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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
13/18

反撃の時は来た

「これを女の子3人で、ねえ」

 かけつけた中年の刑事が、ぶっ壊れたドアの蝶つがいを見つめながら呆気にとられていた。

「ええ、まあ。必死だったもので」

 悠梨はどうにか無難な答えをしようと、頭をフル回転させている。

 事件で救急車を呼んだということは必然的に警察を呼ぶことになり、警察が来れば必然的にこうして事情聴取が始まる。

 しかし、ドロロが中の様子を察知し、ゾフィアがドアを壊し、ドラ=イミーラが蘇生に当たったことはそのまま説明するわけにはいかない。

 どれもこれも説明するには、彼女らが人間でないことを明かさねばならないからである。

 もっとも、

「3人? また私が数えられてない……」

 とドロロはまたしても、誰からも相手にされていなかったが。

「それより、刑事さん。聡子さんは……」

 悠梨が尋ねると

「うん、たったさっき連絡が入ったばかりだが、どうにか一命は取り留めそうらしい。応急処置してもらえたおかげだと、医者は言っていたよ」

 それを聞いたドラ=イミーラはにんまり笑いながら、隣にいたゾフィアを肘で突き

「デスって。ところでゾフィア、あなたは何の役に立ったんデス?」

 ──ビルの合間に落ちたゾフィアだったが、結局は本日2個目となるたんこぶを作っただけで、いたって元気。

 見た目があまりにピンピンしていたので、救急車でかけつけた医師たちは、さっぱり相手にしなかった。

「良かった。……あの、犯人は?」

「まだ逃走中だ。今、防犯カメラの映像を入手したところだが、君たちも犯人の顔を見たんだって? 何か特徴があったら、教えてくれ」

「でも、一瞬だけだったので……」

 と悠梨は口ごもったが、それを遮るように

「大柄な中年男性、口元にホクロ、まぶたは一重、眉毛はやや太めで無精ひげも生えていたデス」

 ドラ=イミーラが淀みなく語りだす。

「紙とペンさえ貸してくれれば、似顔絵でも描きマスよ」

 そんなわけで、警官の1人が無地のノートとボールペンを持ってくると、ドラ=イミーラはすらすらと手を動かし始めた。

 数分後、できた似顔絵は、そのまま指名手配ポスターとして掲げられそうなほどリアルな出来映え。

 まるで目前にいる人物の顔でも書き写したかのように、細部まで緻密に描きこまれていた。

「いや、ありがとう。まさか、こんな細かい情報が得られるとは思ってなかったよ」

 と刑事の方が面くらっている。ドラ=イミーラはにっこり笑って、

「王族のたしなみデス」

 ──事情聴取も終わり、解放された悠梨たちはマンションを後にしていた。

「それにしても、よくあそこまで細かい絵が描けたわね」

 と悠梨がほめると、ドラ=イミーラは得意げに胸を張った。

「ま、これぞ王族の底力デスよ。何の役にも立てないゾフィアとは、育ちが違うのデス」

「なんでおまえは、いちいち私をバカにしないと気が済まんのだ」

 ゾフィアはすこぶる機嫌が悪い。しかし、ドラ=イミーラはおかまいなしに、

「それが身分というものデスよ。王は崇めらるのが当たり前なように、バカはバカにされるのが道理なのデス」

 そこでついに堪忍袋の緒が切れたゾフィアが、ドラ=イミーラの頭をパシンと叩いた。

「いたっ! こ、この偉大なるイミーラさんの頭を叩くとは何たる無礼! 中の精密機械が傷ついたらどう責任をとるんデス!」

 ドラ=イミーラがあわてて頭を手で守る。

「精密機械?」

 悠梨が反射的に聞き返すと、ドラ=イミーラは少し間をおいて

「まあ、ユーリになら教えても良いデス。何を隠そう、このイミーラさんの右目は“ホルスの機械眼”という、特別製の義眼なのデスよ」

 言われて初めて気づいたが、よく見てみると確かに、ドラ=イミーラの右目は、カメラのレンズのようになっていた。

「しかも人間だった頃の脳髄も捨て、コンピュータと呼ばれる超最先端の機械脳を封入、さらにはこの機械眼で得た情報を直接解析できるようになっていマス。この目で見た映像を正確に記憶することなど、この機械眼と機械脳さえあれば造作もないことなのデスよ」

