛り塩。もし塩が汚れるようなら取り換える」

「う、うん」

「線香を焚く。お仏壇のない家の可能性もあるから、うちのを持って行くがいい」

「うん。って言うか、私が祓うんだね、これ」

「お前以外誰が祓うんだね?話を聞いたのも、もう縁だよ。見捨てやしないだろう?」

「うん、そんなつもりはない」


 おばあちゃんが笑う。


「それでこそ我が孫だよ。で、家族の協力も必要だ。呼び掛けてもらわないといけない」

「それは、たぶん、大丈夫だと思うけど」


 その後もいろいろとやり方と注意点を教えてもらった。


「そうだ。肝心なことを忘れたよ。その娘との初対面の時」

「うん」

「匂いに注意しな」

「匂い?」

「そう。もし腐った匂いがするようなら要注意だよ」

「危険なの?」

「間違いない」

「分かった。気を付ける」


 一通り話し終えたおばあちゃんが、真剣な顔から一転優しい顔になった。


「つゆり。世の中にはいい人ばかりじゃない」

「う、うん」

「前に、人間って怖いと言ったね。あれは真理だ。時に人間の方がよほど恐ろしい」

「うん」

「それを肝に銘じて祓うんだよ。いいね」

「分かった」


 そう答えたけど、この時の私は、おばあちゃんの言葉の意味をよく分かっていなかった。







「ここです」


 バスを降りて少し歩いた住宅街の一戸建て。そこそこの敷地と建物の造りからこの家が富裕層であることがうかがえた。


「失礼します」


 今に通されて値の張りそうなソファに座らされる。出された紅茶のカップも安物ではない。


「まずは妹さんと会います。そこで彼女の異常の原因が何なのか、もし私たちに分かれば対処します」

「はい」


 母親はだいぶやつれていた。この母親の方こそカウンセリングを受けた方がいいんじゃないか。


「それからこのことは他言無用でお願いします。私達はこれを仕事にしているわけではありません。今回もボランティアです。ですから報酬もいりません」

「はあ、どうも」


 言うべきことは言った。俺達は姉に妹の部屋へと案内してもらった。ドアには楕円形の木の板が下がっていて、そこには「みあ」と飾ってあった。


「みあ、入るよ」


 姉がノックしてドアを開けた。


 その瞬間につゆりが顔をしかめた。


「する?」


 小さな声で聞くとつゆりが頷いた。


 女の子らしい色合いの部屋の勉強机に妹は向かっていた。


「なあに?お姉ちゃん。勉強中なんだけど」


 全く異常が無いように見える。可愛いと言うよりも、もう美人と呼んだ方いい妹が笑顔で俺達を迎えた。


「お姉ちゃんの知り合い。い、一応ご挨拶をと思って」


 姉の様子から、妹との会話を恐れているのが分かる。


「初めまして、上梨です」

「酒々井です」

「ねえ、お姉ちゃん。勉強中なんだけど」


 妹からゆっくりと笑顔が消えていく。


「ご、ごめん。邪魔してごめんね」


 俺達は姉とともに妹の部屋から出た。


 姉がほうっと息を吐いた。


「先に居間に戻ってください」

「は、はい」


 姉を先に居間に戻す。


「どう?」

「すごい臭い。上梨は感じないの?」

「全然。どんな匂い?」

「公衆トイレ」


 それはまた。まったくそんな匂いは感じなかった。女子の部屋らしい甘い香りはしたような気がするが。


「視覚的には?「見える」の?」


 つゆりが首を振った。


「全然「見えない」。やっぱりおばあちゃんの言う「憑かれてる」状態みたい」

「そうか、じゃあ祓うか」


 つゆりが頷いて、俺達は居間へと戻った。





「妹さんは、やはり「憑かれている」状態のようです」

「でも、お祓いしたんですよ」

「ええ、ですが何らかの理由で効果が無かったようです」

「もう、何とかしてください。あんな娘、もう耐えられませんっ」


 わなわなと母親が叫ぶように言った。相当追い詰められているみたいだ。


「まずは「憑いている」ものの正体を探ります。何か、妹さんが人の怨みを買うような心当たりはありますか?」

「知りませんっ」


 怒ったように言う。俺はつゆりにちらっと視線を送った。この答え方は、心当たりがあるのに言いたくないときの反応だ。


「お姉さんは?」


 ふるふると首を振った。これは普通の答え方。


「では、もう一度部屋に行きます」

「早く、早く何とかしてください」


 今度は泣き崩れた。不安定にも程がある。なんだか危険な兆候のような気がした。





「みあさん、入ります」


 ノックして部屋に入る。


「なあに?あなたたち、勉強中なんだけど」


 さっきよりも近づいてみてぎょっとした。


 勉強机の上のノートは、真っ黒に塗りつぶされていたのだ。


「どんな勉強をしているの?」


 つゆりが聞いた。妹がつゆりを睨む。


「教えねえよ、ビッチ」


 つゆりがびくっと動揺した。


「ひどい言い方ね」

「ははっ、この男に犯してもらいたく仕方ないくせに。くそビッチが」


 つゆりが耳まで赤くなる。ああ、当たっちゃってるのか。なんか不謹慎だが、少し嬉しい。


「つゆり、石を使おう」

「うん」


