one day1
嫌でなかった、といえばそれは確実に嘘だ。
飽き飽きしていたし、いつでも逃げ出したかったし、実際いつでも逃げだすような気概で日常を送っていた。私は現実にリアルを感じない。
だからといって現実以外にリアルが無いことだって、知っている。
昔から、人から見下される状況というものが嫌いだった。好きな人もいないだろうが、まぁ 侮辱されるような言葉には胸がねじ切れる位苛ついた。
それでも事なかれ主義のなかでぬくぬくと育った自分には、残念なことに正面切って挑んでいくような元気のよさ、勢いのよさや良い意味での幼さが欠落していた。だから、いつも思ったことは脳で終わり。口に上って外に出てしまう、なんてへまはしない。要するに、ただの内気な子供だった。
強くなりたいと思っていた。それは単なる比喩じゃなく、絶対無二のヒーローへの憧れだ。
例えるなら漫画に登場するキャラクターのように ゲームの世界の住人のように未知の力に心底憧れていた。むしろその世界に住んでみたいとさえ思っていたのだから、末期だと思う。
毎日普通に学校へ行って家との往復生活を繰り返す。なんて、くだらない。
幼いクラスメイト達の騒ぎ声も幼稚で悪質な言葉も全部全部無くなればいい。
それでも力が無い。あたしには何の力も無かった。
少年マンガのような格闘スキルなんて一般人が持っているはずがない。そもそもこの現代社会でそれが可能なのか?と思えば自分の思考さえばかばかしく思える。
かといってそれ以外の頭脳戦略で相手を追い詰めることが出来るほど賢くもなかった。つまり、自分のような「普通」な人間はありふれていたのだ。
見たくないから聞きたくないから 耳を塞ぐ代わりに目を閉じる代わりに頭の中に夢を描いた。俗に言う妄想というやつだけれども。「やばいな自分・・キモイ。」という自覚はもちろんあったのだからそこらへんに突っ込みは不要だ。
そして今・・
「次の授業は治癒理論か・・・」
「お、まじで?俺は剣術実技。今日からは相手つけてやるらしいな」
嫌味の無い笑顔で隣を歩く少年がいる。年は確か14だといっていた。
黒地のTシャツの上にグレーのパーカー、足元は動きやすさ重視のスニーカーでジャージのすそを捲り上げている。対するあたしもジーンズにTシャツというラフといえば聞こえはいいが、適当な格好でそろえている。
何の変哲も無い光景だ。いうならば話している内容が幾分ファンタジーだろうか。
「へぇ・・2年でやっと実施訓練か。のんびりしてんねぇ」
「あー1,2年は学科重視なところがあるから。俺には関係ないけどな」
「は?」
「2学年程度に一年間費やすつもりは無い。次の中間で上に行くから」
視線の先には、会話の内容さえスルーしてしまえば年相応な笑みを浮かべた少年がいる。
この少年は威張り腐った自信家ではないけれど、たまに覗く意志力、というか自尊心が人より抜きんでていると思う。育ちも在るのだろうか。
けれど、どんなに周囲からヒンシュクを買いそうな言葉を吐いたとしても実際に彼の才能は確かで、だからこそ今ここにいるのだ。
少年の不遜な言葉にどうしてか、笑みが漏れる。意外なことに、この態度を不快に思ったことは一度もない。
「あたしも卒業に7年もかけるつもりないよ。追い抜け追い越せですよ。ただでさえ学院出てからも長いってのにやってられないっての」
少年に負けないぐらいに、聞いた人が腹を立てそうな言葉をひねり出して口にする。
ついでに外人のように両肩を上げ、すとんとおろす「ありえないぜ」的な動作もおまけにつけて憎らしさ当社比3倍。
すれ違う学生たちを何の気なしに眼で追いながらも、友人と並んでぷらぷら歩いている今の自分は、どこからどう見てもただの生意気そうなガキに見えるだろう。
共に歩く彼はバイオレットの瞳を細めて笑う。
ここで生きていく術があたしには無い。与えられたこの場所でどう生きるか、選ぶのはあたしなのだ。だからこれは幸運である としよう。
叶うのなら、一度やってみたかった。漫画やゲームのような世界で好き勝手生きる、夢のような現実。画面越しじゃない、文字から想像するだけじゃない。子供じみたリアルが確かにここにある。
低い目線で、足を踏み出して、風を跨いで。今日もここにいる「現実」を確かめる。世界の全てが憎かった日々を踏み消していくように。
今がただ楽しいから。これからも楽しければ、それだけでいい。
だから今は、楽観的な考えを押しつぶすような鈍い痛みがをよぎった事も、気がつかないでいる。