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10. 交渉の始まり

 王都に着いた翌日、歓迎の晩餐会を開いてもらった。


 王族と有力貴族のみが招待された、格式高いものだ。

 端に座る人が小さく見えるような長テーブルにつき、お偉いさんたちの長々とした挨拶を笑顔で聞く修行の場とでも言い換えればいいだろうか。


 取り合えず、料理は最高級で美味しい。


 食事の後は部屋を変え、飲み物を片手に色々な人と話すのが慣例だ。


「これでよいですか? 別の物もありますが」


 そう言ってロベルト王子が差し出したグラスを受けとる。試しに一口飲むと、柑橘類の風味がついた水だった。


「美味しゅうございます」


 この人には効き目がないのよね、と、思いながらも、恥ずかしそうにうつむいて――はい、次、流し目――あ、やはりダメか。


 ロベルト王子は、納得がいかないとばかりのしかめっ面だ。


「私にはあまり美味しいと思えないのですが。貴婦人(レディ)はたいていそれを好むようですね」


 私はクスリと笑った。


「意味がありますのよ?」

「……意味、ですか?」

「これなら、粗相をしてドレスにこぼしても、染みになりにくいでしょう?」

「ああ。確かに」

「酔って醜態をさらすこともありません。それに、頭をハッキリさせておきたいのです。貴婦人には、酔っ払った旦那様の首根っこを掴んで帰るという仕事もありますから」


 ロベルト王子がプッと吹き出した。


「長年の謎が解けました。そうか」


 ああ、やったわ! 笑ってくれた――はっ! なに浮かれてるの、私!


 コホン、と小さな咳ばらいをひとつ。


「皆様とお知り合いになりたいです。紹介して下さいます?」

「もちろん」


 ロベルト王子が私の手を取ろうとした。が、そこに横から別人の手がスッと伸びて私の手を取った。

 驚いて顔を上げると、アルディーン王太子が悪戯っぽい表情を浮かべていた。


「ロザーリエ姫、今夜のところ、弟は役に立たない」

「はぁっ? 役に立たないとはなんだよ」

 ロベルト王子がムッとしたように言った。

「姫は土木工事に興味があってね。お前は専門外だろうが――姫、どうです? 最新の工法に詳しいものがおりますが」

「ぜひ、お話を伺いたいです!」



 王太子様が紹介してくれたのは、国土計画の仕事をしている伯爵様だった。

 私が運河補修に興味があると言うと、工法や工事期間の話になった。奥方にはつまらない話で申し訳ないな、と思った頃、王太子妃のアンネリーゼ様がすかさず夫人に声をかける。

 途中で他の方が『その場合の物流は――』とか『船はこの方式のほうが――』などと口を挟み、ご夫人達は、『あら、海まで水路で出られるの? 夏は観光船もよいですわね』と、話は大いに盛り上がった。


 その間、ロベルト王子は私のすぐ後に立っていた。


 話に引き込もうと何度か話しかけたが、うなずくばかりで話に加わろうとはしない。


 機嫌を損ねただろうか?


 表情からは読み取れなかった。






 その夜を皮切りに、交渉は始まった。


 交渉相手はアルディーン王太子。私の方にはエルフィーネ嬢が補佐として付き、ロデリック王子はあくまでも中立で口を挟むという形だ。

 もちろん、私にはエルクラウスの政治を左右する力はない。

 交渉内容は議事録にされ、私がサインした後にエルクラウスへ送られる。祖父と兄が検討し、条件が合えばエルクラウスから全権大使が来て正式調印の運びとなる。


 交渉の大前提として、私とロベルト王子の結婚があるのだが、当のロベルト王子は完全に蚊帳の外である。

 何も知らないロベルト王子は、自分の仕事と私の会議の合間に、王宮や王都を案内してくれた。

 『交渉事は進んでいますか?』と訊かれた時には、さすがの私も後ろめたい気になって、『ええ』と答えて目をそらしてしまった。


「何か困っていることでも?」

「いいえ。皆様よくして下さいます」

「そうですか。勘違いした愚か者が、姫を強引に連れ出そうとして捕まったと報告を受けていますが?」

「あれは!」

 私は慌ててロベルト王子を見上げた。そして見なければよかったと思った。怒ったような厳しい顔をしていたからだ。

「あれは……わたくしも悪かったのです」


 こちらに来てからセレナ様のご厚意に甘えて、何着かドレスを用意してもらった。どれもこれも上品ではあるが胸の豊かさを綺麗に見せるデザインだ。その結果、ロベルト王子ではなく、複数の貴公子を悩殺してしまったらしい。

 (くだん)の貴公子には、特に熱心に言い寄られた。

 普段なら毅然とした態度をとるのだが、一度だけ、その貴公子に思わせぶりなことを言ってしまったのだ。理由は単純。その時、近くにロベルト王子がいたから。

 結果、翌日から贈り物とラブレター攻勢を受け、辟易するはめになった。


「何があろうと、女性に無理矢理迫ろうなど言語道断。ですが、事件の前から、付きまとわれていたそうですね。なぜすぐに私に相談して下さらなかったのです?」

「あの……それは……たいしたことではないと……」


 自ら撒いた種だし、穏便に解決したいと思ったのよっ!


「たいしたことではない? 一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたのですよ? 今後は些細なことでもご相談下さい。いいですね?」

「……」

「いいですね?」

「……はい」



 怒ったロベルト王子は、とても恐かった。



 ぐすん。




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