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名探偵・オブ・ザ・デッド  作者: Roxie
死霊のお引越し
10/18

ゾンビと森の洋館

「いいなぁ。ボクもケンカしたかった」

 チンピラを追い返した話をした途端、シズメはややオーバーに悔しがった。

「あんなの、喧嘩のうちの入らん。群れていない雑魚は、ただの雑魚だ」

 ゾフィアはそう言って、特等席(胡坐をかいたシズメの脚の中)に腰を下ろす。

 安定堂の中である。ようやく全員集まったところで、今日の出来事を報告しあっていた。

「まさか、私たちへ報復するために来たのかしら」

 とホーネットが不安そうな顔を見せる。

「そんな様子じゃなかったわよ。どこかと間違えて来たみたい」

 悠梨が言った。

「間違えたって、ここ、けっこうな山の中よ。どこに行こうとしてたのかしら」

「バカの考えを理解しようとするな。バカになるぞ」

 ゾフィアがせせら笑う。

「そう言えば、電話が山の屋敷がどうとか言っていたデスね。ユーリ、何か分かりマス?」

 よほど電話が気に入ったのか、ドラ=イミーラはまだ携帯電話を握りしめていた。

「屋敷ねぇ……」

 この辺の土地勘については、死者5人が束になっても悠梨にはかなわない。

「まさかとは思うけど、1つだけ心当たりがあるわ。ここから離れているけど、山林の中に小さな洋館があるのよ」

「ボク、水ようかんは好きだよ」

 と、シズメが真顔で言った。

「食べる方のヨーカンじゃないわよ。洋風の建物。ただ、私のお母さんが産まれる前からある古い屋敷で、もう誰も住んでないはずなのよ」

 悠梨は5人の顔を見ながら説明を続けた。

「小学生の頃、ちょっとしたホラースポットになってね。中はゾンビの巣窟になっているなんて噂が立っていたわ」

「ゾンビだと? くだらん、あんなの空想上の産物だ」

 とゾフィアが鼻で笑った。

「地獄から来た死者が言っても、説得力がないわよ。でも確かに、ゾンビが出るなんて、子供だましもいいところね」

「本当にいたらどうしよう」

 どうもドロロは信じ切っている様子。

「つまり、あの間抜けどもはその屋敷と間違えてここへ来たということデスか?」

 ドラ=イミーラが悠梨の方を見た。

「山の中に地図なんてないもの。あんな間抜けたちなら、間違えてもおかしくないわ」

「ねえ、今すぐにでも、その屋敷に行ってみない?」

 ホーネットが身を乗り出した。

「例の用心棒が呼ばれていたんでしょ? それなら、そのお屋敷、あの組織と関わりがある気がするわ」

「そうねえ。でも、そろそろ夕方だし、明日でも良いんじゃない?」

 悠梨も、今日はいろいろあったので、少しバテはじめているのだ。

「無理にとは言わないわ。でも、呼び出しがあったということは、そこに屋敷を管理している人がいるってことよ。どうせなら、関わっている人も一緒に調べておきたいじゃない?」