「あんた、そのまま何もしなくてもSF映画に出られるわよ」

 悠梨もいい加減、感覚が麻痺してきて、その程度のことでは動じなくなってきていた。

 しかしその脳は、テストのたびに一夜漬けに励む悠梨としては、少しうらやましいものだったかもしれない。

「ところで」

 とドラ=イミーラはゾフィアの方へ向き直ると、生意気そうに鼻を鳴らして

「ゾフィア、あなたはその腐りきった脳をいつまで使い続けるのデスか? だから、頭が悪いのデスよ」

「しつこいぞ、いい加減にしろ!」

 頭にきたゾフィアが、もう1度ドラ=イミーラの頭にゲンコツを叩きこむ。

 それがいけなかった。

 ドラ=イミーラの頭から、きゅるるるるとディスクが空回りする音が聞こえたかと思うと、そのままパタリと倒れて、本物の死体のように微動だにしなくなった。


   ※


 ふう、とため息をついて悠梨は暮れなずむ夕日を眺めた。

 ──もう、こんな時間か。

 というのも、“故障”したドラ=イミーラの処置にずいぶんと手間取ったのだ。

 まさかここへ捨ててはいけないので、怪力を誇るゾフィアに背負って帰ってもらおうとしたのだが、

「まあ、待て。良い機会だ。往年の大悪党であるこの私にたてつくとどうなるのか、おまえたちに改めて教えてやる」

 とゾフィアは目をギラつかせると、自分の指の腹を鋭い犬歯で傷つけた。そして、まだダウン中のドラ=イミーラの顔に向かって流れた血で落書きを始める。

 そこからはもうやりたい放題。まぶたに目を描き、鼻の下にヒゲを描き。

「なんだ。イミーラの奴より、私の方が絵がうまいじゃないか」

 と、文字通りの“自画自賛”を唱えたころには、ドラ=イミーラの顔はだいぶひどいものになっていた。

「見たか、おまえたち。これが悪事の手本というものだ」

「ただのイタズラじゃないの」

 と悠梨は思わず言ってしまったが、それでもゾフィアはすっかりご機嫌。

「さて、ユーリ、ドロロ、引き上げるぞ」

「私はバイクがあるから、歩いては帰れないわよ。ゾフィア、乗ってく?」

「バカ言うな。誰があんなのに乗るものか。それに私は、こいつを連れて帰らんといかんしな」

 ゾフィアは逃げるようにそう言いながら、そそくさとドラ=イミーラを担いだ。

 そういう経緯で死者たち3人を見送った後、悠梨はヘルメットを手に取りながら、すっかり薄暗くなった空を見上げて、もうこんな時間かと思ったのだった。

 この辺で1番大きな病院は市立病院で間違いないが、そこに到着する頃には、面会時間は終わってしまっているだろう。

 せめて聡子の容態だけでも教えてもらえないだろうか。そんなことを考えながら、バイクのハンドルを市立病院の方に切った。

 ただ、昼間に命を狙われたばかりの身なので、どうしても周囲を警戒してしまう。犯人はまだ逃走中なのだろうか。

 今回は捕まえそこねたが、もし警察が行方をつきとめられないようなら、この手で捕まえてやろうと悠梨は決意した。

 狙われている身だということは、また犯人の方からこちらへ接触してくる可能性が高いということだ。それを、返り討ちにしてやるのである。

 ゾフィアたちがいれば心強いが、もし自分1人で立ち向かわないといけなくなったとしても、悠梨はやる気だった。

 道なりにバイクを走らせていると、前方の歩道に見慣れたブロンドの後ろ姿が見えた。

「あれは……、ホーネット?」

 この春先に冬服を着こんでいる金髪の女性が、そう何人もいるとは思えない。

 速度を緩めながら近づき、そっとバイクを止めて横を見てみると

「やっぱり! ホーネットじゃないの」

 驚きながらヘルメットを外す。

「あら、ユーリ。奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 と、ホーネットはきょとんとして、

