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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
4/18

手荒い歓迎

「うそ……でしょ……」

 悠梨が思わず口から言葉をもらした。

 激突したトラックと樹木に挟まれたまま、ゾフィアは微動だにしない。人間なら、まず即死だろう。

 地獄から来た死人が死ぬことがあるのかは定かでないが、少なくとも無事ではあるまい。

「どうしたの?」

 遅れてホーネットやドラ=イミーラがやってきた。すると、

「……ど」

 唐突に、力なく垂れていたゾフィアの腕が動いた。がっちりとトラックの前面をつかむと、力強く押し返そうとしはじめる。

 木がみしみしと鳴り、わずかながらにトラックが後ろへき出した。

「どうも、こうも、あるか!」

 と、力強い声とともにゾフィアのか細い腕がトラックを相手に奮戦する。

 ようやく人一人が抜けられるくらいの隙間ができたところで、ゾフィアはそこから地面に転げ落ちた。

 顔も手足もすっかり血まみれ──墨汁のような黒い血だったが──になっていた。

「ちょっと、大丈夫なの!?」

 と悠梨が問いかけると、ゾフィアは怒りに満ちた目できっと悠梨をにらんだ。

「私を愚弄するな! この程度の責めで、私が音を上げるとでも思っているのか! バカかおまえは!」

「ば、バカとは何よ! 心配してあげたのに」

「心配しろと頼んだ覚えはない! 私は怒っている! 怒っているぞ! ぷんすかぷんぷくりんだッ」

 ゾフィアは語勢を強めながら顔についた血を拭うと、すくっと立ち上がった。

 今、トラックにひかれたとは思えないほど確かな足取りで、トラックのコンテナの横に立ち、

「おい、よくもやってくれたな! この中にいるのは分かっているんだ、観念して出てこい!」

 と声を荒らげる。馬車のように、後ろの部分に人が乗っていると思いこんでいるのだ。

「心配するだけ無駄デスよ」

 唖然としてしまった悠梨の肩を、ドラ=イミーラがぽんとたたいた。

「憎まれっ子、世にはばかるというじゃないデスか。ああいう奴ほど、しぶといものデス」

 しぶといとかいうレベルじゃない。

 そのとき、トラックが大きくぐらっと揺れると、おもむろに浮き上がり始め、

「はっけよいのかけ声もないうちに、不意打ちとは卑怯だぞ!」

 と、シズメの声。

 浮いているのではなかった。トラックの下敷きになっていたシズメが、たった1人で車体を持ち上げているのだ。

「ボクは、まだ、負けてない!」

 威勢のよい声と一緒にシズメは、重さ数トンものトラックをバーベルのように高々と担ぎあげてしまった。

「シズメ、そいつを地面に叩きつけろ! 私も噛みついてやらないと気がすまん!」

 ゾフィアも相変わらず吠えている。

「あんたたち、本当に人間じゃないのね……」

 最初は心配していた悠梨も、すっかり呆れてしまっていた。

「シズメ、ゾフィア、その辺にしておいてあげなさい。中に人間が乗っていたら、あまり乱暴するのも悪いわ」

 ホーネットが声をかける。

 それを聞いて、悠梨はハッと気づいた。まだ運転手や同乗者の無事を確認していない!