「そういうことなら、今しかないわね。じゃ、道案内するわ」

 ここが正念場だと言わんばかりに、悠梨はガッツに火をつけた。

「私、また留守番してて良い?」

 ドロロが情けない顔でつぶやく。ゾンビの噂に臆していることがバレバレである。

「バカか、おまえは。こういうときくらいしか役に立たないくせに、日和見してどうする」

 ゾフィアがキッと鋭い目でドロロを睨みつけた。

「え? ゾフィも行く気なの?」

「面白いじゃないか。そんな噂が立つ屋敷がどれほどのものか、見てやる。状態によっては、私の新居にしても良いしな」

「私、怖いよ」

「そんな作り話と怒った私、どっちの方が怖いんだ?」

 と、ゾフィアが噛みつきそうな勢いで恫喝すると

「やめて! ゾフィの方が3倍は怖い!」

 出発前からもう涙目になっているドロロ、そう叫ぶとシズメにしがみついた。

「シズちゃんは来てくれるよね?」

 喧嘩沙汰になったら、シズメが1番頼れると思っているのだ。

「みんなが行くならボクも行くけどさ。その、“ぞんびくん”とかいう人は、ケンカ強いの?」

 そのさっぱりとした笑顔から察するに、事態の詳細を理解しているとは思えない。

「行ってみれば分かるんじゃない?」

 悠梨がなんとか煙に巻く。

「とにかく、どうせ行くなら暗くならないうちに済ませたいわ。すぐ出発するから、ついてきて」

 もう日が傾きつつある。

 いくら日が長くなりつつある時期とは言え、夜になれば暗くなることには変わりないのだ。

 表に出たところで、

「あれ? イミィがいない」

 ドロロが気づいた。確かに、頭数が1つ足りない。振り返ると、ドラ=イミーラはまだ安定堂の中に残っており、

「イミーラさんは現世の機械の研究で忙しいので、暇なあなた方だけで行ってきてほしいデス」

 と笑顔で手を振った。

 ゾフィアがすぐさま舌を伸ばし、一瞬のうちにドラ=イミーラの首に巻きつけると、そのまま外へ引きずり出した。


 ※


「なんでイミーラさんまで行かなくちゃいけないんデス?」

 出発からだいぶ経つのに、ドラ=イミーラはまだ不満そうだった。

「バカか、おまえは。自分勝手な単独行動は仲間に迷惑だろう」

 と答えたのは、よりによってゾフィア。

「あなたって人は、本当に自分を棚に上げるのが好きデスね」

「もうすぐよ。ほら、建物だけなら、もう見えるでしょ?」

 斜面の上方から、悠梨は洋館の屋根を見下ろした。

 ここへ来るのは久々だったので、もしかしたら道に迷うかもしれないと思っていたが、杞憂だった。

 とにかく、悠梨の道案内のもと、6人は無事に古ぼけた洋館が見える位置までたどり着いたのである。

「思ったより大きくないな」

 ゾフィアがこぼした通り、洋館はそう巨大な建物というわけでもない。

 住宅地によく建っている一軒家2つ分くらいの大きさだろうか。高さも2階建て程度である。

 安定堂は尼ヶ崎一族が代々管理し続けたので今も風格を残しているが、それに比べてこの洋館は無人の廃墟。

 一目見ただけで人の手入れが届いていないことが丸分かりだが、今も建物としては残っているのだから、よほど建てた職人の腕が良かったと見える。

 噂話によれば、かつては地元の有力者が住んでいたが、その子孫が遠方に移ってしまったため、ここで孤独に人生の終止符を迎えたらしい。真偽のほどは良い悠梨も知らない。

「ドロロ、どう? あの近くに人の気配はある?」

 ホーネットが尋ねると、ドロロは

「たぶん。この気配、ユリィさん1人だけじゃないと思う」

「やっぱり誰かいるのね。もうだれも住んでいないはずなんだけど」

 屋敷へ近づく道を進みながら、悠梨がつぶやいた。

 もう入口がすぐ見えるところまで到着し、そこの草やぶの中に身を隠す。

