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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
11/18

死体が闊歩する大学

「やっぱり、おなかすくわね……」

 そう呟いた時には、バイクのハンドルがコンビニに向いていた。

 悠梨は、安定堂から自宅へ帰る最中であった。こんな夜も遅い時間帯では、二階堂講師が大学にいる保証はないので、明日にでも行くつもりだ。

 そんなわけで今日は帰宅することにしたのだが、いかんせん安定堂は食べ物がないので、ハングリー精神をなだめることができない。

 あいにく、悠梨は飢えを雑草や石油で満たせるようにはできていないし、胃腸がない体というわけでもないのである。

 ならば、善(?)は急げ、だ。なに、コンビニでドーナツでも買えば少しは空腹感もおさまるだろう。

 そんなわけで、コンビニの駐車場の一角にバイクを停めた悠梨。キャラメル味とチョコ味、どちらのドーナツにするかさんざん迷った末に、結局どちらも(しかもキャラメル味は2個!)購入。

 人さえいなければ鼻歌でも口ずさんでいただろう、そのくらいご機嫌で自動ドアを出た。

 そこまでは良かったのだが、

「よう、ガキンチョ探偵」

 と声をかけられたので、一気にテンションが地に落ちる。

 まるで悠梨が出てくるのを待ち構えていたかのように、黒沼とかいうあの医師が出入口の前に立っていたのだ。

 格好からして、おそらくは仕事帰りなのだろう。特に髪型がだいばくたびれている。

 しかし、前回もそうだったが、いやに馴れ馴れしい。悠梨としては、これだけでムッとしてしまう。

「また会ったな。こんな遅くまで、探偵ごっこか?」

「……、何のことですか?」

 一瞬驚いてしまったが、その後とっさに悠梨はぼかした。

 “ごっこ”かどうかはともかく、MUセミナーセンターについて探偵のように調べまわっていたのは事実だ。

 なんで一介の街医者がそんなことを知っているのか。そもそも、この男、何者なのだろうか。

 考えてはみるものの、分かっていることが少なすぎて、何ら妥当な答えが浮かばない。 

「とぼけるのは結構だが、晩飯にしちゃそれは少し寂しすぎるだろう。優しいおっさんが、何かおごってやろうか?」

 どう見ても、“怪しいおっさん”の間違いである。

「私のこと、つけてたんですか?」

 悠梨が全力で睨みをきかすも、黒沼はいたって飄々と、

「よせよ、ガキのケツを追っかけまわす趣味はねえ。ただ、おまえさんは気づいてないかもしれないが、その茶髪はけっこう遠くからでも目立つぜ」

 と、ニヒルな笑みをこぼしながら答えた。

 バカにしてるんじゃないわよ、と叫びたい気持ちをグッとこらえ、悠梨は

「そうですか。夕飯はうちでしっかり食べますので、けっこうです。それじゃ」

 彼女なりの大人の対応をし、バイクのヘルメットをか被った。

「そうかい。でも、1つだけ言わせてもらうぜ、ガキンチョ探偵」

 と、黒沼は目を鋭くさせ、

「ワリィことは言わねえ、もうこの一件から手を引けよ。お母ちゃんが泣いちゃうぜ」

「ご忠告どうも。でも生憎、うちは筋金入りの放任主義なので」

 ──エンジンがうなり声をあげ、バイクが走り出す。

