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13. 紅薔薇姫の結婚

「いやよ! お薬は飲みません。だってわたしは王女ですもの。人をたすけなきゃいけないのよ。わたしの分は、ほかの子供にあげてちょうだい!」

「姫様が飲まないなら、アリッサも飲みません」

「ダメよ! アリッサは飲まなきゃ!」

「じゃあ、飲んで下さい。アリッサを助けると思って飲んで下さい!」






「それほど深く悩んできたわけではないの。ただ……ただ、時々思ったわ。私が薬を飲まなかったら、私の代わりに誰かが助かっていたって」

「そうですね」


 ロベルト王子は静かな声で相槌を打った。

 『そんなことはない』とか、『姫のせいではない』とは言わなかった。


「誰かの命の上にある命なら、私は人の役に立つ人間でありたいわ」

「心がけは立派だが、姫の侍女には、貴女が不幸になりたがっているように見えるらしい」


 アリッサ、そんなことを言ったの?


「その話を聞いて、私もやっと理解できた」

「何を……です?」

「ずっと違和感がありました。姫と初めてお会いした時は――窓辺で戯れていた、あの時ですよ――屈託のない、年相応の少女に見えたのに、その後に会うとまるで作り物の人形のようで。それでも時々、あの時の少女が垣間見えた。貴女は何を隠しているのだろうと思っていました」


 ロベルト王子は片手を伸ばして私の髪を撫でた。


「私は無骨でしょう? エルクラウスの紅薔薇姫には不似合いだ。姫は、祖国のために金で買われた。いいですね? 贖罪はこれで終わりです」


 私はロベルト王子の膝に手を置き、前に乗り出した。


「でも……でも、わたくし、ロベルト様をお慕い申し上げているのです! 贖罪にはなりません」


 ロベルト王子は何度かまばたきをすると、目を丸くした。


「はっ? えっ? いや、まさか?」

「本気です」


 青い瞳がまじまじと私を見つめた。それからロベルト王子は口元に片手をあて、真っ赤な顔で横を向いた。


「それなら……姫がエルクラウスを離れがたいならば、婚約期間を三年くらいにしようと考えていたのですが……」


 王子はコホンと咳払いをして、しかめっ面で私の方を見た。


「では、厳しい条件をひとつ。早々にお国を出て嫁入りすること――いいですね?」


 私は何度も頷いた。






 そうして秋の青空の下、私は結婚した。



 まるで天使のような花嫁だと、誰もが言ってくれた。

 けれどロベルト様は、式の間中ずっと厳しい表情だった。何か悪いところがあったのかとハラハラしたが、ユルゲンに『あれは照れているのです』と教えられ胸を撫で下ろした。


「妃殿下、お時間でございます」


 女官に言われて、私は頷いた。

 祝宴は延々と続いていたが、花嫁は先に抜け出す慣例だという。

 女官に先導され、王族の居住区である奥宮に着くと、いやびっくり――五人がかりで花嫁衣装を脱がされ、香油入りの風呂に入れられ――まるでセリに出される馬のようにピッカピッカに磨かれた。

 で、ちょっと待ってよ。何、このスケスケな夜着。着ている意味あるの?


「まあ、よくお似合いで。アリッサも選んだ甲斐がありました」


 アリッサの満面の笑みがコワイ。別の物を着たいなんて言えない。

 このままロベルト様を待つのは、かなり恥ずかしい。

 いっそベッドに入っていようか。うーん、それもヤル気満々みたいで嫌だな。


 女官達が全員下がった後、私は落ち着きなく部屋の中を歩き回った。


 ロベルト様が用意してくれた部屋の内装と調度は、全てエルクラウス風だった。それと、やたら金装飾の小物が多いのは、私が宝石より(きん)が好きだと言ったせいだろう。


 ふと見ると、大きな鏡のついた化粧テーブルの上に、本が一冊乗っていた。

 赤い皮装丁の、かなり厚い本だ。


「植物図鑑? あ、栞が挟まってる……えっ? えぇ―――っ!」






【女神の苺】


学名:ルビウス・デアメット


分布:大陸内の高地


特徴:木質化した茎を持つ低木。雌しべは多数の心皮からなり、それぞれが独立した果汁を含んだ粒の形になる。果実は食べられる。野生種と栽培種がある。野生種にはトゲがあり、栽培種にはトゲがない。

金鉱脈あるいは銅鉱脈に沿って自生するため、長年の乱開発により、野生種が絶滅した希少植物である。



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― 新着の感想 ―
公開当初から好きで、折に触れて読み返しています。特に、この13話の、子供の頃の姫とアリッサのやり取り、ロベルト王子が姫にかける言葉に、毎回涙がこみ上げます。 今でも好きな作品であることをお伝えしたくて…
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