one day2
・・・であるからキクスの条約によって約300年の契約が約束され・・
白板の前を行き来する教師の解説垂れる声が耳に届く。それほど声を張り上げている様子もないのに、声帯にスピーカー内蔵か?というほどの音量で教室中に響きわたっている。もちろんこの世界にマイクなんて素敵アイテムはないし、マジックの類でもない。リアルに種も仕掛けもない魔術、とかいうやつだ。
最近、目立って頭髪が後退してきている教師の後ろ姿を目で追う。カッカッと規則正しい靴音を響かせホワイトボードの前を行き来する姿がまるでペンギンのようだ、といったのは誰だったか・・。
それにしてもあんな奇妙な色合いのペンギンがいたら気持ち悪くないか。というか人気でなくね? と合いの手を入れたのはいつだったろうか。実際あの頭の光具合はペンギンのつるつる感に近い・・・のかもしれない。ただの寂しげな頭皮、とも言う。
大学並みの講義時間とメリハリのない授業で大分脳が鈍ってきている。頭髪とか、どうでも良すぎる。
意味の無いことをつらつらと考えながら、くるり とペンを指先で回す。
肩が凝った。授業は後5分ほどだろうか。首に下げた小型時計の針が妙にのんびりと動く。何気なく教室の様子を見渡すと机とすっかり仲良くなっている生徒が4割弱。確かに眠い。
ちょうど前の席に座る灰色の頭が、頬杖ついた手からガクリと落ちる。どうやら少年は、何とか睡魔と闘っているようだ。がんばれー。あたしは昨日8時間睡眠だぜ。いやっほう。
紛いなりにも9年間の義務教育を乗り越えたのだから、興味のない授業というもののつらさは嫌というほどにわかる。まぁ、それでも割り切るしかないんだ。それが事実。決して優等生とはいえない学生であった自分だって、嫌々ながらも時々脱走したりしながらも、高校生まで乗り切ったのだから。
ゴーン・・ゴーン・・
学院の中央広場に立つ銀色の鐘の音が窓をすり抜けて響いてくる。授業の終了を知らせる鐘。
「えーでは、今日はここまでです。考査範囲は各自で確認しておくように」
くるっとこちらに顔を向けた教師が言い放つと、むくりむくりと生徒たちが頭を起こし始める。おはようございます。
「では解散してください」
すばやく教室から出て行く教師を眼の端に収めて、教科書やらノーとやらをまとめて手に持つ。いすを引いて立ち上がると、斜め前の灰色の少年がぱちぱちと目を瞬かせ、ぼそりと何事かをつぶやいた。あたしの目が確かならそれはこう動いたと思われる。(勝ったわ・・俺)
どうやら彼は睡魔さんとの一騎打ちに勝ち抜いたようだった。
大きなガラスで仕切られた窓は透明度高く、それは技術面の発達著しいこの世界ではさして珍しくもない代物だ。何げなくそれに目をやれば、通路脇の芝生に座り込み談笑している幾人かの生徒の姿が見える。
こういう開放的な雰囲気は好ましいものなのだろうけど、人の多い場所というのはどうも落ち着かない。
レンガを敷き詰めた渡り廊下は、中庭から差し込む昼前の日差しに照らされている。全体的に歴史を感じさせる造りの校舎だけれど、どこも手入れが行き届いていて小奇麗な印象だ。
時間割では、次の授業まで1時間ほど間が空く。机に向かう歴史の授業と違い、剣術の方は実技の後片付けだのなんだのがあるだろうし、何か行動を共にすることの多い彼とは会えないだろう。
どことなく賑やかな雰囲気の中庭から差し込む光が、ピカピカと校舎内を照らしている。大して眩しくもないはずなのに、教室の明るさに慣れた目にやたらと沁みる気がして、少し歩みを緩めた。
「サリ!」
聞き覚えのある声が後方から上がる。足を止めて振り返れば、童顔に輝く笑顔をのせた男子生徒が後方からかけてくるのが見えた。その助走を殺さないまま距離はゼロとなり、どっさりと背中に重みがかかる。
「おもっ・・・ちょっとニチラ・・・っ重い」
「久しぶり!会いたかった!キリはまだ授業?だよねだよね、剣術専攻してたら時間かかるもんねー」
今走ってきたとは思えないほどの流暢さで話し始める彼とも、何かと接点が多い。
ただ難点を挙げるとすれば、このスキンシップ過剰ぶり。日本とはまた違った容姿が集まる世界ではあるが文化はそれほど大差ないはずなのに、こんなところだけアメリカナイズでいいのか。
「おーもーいー」
ぶんぶん横揺れして振り落とそうとしてもしっかり首に巻きついたと腕はア○ンアルファですか?並みに離れない。その上なにやらキャハハ、と楽しそうな声まで聞こえてくる始末。
いつものことながら何歳児なんだ。こいつの扱いに長けているのは穏やかさが売りの彼なのだが、この場にいないのが悔やまれる。
ずるずると身長2cm差の少年を引きずって歩くさまはじゃれている様にも見えるだろうが。
「重い重い重い首もげるんですけど」
「それはそれで見てみたい気がする」
「いやもげませんけど」
おもしろそう、的なニュアンスの言葉とともに首にかかる腕に力が入ったので、きっとそんなかわいいものじゃないのだろう。