 洋館の敷地内には、小型のトラックが1台とライトバンが1台、並んで停まっていた。

 誰かが来ているのは明白である。

「おい、なんでこんなコソコソしなくちゃいけないんだ?」

 ゾフィアが不満をこぼす。

「念のためよ。もし、無関係な第三者だったら後が面倒だわ」

 悠梨が答えたそのとき、洋館のドアが開いた。

 中から、恰幅の良い中年の何かを言いながら出てくる。その後ろには、両手で段ボール箱を抱えた男が2人。

 何かを言っているようだが、この距離では話の内容を拾うことができない。

「何かしら、あいつら。顔も見たことないわ」

 悠梨が何気なくつぶやくと、

「あの太っちょが1番偉いみたいだよ。みんなにカシラって呼ばれてる」

 シズメがそう答えた。

「聞こえるの?」

「ボク、耳が良いんだ。水の中なら、もっと遠くの音まで拾えるんだけどね」

「何て言ってる?」

「これで最後だって。あと、あいつらは来なかったから減給にしてやる、とか言ってる」

 あいつら、とはゾフィアたちが追い払ったあの2人組のことだろうか。

 その間に箱を抱えた男たちは、それをトラックの荷台に乗せている。

「締めあげなくて良いのか? あいつら、もう帰ろうとしているぞ」

 ゾフィアが悠梨を見た。

 代わりに答えたのはホーネットで

「私に任せて。もっとスマートなやり方があるわ」

 と言って、両腕を前に突き出した。

 その途端、腕の先から両手が外れて地面に落ちた。そのまま手は指先を脚のように使って、器用に前へ進んでいく。

 両手とも黒い手袋をはめたままなので、その動くサマは大きな蜘蛛のようだった。

 片方の手は開けっ放しになった屋敷のドアから中へもぐりこみ、もう片方はトラックの真下へ。

「君の手、あいつらにネズミと間違えられてるよ」

 シズメが教えてあげると、ホーネットは苦笑しながら

「うれしくはないけど、正体がバレるよりはマシだわ」

 の男が屋敷のドアに鍵をかけると、すぐにライトバンに乗り込んだ。部下の2人はトラックに乗る。

 2台の車は洋館と一般道をつなぐ砂利道を走り、そのままその場を去っていく。

 そう言えば、聡子さんの亡くなった夫が乗っていたトラックもあんな大きさだったわね、と悠梨は思った。

「さて、ここからが私たちの時間ね。中へ潜入するわよ」

 両手ともなくなってしまったホーネットが草やぶより出た。その後に他の5人も続く。

「その手、大丈夫なの?」

「首から下には骨だけの体だもの。着脱可能だし、離れていても感覚はつながっているわ。私の思う通りに動かせるのよ。……ユーリ、ドアを開けてくれない?」

「鍵かかってるんじゃない?」

「私が内側から開けたわ」

 試しにドアノブをひねってみると、あっさりとドアは開いた。

 床には片手が落ちており、ホーネットが腕を近づけると、すぐ元通りにくっついた。

「言い方が悪いかもしれないけどさ」

 悠梨は顔をひきつらせながら

「地獄って、あんたたちみたいな怪物だらけなの?」

「弱肉強食の世界デスからね。のさばるには、それなりの力が必要なのデス」

 ドラ=イミーラが得意げに鼻を鳴らした。

「そしてその中でも最も恐れられ、伝説として長らく語り継がれたのが、この王家の血をひくイミーラさんなのデス」

「おまえの舌は、虚飾まみれの自慢話しか吐けんのか」

 ゾフィアがばっさり切り捨てる。

「ケンカは後よ。この屋敷の中を調べることが先」

 とホーネットは言って、あたりを見渡した。

 当然だが、ゾンビなんかどこにもいない。地獄から来た死者なら、悠梨の隣に5人ほどいるが。

「ドロロ、まだ人の気配はある?」

「ううん。ここにいる人間はもう、ユリィさんだけだと思う」

「それなら楽で良いわ」

「どれ、ここが私の新居にふさわしいか、鑑定してやるか」

 ゾフィアがずんずんと進んでいく。

