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1. 王女は婚活中

『とても良いお話があるのよ』


 手紙はそう始まっていた。


 母の親友、セレナ。両親が亡くなってからも、私たち兄妹を気にかけてくれる稀有な貴婦人だ。


『わたくしは幸いなことに、こちらの国の王族の知己を得ています。貴女のお話をしたところ、王妃様が是非お会いしたいと――』




「表向きは親善のための招待、実際は体の良い見合いというところか?」

 兄が顔をしかめて言った。


 ただいま現在、私たちは歴史ある――いや、古色蒼然とした――まあ、要するにおんぼろな王宮の一室で顔を付き合わせて会議中だ。


「確か昨年王太子が結婚して、第三王子の婚約が発表されたばかりだったな」


 兄が目をやると、宰相が頭を下げて答えた。


「左様でございます」


 宰相も年とったわねぇ。頭頂が寂しくなってるわ。


「セレナ殿は、あちらの第二王子にうちの姫様をとお考えになったのでしょう。確かに良縁でございますが……」


 言葉の先を待ってみたけれど、それは濁されたまま続く気配もない。


「宰相? 『が』って何よ。『が』って」


 私が問い詰めると、宰相はちらりと我が祖父である国王陛下の方を見た。


「申してみよ。耳に痛いからといってそなたを罪に問うようなことはせぬ」


 お祖父様の言葉に、宰相は『では』と咳払いをした。


「かの国と我が国では国力が違いすぎます。政略としての利点もこちらにはあっても、あちらには皆無。姫様がお辛い思いをされるのでは?」


 祖父と兄が、『うむ』と唸った。


「宰相、そんなことを言っていたら、どこの国にもお嫁に行けないわ。うち、弱小国だし」


 この四人に財務大臣と騎士団長が加われば、国政会議ができちゃうんじゃない?ってくらい小規模だし。


「ですが……」

「あのね、今まで私が何のために勉強と美容に励んで来たと思っているの? すべて、好条件の政略結婚のためなのよ?」


 祖父と兄と宰相が、『う~む』と唸る。


 十余年の努力の結果、私は『エルクラウスの紅薔薇姫』などと呼ばれるまでになった。

 噂を先行させるため、吟遊詩人に袖の下を渡したりしたこともあったが、どこの姫でもやっていることなので罪悪感はない。


「ええと……現状で一番好条件の縁談は、ハイデルのマクシミリアン王だったわね」

「マクシミリアンはダメだろう?!」

 兄が、叫ぶように言った。

「どうして? ひとつ、持参金不要」

 私は指折り数えながら言った。

「ふたつ、婚礼費用は向こう持ち。みっつ――これが最強ね――莫大な援助金」

「マクシミリアン王はお前より三十も年上だぞ!」

「それが何?」


 私は兄を見据えた。


「運河が老朽化して補修が必要なのは分かっているでしょう? 私たちは費用を捻出できない。マクシミリアン王は捻出できる。ただし、多額の税を他国に使うことを国民を納得させるために、私が王妃になる必要がある――真っ当な理由だわ」

「しかし……だな……」

「ええ、そうね。セレナ様がわざわざお手紙を下さるくらいですもの、こちらの第二王子様もかなりの好条件だと思うのよね。問題は援助金を引き出せるかどうかよ。ああ、王太子が相手ならよかったのに」


 やけに静かになった室内をぐるっと見回す。


「いやね。人様のものに手を出すほど、悪趣味じゃありませんからね」


 『一瞬、心配した』と、全員の顔に書いてある。


 ふんっ!


 祖父が咳払いをしてから、私を見た。泣きたくなるほど慈愛に満ちた眼差しで。


「せっかくの、セレナの好意だ。素直な気持ちで招待を受けてみてはどうだね? ロザーリエ」










「で? 今度はホーエンバッハの王子様をたぶらかしに行くんですね?」


「人聞きの悪いこと言わないで、アリッサ」


 私は鏡の中の侍女を睨み付けた。が、乳姉妹でもあるアリッサは薄く笑うばかりだ。


「姫様がお綺麗なのは確かですがね、そんなにご自身の値をつり上げていたら、そのうち値崩れをおこしますよ」


 アリッサは私の髪を(くしけず)りながら、からかうように言う。

 私は、鏡に映る自分の姿を素早くチェックした。


 大丈夫。


 ぱっちりとした大きな目はエメラルドに例えられ、色々な国の貴公子からその宝石を使ったプレゼントが届けられるくらいだ。

 母親譲りのストロベリーブロンドの巻き毛は、艶やかに輝いている。染みひとつないなめらかな肌も、しなやかな手足も、全てたゆまない手入れの賜物だ。小国とはいえ、エルクラウスは由緒ある血統でもある。


「売り時は心得ているつもりよ」

「ホーエンバッハの王子様が麗しい方なら良いですわね」

「見た目など役には立たないわ。むしろ不細工で、他に嫁の当てがない方がいいわね」

「マクシミリアン王のようにですか?」

「あなた、失礼よ。彼はそれほどひどくないでしょう?」

「まあ、48歳にしては格好いい方ですけど」

「少なくとも、尊敬できる方だわ」


 アリッサの目が哀れむように私を見た。


「今はそれで良いのでしょうけれど、恋をされた時に苦しみますよ」

「恋?」


 私は笑った。


「恋……ね。たぶん、私は恋ができない体質なのよ。今まで、どんな見目麗しい殿方にも心を動かされたことがないもの」


 アリッサは素早く指を動かし、災難避けのおまじないをした。


「傲慢ですよ、姫様。愛の女神の矢が、とんでもない時に刺さっても知りませんからね」




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