7. 伝説の騎士
眩しい……
ここは離宮の一室。
金と琥珀で装飾された壁が私の目に痛い。『お金、かかってるんだろうな』という下世話な感想を持っている心にも痛い。
「やはり、生まれながらの王女様ですね。こういう部屋がこんなに似合う方、初めて見ました。絵画を観ているみたいです」
エルフィーネ嬢が嬉しそうに言った。
ごめんなさい。王女なんて、生まれながらに巨大な猫を被るように躾けられた女の子ってだけです。
「うんうん。よく似合う。やっぱり、最初の子供は女の子がいいよね」
ロデリック王子が、さらりと言う。
「私は男の子の方がいいな」
答えたのはエルフィーネ嬢ではなく、ロベルト王子だ。
「兄上は、まず相手を確保してから言って――まあ、それはさておき、せっかくの古都だからさ、三日くらい滞在して姫君を案内しなさいって、父上が言っていたよ」
「そうか」
ロベルト殿下は腕を組んで、考え込んだ。
「ロザーリエ姫、どこを見たいですか?」
えーと、すみませんけどね、初めての場所でその質問はないでしょう?
でも、私は一国の王女ですからね。優良物件の結婚相手募集中の、百戦錬磨のね。こんな程度で狼狽えたりしないわ。
「ロベルト殿下のお好きな場所を案内して下さると嬉しいです」
はい。頬に手を当てて、わざとらしくならないギリギリの上目遣いに、可愛らしく困った感じで。
そして、
まさか、国立博物館常設展示『英雄の時代と歴史的武器の世界』……に、連れて来られるとは思わなかった。
付き添いに名乗りを上げたエルフィーネ嬢をさりげなく止めたロデリック王子は、この事態を予想していたに違いない。
代わりに私の付き添いを務めているのは、アリッサとロベルト王子の側近、ユルゲンだ。二人は、私と王子の後ろを少し離れて歩いている。アリッサはともかく、突然引っ張り出されたユルゲンが気の毒だ。せめて、展示を楽しんでくれればよいのだけれど。
嬉々として古の戦術を解説するロベルト王子は、いつもより口数が多くて、意外に理論的だった。
私の方は、『まあ、そうですの』、『初めて知りましたわ』、『素晴らしいですわね』、台詞は三つで足りる。感想を求められないのが何よりありがたい。
やがて私は、巨大な石像の前に連れて来られた。
古い時代のものだろう。荒削りで、どこか稚拙な表現方法で造られている。
ただ、その力強さは感動的だった。
騎士像は足を肩幅に開き、体の正面で地面に突き立てた大剣の柄に両手をかけていた。石の瞳は真っ直ぐ前を見続けている。
「伝説の騎士の像です」
ロベルト王子が感慨深げに言った。
「この古都を敵の来襲から守り切った英雄。彼は部下を指揮しながら、ずっと都の門の前に立ち続け、敵が去ったのを見届けるとその場に倒れて事切れたそうです。私は子供の頃から、王子としてこうありたいと思ってきました。国民の守護者でありたいと」
私は石像を見上げながら、瞬きを繰り返した。そうしなければ涙が零れ落ちそうだった。
「そのお気持ち、分かります。わたくしも、ずっと、祖国の役に立ちたいと願って来ました」
「そうですか」
「十年ほど前に、国で熱病が流行りましたの」
「ああ、覚えています。確か、国際的に大流行したのでしたね。有効な予防薬があって、私も飲んだ覚えがあります」
「ええ。他の国でも流行していたので、薬は不足気味で、値段も高騰して、偽物が出回って……祖父は一つの決断を下したのです。予防薬は国で一括管理をすると」
身分は関係なく、予防薬は真っ先に妊婦に。次は抵抗力のない幼い子供から。私も薬を飲んだ。
しかし、エルクラウスは裕福な国ではなかった。手に入れられる薬は余りにも少なく、多くの国民が犠牲になった。
「両親も祖母も、熱病で亡くなりました。国費のない中、葬儀はとてもささやかでした。わたくしは、国民は力のない王家を恨んでいると思っていました。けれど――けれども、そうではなくて。葬儀の日、皆は花を手に王宮に来てくれました。門に積み上げられた花を見て、わたくしは国民のためならどんなことでもすると心に決めたのです」
いきなり視界が真っ黒になった。
驚いたことに、ロベルト王子に抱きしめられていたのだ。
ロベルト王子は私の背中をポンポンと軽く叩いた。そこに色気など何もなく、小さな子供をあやすような仕種だった。
「ひょっとして、わたくし、慰められています?」
「いや。美しき英雄を称えているのです」
「ふふ。ありがとうございます」
私は顔を上げた。海のように真っ青な瞳が、私を見下ろしていた。ロベルト王子が人並み外れて背が高いために、急に自分がか弱くなったような感じがする。
「さて、次は女性の好きそうな場所にご案内しましょう。宝石はお好きですか?」
「まあ、嫌いな女などいませんわ――と、言いたいところですけれど、わたくしは、余り派手派手しいものは好みませんの。シンプルな金細工の方が好きです」
歴代の求婚者に言ってきた台詞を口にする。
プレゼントされるなら金がいい。錆びず、腐らず、色褪せず、金は価値が変わらない。宝石は意外に売りさばきづらいのだ。
「それなら、お気に召すのではないかと思います。この街は瑪瑙の加工で有名なのです。ダイヤモンドの派手さはありませんが、美しいですよ」
「で? 結局、これをプレゼントされた、と?」
アリッサが冷やかすように、片眉を上げた。
離宮の私室に戻って間もなく、ロベルト王子から贈り物が届けられたのだ。
薄紙をはがすと、中から繊細な装飾が施された黄金の鳥かごが出てきた。実際の鳥かごの四分の一くらいの大きさなので、実用品ではないことは一目瞭然だ。
鳥かごの中には、赤と青の瑪瑙を彫った番の小鳥が頭を寄せ合うように仲良く並んでいる。
「これ、どういう意味だと思う?」
私はアリッサの顔を見た。
「あの方のことですから、深い意味はないかと。瑪瑙工房で姫様が見とれていたものを贈ったのでは?」
「ほとんどの物に見とれていたつもりなんだけど……」
恐ろしく値の張るものだと思う。
けれど、いつものように金貨に換算する気にはなれなかった。