 肩をすくめる黒沼を置いて、もう悠梨はコンビニを後にした。

 本当はドーナツを食べてから走り出すつもりだったが、あんな奴にこれ以上、関わっていたくなかったのだ。

 とりあえずこのことは、夕飯のときにでも真琴に言おうと悠梨は決めた。別に助けを求めたいわけではない。単に、この怒りをぶつける相手がほしいだけなのである。

 いつもよりバイクをとばして──検問につかまらなくて本当に良かった!──自宅へ悠梨はたどりついた。

 このくらいの時間に帰宅することは、そこまで珍しくないので、まず問題ないはずである。

 いや、はずだった、と言った方が正しいかもしれない。

 玄関で待ち構えていた真琴は、ここ数ヵ月でも一番というほど機嫌の悪そうな顔をしていたのである。

「あ、お母さん……、た、ただいま……」

「……おかえりなさい」

 悠梨が精いっぱいの明るい顔を作ったというのに、真琴ときたら、目元も口元も笑っていない。

 人には怒ると声が大きくなるタイプと冷静なままのタイプの2種類がいるが、真琴は、悠梨が苦手とする後者なのだ。

 この重々しい雰囲気には悠梨も敵わない。いっそ、頭ごなしに怒鳴ってくれた方が、まだやりやすいかもしれない。

「ずいぶん遅かったじゃない。何をしていたの?」

「うん、まあ、ちょっとね」

「私は具体的な答えを求めているのだけど」

 もし相手が“怪しいおっさん”なら、先ほどのように突っぱねられるのだが、よりによってここは自宅で相手は実母である。

 しかも、この状況だとうまくぼかせるかも怪しい。悠梨の舌は、そう器用にはできていないのだ。

「言っておくけど、男の子とのデートとか、そういうのじゃないからね。むしろ先日、破談したばかりで、今はフリーで……」

「そう。で? 私は何をしていたのか訊いているのだけど?」

 銀縁メガネの向こうの瞳が、じっとこちらを見据えている。

 到底、言い逃れできそうな雰囲気ではなかった。

「……聡子の旦那さんの事故について、調べまわっていたってところかしら?」

「!」

 一発でぴしゃりと当てられ、悠梨はふいに心臓を握りつぶされたような感触すら覚えた。寿命も3秒くらいは縮んだに違いない。

「あ、いや、その……」

「観念しなさい。あなたは、ウソをつき通せるような子じゃないんだから」

 目を白黒させる悠梨に、真琴が畳みかける。

「……おっしゃる通りです」

 ついに悠梨は白旗をあげた。

 まったく、これでは真琴の方がよほど名探偵である。──放任主義をナメていた!

「どうして分かったの?」

「これでも、あなたの母よ。考えていることは、なんとなく分かるわ」

 真琴の声は、怒りから呆れの色へと推移していた。

「そういう捜査は、本職の警官に任せておきなさい。大学生の仕事は勉学に励むこと。バカな女だと思われると、将来、苦労するわよ」

「……はい」

 さすがの悠梨も消沈した。これでは、黒沼とかいう男の文句をぶつけるどころではない。

 こうも簡単に見透かされるようだと、事件の捜査も断念せざるを得ないかもしれない。

 ──もう、あと一歩で追いつめられるのに?

 サッパリした性分に見えて、1度意地になると急にあきらめが悪くなるのが、尼ヶ崎悠梨という女である。

 やっぱり、こんなところで引き下がれない!

