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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
8/18

蛇の道に骨

「うぅ……」

 不快なまどろみにのしかかられ、まぶたを上げるだけでもかなりの気力を要した。

 どれくらい時間がたったかも分からないが、ようやく目を覚ました悠梨は、自分が気絶していたことに気付いた。

「ユリィさん? ホネちゃん、ユリィさんが起きたよ! 良かった、生きてた!」

 まだぼんやりとしていた気分を、ドロロの声が現実へ引き戻す。

「大丈夫?」

 ホーネットが悠梨の顔を覗き込んでいる。

「ここは……?」

 かすれ声ではあったが、それでもなんとか悠梨は言葉を発した。

「応接室ですって。ユーリが倒れた後、職員の人に休めるような部屋を貸してくれるよう頼んだの」

 ホーネットの言うとおり、悠梨は自分がソファの上に寝かされていると気づいた。

「そう……。ありがとう。私、足手まといになっちゃったかしら……」

 と、珍しくしょげると

「心配しないで。ドロロ以外はあのホールに残してきたわ。話をしっかり聞いてきてもらえるようにね。それに──」

 そう言ってホーネットはいったん言葉を区切ると、悠梨の耳元で

「ここからは私とドロロで上手く立ち回るから、あなたは安心して休んでて」

 とささやいた。

「……ありがと。1人で来なかったのは、正解だったわ」

「いいのよ、お礼なんて。愛し合う者同士が助けあうのは当然じゃないの」

 ホーネット、自分で言った言葉に照れながらときめいている。

 悠梨は、体調が戻ったらきちんと「愛し合う仲になったつもりはない」と言おうと心に刻んだ。

「ドロロ」

 ホーネットが視線を向けると、

「でぃ、でぃ、でぃーぷな愛は丁重に、そう、超丁重にお断りさせていただきたく存じておるでございます!」

 ぷるぷるとドロロは震え上がった。

「今はそういうムードじゃないわ。後でじっくり、ゆっくり、しっぽり、語り合いましょ。それはそうと、ちょっと頼まれてくれないかしら」

「え? うん、良いけど、それ、こんな私でもできること?」

「あなたにしかできないわ。並みの人間には感知されない、浮遊霊のあなたにしか、ね」

 ホーネットはジッとドロロを見つめて、言葉を続ける。

「この建物の中に、怪しい人がいないか見回ってきて。例えば、昨日会ったようなガラの悪い人とか」

「私1人で? いやだよ、怖いよ、死んじゃうよ」

「大丈夫よ。あなたなら、誰にも相手にされないから」

「それはそれで悲しい!」

 ネガティブのくせにわがままである。

「ドロロ、お願い」

 悠梨も何とか、なけなしの気力を振り絞って声をだす。

 その気迫が届いたのだろう、ついにドロロは震えながらも、

「わかった、やれるだけやってみる……」

 と、首を縦に振った。

 そして、応接室の壁の前に立ち、

「……こ、こんにちは。お邪魔します。地獄のポジティブ、日向ドロロですぅ……」

 と、誰にも聞こえない自己紹介をしながら壁をすり抜けていった。

「大丈夫。ああ見えて、しっかりしてる子だから」

 ホーネットがそっと悠梨に言い聞かせると、壁の向こうから、甲高い声で

「わ、ごめんなさい、ごめんなさい! しれっと嘘つきました、本当はネガティブなんです、いじめないで! 死ぬぅ!」

 誰にも相手にされないはずなのにあの有様なのか、と悠梨は不安になってきた。

「──それにしても、一体、私、どうしちゃったのかしら」

 ようやく普通に声も出るようになってきた悠梨が首をかしげる。

「別に、そう低血圧ってわけでもないのに」

「どう見ても高そうよ」

 と、ホーネットが言った。

「それに、たぶん血圧は関係ないと思うわ。さっき、この部屋を貸してもらったときに、ここの職員の人が言っていたのだけどね──」

 そのとき、言葉をさえぎるように、応接室のドアが乾いたノックの音を立てた。

「失礼します」

 今の声、聞きおぼえがある。そうだ、このセンター代表と言っていた浦部美佐子の声ではないだろうか。

 そう思い、悠梨がなんとか体を起こそうとすると

「いえ、大丈夫ですよ。御気分がすぐれないのでしたら、楽な姿勢でいらっしゃってください」

