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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
12/18

悪夢、ふたたび

「やっぱり、分かりやすいって良いことよね」

 と言ったのはホーネットであった。

「分かりやすいと言うより、単におめでたい連中だというだけデスよ」

 ドラ=イミーラが冷やかに笑う。

 この2人にドロロも含めた3人は、MUセミナーセンターの裏口まで来ていた。

 いや、たどり着いたのがここだった、と言った方が正しいだろう。最初からここを目指していたわけではない。

 あの洋館から去る車に取りつけたホーネットの手を回収すべく、ホーネットを先頭にここまでやってきたのだ。

 分離した体のパーツがどの辺りにあるか、ホーネットには大体の距離と方角が手に取るように分かるのである。

 そしてついせきの結果として着いたのが、この裏口というわけだ。職員専用駐車場には、洋館から去っていった車が停まっている。

 半ば予想はついていたことだが、これで3人とも確信した。あの洋館は、ここの人間により管理されているのだ。

「さて、どう調理してあげマスかね」

 ドラ=イミーラは、早くも鬼の首を取ったよう。

「ひとまずユリィさんに報告しないと」

 と、ドロロが言った。

「そう言えば、ゾフィとシズちゃん、問題起こしてないかな……」

「シズメはああ見えて世渡りが上手いから、きっと大丈夫デスよ」

「ゾフィは?」

「あれが騒動を起こしたら、その時は縁を切って、これからは4人でやっていくまでデスよ」

 ドラ=イミーラ、ここぞとばかりにニンマリしている。

「ま、そんな時が来たら、今までさんざん無礼を働いた罰として、このスマートな脚であいつのおしりをキックしてやるのデス」

 どう見ても短足だ。 

「イミィ、そんな友達がいのないこと言わないでよ」

 ドロロは、毎日のように毒づかれていてもなお、ゾフィアのことを欠かせない友人だと思っているのだ。

「ホネちゃんも、そう思うよね?」

 と振り向いた。

 ホーネットは、いなかった。

 どこに行ったのかとキョロキョロ見渡すと、だいぶ後方にて1人の青年と何か話をしている。

「すみませんね、急に声かけちゃって。でも、本当に可愛い人だなって思っちゃったんで」

 実に分かりやすいナンパだが、ホーネットも満更ではないようで、

「あら、お上手ね。褒めたって、何もでませんわよ」

「上手といえば、日本語、お上手ですね。もうこっちに来てから、けっこう長いんですか?」

「そんなことないわ、来てまだ数日よ」

「数日でここまで慣れてたら上出来ですよ。そうだ、実は俺、留学生向けのツアーボランティアやってたことあるんで、どこだって案内できますよ」

「まあ、本当? でも、あなた、お時間は大丈夫? 私、長く付き合わせちゃうかもしれないわよ?」

「もちろん。今日はオフだから時間もありますし、これも何かの縁ってことで、任せてくださいよ」

「うれしいわ。来たばかりだから、頼れる人があまり多くないのよ」

 とホーネット、すっかり相手の青年に心を許している様子。

「ドロロ! あんな万年発情期なんて、見捨てて行きマスよ!」

 急にドラ=イミーラがプリプリ怒り出した。

 要は、ホーネットが自分のことを差し置いてまで、見ず知らずの男を相手しているのが気に入らないのである。嫉妬深いのである。かまってちゃんなのである。

「でもホネちゃんとまで別れたら──」

「ドロロ、あなたは常にイミーラさんの味方であれば、それで良いのデス」

 有無を言わさない口調で言われると、丸めこまれてしまうのがドロロだ。

「さ、ユーリと合流しに行きマスよ」

 とドラ=イミーラが促した。


   ※


「先生、何か分かりました?」

 悠梨は二階堂に尋ねた。

 約束の時間になったので、再び訪れていたのだ。

 ゾフィアとシズメは、双子といっしょにカフェへ置いてきたので、今もまだ楽しく盛り上がっていることだろう。

「まあ、座りなさい」

 と二階堂が椅子を促す。

「例の植物だがね、それらしい文献を見つけることができたよ。本当にこの植物と同じものなのか、断定はまだできていないけどね」

「その文献について、少し聴かせてもらえませんか?」

 悠梨が身を乗り出すように言った。

「うん。元は中米のような熱帯地方に分布していた植物で、原住民の間では医薬用に使われていたらしい」

「医薬用? 毒じゃないってことですか?」

「薬も過ぎれば毒となる、と言うだろう? 薬になるか毒になるかは、使い方の問題さ」

 と二階堂が答える。

 知識人の発言にはよくあることだが、悠梨はこのような、どっちともとれる答えがあまり好きではない。

 アンサーは、イエスかノーかで、きっぱりと!