 こうなったら、真琴に怒られることは覚悟の上で、短期決戦を挑もうと決意したのであった。

「あ、お母さん、ドーナツ食べる?」

 なお、これは賄賂ではない。


   ※


 翌朝。

「……おはよう」

「何が“おはよう”だ。さんざん人を待たせておいて、第一声がそれか」

 早朝一番、ゾフィアが毒づいた。

 そもそもここは、尼ヶ崎家のすぐ前。悠梨としては、いつものように大学へ出かけようとしただけなのだ。

 それが、どうしたわけか、ゾフィアが門前で待ち構えていて、しかも最初のセリフがあれというわけである。

 悠梨としても、待ち合わせなどした記憶はない。大学へわざわざゾフィアたちを連れて行こうとは思っていなかった。

 しかも、今日はゾフィア1人ではなく、

「待たせるも何も、ボクたちが勝手に押しかけただけだよね」

 と、シズメがゾフィアを諭すように言った。

「私はまだ、昨日の情報料をもらっていないんだ。ユーリ、早く払わないと延滞料がつくぞ」

「きな臭い友達を持ったなぁ」

 ユーリが言いたかったことを、シズメがとても簡潔に代弁してくれた。

「今日は2人だけ?」

 悠梨が尋ねると、シズメが答えてくれた。

「最初は5人一緒だったんだけどね。ゾフィアくんがここへ行くってきかなかったから、結局、ホーネットくんたちとは別行動になったんだ」

「へえ。ホーネットたちはどうしたの?」

「手を回収に行くんだって」

 そう言えば昨日、ホーネットは自分の手を本体から外して、車の追跡に使っていた。

 これが使い捨ての発信機ならそのままでも良いかもしれないが、自分の手なら、真っ先に回収へ向かいたいだろう。

「それなら、みんなで一緒に行ってあげれば良かったのに」 

「そうはいかん。まずはモーニングコーヒーだ」

 とゾフィアが腕を組む。

「あのね、私もこれから学校なんだけど。これでも一応、Q大生なのよ」

「おまえの都合は後で聞いてやる」

 その言い方に、さすがに悠梨もカチンときた。

「いい加減にしてくれないと、怒るわよ」

「怒ってみろ。こっちだって、ぷんすかぷんぷくりんだ」

「何がぷんぷくりんよ」

「ボクたちはどうせ暇なんだから、忙しい人にあわせてあげても良いんじゃないかな」

 シズメですら、ゾフィアの横暴にやや呆れているようだった。

「私が暇だと思うなよ。暇をつぶすのに忙しいのだ」

「つまり暇ってことでしょ」

 悠梨の口からため息がもれる。

「とにかく私はもう、学校に行かなくちゃいけないの。悪いけど、観光でもしながら時間つぶしてて」

 とバイクのヘルメットをかぶる。

 ゾフィアがすごい剣幕になって、

「踏み倒す気か? 私が許さんぞ!」

「ボクが許すよ」

 とシズメ、ゾフィアの足首をつかんで逆さまに持ち上げてしまった。

「おい、シズメ、私の邪魔をする気か!」

「うん。今のボクは言葉じゃ動かないよ。どうしてもって言うなら、力ずくで捻じ伏せてみなよ」

「小癪な。こうなったら、相手がおまえでも容赦はせんぞ! けちょんぱんにしてやる!」

 と叫ぶと、ゾフィアが舌をシズメの首筋に巻きつけ、思いっきり締めあげる。

 それでもシズメはびくともせず、悠梨の方を向いて

「ボクらはボクらで遊んでいるから、ユーリくん、来てくれるのはまとまった時間ができたらで良いよ」

 と、ウィンク。

 これで本当に男だったらアプローチでもかけるんだけどなぁ、と悠梨はこの“見た目美少年”を眺めたが、今はゆっくりしていられない。

 ゾフィアは何か言いたいことがあるようだったが、何せ口から長い舌を出したままである。ふがふがとしか喋れない。

「悪いわね。後で何かおごったげるわ」

 と言い残すと、バイクをとばし、大学へ急いだ。