ぶら下がり運動に飽きたらしいニチラは、小柄な見た目の割りに速い速度であたしの歩みについてくる。
教室の並ぶ棟と棟をつなぐこの廊下は人の往来が激しいせいか、とくに昼前のこの時間はにぎやかだ。悪く言うならば騒々しい。けれども、暖かい日差しを適度に取り込む風通しのよい通路は井戸端会議であろうが次の授業についての相談であろうが時間をつぶすには最適で、居心地がいい。
心地よい日差しにぼんやりと緩んだ頭に、ニチラの不機嫌な声が入り込んでくる。
「・・・サリー・・聞いてないでしょ」
「そんなどっかの魔法少女みたいな呼び方やめて・・わ、なに?」
そうだ。隣には今話し相手がいるのだ。処構わずペースを崩さない性分はよく人に指摘される欠点である。 魔法少女?と首をかしげながら疑問詞を浮かべているニチラに気がつく。
へらりと緩んだ笑みを浮かべると、対するニチラは軽く目を細めて口をはの字にした4歳児のような表情。まじかわいい系だなこいつ。複雑な思いがよぎる。そして軽くへこむのはなぜだ。
「今度の審査会でキリも狙ってるんだろうねぇ〜って言ったの」
こちらの思いなど気にかけない様子で続けられる言葉にうなずきを返す。彼を指す固有名詞だけはすんなりと頭の中に入ってくるあたり、自分は相当惚れ込んでいるんだなぁとしみじみしてしまう。
「向上心の塊だからねぇ。しかも本当にたいていのことはやり遂げるから、ほんと尊敬する」
いつも突き詰めて自分のことを考える癖のある彼だ。たいていのことは軽くこなしてしまうのに、上を見ることをやめようとしない。穏やかで、まっすぐ。しなやかに伸びるその背に並べるのなら、大抵のことは犠牲にしてもいいや、と思ってしまった。
「え〜サリが言うとうそ臭い」
何がうそ臭いんだ、と胡散な目線とともにぶすっとしてやると はぁーと大きな息を吐き出してぶつぶつと言葉が返ってくる。
「だって、キリとサリはどう考えても立場に上下関係含んでないもん。キリだってなんかサリといるときは笑顔多いし。第一、出世コース?ってゆーか異例の才能で驀進コースまっしぐらのくせにぃー尊敬もくそもあるのー?」
いやこいつくそって言ったよ。この外見で口が悪いとかある意味ファンタジーだ。不条理だ。
「・・・ニチラといるときだって笑顔でしょ。ってか第一印象で損するタイプだからね。あれ。」
「尊敬してるよ。それしかいい言葉が見つからないぐらいにはね」
彼の隣を歩くのは自分だけでいいと思う。あの背を追えるのならどんな下落コースだろうが才能コースだろうが必要なら仕方がないものだから。
緩んでいるであろう頬を笑みで引き上げれば、ニチラはさもありなん、はいはいわかったよおなかいっぱい的なうんざり顔で溜息を吐いて見せる。
「なぁんか、親友っていうのもちょっと違うよねー・・キリのことになると軽く危ないもんねーサリは」
若干気持ちわる・・・いやいやなんでもないけどね。とかいってにっこり笑うこいつはほんといい性格してると思う。
「でも多分、サリジェだからキリに並んでもおかしくないんだろうね。男とか女とか関係ない感じで。熱いよねー青春だよねー夕日を背に走ってほしいよねーあははは!」
なにがツボにはまったのか、腹を抱えて大笑いしたかと思えば、いきなりガバリと首周りに飛びついてきた。いいなぁ。おもしろいなぁ。とか呟きつつも発作はおさまる様子がない。しかも笑い上戸かよ勘弁してください。
道行く生徒たちの、なんだあいつらといった目が痛い。いや、この笑い上戸の人がね。ツボが分からないんだけどね・・・という心の声は届かない。
「でもあっちも相当惚れ込んでるしねーお似合い!変わり者同士だー・・あはは!でも僕にも構ってねーひまひま」
「はいはい」
「あと、たまには僕のことも見に来てくれないと拗ねるから、よろしくね」
「・・・・はいはい」
拗ねるから、なんて小さい子みたいな言葉をじっと眼を見て言うのはやめてほしい。心臓に悪いのだ。
こういう確信犯的な行動を、最近になって時々見せるようになった。嘘か、本当かの線引きが曖昧なのだ。こいつは。
やたら至近距離で居心地が悪くなってきたところで、一瞬ぐいと体を強く引かれ、耳元に彼の顔が寄る。
ほんの一瞬だけ耳元に漂った言葉の切れ端を拾う間もなく距離は離れて、熱が遠いた。
「じゃあ僕、次の授業術式過程だからこっち!放課後にねー」
ぶんぶんと大きく手を振りながら走っていく様子に、詰めていた息を吐いて手を振り返す。
廊下の角を曲がって見えなくなった影から、目を逸らしてふと呟く。
「嘘でもいい」
唇が渇く。短い言葉の意味は、正しい意味は何だろう。
てかてかと光る太陽が小さく佇む影を少しだけ色濃くして、雲に隠れていった。
心に一物系ニチラとは、憧れ・情景と少々の依存。意外と知識人の彼は休憩時間の良き話し相手。
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