「でも確かに、依存性は指摘されているらしい。ちょうどタバコのようにね」

「やっぱり、そうなんですか?」

「そう書いてあったよ。しかし、あまり詳細な記述は見つからなかったんだ。もう少し、時間をくれないかい? 調べてみれば、何か分かるかもしれない」

「お願いします」

 悠梨は迷わず依頼した。

「それにしても、こんなものを、いったいどこで手に入れたんだい?」

 と二階堂に訊かれ、悠梨は言葉を詰まらせた。

 本当のことを言うべきだろうか。言えば大事になりそうだが、だからと言って、調査を依頼した相手に隠し事をするのも変だと思い、

「すぐには信じてもらえないかもしれませんが、この草を悪用している組織がいるんです。それで私、そこからこの草を盗み出して、警察に届けてやろうかと思って」

「それで、確認のために私のところへ来たわけか」

「はい」

 意外にも二階堂は冷静だった。

 まあ、この講師が泡を食っているところなど想像がつかないのも事実だが。

「それならなおさら、もう少し詳しく調べさせてくれないかな。僕の調査不足で、警察に余計な迷惑をかけるわけにはいかないからね」

「お願いします。あの、終わったら連絡をいただいても良いですか?」

「もちろんだよ」

 二階堂はゼミの先生でもあるので、悠梨の連絡先くらいは知っている。

「よろしくお願いします」

 改めて悠梨は頭を下げた。──この人の教え子で良かった!

 そろそろ帰ろうと立ち上がったとき、ふと、悠梨は訊きたかったことがあったのを思い出した。

「先生、最後に1つだけ訊いて良いですか?」

「何だい?」

「この草、今は誰でも簡単に手に入れられるものなんですか?」

「うーん。そういうのには詳しくないが、きっと簡単じゃないだろうね」

 と二階堂が答える。

「でも、さっきも言ったけど、これは医薬用としての使い道もある。もしかしたら、医療に関わる人間なら合法的に入手できるかもしれないよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 と礼を述べながら、訊いた甲斐があったと悠梨は思った。

 もちろん、あの黒沼という医師を疑っているのだ。この一件に関わっているのは間違いなさそうだし、何より胡散臭い!

