oneday11
いずれ手が届くのだろうかとただ見上げていた
大きな手 大きな背中 自分を守る声は いつも傍にあって
子供のままでいたいような気もする。大人になってこの人の視点に立ってみたいとも思う。
過ぎてゆく日々が積み重ねって いつしか決して止まらぬ時間に怯えるようになった。
何も変わらぬ自分が歯痒くなにより疎ましく感じた。
時々立ち止まり周囲を見渡してみる。あぁいつの間にかこんな所に来ていたのか
変わってしまった景色に妙な郷愁を抱き、暫し呆然と立ち尽くす
思い知らされるのは後悔か寂しさか ジリつく胸がやけに痛んでしょうがなかった。
ごろりと寝返りをうって意味も無くぼんやりと過ごす。何もしない時間をつくるということ。意識してのことではないが、こうやって一人の時間を楽しむことが出来る自分は割と孤独が好きらしい。
語り部が帰った部屋はいつもの静寂を取り戻している。
わずかに開いた窓から吹き込む風が爽やかで眠りの世界の招待されてしまいそう・・なんてファンシーな事を考えてみる。乙女かよ、なんて声に返るものも無い。
目を閉じればそこに広がるのは真っ暗闇だ。安心する。落ち着く。あの人が傍にいるような気がするから・・・なんてフラグさえ立て放題。
あぁ、眠い。
重くなる目蓋をたいした抵抗も無くおろす。じわりじわりと暖かい闇に落ちる。
それはきっと夢だった。
幼い少女が呆然と立ち尽くしている。周囲には人影も無く耳が痛くなる静寂が腰を下ろしている。彼女は自分のおかれた状況が理解できないでいるらしい。暗いじめじめとした見知らぬ景色と異様な空気がどうにも信じられなくて、思考がまとまらないのだ。
暗さに慣れてきた目に映るのは、どう見ても人工的ではない場所。
ごつごつとした岩で覆われた四方はよくよく見なくとも自室の暖かい壁の色とはかけ離れていて、それ自体が壁なのだと認識するまでがやけに長かった。
幼子だって動かなければ変わらない状況ぐらいは判断できるのだ。
ぐずらずに歩む迷いない足取りは年に似合わずといえるほどしっかりしている。
歩いても歩いても出口が見えない。自分がひとりだという状況が不安を煽った。思わず止まりそうになる足を力任せに前に進める様子がいかにもその子の感情を表しているようで、不安げに下げられた目じりが10に満たない年であろうことを想像させる。
大丈夫?怖かったね、とたいていの常識ある大人ならば声を掛けるべきなのに、その事を思いつかない。「わたし」は小さな子供が不安げに歩む、その姿をぼんやりと眺めている。
だからこれは夢だろうと思った。不思議な展開も思い通りの行動が取れないのも、夢の中だから。
どのくらい時間が経っただろうか。硬い地面を踏みしめ歩く少女の足に薄く血が滲み、変わらぬ景色に不安を映す表情も抜け落ちてきたころ。
少女が俯けていた顔をゆっくりと持ち上げる。何か、そこにあったような気がしたのだ。
暗い洞窟の先に光が見える。それは久しく感じる日の光によく似ていた。
外に出られる、と気を急かしたのか少女は思わず駆け出そうとして、やめた。
違う、あれは太陽の光じゃない。
スラリと伸びた長身。闇に溶ける黒。
浮かび上がる意識。最後に見えたのは、
「うぇぇぇぇぇぇっ!!?」
急激に意識が戻ってくる。はずみをつけて起こした上半身がぱきり、と嫌な音を立てる。
「あ・・?うわぁ・・・・」
落ち着け。夢だ、夢。あぁそれにしても、
もしゃもしゃと髪をかき混ぜて不快なそれを振り払いおとす。
「もー・・・ないわ・・・」
ぼそりと呟いてそれが現実である事に安心する。