「まるで馬みたいな車に乗ってるのね」

「まあね。それより、聞いたわよ。素敵な出会いがあったんですってね」

「あら、耳が早いのね」

 ホーネットは少し照れながらも、嬉しそうだった。

「素敵な人でね、色々と連れていってもらえたの。また会う約束もできたし、いい一日になったわ」

「良かったじゃない。私なんか、この前、二股男にフラれたばかりよ」

「ユーリも、そう遠くないうちに愛し合える人に会えるわよ。でも、あまりにも不作だったら言ってね。私がもらってあげるから」

「……厚意だけ受け取っておくわ」

 と、悠梨ははぐらかした。──こういう親切な奴に限って、なぜか女なのである。

「そう言えば、事件の方に話は変わるど、あの洋館に出入りしていた連中、やっぱり例の組織の一員だったみたいよ」

「やっぱりね。こんなことになるなら、昨日、捕まえておくべきだったわ」

「何かあったの?」

 ホーネットはまだ今日のできごとを知らないのだ。

 悠梨は、自分が命を狙われたこと、聡子が正体不明の男に襲われ病院に運ばれたことを説明した。

「まあ」

 と、ホーネットは手で口元を押さえ

「そんなことがあったなんて。ごめんなさい、私、遊んでる場合じゃなかったわね」

「いいのよ。さすがのあんたも、未来予知まではできないでしょ?」

 悠梨はフォローした。

「私だって落ち度ゼロってわけじゃないもの。過ぎてしまったことより、これからのことを考えましょ」

「そう言ってくれると助かるわ」

 ホーネットもいくらか気が楽になった様子。

「それより、今から聡子さんの容態について訊きにいくところなの。命は取り留めそうとは聞いたけど、それ以降どうなったか知らないのよ。一緒に行かない?」

 と悠梨、2人乗り用に常備しているもう1つのヘルメットを取り出した。

「それに乗って? 私、乗れるかしら」

「運転するのは私だから平気よ。あんたは後ろで私につかまっていれば良いの」

「素敵ね。なんだか、白馬の王子様が迎えに来てくれたみたい」

 白馬どころか赤いバイクである。

 こいつは本当にブレないな、と悠梨はこっそり苦笑した。

「──いい? けっこう速度が出るから、落ちないでよ」

「分かったわ」

 ヘルメットをかぶったホーネットが後ろに乗る。

「じゃ、出発」

 とアクセルをまわし、速度が出始めたかと思うと

「きゃっ」

 と短い悲鳴とともに悠梨の背中からホーネットの気配が消えた。

 まさかの転落に、

「ちょっと、大丈夫!?」

 と悠梨は急いでブレーキをかけ、バイクを停めると、すぐにバイクから転げ落ちていたホーネットに駆け寄る。

 大したケガではなかったのか、ホーネットは痛がる素振りもみせず起き上がろうとしていたが、その姿を見て悠梨は思わず仰天。

 なんと、起き上ったホーネットは首から上がなく、

「あー、びっくりした。けっこうなじゃじゃ馬なのね……」

 と、そばに転がっていたヘルメットが、いや、その中におさまっていた頭部が呟いた……。

 ──病院に着いた頃には、もうだいぶ遅い時間になってしまっていた。

「着いたわ」

「まあ。これ、現世の建物の中でもけっこう大きい方なんじゃない?」

「病院だからね」

 と、面食らっているホーネットに説明しながら、悠梨は駐輪場へバイクを置く。

「問題は病院に入れてくれるか、ね。もう夜になっちゃったし」

「駄目ならどうするの?」

「明日にでも出直すわ」

 というわけで、悠梨とホーネットは正面の自動ドアから中へ入った。

 夜の病院というのは、どこだってそうだろうが、昼の騒々しさが恋しくなるほど静まり返っている。

 受付も閉まっているし、患者の姿もない。かすかにちらつく蛍光灯が、不気味にリノリウムの床を照らす。