 今度会ったら、素直にズバッと問い詰めてやるか、それともカマをかけて反応を見るか。

 あれこれ考えながら悠梨は部屋を出て、エレベータに乗った。

 ちょうど1階に着いたとき、携帯電話が鳴りだす。

 双子がSOSでも送ってきたのかしら、とかけてきた相手を確認してみると、なんと相手は飯倉聡子だった。

 何かあったときには連絡を取りあえるように、連絡先を交換していたのである。

 それを踏まえると、調べたことを教えるには今が丁度良いタイミングだろう。悠梨は電話に出た。

「もしもし。悠梨です」

「聡子です。悠梨さん、ちょっと今、お時間、よろしいですか?」

 落ち着いた声ではあったが、何か困ったことがあるような気配がする。

「大丈夫ですよ。何かありました?」

「お話ししたいことがあるんです。本当は真琴さんに相談しようかとも思ったのですが、今、仕事中でしょうし」

 悠梨はちらっと時計を見た。この時間なら、母は間違いなく仕事の真っ最中だろう。

「実は、真琴さんには休むよう言われていたんですが、でも、どうしても本当のことを知りたくて、私、主人の知人を訪ねてまわったんです」

 私も止められました、と思わず悠梨は言いかけたが、グッとこらえて

「あの、聡子さん。無理だけはなさらないでくださいね」

「ありがとうございます。それより、少しずつですが、主人のいたMUセミナーセンターというところがどんな組織か、分かってきたんです」

 聡子の声が少しずつ熱を帯び始めた。

「調べるほど、おかしな組織でした。講演料も異常な料金でしたが、それとは別に会員から寄付金を集めていたそうなんです」

「寄付金?」

「ええ。それも、何十万や何百万も。それが原因でトラブルもあったそうですが、本人が望んで寄付したものなので、第三者の介入は門前払いされているみたいで」

「まるで詐欺みたいですね」

「本当です。多額の寄付をした人は個室で特別な話を聞かせてもらえる、とかいう話もあって。どんな話かは分かりませんが、今も申し込みは絶えないみたいです」

 こいつは相当な悪党だぞ、と悠梨は腹が立ってきた。

 あの毒草で中毒者をたくさん作り、その依存性を盾に、多額の寄付金を巻き上げているのだろう。ありそうな話である。

「それで、主人はきっと、組織のそういう実態を詳しく知っていたんだと、思ってしまったんです」

 聡子の声が涙にかすれはじめる。

「生活には困らないほどの収入があるのに、それでも子どものために仕事を変えるって。私、あの時はどういう意味か分かりませんでしたけど、主人はきっと、この子のために真っ当な仕事に転職しようとしていたんじゃないかと……」