 一時限目が、遅刻すると出席表に名前を書かせてもらえないことで有名な教授の講義なのである。

 しかも、きちんと学生の頭数を数えるので、双子らに代弁させることもできない。それなのに、必修科目。さんざんだ。

 だが、その講義さえ終わればまとまった時間がとれる。

 もちろん、昨日、山林の洋館より盗み出した毒草はきちんと持参している。

 これを二階堂講師に見てもらい、お墨付きをいただければ、まずは強力な後ろ盾を得たことになるだろう。

 その後のことは、それから当事者である飯倉聡子と共に考えればよい。

 ──運転中だったので、あまり深い考え事はできなかったが、ひとまず大学につくまでに悠梨は考えをまとめられた。

 おかげで講義中は有意義な二度寝(!)をガッツリかますことができ、一日のスタートとしては上々というところだ。

「尼ヶ崎くん、いつまで寝てるのかね」

「すぐに起きないと、君は落第だ」

 と声がして、

「起きてます! まぶたがくっついていただけです!」

 悠梨は飛び起きた。

 だがいつの間にか講義は終わっており、教室はがらんどう。

 残っていたのは悠梨と、その目前でニヤニヤしている双子だけだった。

「尼ヶ崎くん、君は本当にチョロいね」

「今度、単細胞の見本として論文に載せさせてもらうよ」

 声真似のつもりなのだろうが、まったく似ていない。

 こんなのに騙されたのかと思うと、悠梨は腹が立つやら恥ずかしいやら。

 そして双子は、年頃の女子としてはいささか品のない笑い声をゲラゲラとあげ続けている。

「ダメ無理ゴメン面白すぎて腹痛くなってきた」

「まず、この顔が顔だもん。カメラで撮って良い?」

「撮ってみなさいよ。バイクでひきつぶしてやるから」

 悠梨が思いっきり双子をにらみつける。

「悪かったって。代わりに旨い話があるから、それで許してよ」

 と、双子の片方がなだめにはいる。

「そうそう。今日、合コンがあるんだけどさ。女子側で1人ドタキャンしちゃって。悠梨、来ない? 会費は男側で全額負担だよ」

 もう片方の話に、一瞬、悠梨の思考が傾いた。

 普段なら、出会いの場とタダ酒というダブル好物に迷わず二つ返事を出しただろうが、それでも今日は事件の捜査の正念場。

 内心、すさまじく悔みながらも

「今日じゃなきゃダメ? 外せない用事があるのよ」

 この反応に双子は心底驚き、顔を見合わせる。

「え、これ蹴るの? またとないチャンスだよ」

「ここはひとつ、頭数をそろえないといけない私たちを助けると思って」

「そう言われてもね」

 悠梨の断り方は、いつもキッパリしている。

 だが双子も引き下がらず、

「さては私らに隠れて男を作ったな?」

「ねえ、紹介してよ。友達でしょ?」

 と、妙な勘違い。

「違うってば。この後、行くところがあるのよ。話の続きはランチ中に聞くわ」

 身支度を整えると、まだ未練がましそうな顔をしている双子を置いて、悠梨は講義室を出た。

 ここから多くの研究室が入っている棟へは、カフェテリアの横を通って、それなりに歩かないといけない。

 時間には余裕があるから焦る必要はないが。

「先生、いるかしら」

 まだ大学生なので、アポをとるということに不慣れなのである。もちろん、今回もとっていない。

 とりあえず“当たって砕けろ精神”を胸に、カフェテリアの横まで来た。

 だが、そこで悠梨は驚くべき光景を目の当たりにした。

 いつもそれなりに学生の入っているカフェだが、今日は小さな女の子が店の外からガラスに張り付くように、店内を見つめていたのだ。

 猫のような細い巻き毛に、中学生程度の背丈、服の袖から出ている手足は死人のような土気色。

「ゾフィア!?」