「参ったな……」

 まったくもって今更な話だが、悠梨はそもそもこの病院の間取りをよく知らない。どこの課がどこにあるか、案内板を見なければさっぱりだ。

 増してや、聡子がどの病室にいてどういう容態なのかを確認するにはどこへ訊けば良いのかなど、とんと見当がつかない。

「どうかしたの?」

「どこへ行くべきか分からないのよ。ここまで来れば、あとは病院の人に訊けば良いと思っていたし」

「それは、困ったわね。あ、こっちに来る人がいるわ。あの人に訊いてみましょうよ」

 とホーネットが廊下の先を指さす。

 蛍光灯の明かりがほのかに照らすその廊下の先に、確かに人の姿はぼんやり見えたが、これでは患者か職員かも分からない。

「ここに人だったらいいけどね」

 と悠梨は言ったが、それがよく見慣れた顔だと気づいたのはその数秒後だった。

「あ……」

「知ってる人?」

「うん、まあ」

 と悠梨は気まずそうに引きつった笑みを顔に貼りつけて、

「うちのお母さんだ」

「あの人が?」

 ホーネットがそう訊いたときには、もう真琴の視線はしっかりと悠梨を捉えていた。

 こりゃ、また怒られるかな。悠梨の心模様は、病院のロビー以上に暗くなり始めた。


   ※


「お友達?」

 真琴が尋ねた。

「それと、日本語、分かる?」

「はい」

 と、愛想よくホーネットは微笑んで

「ホーネット・スケルティーンといいます。まだこの国に来て数日の身ですが、ユーリには本当にお世話になっています」

 ぺこりとお辞儀をした。

 3人はもう病院の駐車場まで出てきていた。

「こちらこそ、娘がずいぶん振り回しちゃってるみたいね」

 真琴がちらりと悠梨を見る。

 急に肩身がせまくなった悠梨は、首をすぼめた。

「いえいえ。右も左も分からない身ですもの、ぐいぐい引っ張ってもらった方がやりやすいですわ」

「そう思ってくれているならいいけど。……ご家族の方も、一緒にこちらへ?」

「いえ。家族と呼べるくらい親密な仲間ならいますが、血がつながっている人は誰もいません」

「大変ね。何か困ったことがあったら、私で良ければ相談に乗るわよ」

「ありがとうございます、助かります」

 よくこうも器用に立ちまわれるな、と悠梨はこっそり感心していた。

「あの、お母さん」

 悠梨が口を開くと

「聡子のこと?」

 すばやく真琴が、数手先の答えを返した。

「うん。じゃあ、お母さんもやっぱり、聡子さんのことで病院に来たのね」

「ええ。ここにね、昔からの友人が務めているのよ。いろいろ教えてもらえたわ」

 真琴はしっかり娘の目を見すえた。

「あなたが応急処置をしたことも含めて、ね」

「そこまで知ってるの?」

「ええ。あれだけ、もうやめなさいと言ったのに、まだ活動していたのね」

「うん、まあ」

 と悠梨、決まりが悪そうに目をそらす。

 真琴はしばし肩をすくめていたが、

「……今日のところは不問にするわ。あなたがかけつけていなかったら、聡子はそのまま殺されていたんだから」

 と言って、悠梨を驚かせた。

「お母さん。聡子さんは?」

「ひとまず命に別条はないところまで回復したらしいわ。でもまだ意識不明で、とても話なんてできなそうね」

「でも、助かったのよね。せめてそれだけでも訊きたかったの」

 にわかに悠梨の表情が明るくなる。

「悠梨」

 真琴は、そんな娘の顔をまっすぐ見つめて

「お願いだから、こんなことはもう今日で最後にして。もう事態は、子どもの遊びじゃ済まなくなってきているわ」

「大丈夫よ。もう子どもじゃないんだから」

「……とことん、私の娘ね」

 と、真琴はどこか遠くを見るような目になった。

「私も若い頃はそうだったわ。いつも自分の足だけで立っているような気がしてた。でもね、あなたを見て、守って、心配している人って、必ずどこかにはいるものよ」

