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その病室、満員につき

怖くない。

 世の中には「見える」者と「見えない」者がいる。厳密には「見えないけど感じる」者とかいろいろいるみたいだが。


 俺がこうした話に詳しくなったのには理由がある。高校の同級生だった「酒々井しすいつゆり」の影響だ。



挿絵(By みてみん)



 彼女がいわゆる霊感少女だったことで、俺は奇妙な経験をたくさんさせてもらうことになった。巻き込まれたとも言うが。


 霊感少女と言う言い方を酒々井つゆりは好きではないが、彼女の力を端的に表すならやはり霊感少女がふさわしいと思う。





 霊感少女なんて書くと不気味な印象をもたれるかもしれないが、酒々井つゆりは普通の女子高生だった。


 女子バレー部に所属してセッターをやっていたので、運動神経は抜群とまでいかないがよかったと思う。


 頭の後ろで結んだ尻尾を弾ませて見事なトスを上げる彼女見たときにはかっこいいと思ったものだ。


 俺が彼女のその力を知るきっかけになったのは些細なことだった。





「あ、酒々井。何してんの?」


 自転車置き場の入り口で立っている酒々井を見かけたのは確かもうすぐ梅雨入りしそうな曇天の日だったと思う。


「えーっと」

上梨かみなし

「そうそう、上梨君」

「自転車の鍵でも落とした?」

「ううん、そんなんじゃないの。ちょっとね」


 思わず立ち止まって並んでしまった。「ちょっと」って何?


「気分でも悪い?」


 全くそうは見えなかったが、そう聞いた。


「ううん、大丈夫、そんなんじゃないから。あのさ、自転車どこ?上梨の」


 今朝は少し家を出るのが遅くなったので、自転車を奥に止めている。ようするに昇降口から遠い場所だ。


「奥だよ」

「あ、そうなの?どぞ、お先にどぞ」


 手を前に出して酒々井つゆりが俺を促した。


 変な奴だ。


 俺はそう思いながら自分の自転車へ向かって歩き出した。


「おお」


 なぜか酒々井つゆりが感嘆の声を小さく漏らした。意味が分からん。


 俺は自分の自転車のカギを外して引き出した。見れば酒々井つゆりは俺の少し手前で自分の自転車を引き出していた。


「ありがとね」

「はい?」


 笑顔で酒々井つゆりは自転車に乗って行ってしまった。一応高校の敷地内では自転車は押して歩くことになっているが、登校指導の先生が出ている朝ならともかく、下校時にそれを律儀に守る者はいない。


 俺も自転車にまたがって走り始めた。


 何がありがとうなんだ、と疑問に思いながら。





 その日から、ただのクラスメイトだった酒々井つゆりは、俺の中で少し気になるクラスメイトに格上げとなった。


 それまで全く気付いていなかったが、酒々井つゆりは変わった女だった。


 女生徒数人で輪になってきゃっきゃと雑談に興じている輪に、酒々井つゆりがいた。一緒になって会話を楽しんでいた酒々井つゆりが何かにはっと気づいて教室の天井を見つめた。


 そのまま会話を続けながらも天井をちらちらと見ていたかと思うと、突然立ち上がって、ぱんと手を叩いたのだ。


「また、蚊?」

「うん」


 蚊?蚊なんていないだろ、まだ。しかし女生徒たちは今の酒々井つゆりの行動に慣れているようで、そのまま会話が続いていた。


 そして酒々井つゆりは俺の視線に気づいたのだ。





「上梨、ひょっとして見える?」


 見える?見てる?の間違いじゃなく?最近ずっと酒々井つゆりを見つめてばかりなのをとがめられると思っていた俺は、戸惑った。


 酒々井つゆりが俺を上目遣いで見て来る。その視線を受け止めつつ黙ってしまった。


「え?見えてない?」


 突然酒々井つゆりが動揺した。


「ごめん、何を?」


 俺の問いに酒々井つゆりはがっくりと肩を落とした。


「てっきり見えているのかと。一緒に見てるのかと思った」

「いや、俺が見てたのはお前だし」

「ふえっ!?」


 わたわたする酒々井つゆりが可愛い。しかし俺も大胆に言ったなあ。

 酒々井つゆりが耳まで赤くして俯いてしまった。


「な、仲の良い友達からで」


 そう言って酒々井つゆりは手を伸ばしてきた。


 即決かい。


 そう心の中で突っ込みつつ、俺もその手を握り返した。





「ちなみに、何が見えてんの?幽霊とか?」

「うん」


 思わずコーヒーを吹きそうになった。


 俺とつゆりは下校のコースが途中まで同じだった。部活の後、待ち合わせて通学路の途中にある公園で、自販機で買った飲み物を飲み終わるまでおしゃべりするのが日課になっていた。