 悠梨が思わず呼んでしまうと、その通り、ゾフィアが振り返った。

「お、やはりここにいたか。ずいぶん探したんだぞ」

 いつも通りの恩着せがましい口調だったが、頭頂部から少し左に大きなたんこぶができている。シズメとのケンカの賜物だろうか。

「なんでここにいるのよ」

「同じことを2度言わせるな。おまえを探しに来たのだ」

「……なんでここだと分かったの?」

「“きゅーだいせー”とやらが集まる“がっこー”とやらはどこか、通行人に片っ端から聞いたのだ」

 まるで探偵の所業である。

 喋りすぎたな、と悠梨は少し後悔した。

 すぐそばにはシズメも一緒にいて、気さくに笑いながら

「いやあ、ゾフィアくんがどうしても行くって言うから、来ちゃった。大丈夫、迷惑はかけないようにするよ」

「まあ、来ちゃったものは仕方ないわね。あまり騒がないでよ」

「ここのコーヒーを飲んだらおとなしくなるぞ」

 ゾフィアの答えは、およそワンパターンなようだ。

「ちょっと待ってて。会わないといけない人がいるのよ。これさえ終わったら、買ってあげるから」

「何だと? 言っておくが、私はあと一秒たりとも待ってやる気はないからな」

「待ってくれたら、大きい方のサイズにしてあげるわ」

「よし、待とう」

 現金なものである。

「じゃあ、ここで待っててね」

 と悠梨は歩き出したが、

「そうはいかん。私もついていく」

 ゾフィアがすぐ後をくっついてくる。シズメも一緒だ。

「また逃げられたら、探すのが面倒だ」

「逃げてなんかないわよ」

「どうだかな」

 まあ、ただついてくるくらいなら良いか、と悠梨はあきらめることにした。

 ここでゴネられた方が、かえって目立ってしまいそうだ。

「余計な口は挟まないでよ。いいわね?」

 と念を押して、目的の建物に入る。たまたまエレベータから学生が下りたところだった。

 二階堂講師のいる部屋は割と上の方だし、いっそエレベータで登ってしまうか、と考えた悠梨。

 しかし、その願望はほんの数秒後に、シズメが重量制限に引っ掛かったことで打ち砕かれたのであった……。


   ※


「やあ、君か。入ってくれ」

 二階堂講師に招かれて、悠梨は部屋へ入った。

 ここで話がこじれるとやりにくいので、申し訳ないがゾフィアとシズメは部屋の外で待たせている。

「先生、少しお時間をよろしいですか? どうしても先生の力を貸してほしいことがあるんです」

 やや改まった態度で悠梨が言うと、二階堂は少し驚いたように

「僕の? 安請け合いはできないから、まずは話を聞かせてくれないかい」

「はい。実は、これを見てほしいのですが」

 と、カバンから昨日盗み出した毒草を取り出す。

「それは?」

「ひょんなことで手に入れた草なんですが、植物に詳しい私の友達が、これを麻薬の原料だというんです」

「……そいつは物騒な話だね」

 二階堂も真面目な顔つきになる。

「それで、植物学を専攻している先生なら何か知らないかと思って、こちらを訪ねたんです」

 悠梨は率直な目で二階堂を見つめた。

「お願いします。今、これで追い詰められているかもしれない人がいるんです。だから、せめてこれが危険なものなのかどうかだけでも知りたいんです」

「なるほど。少し、見せてくれないかな」

 と頼まれて、悠梨はその草を渡した。

 二階堂は、それをまじまじとプロらしい目で見つめている。

「……どうですか?」

「すぐには分からない。しかし、そういう案件なら少し調べてみよう。1時間くらい、もらっても良いかい?」

 その前向きな返事に、悠梨は急に晴れやかな気分になって

「はい、よろしくお願いします!」

 と頭を下げた。──話が分かる人で助かった!