 視線を俺から外しながらつゆりが頷いた。そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だぞ。


「開眼」


 まずは俺も「見える」状態にしてもらう。


「臭っ」


 思わず口に出してしまった。まさに公衆便所の匂いだ。こんなに臭かったとは。


「ぎゃははは」


 妹が嘲笑った。口の端から涎まで垂らしている。


「御饒舌」


 これで会話が出来るようになるが、そもそも妹の身体を使って話しているので意味はないかもしれない。


「そもそも、あなたは誰?」

「うるせえ、ビッチ。とっとと帰って股開けよ」

「あなたは誰?」

「しつこいな。相手にしてもらえないなら野菜でも入れとけよ、ぎゃはは」


 いかん。つゆりが涙目だ。こういう返しに慣れていないのだ。


「質問を変える。なぜこの子に「憑いた」?」

「いい男だねー。こいつとやりたい?まだ処女だよ、ほら」


 妹が足を開いた。下着が丸見えになる。


「俺達は祓いに来た。せめてお前が誰で、なんのために「憑いた」のか聞いてから祓おうと思ったんだがな」

「うるせえ、死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね」


 ふむ。会話はほとんど成り立たないな。


「あんたはどうやって死んだんだい?」


 一瞬妹の表情が歪んだ。


「うるせえ、死ね。死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね」


 つゆりが袖を引っ張った。会話は成り立たないと判断したのだろう。


 部屋を出る際に壁に掛けられている制服が目に入った。あの学校は確か。


 部屋から出るなり、つゆりが言い訳をしてきた。


「上梨、その、私、上梨のことが好きだけど、その、したいだけとかじゃないから」

「はは、分かってるよ、つゆり」


 頭を撫でてやる。ほっとした表情のつゆりはまだ、俺の袖を離さない。


「ちょっと待ってね」


 俺はスマホで最近見たニュース記事を探した。


 やはり、あの学校だ。







「妹さんが修学旅行に行った先で、女生徒が自殺した事件をご存じですね」


 俺の言葉に母親がびくっとなる。


「む、娘は関係ありませんっ。い、いじめだってしてませんっ。言いがかりをつけるのはやめてくださいっ」


 母親が唾を飛ばしながら抗議する。


「お母さん。私は妹さんが関係しているとも、いじめていたとも、一言も言ってませんよ」

「はえ?あ、ああ。そ、そうですね」


 狼狽えまくる母親。姉も暗い表情だ。


「実は、自殺の原因がいじめで、その中心人物が妹だっていう噂があって。妹が引きこもって登校しなくなったことで、その噂がなんだか信ぴょう性を帯びちゃって」

「なるほど」

「ご近所付き合いも避けられて、生卵を玄関に投げつけられたこともあって」

「絶対違います。違います。そんなことするわけないじゃない。そんな風に育てた覚えは無いんだから。無いんだから」


 この母親をお祓いに同行させるのはとても不安だが。しかし肉親の協力は不可欠だと言う。


「では、今から祓います。よろしいですね」

「お、お願いします」


 こうして姉と母親を連れて再び妹の部屋へと向かうことになった。







「なあに?お母さん、勉強中なんだけど」

「ご、ごめんね」


 不毛な会話を無視して俺とつゆりは持参した小皿に粗塩を盛って部屋の四隅に置いた。


「うわ」


 置き終えた途端、粗塩が真っ黒に汚れたのだ。


「これは、すさまじいな」


 塩を取り換えること3回。やっとすぐには真っ黒にならない状態になった。


 続いて線香を焚く。


「臭いっ。そんなことやめろ、ビッチが」


 妹の言葉にもつゆりは動じない。耐性が出来たかな。


「では、私たちが指示した時以外は声を出さないように」


 母親と姉が頷く。盛り塩の怪異を目にしてすっかり俺達への信頼性も増したようだ。


「さて、今から祓います」

「ぎゃはは、何言ってんだよ。バーカ。ほら、パンツ持ち帰らせてやるから、出て行けよ」


 またパンチラだ。意外と芸が無いな。


「どんな理由があっても人に「憑く」のはダメですよ」


 俺はまっすぐに妹を見つめる。


「岡本静佳さん」


 それは自殺した女子生徒の名前だ。


 もちろん確信があるわけではないが、可能性は高い。そう思っていた。


「こいつが」


 妹が椅子から立ち上がった。


「こいつが言ったんだ」


 つゆりは石を手に持っている。


「死んじゃえば?って言ったんだ」


 母親は呆然としている。


「ご丁寧にロープまで用意してたんだ。これで首を吊るといいって渡してきたんだ。みんな笑いながら、死んじゃえばって言ったんだ」


 なかなかハードないじめだったようだ。同情を禁じ得ない。


「でも自殺することはないのに」

「黙れ、ビッチ。お前なんかに分かるか。上履きをトイレに捨てられて、体育着にエッチな落書きをされて好きだった男子の机に入れられて、学校に来るな、退学しろ、死んじゃえばって毎日言われたことがあるのか」


