5. 王女の思い
夕食は、和やかで楽しかった。
アリッサは同席することを固辞していたが、『是非ご一緒に』という伯爵夫人の熱心な誘いにほだされ、末席ならばと同じテーブルについた。
バランスを取るためなのか、ユルゲンも呼ばれていて、アリッサの向かい側に座った。
エルフィーネ嬢の妹たちは、『王女様』に興味津々だった。
可愛らしい少女たちの夢を壊さないように、私は少しばかり脚色して故国の話をした。
「王女様は、お婿さんを決める舞踏会をしないの?」
末っ子のアデール嬢が言った。まだ十歳で、無邪気な子だ。
「とってもお綺麗だから、王子様がいっぱい来ると思うの」
「ありがとう。そうね、その時はアデール様にも招待状を送るわね」
「えっ、本当?!」
「ええ」
そう。いずれ、誰かとの婚約を発表しなければならない。その時の祝賀会の招待状で許してね。
「あのね、エルフィーネ姉様も舞踏会で王子様に会ったのよ」
「あら、そうなの?」
エルフィーネ嬢の方をみると、彼女はやや引きつった笑顔でうなずいた。
「王子様は、お姉様にひと……ひと……一目惚れ? したの」
「まあ。物語のようね」
エルフィーネ嬢は化粧映えするタイプなのだろうか?
「間違いではないのに、なぜか現実との温度差を感じます」
エルフィーネ嬢がそっと呟く。
「そうか? 完全にリックの一目惚れだっただろうが」
ロベルト王子が首を傾げた。
「あの場にいた騎士達も、惚れ惚れするような投げ技だったと絶賛していたぞ」
投げ技? 投げ技って?
「お姉様は、王宮内で暴漢を取り押さえたのです」
私の横に座っていた三女のベルタ嬢が囁いた。
「ロデリック殿下は、お身体の弱い方なので、お姉様の力強さに惹かれたのかと」
おおぉぉぉぉぉぉ。そんな落とし方もありなの?!
そうか。綺麗でニコニコしているだけではダメなのね。相手に合わせたアプローチが必要――っと。勉強になるわ。
私は、テーブルの向こうに座るロベルト王子を見た。
わざとらしくならない程度に、とっておきの笑顔で頬笑みかける。
「ロベルト殿下も、武道に長けた女性が理想ですか?」
「いや。尊敬はするが。やはり女性は、美人で胸の大きぃ――」
ユルゲンが張り付けたような笑顔で、背後からロベルト王子の口を塞いでいた。いつの間に立ち上がったのだろう?
「殿下、誰が娼妓の好みを言えと?」
ユルゲンはロベルト王子の耳元で囁いたが、聞こえた。はっきりと。
「すまん。つい」
とりあえず――大きい方よね。
私は、自分の胸を見下ろしてそう思った。
「ねえ、アリッサ。あれは婉曲な表現は通じないわね」
「真っ正面からぶつかって行くくらいでないと、ダメでしょうね。比喩ではなく、物理で」
『好きぃぃぃっ!』と叫んで、走って飛び付く自分。想像できない。
「外堀を埋める手もありますよ。国王様に命じられたら文句も言わず結婚しそうではありませんか?」
「それではダメよ。私に夢中になって、お金を積んでも結婚したいと思ってもらわなきゃ」
「姫様が強欲すぎて泣けます」
ふんっ! 何とでもおっしゃい。
私はエルクラウスのためだったら、どんなことでもするわ。
それが、あの日、花を捧げて涙してくれた国民に対する礼だもの。
でも――
仕方ないでしょう?
次の朝、ドヤ顔でアメットのジャムを差し出し、私の反応を待つようにそわそわしているロベルト王子を可愛いと思うくらい。
私の『おいしい』の一言で見せてくれた、レアな笑顔にときめくくらい。
ほんの少しだけだから、夢を見させて。
王女の義務は忘れないから。