「お母さん」

「あなたは1人で生きてるんじゃない。だから、無茶な冒険はこれで終わりにしなさい」

 真琴の言葉は、いたって物静かであったが、これまで浴びたどの言葉よりも力強いもののように悠梨には思えた。

 ──本当に、敵わないなぁ。

「バイクで来たのよね。私は車だからこれで帰るけど、その子を送ってあげたら、寄り道なしで帰ってきなさいよ」

 と真琴は車のドアを開けながら、悠梨に釘を刺した。

「良いお母さまね」

 走り去るテールランプを見つめて、ホーネットが言った。

「私も、お母さんって呼んじゃおうかしら」

「あはは……、本人と相談してみて」

 悠梨が渋い笑顔を貼りつけながら答える。

 ヘルメットを装着した二人は、再び夜のドライブへと乗り出した。

「ねえ、ユーリ」

 エンジンのうなり声に紛れてホーネットのささやきが耳に届く。

「なに?」

「あなた、もうこの事件から手を引かない?」

 その言葉に、悠梨の眉がぴくりと動く。

「……どういう意味?」

「言葉通り。あいつらは、私たち5人で締め上げるわ」

 赤信号の点滅が悠梨に、バイクをいったん止めさせる。

「私に戦力外通告を出す気?」

「気持ちは分かるわ。でも、相手はあなたを殺す気なのよ」

「だからって──」

「命も含めて、私たちに失う物は何もない。でもあなたは違う。──経験者として言わせてもらうと、そんな歳で死ぬって、けっこうつまらないわよ?」

「……ご忠告、どうも」

 他に車が来ないことを十分に確かめると、悠梨は再びアクセルを回した。

「でも私って奴は、このバイクほどブレーキの効きが良くないのよ」

「ユーリ、でも……」

「危険は承知よ。でもね、私の辞書では、“生きる”の反対語は“死ぬ”じゃない。“あきらめる”って書いてあるのよ」

 前から後ろへ流れ行く街灯の明かりを浴びながら、悠梨は堂々とした口調で語った。

「私はあきらめない。誰が止めようと、私は止まらない。あんたたちが5人でやるって言うなら、私は独立して1人でやる。それだけのことよ」

「そう。この乗り物に似て、じゃじゃ馬なのね」

「まあね」

 と悠梨は得意げに笑った。

 ホーネットは悠梨につかまる腕の力を強めて

「じゃあ、これだけは約束して。私たちを盾にしても良いから、絶対に危ない橋だけは渡らないで。私は、あなたを愛した人を悲しませたくないの」

「分かってる。善処はするわ」

 と、悠梨は答えた。


   ※


 街を抜け、安定堂へ続く山道を登る。夜の山は街灯も不十分でほの暗く、これ以上に怖い道はない。

 鹿や狸の飛び出しを警戒しながら突き進んでいると、

「あら、あれは──」

 と、悠梨がバイクの速度を緩めたのは、目前にゾフィアたちを見つけたからだった。どこかで合流したのか、シズメも一緒である。

「ちょうど良かった」

 悠梨はバイクを停めた。

「あら、奇遇デスね」

 と、復活していたドラ=イミーラが悠梨に気づいた。だが、自分の顔に落書きされたことには、まだ気づいていない様子。

「ホネちゃんも一緒だったんだ」

 と、ドロロが言うと、ホーネットは

「そうなのよ。2人きりの熱いランデブーを──」

「誤解を招くこと言わないの」

 即座に悠梨がさえぎった。

「それより、大切な話があるの。私も聡子さんも、命を狙われた。もうこれ以上、あいつらを野放しにはしておけないわ」

 もう悠梨は決意を固めていた。警察が動くまで待ってはいられない。さっきは1人でもやるなんて啖呵を切ってしまったが、それでもこの地獄の5人組だけが頼りだった。

「明日、殴り込みに行くわ。だからお願い、これが最後でも良いから、力を貸して」

