one day3
すべてをあきらめてしまえば
自分には無理なんだ。どれも仕方のないことなんだって、そう言って逃げることがもしも許されたとしたら。想定される「あったであろう未来の自分」はどんなことを考えて感じて生きていたのだろう
そんなくだらないことを、今を捨てることが出来なかった自分はずっと、馬鹿みたいに考えている。
膨大な数の教室が立ち並ぶ我が学び舎は、一体実用性はどうしたというぐらいに外観重視の建造物だ。
良くも悪くもファンタジックな外観なのだが、広大な敷地にぼかんと建てちゃった感が否めないとは私の勝手な感想だ。
各学年の教室が並ぶ「北」、あたしが今居る所が講義室の並ぶ「東」 先生方の控室や教会、購買、食堂などの施設が揃った「西」棟をすべて合わせてリデン国立学院となる。
1階の教室棟は一般教養。2階は実技全般。3階には魔術系の講義室があり、4階・5階が資料室や休憩スペース。その一つ一つが広いったらない。3つの校舎を渡り廊下で繋いで行き来できる造りとなっているだが、時間割によっちゃ一日の歩行距離が1万歩、なんて軽い。
まるでRPGの雰囲気プンプンなこの世界には、義務教育というものが存在しない。
国立学院の建つ首都では、ある程度の年齢からの学習は推奨されているとはいえ、小学生と言って差し障りのない年齢であっても、読み書きがあいまい、なんてざら。それでも現状を危惧する方針があるあたり、現在発展途上の国ではあるのだ。
そしてこの話の出発点である国立学院とはどういった施設なのか?これは非常に特殊な位置付けがされているのだ。
「武術全般、特殊技能取得」という目的が大前提となるため、入学者は国内外から試験を経て選定される。現代で言うと公務員といった感じだろうか。この資格があればとりあえず食いっぱぐれることはないぞってやつだ。
資格というのはなんとも魅力的な響きだ。安定した生活という目標に向かって、あるいは夢を抱いて生徒たちは熱心に学ぶ。そして優秀な人材育成のために、講師陣は豪華で施設も充実。環境としては申し分ないこの場所で、自分もまた熱心に学ぶ一生徒として存在している。
初めて‘火,を見た人間はさぞ驚いただろう。はじめて太陽を「光」として意味付けた人は偉大だ。
それがどんな意味を持つか、どのような用途で使用されるのか、予測が及ぶものではなかったろうけれど。
魔術。魔法。そんなものが使えたらどれだけ楽しいだろうと、そう思っていた。
手から火が出る?空から思い通りに雷を落とせる?なんてミラクル。素敵すぎる。かっこいい。ファンタジーすぎてリアルにたぎるんですけど?なんて。
けれども現実は、そんなに甘くはない。それが世の常なのだ。
眼前まで迫った光が明確な意思とともに破裂した。黄色く光るそれが鋭い弧を描いて四方に飛散するのをとらえて後ろへと跳躍する。
青と黄色。信号ならば行けと止まれ。けどもこれは「危険、逃げろ」の合図だ。耳元で風がびゅうびゅうと鳴る。大丈夫だ。加護が、私には付いている。
「ジ・ファルト」
小さく呟きを乗せて両手を前に差し出す。空気が膨らむ。風が速度を増す。体の前に薄く幕を敷く、風の壁。
どん、と鈍い音と地を揺らす衝撃に足元が揺らぐ。
あと3歩分程、前に居たならばばらばらの地面と一緒に自分もバラバラになっていただろうなぁと眼前の景色に思わず苦い笑みが漏れる。
「勘弁してよ、オーファス。あれまともに当たったら享年12歳なんだけど」
嫌味と嘆願を半々にない混ぜた言葉をぶつけたところで彼の表情はピクリとも動かない。
光の発射元におわすのは見知った友人であるかの人。計算された美貌。いつもは涼しく笑んでいるそれが冷たく無機質に佇んでいる。
「大丈夫だよ。その時は一瞬だ。」
「殺る気まんまんじゃないですか・・・」
・・・・何が大丈夫なのか理解できない。したくない。ゆるゆると首をふってとりあえずスルー。
いつものことながら、がちで怖い。もう早く終わらせて、いつもの優雅な彼とお茶でもしよう。
怜悧な美貌からにじみ出るのは赤の脈。ということは、次は「火」かな。
対面する彼が差し出す腕に色が宿る。私にしか見えない、魔力のかけらだ。一気に量を増すそれが完成する前に、決着をつけようか。
「ウォリアータ。清廉な泉から出る恵みをこの手に!」
「ファイア。激しく踊り狂いその力見せつけよ!」
さぁ、攻と守どちらが勝つか、後は単純な力比べだ。
香ばしく漂うコーヒーの香りにまったりとするひと時。これがなんとも言えないのですよ。と爺くさいことを思いながら、目の前に坐す友人へと目を向ける。
彼の手にはティーカップが収まり、黄金色の紅茶が揺らめいている。これこれ。これが昼下がりの一時としての、正しい姿だ。
「まったく、参るね。押してこないものだから、こちらから攻めるしか手がない」
揺れる水面に向けてぽつりと呟く彼を視界に入れてから、こちらの手中に収まったティーカップに視線を移す。沼のように黒々とした液面がゆらゆら揺らいでいる。やっぱりコーヒーは偉大だな。午後の休憩には欠かせない名脇役だ。
「攻める間もないぐらいの連続攻撃だった気がするけど」
「でも君なら攻めに転じることも出来たはずだ」
「それは、買いかぶりだよ」
鬼神のごとく高度な術式をぶっ放してきた先ほどまでの「彼」はどこへ姿をくらましたのか、というほどに穏やかな風貌だが、これが全くの同一人物なのだから二面性、いや多面性に富んでいらっしゃる。
