悪役令嬢になりまして。
巷で流行っている悪役令嬢ものを流行りにのって書いてみました。
突然だが、私がいた世界には乙女ゲームと言うものがあった。
幾人もの魅力的な男性が出演するそれには様々なバリエーションがあり、主人公の少女がハイスペックな攻略対象の好感度を上げていくと言うものらしい。
『らしい』と言ったのは、乙女ゲームをやったことがないからである。サブカルチャーは大好きだったが、ゲームと言えば基本格闘系で、ストーリーものはごく僅かであった。
そんな私が何故乙女ゲームについて語るのかと言うと、
「婚約を破棄します。貴女の行いはあまりに目に障る」
現在私が悪役令嬢として断罪されてるからである。
………マジで?
『鳥籠の中で』という乙女ゲームがある。
へー。
主人公が王子ルートに進むためには悪役令嬢が必要だ。
へー。
貴女はそれに選ばれたのだ。
ご丁寧にどうも。
そんな風に適当に聞き流していたのが仇となった。
だって普通、それを言った張本人が主人公のフェリアちゃんだとは誰も思うまい。
「婚約破棄ですか…その、醜聞が出回るので、穏便な方向で済ませていただけますか?」
平静を装いながらそう口にしたが、内心では婚約者であった第一王子の突然の言葉に思わず恐怖していた。
やべー、何かしたっけ私。思い当たることは…ない。
精々お菓子をつまみ食いしたくらいだ。
え?全部平らげるのはつまみ食いじゃないって?固いこと言いなさんな。食料あり余ってるんだろ?良いじゃん別に、私一人ぐらい廃棄予定のもの食べたって。
最近なんか王宮の料理人達から『残飯処理班』として重宝されてるんだぞ!
「リーナ嬢…この際はっきり言わせていただく。劣等感で彼女を苛めるのは止めてくれ。我が国の品位が疑われる」
うぬぬ、やるではないか主人公殿。
よくぞ分かったな、私が劣等感の塊であることを。
だが貴様は二つ見落とした。
私がどうしようもない小心者だと言うこと、そして、
「私は彼女を苛めてなどおりません」
「……意外だな。貴女からそれを言ってくるとは」
第一王子・ロイが利己的であると言うこと。
「苛めたという偽りを掲げて貴女は責務を放棄するものとばかり思っていた。先程の否定の言葉は妃としての責任を負うという解釈で良いのか?私の隣に立てるように努力をしてくれるのか?
そうしてくれるならフェリア嬢は捨てても構わんのだが」
小心者な私が貴族社会のゴタゴタに耐えきれず、引きこもりと言う名のストライキをするようになって、王子は大分私を鬱陶しく思っていたらしい。
そりゃあな!?だって記憶持って転生した一般庶民(しかも小心者)に大役が務まるはずがない。前世ではひたすら責任から逃げて生きて来たんだぞ。
小説では大抵悪役令嬢に転生した少女が思慮深く崇高な志を持っているが、それを私に求めるのは間違っている。何故ってそりゃあ、精神がもたないからだ。
前世譲りのコミュ障と対人恐怖症。
お気楽キャラでいたけれど実のところ人の目を気にする私が、この二つを治すのに一体どれだけ時間がかかったことか。
社交的な人には一生分からない。努力しても一般人並が限界なのだと言うことを。だから王子は私を邪魔だと思っているのだ。
「責務放棄と仰いますが、他がどんなに良くても対人能力の低さが足を引っ張っててどうにもならないんですよ。国家業務なら出来るので、それで勘弁して下さいませんか?」
「逆に言えば、対人能力を鍛えれば貴女は完璧だ」
だ、か、ら!
出来ないっつってんだろーがこの頭でっかちが!
