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2. 騎士現る

 セレナ様に返事を出してから二週間後、ホーエンバッハから迎えの馬車が来た。

 あちらの王宮から護衛として、近衛騎士の一団も派遣されていた。


「ちょっと、人数多いわよっ! 宿泊場所と食事はっ?!」


「姫様、みっともないので窓から身を乗り出さないで下さい」

 アリッサが冷静に言う。

「宿泊場所は城下に確保してあります。ご心配なく。ああ見えても、宰相様は有能なのですよ」


 『ああ見えても』って、なにげに失礼な。確かに、小男だけど。頭頂も秋の気配だけれど。


 宰相がいつも胃薬を片手に頑張ってくれているのを、私は知っている。


「ねえ、アリッサ。この世は不公平ね」

「何ですか、しんみりと」

「見てよ。騎士が、一国の宰相よりいい服着てる」


 私が見ていたのは、騎士たちの中でも際立って背の高い男だった。男は、他の騎士が暗い緑色の服を着ている中、一人だけ濃紺の上着を身にまとっていた。

 アリッサは私の視線の先に目をやると、肩をすくめた。


「よくこんな離れた場所から分かりますね」

「光沢と、シルエットが違うのよね」


 亡き祖母は、王妃であると同時に優れた商人でもあった。外国の商人が舌を巻くほどの目利きだった。私は幼い頃から、祖母の近くでその仕事ぶりを見てきたのだ。物の良し悪しを見分けるのは得意だ。


「近衛騎士だものね。出自は名門貴族か、はたまた豪商か。あー、ブーツは北ヘルンの品かな」

「姫様、落ちますってばっ!」


 アリッサの声が大きすぎたのか、背の高い騎士が顔を上げた。


 目が合った。


 彼は大股で窓の下まで来ると、腰に両手を当てて上を見上げた。


「お嬢さんたち、すぐに窓から離れなさい! 転落したらどうする気だ!」


 この部屋は三階だ。なのに、この声の威圧感はなんだ。

 私は、繊細な質ではない。が、この男に近くで怒られたら、卒倒できる自信がある。


「も、申し訳ありません!」


 アリッサが慌てて私の体を後ろから引っ張り、その拍子に私の胸元からハンカチが落ちた。


「あっ!」


 伸ばした指をすり抜け、レースのハンカチはヒラヒラと宙に舞った。


 やだっ、あれ高いのに!


 もう一度下を見ると、男がハンカチを掴んだのが見えた。




 騎士にハンカチとか、ハンカチとか、ハンカチとか……




「アリッサ。私、秋波送ったとか……思われてないわよね」

「普通は、『貴方に興味があります』と受け取るはずですが?」

「うわぁ……あの人、きっと騎士団の指揮官とかよね。後で顔を合わせるのに、気まずい」

「今更です。姫様はいつも、求婚してくる貴公子に、思わせ振りな態度をとっているじゃありませんか」

「狙ってやるのと、そのつもりがないのにやってしまうのは違うの!」

「面倒くさい……」

「面倒くさくて悪かったわねっ!」


 不機嫌な私を尻目に、アリッサは謁見の間に行く準備を始めた。袖口と裾にレースをあしらった黄色のドレスを勧められたけれど、なんだか気合いが入り過ぎな気がして、飾りの少ない若草色のドレスにした。


 あの騎士に、意識していると思われたくない――まあ、そう思っている時点で意識しているわけだけど。




 謁見の間に行くと、祖父と兄はすでに来ていた。


 私は玉座に座る祖父に会釈をし、一段下の左側に立つ兄の横に並んだ。


「おっ、今日はずいぶんあっさりとした出で立ちだな」

 兄がからかうように言った。

「気を引かなければならない方はおりませんもの」

 ツンとして答えると、兄は『徹底してるな』と笑った。


 宰相の合図で中央の扉が開いた。


 左右にエルクラウスの家臣たちが並ぶ通路を、三人の男たちが進む。害意がないことを示すため、全員丸腰だ。

 彼らは通路の中ほどで立ち止まり、一人の騎士だけが前に進んだ。

 例の騎士だった。

 近づくにつれ、短く刈り込まれた髪が明るい金髪なことに気付いた。さすが近衛騎士。とても整った顔立ちをしている。

 彼は、祖父の前まで来ると一礼し、型通りの挨拶を述べた。


「お目通りをお許しいただき感謝申し上げます。この度、姫君の警護団長を勤めますロベルト・ホーエンバッハと申します」


 そう……ロベルト・ホーエンバッハ……ホーエンバッハ……ホーエンバッハぁっ?!


 思わず叫びそうになった私は、慌てて扇で口元を隠した。


「ホーエンバッハとは……王族の?」


 祖父が私の心の叫びを代弁する。


「はい。第二王子です」

「えっ? あ……? 王子ですと?」


 なぜ? どうしてそうなった?

 いくら他国の王女とはいえ、普通、王子様が身辺警護をする? むしろ警護される方ではないの?


「ご安心下さい。身分は王子ですが、母国では将軍職を務めており、日々の鍛練を欠かしたことはありません」


 いえ。お祖父様がツッコミたいところはそこではないと……


「剣の腕は人並み以上と自負しております。今回同行した部下達も、精鋭を集めました。この命と名誉に掛けて、姫君をお守りします」


 うっ……今、不覚にもときめいたわ。


「そ……それは頼もしい」

 お祖父様は気を取り直したように言った。

「ロザーリエ、前に来なさい。ロベルト殿下、孫娘のロザーリエです」


 私は扇を閉じてしずしずと王子の前まで進み、ドレスの端をつまんだ。


 「ロザーリエ・エルクラウスでございます。よろしくお願いいたします」


 見合いはもう始まっていると言えるだろう。やはり、アリッサの言う通り黄色のドレスを着てくれば良かった。


「ロベルト・ホーエンバッハです。道中、不都合なことがあれば、何なりとお申し付け下さい。それと、姫君」

「はい」


 可愛らしく見えるであろう角度に少し首を傾げて見上げると、海のように真っ青な瞳と目が合った。


「窓辺で戯れられるのは感心しません。どうかご自愛下さい」

「あの……どうしてわたくしだと?」

「めったにないお(ぐし)の色ですから」


 ロベルト王子は、そう言って私の右手を取った。


 えっ? 私の許可も取らないで手にキスする気? うわぁ、積極的ね。


「落とし物をお返しします」



 私の手に残されたのはキスではなく、窓から飛んで行ったレースのハンカチだった。





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