14. 騎士王子の恋情
植物図鑑を胸に抱えたまま部屋の扉を勢いよく開けた私は、白い壁にぶち当たった。
よろけてひっくり返りそうになる寸前、『おっと』と声がして力強い腕に抱き止められた。
「姫、どうかしましたか?」
顔を上げると、白い簡素な服装のロベルト様が私を見下ろしていた。湯あみをしたのか、短い髪の毛が少し濡れていて、いい匂いがして――ああ、なんかくらっとする――って、そうじゃない!
「ロ、ロベルト様、これ!」
私は、植物図鑑を上下に振った。
「ああ。本に気がつきましたか。貴女のためにアメットを植えようと思って栽培方法を調べさせたのです。珍しい植物だったようですね。野生種があると聞いて、植物学者が泣いて喜んでいました」
そっちじゃなくて!
「金鉱脈か銅鉱脈って書いてます。金鉱脈って、金の鉱脈で、金が埋まってて、黄金がザクザクってことですよねっ?!」
興奮し過ぎて、もはや自分でも何を言っているのか不明である。
「まあ、そうですね。そちらは地質学者の仕事です。この件は、貴女の兄上にお知らせしていますから、じきに調査が入るでしょう」
「そうなんですか? ああ、ありがとうございます!」
私は嬉しくて、ロベルト様にギュッと抱きついた。
金鉱脈が見つかればいいな。だって、黄金がザクザクよ?
「で? 貴女はどこへ行くつもりだったのです?」
「アリッサに知らせようと思って!」
「うん。それは明日にしようか」
ロベルト様はそう言うと、片手で私を抱き上げた。
さすが武人だわ。力持ち。
「まさかとは思うが、アメットの根元から金が出てくると思ってませんよね」
「違うのですかっ?」
グッと喉を詰まらせたような音がして、私を支える腕がぷるぷると震えた。
「ロベルト様? 何かおかしいですか?」
「いや、すまない。侍女にランタンを持たせて、貴女が墓掘り人夫よろしく穴を掘る姿しか想像できない」
うーん、さっきまでそれに近いこと考えていたけど?
ロベルト様は寝台の端っこに私を座らせた。
「もしも金鉱脈が見つかったら、一緒に見学にいきましょう」
「本当に? 嬉しい!」
ロベルト様は忍び笑いをもらした。
「貴女を喜ばせるのは存外に簡単だな」
「そうですか?」
「ああ。本当に可愛らしい……」
私は、そのまま軽く押されて寝台にコロンと転がった。
ロベルト様が、楽しそうに私の全身に目を走らせている。
え? ああ? しまった! 私、スケスケだったわ!
どう見てもあられもない格好で誘ってるよね? って、今夜は誘うのが正解か!
ああ。大好きな人の口づけって、とても素敵。
「ロザーリエ」
耳にささやかれる声は、低く、甘く、熱い。
「貴女に恋をしている。どうしようもないくらい。いっそ、どこかに閉じ込めてしまいたい」
私はとろけそうになっている頭で、必死に言葉を探した。
「かごは黄金製でお願いします」
ああ、やだ。何言ってるの、私。
あまりの間抜けな答えに赤面して顔を覆うと、ロベルト様は声をたてて笑って『承知した』と言った。
数週間後、鳥かごのような意匠の、大きな寝椅子が部屋に運び込まれた。
「ロベルト様?」
「何ですか?」
「ひょっとして、常に本気?」
「まさか。これはちょっとした洒落です」
どこか食えない王子様は、にっこりと、レアな笑顔を私に向けた。
-fin-
本編終了。この後、おまけ話をひとつ。