one day4
自分より優れた人間という存在を認めたくなくて
認めてしまえば自分がとても惨めな気がするから
それが何より恐ろしくて
自分の平凡さには気が付いていたけれど
それを許すことはこの生すら無意味に思わせる。
そんな物見たくない 知りたくない
それでも存在を認めてくれるのか。自分は揺るがないのだと
存在に意味があるのだと、言葉にしてくれるのか?
5階ラウンジスペースから見える通路を、颯爽と歩く後ろ姿。
金髪で長髪なんて、グラマラスな外人美女にしか不可能なスタイルだと思ってたのにその夢をぶち壊してくれた。高らかに靴音を響かせ、年齢不詳男が猛スピードで歩き去っていく。
(やばい。やばすぎる。あの人の授業で遅刻とか・・・・・・)
授業自体は単位制なので必要時数のみ出席すればいいのだが、自分の場合はそうは言ってられない。優秀でいることが、就職への最短コース。目指せ飛び級。目指せ学年主席。ってなわけで・・・・
(あぁもう息切れる!動悸する!こんだけ走ってんのに、間に合わないって・・・!)
遅刻は全力で回避したい。けれど最短距離で、最速で次の授業へと向かったとしても多分、間に合わないだろう。体力には自信があるが、このまま必死に走ったところで結果は同じ。授業以外で「これ」を使うのは5学年以上、つまり2学年に所属している自分には禁止されているのだけれど、仕方ない。
自己責任、という言葉が一瞬頭をよぎったが、それは置いといて。
「今は、目先の危機回避っ・・!」
教室棟を繋ぐ渡り廊下を走り抜けて、その勢いのまま、いい具合に開きっぱなしの窓に向かって速度を上げる。
宿れ。この足に空を駆ける力を。踏み出した右足に思い切り体重をかける。次の一歩でなるべく、高く跳べるように。
(・・・きたきた!)
下から風が吹いている。窓の桟に駆け上り、いっせーの!でそのまま宙へ。ここ5階?大丈夫、大丈夫。だってファンタジーだもん。
地面に付くまでは2秒弱。両腕を引っ張られるような感覚に次いで、小さな衝撃で地面に足が着く。パタパタと足踏みをして床の感触を確かめた。まだ、足元から風が吹きつけている。地面は約1m幅。高さにして約5m弱。ぐらぐらと不安定な足元に肝が冷える。高い。やばい。
降り立った地面のそばにはいくつものガラス窓が並んでいる。その一つに見知った顔が映った。ぐらつく足元をバランス感覚で支えて、ガラス窓を叩く。
コンコン。
ガラス窓の向こうに見える顔が、音に反応して窓に向く。瞬間表情が固まったのは、まぁそうなるだろうね普通。
「開ーけーてー」と口パクして、ガラス向こうの彼に向けて熱視線を送る。若干瞳に切なさなんてものを宿らせて見たけれど、口元は弄りがいのある彼の反応に期待してしまって緩む。おぉいかんいかん。教室の外窓をノックノック。これで体が透けてたりしたらガチだけど、あいにく生身ですよ。
あんぐり、といった様子で動きを止めた彼は、ほんの数秒で状況を判断したらしくその駿足で窓際に走り寄り、勢いよく窓を空けてくれる。
「ばっ・・!馬鹿かお前っ!ここ2階だぞ!?どっから湧いたんだよ!」
「いやいや湧くだなんて、そんな。温泉じゃあるまいし。人間だもの無理でしょ」
ははは。おもしろいこというねぇ源泉ですか(笑)なんて適当なことを言いながら桟をまたぐ。驚愕の表情を張り付けて失礼にもこちらを指さす少年を押しのけてよっこいしょ、と室内に足を踏み入れた。途端、講義室に揃っていたまじめな生徒諸君からの目線がぐさぐさ刺さってきた。痛い。
講義室の黒板上に取り付けられた時計は授業開始の7分前を指している。よし。せーふ。
今しがた入ってきた窓からひょい、と顔を覗かせる。ぐいと首を伸ばせば見える、不自然に外側へと大きく開かれた窓から、中庭を跨いだ反対側がこの講義室になる。改めて確認してから、思わず苦笑いしちゃうぐらいに無茶なことをしたなという自覚がムクムク湧いてきた。
「いや・・・・一歩間違えばやばいね。天に召されてたかも」
ぼそりと呟けば、隣に来ていた少年も同じように私の目線の方向を見つめて、次いで私に目線を移して、思い切り溜息をついた。
「前々から思ってたけど、お前って人間じゃないよな。」
返す言葉が思いつかなかったので無愛想なその言葉にとりあえず視線だけを返すと、飴色の瞳をぷいと背けられてしまった。なんだよう。このツンデレ。
「ヴィー座ろう」
「・・・・・・」
「先生来ちゃうよー」
「・・・・・・・・はぁ」
(また溜息つかれちゃったよ)
先導して後ろの空いた席に座って隣をポンポン叩くと、彼はうっとおしそうにそれを見てから通路をはさんで反対の席に座ろうとする。あえての無視ですか。そうですか。ならばと席を立ち、ぶすっと頬杖ついてそっぽ向く彼の隣へと席を移動する。どすん、と勢い付けて席に着き、来てやったわ!的なアピールも忘れない。真横に来た気配に気がつかないはずがないだろうに、少し身じろぎしただけでこちらを見ようともしない。まったく、本当に意地っ張りなガキんちょだ。これ同年代の女の子だったら萎縮しちゃうよな。でもあいにく精神年齢○○歳の私は怯まない。
グイと彼の服の袖を引っ張ると、彼は不機嫌そうに仕方なさそうに頬杖をやめて半目を向けてきた。
「ありがとう。ヴィー心配してくれたんだよね」
「・・・・・・・・別に」
「ん。でもヴィーがいてくれて良かった。じゃなかったら教室の中入れなかったかもしんない」
「他の奴が開けるよ。窓ぐらい・・・」
「かもね。でも開けてくれないかもしんないし。あたしはヴィーが窓開けてくれたことが嬉しいし、そうやって心配してくれることがすっごい嬉しい。」
「・・・いちいち大げさなんだよ。サリジェは」
そう?って言って首を傾げれば、クシャリと無表情を崩して彼が笑った。
その表情は年相応に可愛らしくて、いつもそうやって笑っていればいいのに。と思う。
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幾分ギスギスした雰囲気も緩和したところで講義室前の扉が開く。扉に恨みでもあるのかというぐらいに盛大に開かれたその開閉音で耳がキンキンするんですけども。
扉が小さく見えるほどの長身に、鮮やかなブロンドヘアーを靡かせた怜悧な美貌のひと。凍てつく波動・・・じゃなかった眼差しが教室内を一瞬舐めるように見渡した。
「どうやら揃っているようだ。無駄がなくて何より。・・・・・まぁ」
教壇まで素早く移動したその人がふっと言葉を切って視線を一点に向ける。
「どのような方法でも移動。歩行も、走行も、飛行なんていうのも」
その冷たい絶対零度な視線がどこに向いているか?それは誰より何より世界中の宇宙上の何者よりも私がわかってる。
弧を描くように下げられた目尻。口元はつり上がって言葉を紡ぐ。
「そうは思わないかい?サリジェ・ディドール」
全くその通りですね。先生。だからその妖怪大戦争みたいなお顔は止めて欲しいんだ。