 と浦部が、やや恐縮したような様子で中へ入ってくる。

「お気づかいありがとうございます、先生」

 ホーネットはずいぶんと愛想よく会釈した。

「部屋をお貸しいただいたばかりか、わざわざこちらまで来ていただいて」

「当センターが何より大切にしているお客様が、ここで体調を崩されたのであれば、代表である私が対応するのは当然です」

 浦部の話しぶりは、講演中にも劣らないくらいスラスラとよどみがない。

「すべて、当センターの責任です。後ほど、事務方から本日の参加費を2人分、見舞金と合わせて返還させていただきます」

 その対応は、想像していたよりずっと腰が低かったので、悠梨はだんだん自信がなくなってきていた。

 何せ昨日、ここにいた用心棒まがいのチンピラが聡子を足蹴にするのを見ていたので、代表もどうせ傲慢なろくでなしだと思っていたのである。

 単に、自分がひどい目にあったからというのもあるが。

「こちらこそお手数かけて」

 と、悠梨は柄にもなく低姿勢。

「それより、私に、何があったんですか? まったく覚えてないんです」

「はい、実は……」

 浦部は目を伏しながら話しだした。

「ここでは来ていただいたお客様に、少しでもリラックスしながら話を聞いていただけるよう、空調に特殊なアロマエッセンスを使用しております。多くのお客様にご好評いただいているのですが、ごく稀に、体質的に合わないという方もいらっしゃるようでして。そのような方には、大変申し訳ないことを致してしまったと、できる限りの謝罪をさせてもらっております」

 浦部が深々と頭を下げる。なるほど、と悠梨は納得した。

 つまり、そのアロマエッセンスとやらに運悪くあたってしまったらしい。どうせ“あたる”なら、ハガキの懸賞や宝くじの方にしてほしかった!

「大丈夫です。気にしてませんから」

 と悠梨は言ってしまった。

 お人よしが過ぎるというか、自ら損を招きやすい性分というのは分かっているが、簡単にやめられるものでもない。

 だが、ただの来訪ならここで済ますところだが、悠梨としては確かめておかねばならないことがある。

「それはそうと、1つ、うかがいたいことがあるのですが」

「何でしょうか」

「飯倉聡子さんという方をご存じですか? 昨日、こちらに来たはずですが」

「ええ。話はうかがっております」

 と、浦部は深くうなずいた。

「来ていただいたとき、私はどうしても手の離せない状態でして。少し、お待ちいただくよう伝えたのですが、下の者が何を勘違いしたのか、手荒に追い返してしまったのです。それを知った今朝、その者を解雇し、奥様の方へ謝罪させていただきました」

 浦部は相当に事態を真摯に受け止めている様子だ。

 その様子に、悠梨も正直のところ、誰が悪いのか分からなくなってしまった。

「ただ、警察の方へも申し上げたのですが、確かに飯倉信介という者はかつてここの職員でした。ですが、本当に事故で亡くなる数週間前にはここを辞めていたのです」

 と、浦部は力強く語った。

 ──悠梨はすっかりその話に聞き入っていたので、そのとき、ホーネットの眉がぴくりと動いたことに気づかなかった。

「おそらくは奥様へ虚偽の説明をされていたのでしょう。ここを辞めた後、彼がウソをついてまで何をしていたのかは存じておりませんが……」

「そうですか……。教えていただき、ありがとうございました」

 これは1度、最初から考え直してみる必要がありそうね、と悠梨は考え込んだ。


   ※


「あのぉ、お尋ねしたいことがあるのですが、この辺に怪しい人はいらっしゃるでしょうか」

 ドロロは受付の職員に面と向かってたずねた。

 だがその職員は、他に客が見ていないのをいいことに、大あくび。ドロロがいると気づいていないのである。

「私のポジティブはどこにある!?」

 とドロロは叫んでしまった。

 実のところ、現世に来て数日が経つが、今まで話しかけてきた人間のうち受け答えが成立したのは悠梨ただ1人。

 決して相手に悪意はないということは分かっているが、それでも無視され続けるというのは悲しいものだ。

 こういうとき、ゾフィアたちのような実体のある肉体がうらやましくなるのだ(首から下が骨だけでも構いません!)。殴られることも刺されることもないので、地獄では楽できたこともあったが、それでも浮遊霊だって辛いときはあるのだ。