「ほんとに同一人物なのか・・。(毎度のことでも感情高ぶってとかってレベルじゃなくね)」
「ふふふ・・・・」
「・・・(怖いし)」
眼前の麗人は微笑む。それがいつもの姿であって、穏やかな彼の本質だと多くの皆様は思われているだろうが、実際に面と向かって対戦する身にもなってほしい。
使う術式はどれもこれも超攻撃型だし、どれもこれも殺る気まんまんなのだ。あぁ良く生還したな自分・・。
「ギャップ萌えって言うしね・・。多少は許容範囲なのか・・・(と思うことにしよう)」
「?」
「あーまぁ・・。オーファは次の授業なに?」
「あぁ・・しばらく時間は空くけど、ウルジ教授の講義を聞いてこようかと思っている」
「あー王立研究部の学者さんか。そういえば臨時講師で入ってたっけ・・魔獣の生態系について?」
「あぁ。なかなかない機会だしね。サリジェもどうだい?」
「遠慮しとく。今日は割とかっ詰めて授業は入れてあるし。誰かほかの人でも誘ったら?」
「不要だよ。他なんていらない。・・君といられないのは残念だ」
「・・・・・・」
いい言葉が浮かばなくて、ただ素っ気なく またの機会にね、と言葉を切ってカップの中身を飲み干した。そろそろ次の授業が迫っている。
いかんせん、これは悪い癖だ。彼の、本当に悪い癖なのだ。
「ねぇオーファ」
透き通ったブルーの瞳がこちらを向き、なんだい?と問うように首を傾げられる。穏やかな雰囲気に綺麗な容姿。彼に近づく人は多い。けれど彼はいつも一人だ。独りでこうしてお茶をしていたり、ふらりとどこかへ消えてしまう。
誰か気が付いているのだろうか。
いくら同じ時を過ごしても感情を宿さない瞳があること。授業には不要な程の高度な術を毎回故意に、まるで見せつけるように使っていることを。人見知り、なんて次元ではなく、人を拒むことを誰か知っている?
「君は強いね」
笑みを向ける。どうか、言葉を拒まないで欲しいと。
「私も強い。でしょ?」
「あぁ。だからサリジェは好きだよ」
どうも、ここへ来てからおせっかいな気質になったような気がする。この頑ななガキんちょを、どうにかして本気で笑わせたいとか、思ってしまうのだ。
「ありがとう。でも嬉しくない。強いからって、好かれても全然全く嬉しくない」
満面の笑みで言ってやる。徐々にオーファスの鉄壁の笑みが崩れていくが、気になんてしてやらない。
「わたしも君のことが好きだな。でもそれは強いからじゃない。一緒にいたいと思うよ。周りに他の人がどれだけいても君やキリや、ニチラやヴィーがいれば一番にそこに走っていくと思う。」
「・・・なにを・・・・」
「強くなかったら価値がないかな。じゃぁ強さにどれだけの価値があるんだろ」
「・・・・弱さは罪だ。自分の身を守れもしないのに、悠々と生きているなんて愚かだ」
「あたしは」
まったく、どこをどうやったらこんな偏った考え方しかできなくなるんだろう。
「あたしは、強いか弱いかなんてどうでもいいこと気にして、一緒に居たい人を選べない。好きだから、楽しいから、一緒に居たいと思う。ねぇそれっておかしい?」
「・・・・きみは、強いから。選ぶ権利があるんだ。弱者は他人に縋って生きるしかない、惨めな存在だからね」
どうして、そんな悲しいことを平気な顔して言うんだ。ゆるく引き上げた口角はそのまま、目じりも緩んではいるけれど、それって笑顔って言える?
まるで自分自身に言い聞かせているみたいに、その言葉はあたしをすり抜けていく。
それが嫌だった。だからあたしは手を伸ばす。その視線を言葉を受け止めないと、きっと彼は私の価値なんて認めてくれないだろう。
「うっ!?」
「あたしは強い?そりゃそうでしょ。そうなれるように努力してんの。大事な人と一緒に居て、その人を傷つけるのも悲しませるのも嫌だから、懲り懲りだから、必死なの!」
わしり、とオーファスの頬を掴んで無理やり視線を固定してやる。こんなこと、されたことないだろ。驚きに見開かれた眼には、不機嫌な顔をしたあたしが映っている。
ひょっとこみたいに崩れればいいのに、それでも美貌が崩れないなんて非現実的すぎる。
「弱いから一緒にいちゃいけない?馬鹿か。一緒に居ることに必要な権利なんて、必要ない」
沈黙。少しだけ、困ったように彼の眉間にしわが寄る。
「あたしは、強いから君と一緒に居たいんじゃない。オーファスだから一緒に居たいと思うんだよ」
あぁ我ながらクサイこと言っている。とりあえず彼の顔から手を離してあげた。
ごめん。ちょっと赤くなっちゃった。
ゴーン・・・・・ゴーン・・・・・
始業5分前の鐘だ。
「じゃ、またね」
どう収拾付けるかなんて考えてなかった。
こちらを茫然、といった感じで見つめている彼には申し訳ないが、遅刻はいただけない。
コーヒー代のコインを置いて席を立ち、彼に背を向ける。
「サリジェ」
「ん?」
「・・・・・・また」
「・・・・・・」
「また・・・・・はある?」
振り返って見ても、座ったまま顔を俯けた彼の表情は読めない。
またがあるか?次も会えるか?って意味だろうか。それならば。
「うん。またね」
若干浮ついた声になった気がする。
それだけ言って、もう一度彼に背を向けて、廊下に見えた次の授業の教師の背を追うように、あたしは走り出した。
若干情緒不安定なオーファスとはお茶友達で、良い鬱憤の晴らし相手(被害者)