「バカを言うな! 私は死ぬほど痛い目にあったんだぞ!」

 ゾフィアはすっかり頭に血がのぼっており、とても人の話に耳を傾ける状態には見えない。なので悠梨は、シズメの方に声をかけた。

「ねえ、そっとおろしてあげて。中の人が今の衝突でケガしてるかもしれないでしょ。助けなくちゃ」

「え? うーん、そっかぁ。じゃあ、乱暴を働くわけにはいかないなぁ」

 そう間延びした口調で答えると、シズメはできる限り静かに車体を地面に下ろした。

「人が乗ってるのはこっちよ」

 と悠梨が運転席の方へ回り込む。

 ひしゃげた車体のドアの取っ手にてをかけたが、その手をゾフィアが振り払った。

「私はまだ許すとは言ってないぞ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。早く──」

「やかましい! これは私に売られたケンカだ、おまえは引っこんでろ!」

 そうまくしたてると、ゾフィアは車体によじのぼり、割れた窓から中を覗きこんだ。

「おい、貴様! よくも……」

 ふいに言葉が途切れた。何がどうしたのかと悠梨が思っていると、ゾフィアが振り向きながら地面へ降り立った。

「中の人間は死んでた」

「え? 死んでたって、本当に!?」

 思わず悠梨は聞き返した。

「とか言ってゾフィア、あなたが殺したのではないんデスか?」

 ドラ=イミーラがいぶかしみながら言葉をかけると、ゾフィアは眉を吊り上げた。

「私を疑う気か? バカめ、私はそんなつまらん嘘を吐くような、チンケな小悪党ではない」

 と、ドラ=イミーラや悠梨に詰め寄る。

「それに、あんな速度で正面衝突すれば、中の人間だって死ぬだろう」

「それはそうかもしれないけど……、どうしよう」

 悠梨はすっかり困ってしまった。

 交通事故にまきこまれ、しかも犠牲者がでている。まるで経験も想定もしたことのない事態だけに、どうしてよいのか分からない。

 しかし、警察を呼ばないといけないことだけは確かだろう。

 すると問題になるのは、地獄から来た死人たちの処遇である。

 うっかり死人が甦ったことがあらわになってしまったら、交通事故よりそちらの方が大々的に扱われてしまうだろう。

 ホーネットが助けてくれなければ、悠梨は今頃トラックにはねられていたわけだし、そんな命の恩人を“蘇った死人”と悪目立ちさせたくない。

「ひとまず、警察を呼ばなくちゃ。ここには私1人で残るから、あんたたちはどこか適当なところで身を隠してて。素性を知られたらまずいんでしょ?」

「そう言えば、ドロロくんはどうしたの?」

 シズメが能天気な声を出した。言われてみれば、見当たらない。

「どうせ真っ先に逃げ出したんだろう。あいつは筋金入りの臆病者で、しかも逃げ足は音速なみだからな。じきにもどってくるはずだ」

 ゾフィアが不愉快っぷり全開の顔で答えた。

 面倒なことになったな、と悠梨が腕を組むと

「なんだあ、こりゃあ?」

 と上の方から声がした。

 ちょうど破られたガードレールのすぐ隣に軽トラが止まっており、すぐそばには老夫婦がこちらを見下ろしている。

 2人はこの山の一角に畑を構える農家だ。悠梨の曾祖父とは深い親交があったので、悠梨もよく知っている。

「あんた、事故だよ、事故」

「見りゃあ分かる」

「ならぼさっとしてないで、警察に連絡したらどうなんだい。あんたはいつもどんくさいんだから」

「おまえだって、人のこと言えたもんじゃないだろうに」

 ぶつくさ言いながら、夫の方が軽トラの運転席へ戻っていく。

「あれま、誰かと思ったら尼ヶ崎さんとこのチビちゃんかい。ケガはないかい」

「ええ、私は大丈夫……です」

 悠梨は歯に物の挟まったような答えを返した。

 ──しかし、なんと間の悪い。これでゾフィアたちがここを去っては、不審に思われてしまうだろう。

「それにしても、現世はもう少し良い場所だと思っていたんだがなぁ」

 ゾフィアはすっかり不貞腐れながら、その場に胡坐をかいた。


   ※


「すると、あなた方は危うくトラックにひかれかけた、と」

「はい、そうなんです」

 大勢の警官が事故現場で作業するのをそばめに、悠梨は事情聴取を受けていた。

 死者5人は──ドロロもべそをかきながら無事に戻ってきた──少し離れた場所で事態の推移を眺めている。

「それで、他の方は?」

「あの、先ほども言ったと思いますが、気分が悪いというのであっちで休んでいます」

「ああ、失礼、そうでしたね」

 聴取にあたっていたのは若い警官で、周囲のベテランたちに比べれば、いまいち要領が良さそうに見えない。

 このまま何も聞かず、5人だけでも離してくれないかな、と悠梨は思っていた。

「すみません。あとは私が話すので、他のみんなは帰してあげてもいいですか? いつまでもここにいさせるのもかわいそうなので」

 と悠梨が言った、そのとき。

「おい。話はまだ終わらんのか」

 まさに最悪のタイミングで、しびれをきらしたゾフィアがやってきた。

 先ほどトラックと激突した際に負った大ケガは、不思議とほとんど塞がっていたが、服が血まみれになってしまったのはどうしようもない。

「君、ひどいケガじゃないか!」

 その若い警官が驚く。

「なんで出てきたのよ。話がややこしくなるじゃない」

 悠梨が小声で文句を言うもすでに遅く、その警官は大慌て。

「おい、誰か! 医者でも何でもいいから人をよこしてくれ! 小さな子が血まみれに──」

「騒がしい奴だな」

 ゾフィアは他人事のように呟いたが、すぐにニッと笑い、

「よし、黙り方を教えてやろう」

