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第5話 A面その3 (ダイガクの視点)

 3日経ったけど、未だに実感は湧かない。

 もちろんお葬式には出た。部長も、都筑も、出席した。小沼さんは、家族と一緒に来たようで、少し離れた席に家族らしい人達と居るのが見えた。似鳥氏も出席したようだけど、他の先生と一緒にいて、席も遠く、一度も話す機会は無かった。しかし遠目から見ても、憔悴した様子が見て取れた。小沼さんはすごく泣いていた。

 部活動そのものはしばらく自粛。けれど部室は開けていて、ただ何となく皆が集まる。

 皆、の中に新荷先輩がいないことで死を再確認するかと思ったけど、新荷先輩はけっこうサボる人だったのであまり違和感はない。


 4日目。似鳥氏が部室に来た。

「皆、つらいとは思うけど、いつまでも悲しむわけにはいかないし、そろそろ部活を再開しないか? もちろん無理強いはしないよ。一応明日から、図書部の活動はできるようにするよ。任意参加で良い」

 似鳥氏はそんなことを言うが、その顔はやはり、どこか疲れが見えている。無理をしているような、そんな表情だった。

 似鳥氏は部室を見回し、ふと、

「あれ? 一人足りないな?」

 と呟いた。今部室にいるのは僕、部長、都筑の三人だ。

「小沼さんは、今日は来ていません」

「そうか。うーん、僕、その子にはまだ会ったことないんだよ。はは、嫌われちゃってるのかな?」

 似鳥氏は冗談のつもりなのか、軽い感じで言うが、反応がないので、何となく滑ってしまった感じ。

「じゃあ、今日はもう図書館も会館も閉めるから。下校してください。 帰りは、くれぐれも気をつけてまっすぐ帰宅するように」

 似鳥氏は冗談の口調を変えずにそう言ったけど、神経質になっているのは僕にもわかった。


 それからさらに3日。

 図書部の活動はすでに再開していて、皆もいつもどおりに活動していた。

 けれど、部長はなんだか様子がおかしいし、小沼さんに至っては、4日ほど前から部に来ていない。学校そのものも休みがちだ。ショックで体調を崩したのかもしれない。お葬式でも、一番泣いていたのは小沼さんだった。

 で、部長の方は、熱心にも毎日受付に座ってるけれど、なんだかずっと、落ち込んでいる。

 心配して声をかけると、

「私、……ずっと、修子ちゃんに会ってないの……」

 とますます落ち込んでしまった。

 こういう時、良くも悪くも、空気を読まない新荷先輩なら、よくわからないことを言って部長の気もそれるのだけど。僕にそんな能力は無くて、ただ、おろおろと、何も言えずに突っ立っているしかなかった。


 都筑が真剣な顔でやってきた。都筑の場合、もともとが真面目な顔なので、いっそ怒っているような顔に見える。その怒っているような顔に、決意をさらに瞳に浮かべながら、

「先輩。俺、新荷先輩を轢いたやつを許しません、人を轢いておいて、逃げるなんて、卑怯です」

 本当に怒っているようだ。僕は一歩引いてしまう。

「僕も、犯人のことは許せないよ。でも、警察の人もまだ犯人を見つけられてないみたいだし……」

「諦めるつもりはありません」

 言い切られてしまった。

「言いたかったのはそれだけです。――失礼します」

 ぺこりと頭を下げ、都筑は立ち去った。


 なんだか、皆、変だ。新荷先輩が死んでから、皆それぞれ、何かに取り憑かれているようだ。

 ということは、もしかして、僕も、自覚は無いけれど、どこか変になっているのかもしれないな……。



 その翌日。登校し、朝のHRホームルームで、担任は何やら動揺した様子で皆を見回し、そして言う。

「小沼修子さんが、昨晩自宅で倒れて緊急入院したそうです」

 ざわつくクラス。僕は意味を計りかね、呆然とする。

 女子が口々に、

「先生、小沼さん大丈夫なんですか?!」

「病気? 何の病気なの?」

「お見舞いは―」

 騒がしくなったクラスの中、担任は首を振り、

「詳しいことは分かりません。……幸い、命に別条はないそうです。――皆の中で、心当たりのある人がいたら、あとで職員室まで来てください」

 ……心当たり?