 最後の方は、ほとんど絞り出すような声だった。

 もし悠梨が活火山だったら、今頃、この校舎は吹き飛んでいただろう。そのくらい熱い思いが、フツフツと湧き上がっていた。

「すみません、急に取り乱してしまって」

「いえ、気にしないでください。それより私も、直接あの建物に行って、調べてみたんです」

 と怒りを抑えながら、悠梨が言った。

 しかし、話せば長くなりそうだし、落ち着いて話せる環境がほしいとも思った。それに、警察へ届けることを考えると、合流した方が何かと動きやすいだろう。

「すみませんが、今からそちらへ伺っても良いですか? どうしても話すと長くなりそうなので」

「ええ、喜んで。ぜひ、お越しください」

 聡子の家の場所は、連絡先と同時に聞いていた。ここから少し遠いが、バイクで行けばそう時間はかからない。

「では、後ほど。今から伺いますので」

 と悠梨は電話を切った。

 1人で行くべきだろうか。頭の良いホーネットがいれば良かったのだが、あいにく、どこにいるか分からない。

 いるのは、配慮というものを知らないゾフィアと、とてもバイクには乗せられないほど重いシズメだけである。

 さて、どうしたものか。

「……あいつら、まだカフェにいるかしら」

 ひとまず悠梨はカフェテラスへ向かった。

 行ってみると、双子はもう退散した後のようで

「ずいぶん遅かったな、ユーリ」

 ゾフィアがカフェの外の壁にもたれかかっていた。すぐ横にはシズメもおり、

「あの双子くんなら帰っちゃったよ。あまりにもお金の心配をしてるみたいだったから、全部食べるのはまた次にしたんだ」

「カフェで全メニューを1度に食べる人なんて普通いないわよ」

 思わず苦笑がもれる。

「それより、これから行くところができたの。悪いけど、2人だけで先に帰っててくれない?」

「まあ、そう言うな。ついていってやろう」

 ゾフィアらしからぬ言葉だったが、表情が既に対価を求めていた。要は、すっかり味をしめたのだ。

「ただし、コーヒーゼリーは受け取らんぞ。あれは獣の皮の匂いがして、とても喰えたものじゃなかった」

「君は本当にがめついんだね」

 シズメも呆れている。

「今日は私だけで行くわ」

 と悠梨が言うと、ゾフィアは一瞬、目前でエサを取り上げられた子犬みたいな顔になった。

 そしてすぐに、不機嫌そうに唸って、

「ユーリ、冷たいぞ。こんなにも付き合ってやった私を袖にする気か」

「恩着せがましいわよ」

 悠梨はゾフィアの言い分を無視して、歩き出した。

 今日はいつも利用している第一駐輪所が満車だったので、少し離れた第二駐輪所にバイクを置いているのである。第二駐輪所へ行くには、正門より裏門を使った方が早い。

 大学の正門付近はいつも人や車が絶えず流れを作っているが、裏門は意外と静かで、そう人が来ることもない。

「本当に一人で行く気か?」

 ゾフィアは相当あきらめがつかないようで、まだついてきていた。

「ボクらもホーネットくんたちと合流しようよ」

 とシズメがなだめようとしても

「あいつらが私のところへ来れば良いんだ」

 と、耳を貸さない。

 まあ、そのホーネットがナンパ師に釣られてしまったことは、3人とも想像だにしていなかった。

「あのね」

 とゾフィアを咎めようとしたそのとき、悠梨はふと、道路の右手側から黒いワゴン車がこちらへ走ってくることに気づいた。

 それだけなら大して気にも留めなかっただろう。

 だが、せまい道だというのに、ワゴン車は高速道路でも走っているかのように猛然と加速してくる。

 それも、歩道に侵入し、大学の塀に車体の側面をすれすれまでくっつけているので、悠梨たちにはよけようがないのだ。

 このままだとひかれる!