 そこからは一瞬の出来事だった。素早く警官の背後に回りこんだゾフィアは、ぴょんと跳び上がり、警官の首筋に歯を突き立てた。

「あ、バカ! 何やってるのよ!」

 あわてて悠梨が警官からゾフィアを引きはがす。

「すみません、友達がとんでもないことして……、あの、おまわりさん? 大丈夫ですか?」

 そう聞いてしまったのも無理はない。

 噛まれた警官は棒立ちのままうんともすんとも言わず、白目をむき、肌も徐々に土色になり始めていたのだ。

 ゾンビに噛まれた人間もまたゾンビになる、というのはよく映画である話だが、実際にそれを目のあたりにするのは(当然だが)初めてだった。

「あんた、いったい何をしたのよ」

「案ずるな、後で元にもどす。四の五の言うと、おまえにも噛みつくぞ」

 ゾフィアは悠梨の手を振り払うと、すっかりゾンビのような姿と化した警官の前に立った。

「おい。私に噛みつかれたからには、今からおまえは私の奴隷だ」

「あ……」

 と警官がうめく。

「奴隷になったからには、おまえは私の言うことを聞かないといかん」

「あ……、あ……」

 とても会話になっていないが、ゾフィアは満足げにうなずいた。

「うん、そうだな。まずは肩でも叩いてもらうか。それが終わったら食事の準備だ。それから──」

「ゾフィア!」

 と、すごい剣幕でホーネットがやってきた。

「いくらなんでも横暴が過ぎるわよ。いきなり大騒ぎを起こして、現世にいづらくなったらどうする気?」

「そうなった後のことは、そうなってから考えれば良いことだ」

「良くないわよ。本当にバカなんだから。ひとまず今日は引き上げて、明日からどうするか考えましょう」

「おい、私は今、おなかがぺこりんぼなんだぞ。飲まず食わずのまま帰れるか」

「おだまり。これ以上、私のハネムーンをめちゃくちゃにする気なら、その口、キスでふさぐわよ」

 ホーネットに攻め寄られ、ゾフィアは実に渋い顔でゾンビ警官の方を見た。

「おい、もう元にもどっていいぞ。その代わり、私のことは全て忘れろ。良いな」

 警官がこくりとうなずいた途端、その肌に血の気がもどり始めた。そしてほんの数秒で、すっかり元通りに。

「あ、あれ? 僕はいったい……」

「大丈夫ですか?」

 悠梨が顔をのぞきこむと、警官は大きく伸びをして

「ああ。立ちくらみかな。いや、実はここだけの話、昨日は一晩中サッカーを見てたから、ほとんど寝てないんだ」

 どうやら、自分の身に何が起きたのかにも、全く気づいていないらしい。

「それより……、えーと、何の話だったかな……」

「え?」

「そうだ。そのとき、トラックはどのような走り方をしていましたか?」

 と、その警官は、さっきまで慌てていたのがウソのように平然としている。

 もうゾフィアのことは頭の片隅にも残っていないかのようだった。

「あの……、本当に、大丈夫ですか?」

「何が?」

 本当に自覚症状がないらしい。悠梨は、まるで自分の方が騙されているような気すらした。

 どういうことなのかと説明してもらおうと悠梨は振り向いたが、5人の姿はこつぜんと消えていた。

 まるで、最初からこの世に存在していなかったかのように……。

「え、えっと……。その、立ちくらみが」

「いや、これくらいは問題ないですよ」

 それにしても、いったいどこへ行ってしまったのだろう、と悠梨は思った。

 そう言えば最後にホーネットが、今日は引き上げると言っていたような気もする。

 引き上げる? どこへ?

 確か、行く宛てはないとも、地獄へは帰りたくないとも言っていた気がする。すると──

「……まさか、あいつら」

「ん?」

「あ、いや、こっちの話です」

 適当にごまかしながら、悠梨は空を仰いだ。

 ──まさか、安定堂に住み着く気ではないだろうな!


   ※


 普段のエネルギッシュな悠梨なら、即座に安定堂へもどっただろう。もし死人らが勝手に住み着く気だったなら、迷わず追い出したに違いない。

 しかしこの日は、彼氏をフッたり、蘇った死者と遭遇したり、トラックにひかれかけたり、警察の聴取を受けたりで、とにかく疲れていた。

 それに、よく考えてみれば、体を張って自分を守ってくれた恩人に対し面と向かって「ここから出ていけ」とは主張しにくい。

 なので安定堂へはもどらず、バイクで自宅に直帰。友達と開く予定だった“オールナイト女子会”はお流れとしたのだった。

 おかげで、仕事から帰ってきた母、尼ヶ崎真琴は自宅で娘の姿を見るなり、

「あら、今日は夜通し遊んでくるって聞いていたけど」

 と、銀縁メガネ越しに目をぱちくりさせていた。

「今日はサプライズの連続だったからね。もう遊ぶ体力もなくて、今夜はうちで寝ることにしたの」

 悠梨は、ゾフィアたちのことは誰にも言うまいと決めていた。

 こんな話を何の証拠もなくして、病院へ連れていかれたらたまったものではない!

「結局、あいつら、なんだったんだろうなぁ……」

 ──風呂にはいって髪も乾かして、ベッドに潜りこんだ悠梨は天井を眺めながらぼんやりと考えた。

 こうして日常に戻ってくると、あの時のことは夢か何かだったのではないかとすら思えてしまう。

 もしかしたら2度と会うことはないかもしれないと思うと、あれだけ常識知らずの奇天烈な連中だったのに不思議と、これで良かったんだろうかという気持ちが心の片隅に湧き上がる。

 だがそれも、すぐに眠気の波にかき消され、あやふやになってしまった……。

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