「……ユリィさん、回復したかなぁ」

 とドロロは天井を仰いだ。

 現世に来て早々に悠梨と出会えたのは幸いだった。何せ、他の誰からも相手にしてもらえないのだから。

 今、大嫌いな単独行動をあえてしているのも、悠梨から頼りにされたからこそである。

「よし、最後にもう1回くらい頑張ろう」

 ドロロは決意を新たにした。

「何の役にも立てなかったことへの謝罪の言葉は、それで失敗した後に考えよ」

 結局、ネガティブなのだが。

 壁を2つすり抜けると、外に出てしまった。すぐそばに男が1人、立っている。

「あのー、お尋ねしたいことが──」

「まず勘違いじゃないと思うぜ。……ああ。顔見て、一発でピンときたよ。聞いてはいたが、なかなか血の気が多いな」

 男は携帯電話で誰かと話をしている。

 その顔を見てドロロは、あっ、と思った。先ほど玄関で出会った、黒沼という男だった。

「たしか、悠梨って名前だったよな。……大方、例の事故について独自に調べまわってるんだろうな」

 その言葉にドロロは息をのんだ。

「一応、気をつけとけよ。あの年頃のガキンチョは行動力もあるから、何しでかすか分からないぜ」

 この人、誰もいないのに会話してる!

