12. 嘘は言わずに
「嘘は一言も言ってませんよ」
アリッサはそう言ってのけた。
例の会議の後、私は自室に戻り、ロベルト王子に何を言ったのかとアリッサを問い詰めていた。
「私は、毎晩枕を濡らしていないのだけれど?」
長椅子に足を投げ出して座りながら皮肉を込めて言うと、アリッサはクスクスと笑った。
「それは、王子の思い込みですわね」
アリッサは、ただ『姫様と結婚して下さい』とロベルト王子に泣きついた(演技)だけだという。
「姫様、本心じゃエルクラウスを離れたくないでしょう? ごまかしてもダメですよ」
「まあ……それはね。でも国内で降嫁して得になるような相手はいないでしょう?」
「はい。だから、王子にはその事をお伝えしました――姫様は本心では国を離れたくない。ハイデルは遠すぎる。王妃になればそうそう里帰りなどできない。こちらの国ならエルクラウスに近いから、とね」
「……ロベルト王子の口ぶりだと、私はか弱い乙女だと思われたようよ」
アリッサはニヤリと笑った。
「今の今まで姫様に靡かなかったはずですよね。自分の身の上を嘆くか弱き乙女なんて、姫様の柄ではないですから」
私はアリッサを軽く睨み付けた。
私だって気弱になることはある。でも確かに柄ではなく、恥ずかしいので、ロベルト王子の目の前で泣いてしまったことはアリッサには秘密だ。
「庇護欲の強い方だったのね。でも困ったわ。私、メソメソするのって大嫌いなのに」
「普通にしてていいんじゃありません? 健気に耐える乙女に見えるかもしれません」
『かも』なのね。
初めてロベルト王子の気を引けたのは嬉しくはあるけれど、やはり好きな方には本当の私を好きになって欲しい――って、どこの乙女よっ!
「姫様?」
「もう嫌」
私はクッションの上にぱふりと顔を埋めた。
「今日はもう誰にも会いたくない」
「午後からは特に予定は入っていません。夕食はお部屋でとれるように手配しましょうか?」
「うん」
「もっと楽なお召し物に着替えては?」
「このままでいい」
ああ、馬鹿みたい。
なに、落ち込んでるの? 好きな人と結婚できるかもしれないのよ? 素直に喜べばいいじゃない。支援金も手に入ることだし。
「好条件、支援金……」
私は自分にとっての幸運の呪文を唱えた。
誰かが頭を撫でている。
やさしくて、温かくて――
「う……ん……好条件、支援金……」
ブフッと吹き出す音が聞こえた。
「アリッサ……?」
「いえ、違います。呼びましょうか?」
明らかに男性のものである低い声に、私はカッと目を見開いた。どうやら眠っていたらしい。
恐る恐る顔をあげると、私のすぐ側に椅子を置いて座っているロベルト王子と目が合った。
ひいいっっ!
「ご気分がすぐれないと聞きましたが、いかがですか?」
「えっ? ああ、はい……どうして、ロベルト様がいらっしゃるの?」
「姫の侍女が通してくれましたよ」
アリッサぁぁぁぁぁ! 何、考えてんのよっ!
「先ほど、国王の側近がエルクラウスに向けて出立しました。有能な男ですから、すぐに話をまとめてくるでしょう。父は私の結婚がよほど嬉しいらしい。例の運河の支援金の他に色々上乗せしたようです。だから、姫はもう自分を責めなくていいのです」
「自分を……責める?」
「これで貴女は国のために犠牲になった――いや、犠牲になれたと言った方がいいのかな?」
私は長椅子の上に座り直し、ロベルト王子に向き合った。膝がくっつくくらい近かったが、気にする余裕はなかった。
『嘘は一言も言ってませんよ』
ええ、そうね、アリッサ。
うっかり私に真実を言い忘れただけなのでしょうよ。
「アリッサは……何を言ったの?」
「貴女がずっと罪悪感を抱えて生きてきたと」
ロベルト王子はいつもの生真面目な顔で言った。
「例の熱病の予防薬を飲んでから、ずっと」