「ユーリくん、さがって。このケンカ、ボクが引き受けるよ」

 シズメも、向こうが突っ込んでくることを悟ったのだろう。

 すばやく悠梨やゾフィアの前に踊り出た。

 もうワゴン車はすぐ目前まで迫っている。

「はっけよい!」

 と威勢よく声をあげたシズメは、そのままワゴン車の突進をもろに受けた。

 だが跳ね飛ばされるどころか、ほんの数十センチほどずり下がっただけで、両腕でしっかりワゴン者を受け止めている。

「良いぶちかましだ。けど、このボクに土をつけるには──」

 と言いながら、車体の底に腕をまわし、そのままワゴン車を高々と担ぎあげてしまった。

「まだまだ稽古が足りないよ!」

 シズメはワゴン車を道路に放り投げた。

 天井面から叩きつけられた車は、窓ガラスの破片をまき散らしながらバウンドして、何とかタイヤが道路につく。

 すっかり廃車同然のみじめな姿になったワゴン車は、またも急加速して、今度は逃げるようにその場を去っていった。

「なんだ、1回負けたらもうおしまいか。根性がないなぁ」

 シズメは子供のように渋っていたが、悠梨はそれどころではなかった。

 今の車の動き、あれは事故なんかではない。意図的に人を跳ねようとしなければ、あんな危険な運転はするまい。

 聡子の主人が事故に見せかけて殺されたように、いよいよ悠梨の命も狙われ始めたのだ。

 嫌な汗が、頬の横を流れていった。


   ※


「またこれに乗らせる気か?」

 とゾフィア、バイクを前に駄々をこねるの図。

 この前、バイクに乗せられた時にひどい車酔いを起こしたので、トラウマになっているのだろう。

「四の五の言わないの。急ぐんだから」

 おかまいなしに悠梨はヘルメットを渡した。

 1人で向かうことに心細さを感じたので、考えを改め、ゾフィアを、連れていくことにしたのだ。

 さすがにシズメは連れていけない。バイクに乗せるには重すぎる。

「こんなのに乗るくらいなら、自分の脚で走った方がマシだ」

「今回はちゃんと安全運転を心がけるから」

「言ったな? ウソだったら承知しないからな! 分かっているんだろうな!」

 渋りに渋るゾフィアをどうにかあやして、悠梨はバイクにまたがった。

 つい数分前に命を狙われ、少し焦り始めていた。このままでは自分の命も危ういが、聡子まで狙われだすかもしれない。

 多少、先走ってでも短期決戦を挑まねばなるまい。

「じゃあシズメ、また後でね」

「うん、行ってらっしゃい。ケンカが起きたら、呼びに来てね」

 シズメに見送られながら、悠梨はバイクのアクセルを回した。

 研ぎ澄まされたシズメの耳には、エンジンのうなり声に交じって、

「さっそく約束を破ったな!?」

 という悲鳴が届いた気がした。

「……地獄あがりの癖に、あんなので音をあげるなんて、ゾフィアくんも稽古が足りないなぁ」


   ※


「お、お、おまえを、し、信用した、私が馬鹿だった……」

 ヘルメットを脱がせた途端、青白さが2割ほど増したゾフィアの顔が現れた。

「十分、安全運転だったわよ」

 と悠梨は涼しい顔。

 聡子の住んでいるアパートから、最も近い駐車場である。

 すっかり弱ったゾフィアは、自動販売機にもたれかかりながら、

「何が安全運転だ。最初から殺す気だっただろう」

「もう死んでるあんたをどうしようって言うのよ」

「おまえ、覚えてろ。いつか絶対、噛みついてやるからな」

「はいはい。ほら、さっさと歩いて」

 と悠梨が促すが、何せ今、ゾフィアはひどい車酔いの真っただ中。ふらふらと歩くだけで精一杯のようだ。

 ただでさえ死人同然の見た目なのに、歩き方もしゃっきりしないと、いよいよ映画の中のゾンビそのものである。

 すると

「ユリィさん! やっぱりユリィさんだ」

 停められている車の影から、ひょっこりドロロが顔を出した。

「ドロロ? こんなところにいたの?」

「はい。ユリィさんの気配って、普通の人と少し違うから、見つけやすいんです」

「1人?」

「いえ、イミィも一緒です。ね、イミィ?」

「ユーリ、ひょっとして目が悪いんデス?」

 と車が言った。

 いや、脚が短いせいで、ドラ=イミーラの体が車体にすっぽり隠れてしまっているのだ。

「最悪だ。この最悪の気分の時に、最悪の顔が現れた」

 ゾフィアが毒づく。

 車体の影から出てきたドラ=イミーラは、ゾフィアへ乾いた笑みを浴びせながら

「おや? ゾフィア、どうしたんデス? ただでさえ見るに堪えない顔が、さらにひどいことになってマスよ」

「どんなにひどくなっても、おまえたちよりはマシだ」

「おまえ“たち”?」

 ドラ=イミーラと一緒にまとめて蔑まれ、ドロロが愕然とした。

「こんな数え方、されたくなかった……」

「口げんかは後回しよ」

 悠梨が仲裁に入る。

「それよりホーネットは一緒じゃなかったの?」

「あんな痴女、どうでもいいデス」