 つゆりが言葉を失う。


「誰が死にたくて死ぬと思う?私はこいつを呪いながら死んだ。絶対に許さないって思いながら首を吊ったんだ。私以上に不幸にしてやる。絶対に」

「ダメだ」


 妹が俺をきっと睨む。


「同情するし、可哀そうだと思う。でもダメだ。お前は祓う」


 つゆり、思い出せ。おばあちゃんは、「憑いている」と分かったのなら、絶対に祓えと言ったんだろう。

 俺の視線に気づいてつゆりが頷いた。


 つゆりは石を握って力を込めた。石がほんのりと輝く。


「浄化」


 ほんのりと輝き続ける石を線香を立てている台に置いた。ゆらりと線香の煙が揺れた。

 これで線香の祓う力がパワーアップするらしい。


 要するに妹の身体から引きずり出してから、「破魔」で祓うのだ。


「こんなことしても、無駄だ。とっとと帰ってパコパコしろよ」


 そう憎まれ口を叩きつつ、妹は汗をかき始めている。立っていられなくなったようで、床にぺたんと座ってしまう。


 ここからは根競べだ。あの手この手でお祓いを止めさせようとするはずだ。相手にしないで無視することが大事だと、母親と姉にも言い含めてある。


「やめろって言ってんだろっが。てめえらもぶっ殺すぞ」


 妹は脂汗をだらだらと流している。少し震えてもいるようだ。


「こいつのせいで死んだんだ。こいつがこんな目にあうのは当然だろうがっ。人を死に追いやったんだぞっ」


 無視だ。


「ふ、ふざけんな。死ねっ。お前らも死ねっ。死んでしまえっ」


 無視だ。


 ガチガチと歯を鳴らしている妹が自分の身体を抱きしめた。出て行きそうになるのを止めようとしているようにも見える。


 ばたっと床に妹が倒れた。


 ゆっくりと顔を上げる。


「た、助けて、お母さん。苦しい」


 ちっ。ターゲットを変えたか。


「お母さん、苦しいよ。助けて。こんなこと止めさせて」


 苦し気に母親に手を伸ばす。


「こんなの嘘だよ。私がそんなことするわけないじゃん。お願い、助けて」

「美愛っ」


 あ、こら、母親。


 母親が妹に手を伸ばしてしまう。


「あなたはいじめなんてしてないのよね」


 ばちん


「あっぐ」


 母親の手が妹に触れた途端、その手が弾かれた。


「ああ、ああああ」

「ぎゃはははは」


 母親の手が真っ赤に水膨れしていく。口も手も出すなと言っていたのに。母親はダメだ。


「お母さん、申し訳ない。外でお待ちください」


 自分の手を呆然と見つめる母親を部屋から出す。顔面蒼白の姉が頼りだ。


「ねえ、お姉ちゃん。信じて。私いじめなんてしてないよ」


 途中で親族の呼び掛けが必要なのだ。これで姉が騙されては段取りが破綻する。それが分かっていてつゆりは姉の腕を掴んでいる。


「本当のことを、本当のことを言って、美愛」


 姉が涙を零した。


 苦し気な妹がにたっと笑った。


「だから、言ってんだろうが、こいつが殺したんだよっ。お前は人殺しの姉だって、陰口叩かれる人生になるんだよっ。ぎゃははは」

「美愛…」


 憎まれ口を叩いているが、限界が近い様に見える。妹の身体が一瞬ぶれるように見える。あれが「憑いている」ものの正体なのだろう。

 俺と同じように「見えてる」つゆりが俺を見る。俺も頷いて返した。


「呼び掛けてください」

「あ、はい」


 姉が妹に正対する。


「美愛の身体を返して」

「うるせえ黙れ、ブス。死ねっ」

「美愛の身体を返して」

「黙れ黙れ黙れ。こいつを殺して、お前も殺す」

「美愛の身体を返して」

「だ、だま、れ、こ、ろす」


 がくがくと妹の身体が揺れ始める。ぶれて違う少女の姿が見える。