「せっかく中へ入れたんだもの。手がかりが得られないか、手分けして探しまわるわよ」

 と、悠梨も屋敷の奥へ踏み入った。

 だが、なんと言っても、たいした大きさではない。一通り見るのに、10分もかからなかった。

 結論から言えば、ただの廃墟だった。家財道具もほとんど撤去され、生活感どころか人が住んでいた形跡もない。

 しかし妙なのは、ホコリの積もり具合から見て、撤去ははるか昔のことだと推測されることだ。

 あの男たちが運び出したものは、いったい何だったのだろう。

 そのとき

「ぎょえーっ!」

 悲鳴というか奇声というか、とにかくドロロの大声が屋敷にこだました。

「ドロロ、どうかしたの!?」

 声がした2階の一部屋へすぐに悠梨はかけつけた。

 ドロロは床でひっくり返ったまま気絶しており、ゾフィアがそれを見下ろしている。

 そして、すぐそばには丸々太ったドブネズミが1匹。

「大したことじゃない。ネズミに驚いて気絶しただけだ」

 ゾフィアがいたって落ち着いた様子で言った。

「そんなので気絶しないでよ……。それより、どうだった? 何か、手がかりはあった?」

「調べてみたが、見た目以上にガタが来ているな。住むなら、その前に大々的な補修が必要になるだろう」

「リフォームに来たんじゃないわよ」

 悠梨が顔をしかめる。そこへ、ホーネットがひょっこり顔を出した。

「ちょっと、来てほしいの。シズメが下のフロアで何か見つけたみたい」

「そうか。……おい、シズメを2階には連れてくるなよ。床を踏み抜かれたら困る」

 ゾフィアはすっかり、ここに住む気のようだった。

「そんなことより、行ってみるわよ」

 と悠梨が促す。

 ──さっそく行ってみると、シズメがいたのは1階の、元はキッチンだったと思われる部屋。

「何だ、台所で。まだ食べられそうな物でも見つけたのか?」

「いやだなぁ、ゾフィアくん。食い意地が過ぎるよ」

 とシズメが苦い顔をする。

「聞きつけたと言った方が正しいのかな。この屋敷の下から、異音がするんだよ」

「異音?」

 悠梨は思わず聞き返した。

「そう。何か、イミーラくんのお腹みたいな音が、ちょうどこの真下から」

「あいつがこの下にいるということか? まったく、あいつの喰い意地には困ったものだ」

「人のこと言えないじゃない」

 と悠梨、呆れの色を浮かべた目でゾフィアの方を見る。

 すると、

「イミーラさんは消音設計デス!」

 と隣の部屋からドラ=イミーラが怒鳴りこんできた。

「それに、一番食い意地の汚いあなたにだけは言われたくないデス」

「何が消音設計だ、やかましいぞ」

 ゾフィアが不快げな顔をした。

「あなたの口答えなど受け付けていないのデスよ。それより、ついにそれらしいものを見つけたデス」

「それらしいものって?」

 悠梨が訊くと、

「こちらデス」

 ドラ=イミーラは皆へ手招きしながら、隣の部屋に移動した。

 そこは小さな物置のような小部屋だったが、その片隅でドラ=イミーラは片膝をつき、床に手をかける。

 いや、そこは床ではなく、床と同化した地下への隠し扉だった。

「まるでカラクリ屋敷ね」

 悠梨も驚くやら呆れるやら。

 地下へ向かうくだり階段の方向から察するに、地下室はキッチンの真下にあるようだ。

 キッチンの真下に何かがあるというシズメの話とも合致する。

「行くわよ」

 すぐに悠梨が先導を切って階段を下りた。


 ※


 明かりがないので前が見えず、ほとんど手探りで進む。

 だいたい1フロアくらい降りたところで、何かにぶつかった。触れてみると、壁ではなくドアらしい。

 すぐにドアノブを見つけることができたが、内鍵がかかっており、このままでは開けられそうもなかった。

「ダメよ。鍵がかかってるわ。なんとかならない?」