 ──携帯電話というものを知らないドロロは、

「で、でたー! 怪しい人だー! 助けてーッ、死ぬぅー!」

 と逃げ出した。


   ※


「少しは情けないと思わんのか」

 ゾフィアは怒っていた。

 MUセミナーセンターから引き上げ、安定堂へもどってきた悠梨たち。

 一度はすっかりダウンした悠梨も、やはり若いので回復が早く、もう何でもないくらい元気になっていた。

「でも、本当に死ぬかと思ったんだよ」

 ドロロが懸命に弁解するも、それをばっさり切り捨てるように

「それが情けないと言っているんだ。何かあれば、すぐ死ぬぅ死ぬぅと泣きわめいて。それが既に死んでいる奴の吐く言葉か」

「死んでいても怖いものは怖いよ!」

「やかましい! だからおまえはいつまでもネガティブなんだ! この、ヘニョレータ!」

「ヘ、ヘニョレータ!? ひどいよ、ゾフィ」

 叱咤を頭から浴びせられ、ドロロは涙目になった。

「まあまあ、ゾフィアくん。もうその辺で許してあげなよ」

 と、シズメがゾフィアを見下ろしながらなだめた。

 堂々とあぐらをかくその姿に女子らしさは微塵もないが、その畳まれた長い脚の中にすっぽりゾフィアが腰を下ろしているのである。まるで座イスだ。

「ふん。まあ、いい。……それにしても、今日の説教はなかなかのものだったな」

「それほどのものだったの?」

 ダウンしたせいでまともに聞けなかった悠梨が目を丸くした。

 この小生意気なゾフィアが持ち上げるのであれば、相当なものと思わねばならない。

「私も長らく地獄で数々の説教を浴びせられ続けたが、それでも今日のは実にひどい。つまらなさで言えば、史上5本の指に入るだろう」

 結局こきおろすのか。悠梨は急に興味を失った。

「むしろ、あれを最後まできちんと聞いてやった私をほめてやりたいくらいだ。──おい、イミーラ。何をぼさっとしている。早くほめろ」

「イミーラさんは自分をほめるので手いっぱいデス」

「おまえのどこにほめられる点があるのだ。せいぜい、脚の短さくらいだろう」

「ツラの皮の厚さ以外なら大体、あなたより優れているのデスがね」

 また始まった醜い内輪もめを無視して、

「結局、分からないことの方が増えちゃったわね。いったい、何が起きているのかしら」

 悠梨がため息をつく。

「口の減らない奴だな。今日からおまえは“アシガミジカ=イミーラ”に改名しろ。さもないと絶交だ」

「なら喜んで絶交デス。この気高きドラ=イミーラの名を侮辱する輩を、イミーラさんは友達と認めないのデス」

「考え事してるんだから、静かにしてよ!」

 と悠梨はどなってしまうと、その横にいたホーネットがゾフィアたち2人の方を見て、不気味なほどさわやかにほほ笑みながら

「ずいぶん、おイタが好きなおくちね。これ以上さわぐようなら、私がオトナの舌使いを直に教えてあげるわ」

 ──2人は、いや、なぜかドロロまで加わった3人は、そろって青ざめながら、黙って首を縦に振った。

「でも、結局、どういうことなのかしら。分からないことの方が増えた気がするわ」

 と、悠梨は腕を組んだ。

「聡子さんのご主人が本当に仕事を辞めていたとしたら、聡子さんにウソをついていたことになる。なんで、そんなことをしたのかしら……」

「私はそうは思わないわ」

 ホーネットの言葉に、悠梨は身を乗り出した。

「どういうこと?」

「まだ断言はできないけどね、私はあのセンター代表の人が本当のことを言っていたとは思えないわ」

「あの人が? いい人そうに見えたけど」

「なかなかの役者ね。……ユーリが倒れたことが向こうの計算の内かは分からないけど、あの対応は、私たちが単なる客じゃないと最初から見抜いていたからよ」

「見抜いていたって、どうやって?」

「昨日、裏口でシズメが暴れたじゃない。あの一件で私たちは要注意人物とみなされていると思うわ」

 ホーネットがそう言うと、シズメが口をはさんだ。

「あんなの“暴れた”のうちに入らないよ」

「やられた向こうは、そう思ってないでしょうね。──あの代表の人、ユーリが聡子さんについて尋ねたとき、なんて言ったか覚えてる?」

「ずいぶん腰が低い対応だったわね」

 と悠梨が言うと、ホーネットはうなずいた。

「ええ。ただ名前を出しただけなのに、スラスラと弁明してくれたわね。それも、こっちが訊いてないことまで。むしろ聡子さんと私たちがどういう関係かくらい、私たちに訊いてきても良かったんじゃないかしら」

 と述べながら、ホーネットは意味深な笑みを唇に浮かべ、

「訊かなかったのは、事前に知っていたからよ。私たちと聡子さんが、同じサイドにいる人間だってね」

「ホネちゃん、人間だったの!?」

 ドロロがすっとんきょうな声を上げた。

「変なところだけ拾わないでよ」

 とホーネット、苦笑い。

「あなたの考えすぎってことはないんデス?」

 ドラ=イミーラは懐疑的だった。

「確かにね。確証なんてないし、もしかしたら私はただ、悪女だった頃の私の鏡像を、あの代表に重ねて見つめているだけなのかもね。……それもこれも、真の愛の経験が足りないからなんだわ。誰か、私と心の空洞を愛で埋めあいましょう」