ありえない。ありえな過ぎて目が覚めた今でさえうっすらと寒い空気に縮こまりそうになる。
嫌なもん見た・・・。心底、嫌なものだった。それでいて何か不幸がおきそうな予感さえする夢だ。
じわりと背筋に滲んだ汗は過去の恐怖から来るものなのか、それとも何かの予兆なのか。
ふと見渡せば部屋の中は真っ暗。開け放した窓から入る風もすっかり冷えこんでいる。
変な体勢で寝そべったせいか、節々が痛む。ぴき、と音を立てる関節をほぐすように立ち上がり大きく伸びをする。どのくらい眠ったのか、考えるのが恐ろしい。
窓を閉めるために窓辺によれば空には満点のお星様。ぼけーとそれを眺めて、ふと下を除けばナイスなタイミングで見知った顔が目に入る。
こんな偶然も、あるんだなぁ。
なんとなく目を離さないでいると彼はあっという間にスタスタ歩き去ってしまう。
この下を通ったという事はどこかへお出かけだろうか。
・・・あ、そうだ。
いい事思いついたー。わーい。(テンションが低いのは仕様です)
嫌な事は早急に忘れるのが吉である。
思い立ったが吉日とも言うじゃないか。言い訳がましい言葉がぴったりのこの気分。
どうにかすっきりさせよう。
手早く窓の鍵を閉めて部屋の隅に置かれた椅子から上着を取る。
妙に急く気分をそのまま足に乗せて、部屋を出た。
寮の玄関までの階段を下りれば消灯時間が過ぎてしまったのだろう、薄明かりのみで視界が頼りない事この上ない。という事は、少なく見積もっても5時間は夢の中へ小旅行していた・・・という事になる。完全にダメ人間体質。
ドアに手を掛けると、がちゃり、と抵抗があり扉は開かず。しっかりと鍵がかかっているわけだ。でもこれぐらいどうってことないわけで。
ぱちり、とドアノブを指先で弾けば硬質な音が開錠を告げる。本当に、便利な事だ。
外は寒い。月明かりが照らしているおかげで室内よりは幾分明るく、目も利く。
学院の四方を囲む真っ暗な森が見えた。
子供のころはこの暗闇が何よりも怖かったのに、いつからか夜が好きになっていた。
自分の手さえ見えない不透明さがどうしてか、心地よかったのだ。
彼を始めて見たときのことはよく覚えている。
それこそ昨日のことのように鮮明で、場面に音までつけて再生することだって可能だ。
ある国で5年に一度だけ開かれる大きな武術大会。いかにもファンタジーなそれが興味を引いて
うきうきしながら城門をくぐった。
屈強そうなオニイサンや近寄ってはいけないと警告が聞こえてきそうな魔女的お姉さん。
これぞ異国!な風情を纏った人から旅人?ご飯食べてる?と思わずやさしく話しかけてしまいそうな人まで様々。
少なくとも、どの人も「見識豊かそうな」、言ってしまえば大人ばかりだった。
そんな中で彼は光っていたのだ。それは思わず目を奪われる清廉さで剛健さで美しさだった。
自分の背の丈をゆうに超える大人たちの中であっても見劣りしない、独特の雰囲気に一目で全てを掻っ攫われた気がした。
160cmあるかないかの小柄な少年だ。くたびれた衣服を纏い、防具のひとつも着けず、ただ一振りの曲剣をベルトに引っ掛けているだけ。路上にでも居そうな出で立ちなのに、決してそんな場所には似つかわしくない瞳を持っているのが印象的だった。
まっすぐ前だけを見つめるバイオレット。あの目に映るものはどんな景色なんだろう。
ちょっと可笑しいぐらいに見つめ続けていたあたしを、彼が警戒心全開で睨みつけるまでの30秒弱。
あたしはきっとあの瞬間、初めてこの世界を現実と認めることが出来たのだ。