 どういうことだろう。

 病気なら、心当たりも何も、感染症でもない限り、意味のない質問だ。そして感染症なら、悠長にクラスに質問する前に、学級閉鎖だろう。

 騒がしいクラスの中、僕は独り、担任の言葉の意味を考え込んでいた。


 そしてその騒がしい中、唐突に、放送のチャイムが鳴り、


『生徒の呼び出しをします。図書部員の生徒は全員、小会議室へ来てください。繰り返します。図書部員の生徒は……』


 顔を上げ、担任を見ると、『すぐ行きなさい』とうなづいた。



 小会議室には、似鳥氏がいて

「君が一番乗りか……。そこに座ってください」

 とどこか疲れた顔で近くの椅子を示される。

 座って待つ。

 数分もしないうちに、都筑と部長もやってきた。

 たった3人。これが今の図書部の全員、なんだ……。

「皆集まったね」

 ずっと黙っていた似鳥氏が顔を上げた。ふう、と思いため息をつき、

「皆……落ち付いて、聞いてくれ。皆と同じ、図書部の仲間である小沼修子さんが、昨日の晩に倒れて、緊急で入院したんだ」

 隣で、部長が息をのむのが聞こえた。

 都筑は、変わらぬ真面目な顔で、聞いている。

「それで、その原因と言うのが……」

 言いにくそうに言葉を切り、似鳥氏は部長、僕、都筑を順に見て、口を開いた。

 似鳥氏の言葉を聞き、僕は、担任の言葉の意味に思い当たっていた。

「失血によるショック症状。傷口から大量の血が失われたために、意識を失ったんだそうだ。その傷口の場所は、左手首、凶器は、右手に握ったカッターナイフ。つまり……彼女は手首を自分で切ったんだ――」

 その時、皆の間に走った衝撃はあまりに大きく、誰も何も言えず、動くこともできなかった。

 似鳥氏はつらそうに左手で顔を覆う。

「何が彼女をそこまで追い詰めたのか、それが分からないんだ。だから、どうか、少しでも思い当たることがあったら、教えてほしい。僕は彼女に会ったことがないから、全くわからないんだ。無理なお願いなのはわかっているんだけど、どうか協力してほしい」

 似鳥氏の悲痛な『お願い』に、僕たちは、黙り込む。

「ああ、失礼、こほん。今は小沼さんは面会謝絶だそうだ。けど、1週間もすれば回復するらしい。それから後にゆっくり複学できるそうだ。だから皆も温かく迎えてほしい」

「当たり前っす」

 と都筑が生真面目に応える。

「分かりました」

 僕はうなずく。

 部長は何も言わない。

「じゃあ、僕からは以上だ。そろそろ1限が始まるから、教室に帰っていいよ。――あ、部長さん」

 と退室を促しかけた似鳥氏は、思い出したように部長を呼びとめた。

「部長さんだけ残ってもらえるかな?」

 いぶかしげな顔をする部長だったが、特に異論があるわけではなく、部長は部屋に残った。

 部長を部屋に残し、僕と都筑は退室した。



 教室に戻るように言われたものの、あせらなくてもいい時間だった。僕はドアのすぐそばに立って、都筑を見る。都筑も、表情こそ変わらなかったものの、同意見らしく、その場に立ち止まった。

 言葉は無いが、二人とも部長が心配なのだ。



 数分して、部長が出てきた。

 その、横顔を見る。見たところ普段通りだけど、心境の方は、推して知るべしだ。

「部長?」

 小声で声をかけると、部長は瞬きをし、そして首を回して、僕を見る。

「あら……。……ごめんなさい。――呼んだ?」

 動きがいつもよりもスローモーだ。何かの思考に没頭しているか、もしくはなにも考えられないか、だろう。

 気が付けば、都筑は一歩離れたところでこちらを見ている。

 僕は、言葉を探し、しかしうまい言葉は見つからず、

「大丈夫ですか?」

 とだけしか言えなかった。

 部長は、フ、と力の抜けた笑顔を一瞬浮かべる。

 間。

「……ごめんなさいね。……あの、相談があるんだけど」

 ぼんやりとしたものだった部長の様子がそこで真剣なものに変わり、

「――放課後、部室に来てくれる?」

 と言った。

 僕はどぎまぎしながら了解する。部長はホッとしたように小さく笑い、そして都筑の方を見た。

都筑ミヤコ君も、来てくれる?」

 僕だけを頼ったのではなかったらしい。



 放課後。部室に行くと、部長と都筑は長机を間にして向かい合っていた。部長は頭を垂れ、疲れた様子。都筑は僕に気が付いて「先輩、どうぞ」と席を示した。

 座る。

 しばし、沈黙。

「――あの、早竜寺先輩?」

 と都筑が促すと、部長は顔を上げた。その表情は思いがけず、決意を秘めた強いものだった。

 部長は僕と都筑を見据えて、口を開く。

「力を貸して欲しいの、イチ君、都筑ミヤコ君」



 相談というのは、修子ちゃんのことです、と部長は言った。

 何度も練習したような、作り物めいた冷静な表情と口調で、部長は続ける。

「修子ちゃんの自殺未遂を、先生たちは、身近な人――つまり、新荷シンちゃんが亡くなったショックで情緒不安定になったせいだろうって、言っているわ。けど、私はそれが原因だとは思えない。修子ちゃんは、そんなに弱い子じゃない。もっと深刻な理由――悩みがあったと思うの。それも、もっと前から。私は、修子ちゃんに避けられていた」

 あの、会えないと言っていた日のことだろうか。

「私はそれで、新荷シンちゃんに相談したの」

 思い出す。新荷先輩の亡くなった日。部室での先輩と部長のやり取り。

「私には、修子ちゃんを苦しませているものが何なのか分からない。私にわかるのは、修子ちゃんが苦しんでいたのは、新荷シンちゃんが事故に遭う前からだということだけなの」