「あなたって人は、本当に隙あらば発情するんデスね」

 とドラ=イミーラは呆れている。

「あたためて!」

 と、ホーネットがドラ=イミーラにしがみつく。恐怖に満ちた悲鳴が安定堂に木霊した。

 それにしても……。悠梨は頭を抱えてしまう。

「ユーリくん、まだ頭痛いの?」

 シズメは覗きこんだ。

「違う。ただ、こういうややこしい考え事って苦手なのよ。何が本当のことか、分かんなくなってきちゃう」

「分かるよ、ボクもそうなんだ」

 と、シズメがうなずく。

「そういうときは、何もかも忘れちゃうのが1番だよ。明日食べるご飯が美味しければ、それで良いじゃない」

「それはちょっと割り切りすぎよ」

 と悠梨は顔をしかめた。


   ※


 ……安定堂へ戻ってきた時間自体がだいぶ遅かったので、外はもう真っ暗。

 電気も来ていない安定堂はもう真っ暗で、明かりと言えばろうそくくらいのものである。

 幼いころの悠梨は、よくここで曾祖父と2人で夜を明かしていた。母、真琴は仕事でこんつめて、帰ってこられない日も珍しくなかったのだ。

 街中に本当の家があるので、最近はここで夜を過ごす機会はほとんどなくなってしまった。特に曾祖父の死後は1度もない。

 久しぶりの夜の安定堂。

「私、今日、ここに泊っていって良い?」

 悠梨はろうそくの明かりに浮かぶ死人たちの顔を見た。

「良いも悪いも、元はユーリくんの家の土地なんでしょ。ボクたちの方が居候なんだから、遠慮することないよ」

 シズメが答えた。

 真琴にはメールで、友達の家へ泊まると伝えた。安定堂に死人を泊めさせてあげているとは、まだ一言も言ってない。

 外泊もそう珍しいことではないので、いつも通り、あっさりと許可はおりた。

「でも、食べ物はないデスよ」

 ドラ=イミーラが言った。ホーネットに襲われたせいか、少しやつれているようにも見えた。

「イミーラさんたちはそれで困らないデスが、ユーリは人間デスよね? それで良いんデス?」

「草ならある」

 と、ゾフィア。

「いいわ。明日の朝、がっつり食べるから」

 悠梨はそう答えた。僧職系ではあっても、草食系ではないのである。

 ──月が空のてっぺんに昇った。邪魔な明かりもないので、ここで見る夜空はひときわ綺麗なのだ。

 昔は曾祖父と見ながら、星座を覚えていったものだが……。

 庭先へ出て久々の山の夜風を満喫しながら、1人、過去の思い出にひたっていると、

「ユーリ。隣、もらうぞ」

 ゾフィアが横にちょこんと腰かけた。

「どうかした?」

「話があって来た。良い話が2つセットで、今ならコーヒー1杯だ。どうする?」

「また吹っ掛ける気ね?」

「払ってくれないのなら、それはそれで構わん。この話を墓まで持っていくだけだ」

「もう墓に入った身でしょ。……ま、せっかくだし聞かせてもらうわ。でも、今ここにコーヒーはないわよ?」

「おまえとは長い付き合いになりそうだからな。特別に後払いで許してやる」

「相変わらず偉そうね。大した話じゃなかったら払わないわよ」

 と答えた悠梨は、自分でも気づかないうちに笑っていた。

「おまえ、今日、あのホールでケチョンパンにされた原因をアロマエッセンシャルと聞いた、とか言っていたな?」

「何がケチョンパンよ。それで、それがどうかしたの?」

「私ほど嗅覚に優れた死人はいない。確かにあの時、私も、変わった植物の匂いがすることに気がついた」

「話って、それのこと?」

「あわてるな、ここからが本題だ。実はあの匂いを私が嗅ぐのは、現世に来て2度目でな。1度目はどこでだと思う?」

「勿体ぶらないでよ。すぱっと言って」

「この前、私をひき潰した大きな車があっただろう。あの車の中で事故死した男の死体からだ」

 その言葉に、悠梨の目が丸くなる。

「何ですって? それ、本当なの?」

「私はイミーラと違って、つまらんウソは吐かん」

 ゾフィアはぐいと胸を張った。

「しかしあの匂い、過去にも嗅いだことがある気がするな。生前のことか、地獄でだったかは覚えていないが」

「なんでさっき言ってくれなかったのよ」

「あの場では情報料をせびりにくかったのでな。どうだ、聞いてよかっただろう?」

 ケチ!

 ──しかし、そうなると話はまた変わってくる。

 ただ座っていただけの悠梨を窮地に追いやった匂いだ。あれにやられたら、トラックの運転なんてできるはずがない。

 それに、遺体から危険ドラッグの成分が検出されたという報道とも整合する。

 今日の話では、空調であの匂いを広めていると言っていた。トラックなら? エアコンに細工すれば、あまり難しそうな話ではない。あの運転手が、それにやられてしまったとしたら。

 これはただの事故ではない。もはや殺人事件といっても過言ではないだろう。

 そして、その匂いの元となる薬をMUセミナーセンターは確実に持っている。それに、あの運転手とセンターは赤の他人ではなかった。

 悠梨の中で、何か断片的な情報が1つの糸になっていくのが分かった。

「それで、もう1つの話なんだがな」

 ゾフィアがおもむろに口を開いた。

「そう言えば、話は2つあるって言ってたわね。もう片方は何なの?」

「こっちの方がよりシリアスだ。場合によっては、おまえも無事では済まないかもしれない」

「何よ」

 と悠梨が固唾を飲みながらうながすと、

「単刀直入に言う」

 ゾフィアは、いたって真剣な顔で答えた。

「寝るときはホーネットに気をつけろ。あいつの夜這いは相手を選ばないぞ」

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