 と、ドラ=イミーラはむくれてしまった。

 仕方なくドロロが、どこかの青年に連れられてデートに行ってしまったことを説明すると

「なるほど。良いわね、出会いの機会に恵まれてて」

 と、先日失恋したばかりの悠梨が言った。

「帰ってきたら、お赤飯、炊きます?」

 ドロロは大真面目な顔で言った。

「胃のないあいつのために米を炊いてどうするんだ。私によこせ」

 ゾフィアはあくまで食欲に忠実な様子。

「それより、今、ゆっくりしてられないのよ。話の続きは帰ってからにしましょう」

「何かあるんデス?」

 ドラ=イミーラが訊いた。

「実は、今から聡子さんのお宅へ行くの。お互い、得られた情報を共有することにしたの」

「ただそれだけのために、私をあんな危険な乗り物に乗せたのか!?」

 ゾフィアが噛みつきそうな顔で怒鳴った。

「おまえは味方だと思っていたが、これは1度、考えさせてらうぞ」

「ユーリは最初から、あなたなんかの味方じゃないデスよ。このイミーラさんの味方デス」

 ドラ=イミーラが飽きずに突っかかる。

「あなたもそろそろ、ひざまずいて、このイミーラさんの味方に加えてほしいと媚びるべきなのデスがね」

「何が嬉しくて、おまえの短足なんぞに頭を下げねばならんのだ」

「王家の血をひく、この高貴なイミーラさんへの数々の冒涜を許してやるのデスから、安いものデスよ」

「安いのはおまえのプライドだ。そこまでして私に頭を下げさせたいのか」

 と、性懲りもなく互いにいがみ合う2人。

 悠梨は肩をすくめて、ドロロの方を向くと

「あんなの放っておいて、行くわよ、ドロロ」

「あ、待ってください、ユリィさん。置いていかないで」

 スタスタと歩き出す悠梨に、ドロロはそのあとをぴったりくっついていく。

「見ろ、おまえのせいで置いていかれたじゃないか」

「いちいちイミーラさんのせいにしないでほしいデス」

 取り残された2人も、あわてて後を追った。

「聡子さん、こんな高いところに住んでるんですか?」

 ドロロが見上げるのは、マンションのぴったり隣に建てられた、ちょっと低めの商業ビル。

 残念ながら、そちらではない。飯倉家が入っているマンションは、それよりもずっと高かった。

 それにしても、こんなにくっついていたら洗濯物も干せないわね、と悠梨は呑気に思った。

「これじゃないわ。隣よ」

「ひえぇ、もっと高かった! 私、高いところ、ダメなんです……」

「別に下を見降ろさないといけない場所なんてないから平気よ」

「でも、高いところに行くと、それだけで床をすり抜けて落ちちゃうんじゃないかって気がして……」

 と震えていたドロロだったが、マンホールの上を通ったとたん、その姿が魔法のようにパッと消えた。

「わーっ、死ぬぅ!」

 悲鳴はマンホールの下から聞こえてきた……。

 ──ゾフィアにマンホールを開けさせて、ドロロを回収すると、今度こそマンションへ入る。

「また突然、床、抜けたりしないよね……」

 階段を上るにつれて、ドロロは青息吐息。

「もう死んでいるくせに、何をおびえる必要がある」

「ゾフィ、死んでいたって怖いものは怖いよ……」

「地獄あがりの癖に、そんなので音をあげるなんて、どこまで情けないんだ」  

 と口を尖らせたゾフィア。同じことをシズメに言われていたとは、夢にも思わなかっただろう。

 6階まで登り、目的のドア番号を見つけると、悠梨は呼び鈴を鳴らした。

「みんな同じような扉だな。個性の主張でもしたら良いのに」

「好きでこうしてるわけじゃないわよ。これが普通なの」

 と悠梨はゾフィアに答えたが、すぐに小首をかしげた。ドアの向こうに、全く人の気配がないのだ。

「聡子さん、出てこないわね」

「いないんじゃないデスか?」

 ドラ=イミーラがまっとうな疑問をぶつけた。

「これから行くって伝えておいたのよ。変ね、どうしちゃったのかしら……」

「まさか居留守じゃあるまいな」

 ゾフィアが鋭い視線をドアに浴びせる。悠梨はため息をついて、

「そんなことして何になるっていうのよ」

「知るか。だがな、私はここに来るまでさんざんな苦労をしてるんだぞ。門前払いにされてたまるか」

「あなたの苦労なんて、どうでもいいんデスよ」

 ドラ=イミーラが冷ややかに口をはさんだが、ゾフィアはそれを無視し

「おい、ドロロ。おまえ、ドアをすり抜けて中の様子を見てこい。もし居留守だったら八つ裂きにしてやる」

「ええ!? 勝手に人の家へ入ったら、ただの泥棒だよ!」

「やかましい! 1度地獄に落ちたくせに、泥棒くらいでなんだ! どうせ相手にされないんだから、とっとと行ってこい!」

 怒鳴られたドロロは、悠梨が止める前にドアをすり抜けて中へ転がりこんでしまった。

「また無茶なことをさせたわね」

 と悠梨は呆気にとられてしまった。

「先約を取ったのに、出てこないのが悪い」

 とゾフィアが腕を組んだ途端、