 と振り返りながら言うと、シズメが

「そんなのボクの張り手で1発だよ」

「バカ言うな。ここは私の新居になるんだぞ、壊してどうする」

 ゾフィアがシズメに怒鳴りつけた。

「それより、おまえには“アレ”があるだろう。それで中に入って、鍵を開けてこい」

 にやりと笑うゾフィアに対し、シズメの顔が渋くなっていく。

「ボクに盗人の真似ごとをしろって言うの?」

「この屋敷に入った時点で、もう盗人だ。毒食らわば皿までというだろう」

「うーん、釈然としないけど……。わかったよ」

 シズメは渋々うなずいた。

「ユーリくん、そこ、どいて。ちょっと離れてないと、濡れちゃうよ」

 どことなく気だるげに言うシズメに、悠梨はそっと場所をゆずり、言われた通り後退する。

 あえて、どうするつもりかは訊かなかった。何せシズメも、異様な力を持つこの5人の一員である。勝算はあるのだろう。

 扉の前に立ったシズメは、右手の人差し指と中指を立て、その手を自分の眉間に持ってきた。

 その瞬間、みるみるシズメの体や服が色を失い、透明になっていく。

 最終的に、水のかたまりとも巨大な水滴とも言えるような、無色透明になったシズメは、本当に液状化して床へ落ちた。

 その水は、ドアのわずかな隙間を通って中へ消えていく。

「シズメのこれを見るのは久しぶりね」

 ホーネットがつぶやくと、ゾフィアが笑って、

「力仕事とケンカ以外のこととなると、途端に出し惜しみを始めるからな」

 と言ったときには、もう全ての水がドアの向こうへ通り抜けていた。

 そして、鍵の開く音がして、

「ボク、出し惜しみなんてしてないよ」

 と人の形に戻ったシズメが、向こうからドアを開けた。

「本当にあんたたちって、何から何まで規格外よね」

 慣れてきたつもりではいた悠梨でも、こうしてまた常識外れの力を見せつけられると多少は戸惑ってしまう。

「誉め言葉として受け取っておこう。さて、それより地下室に何があるのか、見せてもらおうじゃないか」

 ゾフィアがドアをくぐって地下室に入っていく。一歩おくれて、悠梨も

「そうね。さすがに、何もないということは……」

 そこで言葉が途切れたのは、中の様子にすっかり唖然としてしまったからである。

 地下室は木造の洋館と異なり、戦時中に防空壕としてこしらえたのか、壁も床も石作り。

 そこまでは良いのだが、どうしたわけかサウナのように蒸し暑い。不快な熱気に、悠梨はげんなりしてしまう。

 天井には白熱灯がカッと力強く輝いており、部屋の隅には発電機と加湿器が並ぶ。そして、部屋の真ん中には──

「何よ、これ。雑草?」

 と悠梨が言ったように、数多のプランタに、数えるのも面倒なほど草が植えられていた。

 よく見れば、どの草も似たような外観なので、ただの雑草ではなく1つの品種を大量生産しているのだろう。

 地下室はおよそ16畳くらいの大部屋。その全てがこの草の栽培に使われているのであった。

「ああ、これデスね、イミーラさんと同じ音がしたというのは」

 ドラ=イミーラは草には目もくれず、発電機に飛び付いた。

「ねえ、あれが発電機というものなの?」

 ホーネットが悠梨の耳元でそっと訊いた。

「たぶんそうだと思うけど、どうして?」

「イミーラのお腹にも、あれと同じものが埋まってるのね、と思って」

「え? お腹に、発電機!?」

「ええ。あの子、機械いじりが好きなのよ。だから、自分の体も機械化してるらしいの」

 そう言えば、さっき、チンピラ相手に火を噴いていたな、と悠梨は思い出した。それに、この前なんか石油を欲していたし。

 ──まあ、幽霊にガイコツに液体人間もいるんだし、いいんじゃない? サイボーグくらい。

「ユーリ、あんな物好きなんか、放っておけ」