「殴り込み? 待ってましたッ、やらいでか!」

 と、いの一番にシズメが歓声をあげた。

「そういう悪党討伐なら、このイミーラさんにお任せデスよ」

 ドラ=イミーラは、今日の活躍でだいぶ気が大きくなっているらしい。

「まあ、あなたのことだし、今さら止めても無駄よね。分かったわ、短期決戦にするわよ」

 と、ホーネットは悟っている様子。

「みんながやるなら、私も……」

 ドロロも消極的ながら決起してくれた。

「ありがとう。じゃあ、明日……」

 と言いかけて、悠梨はあることに気づいた。

 普段から人一倍、自己主張の強いゾフィアが仏頂面のまま沈黙を貫いているのである。

「ゾフィア? どうかした?」

「情けないと思わないのか、おまえたち。往年の大悪党がガンクビ並べて、このザマは何だ!」

 と、ゾフィアはまくし立てた。

「殴り込みは明日だ? なぜ明日まで待つ必要がある。“悪は急げ”というだろう! 先手必勝だ、今から行くぞ!」

 そう叫ぶと、周りが止める間もなく麓へ駆け出してしまう。

「ちょっと! いくらなんでも気が早いわよ!」

 と、悠梨は叫んだ。

 その隣でホーネットは肩をすくめていたが、何か思いついたのか、急に含み笑いを浮かべて、

「下ごしらえだけ済ませてしまうのも、悪くないわね」


   ※


「あーあ」

 と、その若い女は大あくびをしながらマンションのドアにカギを差し込んだ。

 長谷幸美。MUセミナーセンターの代表を務める浦部の、美人秘書である。美人、というところが実は重要なのだ。

 先日も飯倉聡子を力ずくで追い返した通りと、何かとMUセミナーセンターは力ずくで物事を解決する傾向がある。

 もちろん、そのような汚れ仕事はお抱えの用心棒に任せるのだが、用心棒はどれもこれもヤクザばかり。

 長谷は、そのヤクザをまとめる頭分の愛人なのである。秘書の地位は、そのコネで手に入れたのだ。

 代表の浦部はなかなか金回りが良く、長谷がこの高級マンションの最上階に家を構えられるのもその給金あってこそだ。ただの愛人だった頃は、こんな裕福な暮らしはできなかった。

 ──ドアを開けた途端、長谷は何だか妙な気配を感じた。

 一人暮で、同居人などいない。長谷を囲っている組長も、彼女を呼ぶばかりで、自分から来ることはなかった。

 なので、誰かがいることなど考えられないのだが、なんだか人の気配がする。

「何だっていうのよ」

 と不安をかきけすように呟きながら、中へ踏み入る。

 大体、マンションの入り口はセキュリティも完璧だし、ここのドアは鍵が特殊で、複製できないようになっている。

 誰かが忍びこむなど、あり得ないことなのだ。

 中へ入り、明かりをつける。荒らされた形跡は特にない。

 ベッドやクローゼットは勿論、印鑑や通帳を入れている金庫も手付かずだ。

 ほら見ろ、杞憂だったじゃないか。長谷は肩をなでおろした。

 安心すると急に喉が渇くもので、ミネラルウォーターをとりにキッチンへ向かう。

 だが、キッチンへ足を踏み入れた途端、長谷はぎょっとした。

 開けっ放しになった冷蔵庫の前で、見知らぬ小さな子が床にかがみこんで、一心不乱に何かを食い漁っている。

 やはり、侵入者はいたのだ!

 長谷が眉をひそめた途端、食いかけのキャベツがごろりと床に落ちた。

 途端、侵入者がヌッと振り返る。

 その顔は、ゾンビ映画からそのまま出てきたかのように、不気味な土気色をしていた。

 その視線は誤たず長谷を見すえている。サッと顔から血が引いていくのが、自分でもわかった。

「やっとお帰りデスね」

 という声が背後からしたときには、すでに長谷は肩に牙を突き立てられていた。

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