「ぎゅあーっ!」

 ドアの向こうからドロロの悲鳴、いや、奇声が聞こえてきた。

 それと同時に、その当人が這いつくばりながらドアをすり抜けて戻ってくる。

「で、で、で、出たッ、出たーッ!」

「何が出たんだ。お化けか? ゾンビか?」

 と“ゾンビ”が訊くと、“お化け”は泡を食いながら

「ひ、ひひ、人殺し! 人殺しが、中にいて──」

「まさか……」

 それ以上、悠梨は言葉が出てこなかった。

 ゾフィアはすごい剣幕で、郵便受けに手を突っ込むと、そのまま力任せにぐいと引っ張った。

 蝶番が一瞬ではじけ飛び、ドアが玄関より引きはがされる。

「おい、貴様! 私の苦労を無にする気か!」

 と怒声をあげると、中にいた、黒帽子に黒い服の男がぎょっと顔をあげる。

そして男の手元には、縄で首を絞められ、既にぐったりしている聡子の姿があった。

「聡子さん!」

 悠梨が叫ぶと同時に、男がベランダの方へ逃げ出す。そこから逃げる気だ、と悠梨は直感した。

 ここは6階なので、隣の商業ビルに乗り移れる丁度良い高さなのである。

「逃がさんぞ!」

 ゾフィアが追いかけだしたときには、もう男は素早くベランダより隣のビルの屋上へ飛び写っていた。

 そのあとを追ってゾフィアもベランダに出ると、手すりの上に飛び乗り、長い舌を伸ばして男を捕らえた。

 だが、何せ手すりの上では安定性が悪い。

 男の抵抗によりバランスを失ったゾフィアは、前のめりに倒れ、そのままマンションとビルの合間へ転落してしまった。

「ゾフィア!」

 悠梨はすぐベランダに出ようとしたが、その手をドラ=イミーラがつかむ。

「ユーリ、あれは放っておいて良いデス。この人とちがって、何度殺されようと平気な奴デスから」

 確かにそうだ、と悠梨はう思い直した。

 ドラ=イミーラがゾフィアをけなすのは今に始まったことではないが、こればかりはもっともな話である。

「そ、そうね」

 まだ動転している頭を落ち着かせながら、聡子のもとへ駆け寄った。

「聡子さん」

 呼びかけたが反応はない。首に残った縄の跡が痛々しい。

 悪い予感に突き動かされ、そうではないようにと祈りながらその手をとってみたが、既に脈はなかった。

「まさか……」

「ユリィさん」

 ドロロが隣に来ながら、悠梨を呼んだ。

「もうすごく弱いですが、この人からまだ命の気配を感じます。今ならまだ死にきってないので、うまく介抱できれば、命を呼び戻せるはずです」

「本当!? よかった。私、応急処置してみるから、誰か救急車を呼んで!」

「キュキュシャ? なんデス、それ」

 ドラ=イミーラが首をかしげる。

 現世に来てまだ数日のこのふたりに、救急車を呼べと頼めというのも無理な話だ。

 半ばパニックに陥っている悠梨も、なんとかそのことに気付き

「分かった、私が呼ぶわ」

 と携帯電話で119をかける。

「もしもし。──救急車です、首をしめられた人が瀕死の重体で──」

 と、悠梨なりにどうにか現状を伝えようと躍起になっていると

「イミィ、何かする気なの?」

 と、ドロロの声がした。

 見ればドラ=イミーラ、聡子のすぐ横で膝立ちになり、自分の両手を見つめている。

「古い知恵デスがね、止まりかけた心臓を動かすには雷の力を浴びせるのが一番なのデスよ」

 と言った途端、その手から青白い電気の火花がバチバチと辺りへ散った。

「そして、イミーラさんは数々の機械化改造で、雷の力をこの身に宿しているのデス」

「じゃあ──」

「ふふん。人助けに対価も理由も求めないのが、高貴なる王族の責務なのデスよ!」

 と高らかに宣言し、ドラ=イミーラはその帯電した手で聡子の心臓付近を突いた。

 ドン、と鈍い音がする。なかなか乱暴な荒療治である。

「イミィ、どう?」

「二発目が必要みたいデスね。と言っても、すぐに十分な電気は溜められないので、とりあえず適当にマッサージして場をつなぐことにしマス」

 と、ドラ=イミーラは鳩尾の辺りを押し始めた。

「もしもし?」

 と電話に呼びかけられ、悠梨は自分が119をかけている最中だったことを思い出した。

「すみません。──え、住所? えーと……」

 正確な番地など分からないので、なんとか目印となるものを伝えて、場所を分かってもらう。

 幸いなことに、ここへ来るためにマンションの名前をメモしておいたのが決定打になった。

「はい、すぐお願いします」

 と悠梨が電話相手に頭を下げた。

 そのとき、

「ユーリ」

 真剣ながらも明るい顔をしたドラ=イミーラが、悠梨を呼んだ。

「ひとまず心臓は動き出したデス」

「本当!? やったわ、ありがとう!」

 と、悠梨に感謝され、ドラ=イミーラはもう有頂天。

「これぞ、偉大なる王族の力デス」

 と、ふんぞり返った。

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