雨の日に君を拾った
その日は、昼過ぎから天気予報にない大雨が降っていた。
夏の初めの、梅雨の終り。
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ランチタイムの客が退店した後、急に薄暗くなったと思った途端に大粒の雨が降り始めた。すぐに止むかと思いきや、これがなかなかにしぶとい雨雲だった。
「これじゃ、午後の集客は見込めなさそうだなぁ…
どうしたもんかねぇ、しおさん」
窓際に立ち外の様子を伺い見た後に、腕に抱いている黒猫の『しお』に相談してみたが彼女は幸せそうに夢の中。
「あーあー可愛い顔しちゃって。
こうなったらTVの広告猫とか応募しようかね」
しおさんならいけるのでは、と本気で思ってきた今日この頃。親バカなのは認めよう。
小さな港町の小高い丘。大通りからは離れたこの場所にある喫茶店『しおかぜ』は、決して人気の多い店ではない。
加えて客層は若くない。今時の学生はお洒落なカフェのなんちゃら映えが良いらしい。
きっとしおさんを一目見れば『きゃーかわいー』だの『マジやばーい』だの言いながら写真をパシャパシャ撮るのだ。どうぞ拡散してくれ。
そう思いまた腕の中のしおさんを見る。やはり可愛い。天の使いだろうか。
店の経営を憂うつもりが愛猫が愛おしくて結局『まあいいか』になってしまう。
しおさんだけでなく、窓から見える景色にも自信があるのだがここで問題がひとつ。
店がある丘を登るための階段は急ではないが少し長い。二十代の頃は思いもしなかったが、歳を重ねるごとにこの階段を登るのが億劫になってきている。
ましてこの大雨では、常連さんも足を運びにくいだろう。
「やっと梅雨が終わったと思ったんだが」
__カランカラン
客の来訪を告げるドアの鐘が鳴った。
外界からのモワッとした湿気が店に流れ込んできた。
歓迎の言葉を伝えようと反射的に振り向いた時真っ先に目に入ったのは、雨に濡れしっとりと艷めく深い黒。
「…いらっしゃい」
その手に傘はなく、華奢な体はずぶ濡れだった。
天気予報に騙されたのだろうと思い至ったが、急いで雨宿りに走った様子はない。
低い背丈と少女のような顔つきから連想したのは、雨の日にみぃみぃと鳴く迷い猫。
彼女は何を見ているのか、ただ一点を見つめてじーっと立っていた。
「そこでじっとしていたら風邪を引くよ?」
しおさんをそっと寝床へ置きカウンターにタオルを取りに行く間も、雨水を滴らせながら待っていた。
(店の中が濡れないようにしてくれているのか?)
持ってきたタオルを頭に被せてやったとき、初めて彼女は声を発した。
「……お腹空いた」