「それでは、少ししたらまたうかがいます」

 悠梨はもう1度頭を下げてから部屋を出たが、その途端、グイと腕をつかまれた。

「その1時間は、私につきあってもらうぞ」

 ゾフィアがギラギラと目を輝かせている。

「なによ、盗み聞きしていたの?」

「聞こえただけだ」

「あやしいわね」

「そんなことはどうでも良いだろう。さあ、さっきのカフェへ行くぞ」

 と、小柄な体には不釣り合いな力でぐいぐい引っ張る。

「分かったから、そんな慌てないでよ」

「この地獄の大悪党が、ここまで待ってやったんだ。これ以上はぐらかす気なら、噛みついて私の言いなりにしてやる」

 ゾフィアは、白い犬歯を見せつけた。

「噛みつきは相撲だと禁じ手だよ、ゾフィアくん」

 相撲好きのシズメがとがめる。

「バカか、おまえは。禁じ手と言われたら、喜んで使うのが悪党だ」

「不正ばかりしていると、実力がつかないよ。そんな根性だから、ボクに手も足も出ないんだよ」

 やっぱりシズメの方が腕っ節は強いらしい。

「そう言っていられるのも今のうちだ。いずれ、おまえを雑巾にして、4つに折りたたんでみせるからな」

 ゾフィアは不敵に笑いながら、悠梨の手を引いてカフェへ向かう。

 ──至らない点を指摘されたら、あれこれ言い訳をせずに潔く認める。ゾフィアの、そういう肝の大きそうな点は、悠梨も評価してあげても良いかな、と思った。

 さて、カフェに着いて窓際の席(椅子が一番丈夫そうだった)を確保すると、とりあえずコーヒー3杯を注文。

「まったく、待ちわびたぞ」

 と文句をこぼす割に、ゾフィアはもう、まるで締まりのない満面の笑み。

「そんなに好きなの? それなら、ボクのあげるよ」

 シズメが自分のコーヒーをゾフィアに差し出した。

「満足してくれたんならそれで良いわ」

 と悠梨が、一緒に注文したワッフルを切りながら言った。

「ボク、だんだん現世に慣れてきたような気がするんだ」

 シズメが悠梨の方を見る。

「驚くことも多いけど、でもやっぱり現世は面白いね」

「そんなに面白いこと、あったかしら」

 悠梨が笑うと

「地獄には退屈しかなかったからな」

 ゾフィアは最初の1杯を飲み干し、シズメがくれたものに手をつつ

「それこそ、ああいう面白いのが地獄にもいてくれたら、少しは居心地が良かったのだろうが」

 と、アゴで窓の外に目を向けるよう促す。

 悠梨はその方を見て、ぎょっとした。

 目を血走らせた双子が、念願の水族館に来た子供のように、べったりとガラスに張り付いてこちらを凝視している。

「ひきょう者」

「裏切ったな」

 唇の動きが、そう言っているように悠梨には見えた。

 そこからの双子の動きは実に迅速であった。闘牛のような荒々しさでカフェに入店すると、

「やっほ。はじめまして、かな? 悠梨の友達?」

 と片方がシズメの左に

「Q大名物、双子ちゃんだよ」

 もう片方が右に座った。

 ゾフィアもシズメも呆気にとられているが、これはこの双子が得意とする“今攻略中の男がダメだった時のための、控えの確保”戦略である。

 どうやら双子そろって、きっとシズメを男と勘違いしているのだろう。まあ、そう見られても仕方ない外観なのだが。

「へえ。ここまで似ている双子は初めて見た」

 シズメはのんきに感心している。

「でしょ? よく似てるって言われるんだ」

「むしろ似すぎてて、2人で1人と思われてるくらい」

 と笑いながら、双子の片方がもう片方にアイコンタクトを送った。

 ──兄弟、このボーイの素性、悠梨から聞いてきてよ。

 ──ずるいぞ、兄弟。このイケメンを独占する気か。

 ──だって、今日の損得ローテーションは、私が“得な役”側だもん。

 ──畜生め、覚えてろ!

 四六時中ペアで行動しているので、このくらいの会話は目だけでできる。

「悠梨、ちょっといい? 業務連絡」

「なによ」

「マッハで終わるから」

 と、双子の“損な方”が悠梨をつれ、ちょっと離れた席に移動した。

「悠梨ってば、いつの間にあんなイケメンつかんだの? そりゃ、合コンも蹴るわな」

「なんか色々と勘違いされてる気がするんだけど。言わせてもらうと、まずあいつは男じゃないからね」

 悠梨としては、シズメの性別のことを言ったつもりだったのだが、

「ほう、悠梨の男ではない、と」

 妙な解釈をされている。

「それってつまり、私たちが持ち帰っても問題はないってことだよね?」

「えーと……、なんて言ったら伝わるのかしら……」

「悠梨らしくないぞ。アンサーは、イエスかノーかで、きっぱりと!」

 と、標語コンクールみたいなことを言い出す。

「ちなみに、イエスと言ってくれたら、今日のコーヒー代は双子がおごります」

「ふーん。言ったわね?」

 悠梨の心がぐらりと揺れた。──ま、それならいいんじゃない? ウソや詭弁を言ったわけでもないし。

「ゾフィア、シズメ、今日のお代はこの双子が出してくれるからね。好きなだけ頼んで良いわよ」

「そうかそうか。なら、その好意に甘えないのはもったいないな」

 ゾフィアはにっこり笑顔でメニューを眺める。

 シズメもそのメニューを覗きこみ、

「うーん、横文字はよく分からないや。じゃあとりあえず、ここに書いてあるの、全部」

 その言葉に、双子の片方は目を丸くし、もう片方はあわてて財布の中を覗きこんだ。

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