とは思うものの口には出さない。私が悪いのも事実だし。
努力の甲斐あって応対は割とまともに出来るようになった。やっぱり努力って大事だよ、本当にね。
「ロイ殿下?…まさか、私の為ではなく、殿下の都合で断罪なさっていたのですか?」
一連の流れを耳にして、彼女はショックを受けていた。
フェリアちゃん、悲しまないで。
言ってる君も大概だから。
「結果的には君の為でもある。どうせそこのご令嬢は私の婚約者という立場を辞退したがっているからな」
「仕方がないでしょう?私にはあまりにも荷が重すぎるのです。頭の回転があまり早くない私が国の行く先を即断即決など…と言うか元対人恐怖症患者ですし『早くここからいなくなりたい!』と思うあまり言いくるめられるでしょうね」
王妃になることを回避するのは、自分の為でもあるが国民の為でもある。愚鈍な令嬢(私)がその場しのぎで決断したことに、国民は強制的に付き合わされることになるからだ。
その点、フェリアちゃんは社交的で言うこと無しだ。
私と王子の本性が読めなかったのは、恐らくまだ会って半年も経っていなかったからだろう。それ以外において読み違えたのを私は見たことがない。
頭の回転も早く社交性もある。些細なことも見落とさない慧眼を有しており、目的の為とあらば非情になれる。それでいて、性格面は王子の御墨付きもある。
これはもう彼女が王妃になるしかないだろう。
「えっと…まあ、ロイ殿下が私を駒としてしか見ていらっしゃらなくても構いません。お側にいられて、民の生活を向上させられるのならば何でも構いませんので」
しかも恋愛に流され過ぎない!結果を重視するのは尚良い。
パーフェクトだ。ふっ、仕方ない。君に譲ってやろう。
上から目線だって?これはちょっとした気晴らしなのだよ。
自分で選んだとは言え、私の未来がどうなるか分からないのはやっぱり怖いのだ。
「やはりな。リーナ嬢、貴女は私の婚約者には相応しくなかった。だが貴女が今まで婚約者でいてくれたお陰で、フェリアを手に入れることが出来た。こればかりは感謝しなくてはな」
彼女の答えに満足げな笑みを浮かべ、王子は私の方に向き直って手を差し出した。多分これは握手を求めているのだろう。
「この借りは高くつきますよ?」
冗談を口にして握手を交わすと、先程まで緊迫していた空気が一瞬にして霧散した。
フェリアちゃんも王子も、今までにないほど生き生きとした笑顔を浮かべている。ああ、何てWinWinな関係なのだろうか。
「私達、どうやらリーナに借りを作ってしまったようですね。どうします?ロイ殿下」
「それは困った。こうなったら醜聞を揉み消して、恋愛と就職の自由を与えるしかあるまい」
その日、私達は三人でオールした。
主に私のこれからについて話し合うために。
半年前、一般庶民のフェリア・ジーンが王妃になった。
貴族の猛反発も予想されていたが、血に貴賤はないということがこれを機に国民に定着するようになったらしい。
正直、これは私も予想外だった。
貴族は恋愛結婚を許され、庶民は成り上がりを許されるようになったお陰で、人々の間にあった蟠りは大部分が解消され、今ではお互いを尊重し合えるようになっている。
身分だ秩序だと声を高らかにしている者もまだいるらしいが、実力主義社会へと変貌を遂げたこの国で、そのような声がいつまでも上がり続けるとは考えにくい。
私はと言えば、
「お帰り、リーナ。エルとメディが待ってるよ」
「ありがとう、すぐ行くから!ところでギルバート、私、夜は王宮からの書類を片付けたいから寝かしつけるの頼んじゃって良い?」
「良いよ。何せ我が家の稼ぎ頭だからね」
貴族をやめて、一般庶民として生活を謳歌している。
権力争いに発展しそうだったエラムス伯爵家の後継者決めも、私が辞退して貴族をやめたことで無事に収まったらしい。
今は弟が頑張っているそうだ。私と同じくらいのスペックだし、志が高い分、私よりも適任だろう。
「ねえ。ギルバート、エル、メディ。貴方達が聞きたがってた私の昔話、突然話したくなったんだけど、良い?」
「「「勿論!」」」
全てが丸く収まったからこそ言える。
思うがままに生きるのも悪くないんじゃないかって。
だから私は愛する家族に語るのだ。
「七年前、リーナ・エラムスと言う伯爵令嬢がおりました。彼女はある日突然、フェリアという少女に『悪役令嬢になってよ』と言われました。彼女は後にこう語ることになります」
悪役令嬢になりまして、と。