 と、ゾフィアが悠梨の手を引っ張り、注意を引いた。

「おまえの探していたものはこれじゃないのか?」

 と、プランターに植わっていた草を一株摘んで悠梨にわたす。

「こんな雑草がどうしたのよ」

「バカめ。教えてやってもいいが、情報料は高いぞ」

「いちいちふっかけなくていいから、早く教えてよ」

 悠梨が苛立ちを露にするとゾフィア、フンと鼻を鳴らし、

「ま、特別に後払いで許してやる。これはな、まだ私が生きていた頃に使われていた麻薬だ」

「麻薬!?」

 狭い地下室に、悠梨の声が反響する。

「本当なの?」

「嘘をついてどうする。まあ、何せ大昔の記憶だから曖昧な部分もあるが、よく乾燥させて葉巻に混ぜると味がよくなると言われていた。だが正体は、何人もの人間を廃人に変える魔の草だ」

 ゾフィアの説明に、悠梨は愕然とした。

「じゃあ、まさか、あんたがセミナーセンターで感じた匂いって──」

「これの煙だろうな。おまえ、あの何とかセンターで倒れただろう。あれは、その毒煙を大量に吸い込んだことによる急性中毒の症状だ」

「そういうことだったのね」

 ホーネットが相槌を打つ。

「客はみんな、その煙を吸うために大金を払っていた。だから話の内容なんて、どうでもよかったのね」

「そもそも、これを吸えばしばらくは夢見心地だ。まともに人の話を聞けるとは思えん」

「そんな悪どいことをしていたのね!」

 悠梨の正義感に火がついた!

「許せないわ! 成敗してやる!」

 と、なんだか時代劇みたいなことを言い出す。

「何が成敗だ、生ぬるい」

 ゾフィアは悠梨への視線に呆れの色を乗せた。

「私なら拠点は焼き討ち、組織のメンバーは見せしめに父母妻子もろともさらし首、その上で金目のものは残らずいただきだ」

「ちょっと待って。いくら何でもやりすぎよ。どっちが悪者か分からないじゃない」

 その言葉に、悠梨の顔色が変わる。

「往年の大悪党が小銭を稼ぐしか能のないンピラに、本当の悪事というものを教えてやるのだぞ。これくらいやらねば企画倒れだ」

「相手がどんな無法者でも、越えちゃいけない一線って物があるわ」

 悠梨は確固たる口調でたしなめた。

「ゾフィア。殺生なんかしたら、あの世が私たちを連れ戻しにくるわ。せっかく現世へ来たのに、そんなのつまらないじゃない」

 と、ホーネットが利害の面から攻める。

「イミーラさんも同感デス」

 ドラ=イミーラは間髪入れず尻馬に乗った。

「ボク、難しいことはホーネットくんに一任するね」

 シズメは早くも思考放棄。これで、何はともあれ、4対1である。

「……ふん、そこまで言うなら勝手にしろ」

 孤立したと知るや否や、ゾフィアはおとなしくなった。

「でもユーリ、事実を公表するなら発言力のある味方がいた方が良いわ」

 と、ホーネットが言った。

「私たちのような根なし草は論外として、ユーリ、勝算はある?」

「そうね……」

 悠梨は首をひねった。同年代の人脈には事欠かないが、あまり偉い人に知り合いはいないのである。

「そんなの、役人に金を握らせれば良い」

 ゾフィアの思考は、どうもブラックだ。

「ここは、そういう社会じゃないのよ。……あ、でも、味方になってくれそうな人がいたわ」

 と悠梨が手を打った。

 植物に詳しい二階堂講師なら、戦力としては申し分ない。人柄を考えても、まさか袖にはしないはずた。

「明日、話をしてみる。よーし、やっと希望の光が見えてきたわね」

 急に燃え出した悠梨。その背後では、

「ここを新居にするのはやめるか」

 と、ゾフィアがぼそりと呟いていた。

「もっと治安の悪いところにしよう。この辺はどうも、私のような本格派の悪党には住みにくい」

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