6. 夢の王子
バルド領に二泊した。
可愛らしい令嬢たちに別れを告げ、エルフィーネ嬢と一緒に王都を目指した。
やがて道は整備された広い街道に変わり、馬車の速度が格段に速まった。
通りかかった街の家並、歩く人たちの服装――今更ながら、国力の違いにため息が出る。
「ロザーリエ姫? どうかされまして?」
エルフィーネ嬢がためらいがちにこちらを伺った。
「いえ別に。ただ少し、こちらの国の豊かさに圧倒されて……」
「ああ……私も初めて田舎から出て来た時は、目を回しそうになりました。でも、よく見れば他の国と大差はないのですよ。泥棒もいれば、神官もいます」
「それは、悪い人もいれば、良い人もいるということ?」
「いいえ。悪人も極悪人もいるという意味です」
エルフィーネ嬢の言葉に、私は笑った。アリッサも忍び笑いをもらしている。
「貴女、結構辛辣なのね。好きだわ」
「恐れ入ります」
「ホーエンバッハの国王様と王妃様は、どんなお方?」
「国王陛下は、穏やかで理知的な方です。王妃様は外国からお輿入れになったお姫様で、少しお茶目な方ですね」
「エルフィーネ様は、失礼ですけれど、妃になるには身分が足りないでしょう? 反対されなかった?」
「あー、それはですね」
エルフィーネ嬢は腕を組んで項垂れた。
「反対は、全くされませんでした。そして、知らないうちに侯爵家の養女にされていて、身分違いという言い訳は抹殺されました」
続けて、『むしろ反対されたかった』と呟く声が聞こえた。
「要するに、王子様に見初められたのでしょう? 嬉しくないの?」
「嬉しくないと言えば嘘になりますけれど……」
「身分違いの恋なんて、素敵だわ。ね、もっとお二人の馴初めを聞かせて?」
言いにくそうにポツポツと紡がれた言葉を集めると――
そう。ああ、うん、分かるわ。
エルフィーネ嬢は無自覚のようだけれど、意識している人にそんなに献身的に身の回りの世話をされたら、惚れ込むのも無理はないと思うの。
少し羨ましい。
その日の宿泊先は、王家の離宮だということだった。
「昔々に都だった場所なんですよ」
エルフィーネ嬢が説明してくれた。
「旧王宮の一部が王家の離宮で、他は市庁舎と図書館と公園になっています」
う……外の景色が気になる。まさか、窓にかぶり付くわけにもいかないし。王女って本当に不便。
やがて馬車は、いつものように速度を落として止まった。
扉を開けたロベルト王子は、なぜかニコニコしている。
不思議に思いながら馬車から降ろしてもらうと、ロベルト王子の陰に誰かがいるのに気づいた。
サラサラした真っ直ぐなプラチナブロンドの髪の貴公子だ。
アクアマリンのような薄い色の青い瞳と、色白の肌。男性にしては華奢な体格で、中性的な容貌も相まって人形のように見えた。
綺麗な綺麗な、少女たちの夢の王子様だ。
「エルフィーネ」
夢の王子様は、馬車の中に向かって、こちらの顔が赤くなるような甘い声で呼びかけた。
「殿下?」
エルフィーネ嬢が慌てたように馬車を降りようとした。すかさず、夢の王子様が手を差しのべる。
「ここで、何してるんですか?」
「エルフィーネを迎えに来たに決まってるじゃないか」
「まあ、すぐに帰りましたのに」
「だって、心配で。バルドに帰って、里心がついたかもしれないだろう?」
「弟と叔父が王都にいるから大丈夫です」
すると、夢の王子様はガクッと頭を垂れて、『……そこは、殿下がいるからって言って欲しかった』と、呟いた。
「はい? 何かおっしゃいまして?」
「何でもないよ」
「相変わらず報われないな、リック」
ロベルト王子が苦笑した。
「ロザーリエ姫、弟のロデリックです」
「ようこそ、エルクラウスの姫君」
差しのべられた掌に、私は作法通り軽く手を乗せた。ロデリック王子は、優雅な仕草でに私の指先にキスを落とした。
「我が国はいかがですか?」
「とても興味深いですわ」
「それは何よりです――って、エルフィーネ、どこ行くのっ?」
「はい。お客様を迎える準備の確認に」
私の横でロベルト王子が頭をのけ反らせて笑った。
まあ、ロベルト王子の笑い声。超絶レアだわ!
「おい、エルフィーネ。それは離宮の女官に任せておけ」
「あ、そうですね。私としたことが、つい」
ロデリック王子が深々とため息をついた。
「いいよ。確認しておいで。君の好きそうなお菓子もいくつか用意してあるから、それも見るといい」
「まあ、殿下! ありがとうございます。では、すぐにお茶の仕度をいたしますね!」
エルフィーネ嬢は、パッとロデリック王子を抱きしめた後、スキップせんばかりの軽い足取りで去って行った。
「中に入りましょうか」
ロデリック王子はエルフィーネ嬢の後ろ姿を見送ってから、ポツリと言った。
この方は――
エルフィーネ嬢が大好きなのだわ。生き生きとした、彼女らしい彼女を愛しているのね。
「そんなに好きなら、首に縄でもつけておいたらどうだ?」
ロベルト王子が真顔で言った。アリッサの言うところの『比喩ではなく、物理で』そう思っていそうだ。
「鳥は飛んでいる姿が一番美しいんだよ」
ロデリック王子はロベルト王子の顔を見上げ、
「兄上には理解不能か……」
と、頭を振ったのだった。