「もっと」

「美愛の身体を返してっ。返しなさいっ」

「だ、ば、げ、げ、げろず」


 ぶんぶんとすごい勢いで身体が揺れる。もう妹の身体と「見える」少女の身体はほとんど重ならない。


「美愛の身体を返しなさいっ」


 姉が涙を零しながら叫んだ。


 つゆりが手に石を持って俺の前に立った。俺は抱きしめるように力を流し込んだ。


「破魔」


 開かれた手のひらの石が白い光を放ち、一瞬部屋の輪郭も見えなくなる。


「美愛の身体を返しなさいっ」


 妹の身体が動かなくなる。


「え?」


 姉が俺達を見る。俺達はゆっくり頷いた。


「祓えました」


 線香が一気に根元まで燃えていた。盛り塩もまた真っ黒になっていた。

 結構ぎりぎりだったのかもしれない。


 姉に盛り塩のやり方を教えて、線香も絶やさないように伝える。


 一応祓ったはずだが、念のためだ。


「では、これで失礼します」


 母親は玄関に見送りに来なかった。







「残念な結果になっちゃったな」

「うん」


 つゆりが落ち込んでいる。


 助けたはずの妹だが、その日の夜に母親に刺殺されてしまった。


 ニュース記事によれば、体を数十か所も刺されていたらしい。


「せっかく助けたのにな」

「うん」


 俺もつゆりも大好物のカレーライスなのに、つゆりのスプーンの動きは鈍い。


「つゆりのせいじゃないぜ」

「うん、分かってる」


 俺に向ける笑顔が弱弱しい。


「取り合えず、カレー、食べてよ」

「あ、うん。ごめん」


 俺はコップの麦茶をぐいっと飲み干した。


「俺達はやるべきことをやった。あとはあの人達の問題だ。そうだろ」

「うん、そうだね」


 またスプーンが止まってしまう。


「ねえ、上梨」

「ん?」

「人間って怖いね」

「ああ、そうだな」


 つゆりがカレーライスをスプーンですくうが、それは口元に動いて行かない。


「おばあちゃんに、念押しされたのに、私、分かってなかった」

「うん」

「人に「憑く」ってことは、すさまじい怨みの力が必要なんだ。だって、自分が死んだと分かってるんだよ。普通は自分が死んだと分かったら昇華するんだもん」

「そうだな」

「ってことはさ、「憑かれた」人は、だれかにそれほど怨まれることをしたってことだもんね。その理由を知ると、祓うことが正しいのか分からなくなる」


 やっとスプーンがつゆりの口まで進んだ。


「でも、おばあさんにも言われたんだろ。必ず祓えって」

「うん、そのままにすると、たくさんの人が不幸になったり、その家が禍家まがいえになったりするから」

「じゃあ、つゆりは正しいことをしたんだよ」


 やっとつゆりがカレーライスを食べ終わった。俺は皿を持ってキッチンへ向かった。


 洗い物を終えると、つゆりが体育座りで膝を抱えていた。


「つゆり、どこか旅行に行くか?」

「え?」

「気分転換にさ。どうかな?」

「行くっ」


 ぱっとつゆりが笑顔になった。


「どこがいい?」

「温泉っ。温泉があるところっ」

「はは、じゃあ、候補地を調べますか」

「うんっ」


 つゆりがずりずりと動いて俺の横に並んで、スマホの画面を覗き込んだ。


「上梨」

「ん?」

「ありがとね。元気出た」

「ああ、元気なつゆりが好きだ」

「うー」


 照れるつゆりももちろん好きだ。




作中の様々な所見については諸説あります。この作品の登場人物は、そのようにとらえているとご理解ください。

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