 俺は付き合うきっかけになった会話をふと思い出して、冗談交じりに聞いた答えがそれだった。


 まじか。


 まじだった。


 いわゆるつゆりは「見える」のであった。


 でもって「見える」ことは実は日常茶飯事に起きていると教えられた。


「あのブランコ」


 つゆりが指さした先には2つのブランコが設置してある。


「あそこにもいる」

「マジか、ブランコ乗ってんのか?」

「ううん、誰かが乗りに来るの待ってるみたい」

「一緒に乗るつもりなのか。それって呪われるのか?」


 俺がそう言うとつゆりはけらけらと笑ってばしばしと俺の肩を叩いた。


「そんな、人を呪うようなのって滅多にいないよお」

「知らんし」


 つゆりが言うのはたくさん見えるけれど、その多くは人畜無害。例えば今見えると言うブランコ少年も、純粋にブランコに乗りたい一心でそこにいるみたいだ。


「ひょっとして、自転車置き場でさ」


 俺が切り出すとつゆりがぺろっと舌を出した。


「バレたか」

「もしかして人畜無害じゃないやつだったのか?」

「ごめーん、頼っちゃった」

「頼ったってどういうことだよ」

「上梨ってさ、なんか強いんだよ」


 上目づかいで俺を見るつゆりが可愛い。


「俺、霊感とかないけど」

「うん、それは関係なくてね、そのー、祓う力って「見えない」人にも実はあるんだ」

「へえ。俺はその祓う力が強いのか?」

「うん、すごく。あの時は駐輪場に変態がいてさ」


 はい?


