one day6
鐘の音を最後に、授業終了。
50分の授業の間にやたらとやつれたヴィーと歩く。中央講義室の立ち並ぶ棟は、楕円型のエントランスをを中心に上下左右の長い通路に分岐して教室が立ち並んでいる。西側の第一講義室から出て寮への帰路をたどる。白で統一された館内は清潔感だけでなく、どこか神聖さを漂わせている。
「・・・・・生きてる?」
「・・・・・・ぎりぎり」
「そっか・・生還できたか」
憔悴した様子に思わずもれる苦笑を隠せない。
のんびりとした歩みで中央階段までの道のりを歩く。授業が終わったばかりなので周囲には同じように階段に向かって歩く生徒や次の授業までの時間をつぶしている生徒が行き交っており、それなりににぎやかだ。
「ヴィーはまだ授業あんの?」
「次、槍術実技」
ちらり、と一瞬こちらを見てすぐに目線を前に戻されてしまう。
いつもの愛想にかける調子に戻っているようだ。どうにもとっつきにくい印象を与えるこの態度を改めるつもりがあるのか無いのか・・・もしかしたら自覚していないのかもしれない。
「え!・・・槍、使えるの」
「いや、使えないとだめだろ」
へぇーそうなんだ。と返してでも普段使ってるの見たことないしと言えば、剣術が一般的だからなと帰ってきた。
「お前は授業とってないの」
「うん。一応応用武術系の実技はとってるけど、今日はこれで最後」
「ふーん・・」
なにやら含みのありそうな視線を感じるのだが・・
「何か言いたいことがあるなら どうぞ」
「お前そんなのとる必要あんの?」
「さぁ。どの程度のレベルか知らないし」
「はぁ?騎士団レベルだってのに2学年の生徒相手でてこずるわけねぇじゃん」
あきれたように目を細めてため息をつかれてしまった。本当に生意気だ。話し方から態度から全てが。
「それは君だってそうでしょ。」
あたしがそうだというのならば彼だって同じぐらいに言えることなのだ。
「俺、お前にぼろ負けしたんだけど」
いやなことを思い出した、というように顔を歪めている。
「・・・経験値の差だって。あたしは剣技メインじゃないし。比較対象ならオーファあたりでしょ」
「・・・オーファス・・もそうだろうけど、サリジェとキリルージュに一番圧倒的にやられたからそれがむかつく」
いや、むかつくとか言われても。こればかりはどうしようもない。
まっすぐな気性の彼はオブラートに包んだ物言いというものを身に付けていないらしい。
遠慮の無い言葉をあたしは好ましいと思えるのだが、多くの人はそうは思わないだろう。実際ヴィーを倦厭してどこか距離を置く人はなかなかに多い。人間、長所が必ずしも人に好まれる類のものであると限らないのは常であるが、まだ15の彼が人との距離を置きすぎるのはあまりよろしくないのではないか。
・・・あたしは母親か?と思わないでもない。
「うんうん キリはすごいよねぇー。あんな長剣自在に操ってるし。魔術も簡単なものなら余裕で使うし、ってかあの粘り強さにびっくりだけど」
「・・お前、自分から話し逸らそうとしてね?」
しゅば、と片手を挙手してカクカクと動かす。透明腹話術。
「そんなことナイヨー」
「不自然。片言。誤魔化しきれてない」
・・ばれた。適当な言動でごまかされてくれるほど融通の利く性格でない事はわかっているが。うっすらと微笑んでみる。不機嫌な顔を返される。
なんか、彼にはいつもこんな顔をさせてばかりだなぁ。
だって、嫌なんだ。苦手なんだ。話題の中心にされるのは。
裏方スキーだから。ポジション照明係もしくは音響あたりで勘弁してほしい。
そろそろ中央階段がみえるかな というところで隣の彼が急に立ち止まる。
なにかあったかと、合わせるように自分も歩みを止める。
「まぁ、とりあえず勝つから」
「・・・?」
廊下の中ほどで、いきなりこちらを向いて宣言しだした。
つり目気味の目と相まって睨まれているようにも見える。
それほど身長差は無いので、強い視線を真正面から受ける形になる。おおぅ。びっくりするわ。
「オーファスにも、キリルージュにも」
くい、とあげた顎であたしの方を指し示す。
「もちろん、サリジェにも」
ふっと口角をあげてどこか挑発的な笑みを形作る顔を、見つめ返してニコリと笑う。
「おう。楽しみにしてる」
漢気のある言葉を返して、おかしくなって2人同時に 少し笑った。