「変態ってなんだよ?」

「あ、女性にとっついて悪戯する気満々な変態」

「そんなのもいるのかよ」

「滅多にいないんだけど。で、上梨に先に行ってもらったら、消し飛んだ」

「マジか」


 俺、全く気付かなかったぞ。


「だから助かった」

「あ、そう」


 自覚がないので、えらい淡白な返事になってしまった。





「夏のホラー?何それ?」

「小説の投稿サイトの特集だよ。テーマは病院」

「ふーん、で?」

「何か病院での話、ない?」


 部屋で本を読んでいたつゆりがそれを閉じた。


 縁あって俺とつゆりは同じ大学に進学し、こうして同棲をする間柄になっていた。


「病院は多いって言ってただろ」

「多いよー。大盛況だよ」

「はは」


 その言い方が面白くて笑ってしまった。つゆりと以前そんな話をしたことがあった。


「確かお墓は少ないんだろ」

「うん、お墓では滅多に見ない」


 逆にそのお墓に出るようなのはやばいんだと。


「何か、病院で見たやつで印象に残ってるの、ない?」

「あるよ」





 同じ部活の先輩が急に右折した車を避けようとして自転車ごと盛大にずっこけて、足を開放骨折したお見舞いに行ったときのことだ。


 感染症を起こしてしまい高熱に苛まれた先輩の病状がやっと落ち着いたというので、順番にお見舞いに来ることができるようになった。


 先輩の同期が一巡して、やっと後輩の番になった。明るくて面倒見のいい先輩だったから、後輩代表を決める際にはじゃんけんになった。


 私はじゃんけんを勝ち抜いて、同期2人とその病院に来ていた。


 病院はよく「見える」場所だ。


 数人を引き連れているナースなんかもいるし、待合室では何人も「見える」。


 お見舞いの手続きをして、病室に向かう間も、同期に悟られないように避けるのが大変なくらいだった。


 はっきり見えてしまうのでついつい避けちゃうのだ。友達は平気な顔してすり抜けていく。


 この病院は、特に多いなあ。


 先輩の病室は個室で、何も「見えない」のでほっとした。先輩も元気そうで、リハビリに燃えてると笑っていた。


 無事にお見舞いが終わり、私たちは病室を後にした。


「あ、トイレ」


 一人がそう言うと残り一人も行ってしまった。連れションってやつだ。私は自分が行きたいときに行く派なので、その場に取り残されることになった。


 その時だった。


 私の足元に女の子がいて、私を見上げているのに気付いた。


 「見える」者からアプローチされることは、珍しいことではない。特に「見える」と分かると積極的に近づいてくることが多い。


 本当に稀に言葉を話す者もいるが、今回の少女は私を見上げるだけだった。


「どしたの?」


 話しかけたのは、少女がすごく悲しそうな表情をしていたから。「見える」者の多くは、日常と変わらない行動を取り、普通の表情をしていることが多い。

 このように悲しそうな表情で見つめて来るパターンは多くない。


 その少女が廊下の先へ視線を向け、そしてまた私を見上げた。


 要するに気になる何かが廊下の先にあるということなのだろう。放置してもいいけれど、友達が戻ってくるのを待っているだけなので、ついて行くことにした。



 その病室に案内されて驚いた。病室内には点滴を受けて眠っている女性が一人。

 問題はその部屋に10人以上が「見える」ことだった。しかもそれの誰もが悲しそうな顔をしているのだ。


 その10人が一斉に私を見た。中には泣いている者までいた。私は思わず後ずさりして廊下へ出て壁まで下がってしまった。


 なんだこの病室は。


 明らかに異常だ。


 ベッドの女性に興味のある者はいないようなので、彼女に縁があるというわけでもなさそうなのに。なぜ、こんなに集まっているの?


 ずっと私のそばにいた少女が突然部屋の中へ走って行った。


 そして私をちらっと見ながら医師が病室へ入っていった。


 ぎょっとした。


 医師の後ろをついてくる者が、医師に飛び掛かるのだが、弾かれているのだ。その数5人。必死の形相で飛び掛かるが、全く触れることも出来ずに弾かれている。


 たまにいるのだ。自分は「見えない」のに強力な祓う力をもつ者が。


 医師が部屋に入ると部屋の11人も一斉に医師に飛びついた。そしてことごとく弾かれた。少女も必死な顔で足に縋りつくようにするが、ばちんと弾かれてしまっていた。


 全くそれが見えていない医師は、平然と病室のドアを閉めた。


「つゆり」


 同期に話し掛けられてびくっとなった。


「何してんの、探したよ」

「あ、ああ、ごめん」

「知り合いでもいたの?」

「ううん、何でもない。行こう」


 私はなんだか怖くなってそこから早く離れたかった。


 いくら見えても滅多に怖くなんてならないのに。



「ねえ、おばあちゃん、どう思う?」


 私は帰宅してすぐにおばあちゃんに相談した。母は「見えない」が、祖母は「見える」のだ。

 祖母によればどうも隔世遺伝的に「見える」「見えない」が続く家系らしい。


「そいつはいけないね」

「だよね」


 祖母が飲んでいたお茶を置いて、真剣な顔で私を見た。


「それはもうすぐ「呪い」に変わるね」

「うわあ」


 よいしょっと言いながらおばあちゃんはタンスから紙包みを持ち出した。


「これは?」

「ま、そろそろつゆりにあげてもいいかな。いい機会だ」


 紙包みの中には石がいくつか入っていた。色も大きさも様々だけど、共通していたのは文字が刻まれていること。


 その使い方を教えてもらった翌日、私はまたあの病院に向かった。



 例の病室に向かう。


 病室前の廊下にはまたあの少女がいた。私を見つけると走り寄って来て、また見上げた。

 私は少女の頭を撫でた。普通は通り抜けるのだが、意識をすれば触れることが出来るのだ。髪の感触を手のひらに感じてると、ぽろぽろと少女が涙を零した。


 病室をのぞくと例の女性が眠っていた。横の椅子に座る。女性は20台前半のようだ。けっこう美人だがやつれている。


 部屋には前と同じように10人がいて、少女も加わって11人になっていた。皆、悲しそうに私を見ている。


 しばらく待っていると医師がやって来た。こちらも前と同じように飛び掛かかる5人を平然と弾き飛ばしていた。


 11人が飛び掛かろうとする。


「待って」


 ぴたりと動きが止まった。


 自分に向けられたと勘違いした医師も動きを止める。


「えっと、親族の方?」


 医師が戸惑いの表情を浮かべて聞いて来る。私は首を振った。


「お見舞い?」


 その質問に対しても首を振った。


「何?関係ない病室に勝手に入ったら困るなあ」


 医師の表情が険しくなる。


 私はゆっくりと立ち上がった。


 部屋を出ると思ったのだろう、医師が入り口からどく。しかし私は動かない。


「ちょっと、君ぃ」

「先生」


 私は医師の言葉を制した。


「この患者さん。殺すんですか?」


 私の言葉にぐにゃっと医師の顔が歪んだ。


 そして医師はゆっくりと病室のドアを閉めた。


「何を言っているんだ?」


 閉めたドアの前に立って、私を出られないようにしている医師の顔はぐにゃりと歪んだままだ。

 やっぱりおばあちゃんの見立て通りだったみたい。


「この人で、えっと、17人目」


 医師の顔から突然表情が落ちた。まるで能面。


「君、何を、言っているんだ?」


 足が震えた。人間の方がよっぽど怖い。


「どういうつもりかは知りません。でもこれって人殺しですよね」

「何を、言って、いるんだい?」


 一歩、医師が踏み出した。


 私は手の中の石を握りしめた。


「自首して、罪を償ってください」

「何を、言って、いるん、だい?」


 能面の医師が二歩目を踏み出した。


 ふう。


 私は息を整えた。足の震えが止まった。


 もう一度少女の頭を撫でた。


 三歩、四歩と能面の医師が近づいて来る。


「君も、入院、加療が、必要だ。だな」


 私はおばあちゃんに教えられた短い祝詞を唱えた。


 手の中の石が熱くなるのが分かった。その手を医師に向かって突き出す。


開眼かいげん


 手を開く。石が青い光を放って輝いていた。


「な」


 医師が言った瞬間に部屋の中の16人が一斉に医師を睨んだ。


「へ?」


 これで部屋の16人が医師にも見えるようになったのだ。


「う、うわ」


 医師が怯える表情で一歩、二歩と下がる。


 一斉に襲い掛かった。


 ばしばしと最初の4人が弾かれるが、5人目は医師に突っ込んだ。


「ぎひい」


 医師が苦しそうに呻く。


 次々と襲い掛かり、そのたびに医師が呻いた。


 少女が私を見上げる。初めて見る笑顔。でも悲しそうな笑顔だった。


 少女は医師に視線を向けて走って、そして飛びついた。


「はひ」


 白目を剥いて、口から泡を吹いている。


 どちゃっと倒れるとズボンに染みが広がっていく。おしっこを漏らしたのだ。


 私は石を握り、それをしまった。





「逮捕されたよ」

「らしいね」


 私は新聞記事をおばあちゃんに見せた。


「なんだ、知ってたのか」

「ネット記事に上がってた」


 その年でスマホを自在に操らないでほしい。


「連続殺人となったね。ただ、数は5人だけだけどね」

「うん、そこはちょっと残念かな」


 病室で倒れていた医師が発見されて騒動になり、そして彼が持参していた輸液に、患者を死に至らしめる物質が混入されていたことが判明したのだ。

 彼の担当していた過去の患者についても再調査がされて、5件の殺人罪と1件の殺人未遂で取り調べ中となっていた。


 被害者の写真の中に、あの少女の写真もあった。写真の笑顔は彼女が見せた悲しい笑顔ではなかった。


 彼女を「呪い」にせずにすんでよかった。


 おばあちゃんによれば「呪い」になってしまったら、医師だけでなく他の人にも悪影響を及ぼしただろうし、そもそも彼女の魂は昇華しなかっただろうとのことだった。


「よくやったよ」


 おばあちゃんに髪の毛をわしわしっとされた。


「うん」


 私はおばあちゃんが入れてくれたお茶を一口飲んだ。


「おばあちゃん」

「ん?」

「人間って怖いね」

「そうだね」


 おばあちゃんの入れてくれたお茶が美味しくてよかった。





「それが石の使い始めだったのか」

「うん」


 そう返事をしながらつゆりはずりずりと俺の横に来て並び、俺の肩に頭を乗せた。


「久しぶりに思い出しちゃったなあ」

「話を聞くの、よくなかった?」

「ううん、平気。なんか初心に帰った感じ」


 つゆりがそう言って微笑んで俺を見上げた。


「あ」


 つゆりが天井の一点を見つめて声を出した。


「蚊?」

「うん」


 俺は苦笑しつつ手をぱんと叩いた。


「おっけ」


 つゆりが嬉しそうに笑って俺の頬にキスをした。


 俺には見えないが祓う力がある。「蚊」を追い払うのはもっぱら俺の役割になっていた。


「ねえ、しよ」


 望むところだ。俺は部屋の明かりを消して、つゆりとベッドに倒れこんだ。


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