 そこで、部長の顔が泣きそうに歪む。

「私は、修子ちゃんを本当に愛しているのに、私では、修子ちゃんの苦しみさえ分からない」

 そこで言葉を切り、そして僕らを見つめ、深々と頭を下げる。

「だから、お願い。力を貸して……」

「部長……」

 僕は、頭を下げる部長に、戸惑う。

 もちろん、部長の苦しみは分かる。できるならば協力したい。けれど力を貸してくれと言われても、なにをどうすればいいのか分からない。

「……分かりました、早竜寺先輩。何とか、してみましょう」

 都筑が力強く言い切った。僕は困惑し、都筑に尋ねる。

「都筑……当てはあるの?」

「はい」

 うなずく都筑。あるんだ……。

「――僕も、できる限りのことはします」



「都筑、当てっていうのは何?」

 部室を出た都筑をすぐさま追いかけ、そう声をかける。都筑は僕を見、立ち止まる。言葉を選ぶように間を置いてから、

「僕、新荷先輩の事件のことを、少しだけ、調べてたんですケド」

 ……以前『許さない』と言っていたのは、本気だったようだ。

「その時、ほんの少しだけ、気になることがあったんス」

「気になること?」

「小沼先輩の出身小学校、かなり遠いところなんスよ」

「ごめん、よく意味が分からないんだけど……」

「確認してから言います。だから今はここまでです。単なる憶測にすぎませんから……」

 では、と都筑は一方的に言って、足早に立ち去ってしまった。

 ……小学校?


 出身小学校、は名簿を見ればすぐわかる。

 小沼さんは確かに聞いたこともないような、それも、校名から察するに、かなり遠方の小学校出身らしい。

 しかし、父親の転勤とか、そういうことはよくあるし、そもそもこの学校、私立なので、遠方から来る人はそんなに珍しくはない。不自然なところは無いと思うんだけど。

 よくわからない。

 とにかく、僕は僕なりに、何か考えないと。



 翌日。色々考えたけど、小沼さんと言えば部長しか思いつかなかった。頼んだ本人に聞くのは無駄な気もするけど、他者の視点が入れば何か新しいものに気が付くかもしれないし、と無理に納得し、さっそく部長に会いに行く。


「――『いつから』って? うぅん、そうね……本当に気になり出したのは、新荷シンちゃんのことの後だけど、それより前から、修子ちゃんの様子はおかしかったわ。はっきりとは覚えてないけど、約束してた日くらいだから…10日か、2週間くらい前、ね」

「単純ですけど、そのころ、なにかありました?」

「……私は、気付かなかったわ……」

 あ。落ち込んでしまった。……失言だったようだ。

 10日か2週間。……ちょうど今日あたり返却される本の、貸し出し日ぐらいか……。いや、ちがう。もっと他に。

 ――そういえば。似鳥氏が来たころだ。

 でも、似鳥氏とは、このことは特に関係はなさそうだ。そもそも、似鳥氏は、小沼さんには一度も会っていないと言っていたし。

 他には……うーん。思い出せない。そのころ、何があったのだろう。後で調べよう。

 僕は質問を変える。

「部長、じゃあ、小沼さんの様子で、なにか気になったことはありますか?」

「色々、ね。約束は守る子だったのに、遅れたり、すっぽかしたりするようになって。もちろん、謝ってはくれたけど。なんだか、すごく、無理をしているみたいだったわ。いつもは一緒に帰っているのに、そのころから、用事があるって言って、一緒に帰れなかったし。そもそも、会おうとしても、なんだか避けられているみたいに、なかなか会えなくて。部活にも、来たり来なかったりで……」

 うーん、そう聞いてみると、確かに、小沼さんの様子はおかしい。

 部長はすがるような眼で僕を見た。

 内心、僕はどぎまぎする。

「ねぇ、イチ君。私は、どうすればよかったと思う? 私の、修子ちゃんに対する気持ちはずっと変わらなかったし、これからも変わらないわ。それを、私は言葉でも態度でも示してきた。修子ちゃんはずっと分かっていてくれた……。もし、私のことを嫌いになったら、あんなことする前に、ちゃんと私に言ってくれる。そういう子よ。家庭の問題、とかでも、私に、相談くらいはしてくれたと思う。友達との間に何かあったわけでもないみたいだし、成績だって問題は無かった。……私にわかるのは、考えられるのは、これで全部よ。新荷シンちゃんは、『なさねばならぬ目的があり、それを自らでは遂げられないならば、できる者に託すべきだ』って言って、このことを調べると約束してくれたけど……その日のうちに、あんなことがあって……。本当に、ごめんなさい。こんな厄介事、頼んじゃって」

「部長。何を言っているんですか。僕たちは、皆図書部の仲間ですよ。僕も、部長も、都筑も、小沼さんも、新荷先輩だって。お互い困ってたら手伝いたいとか、何とかしてあげたいとか、そう思うのが、仲間でしょう。――新荷先輩も、仲間だと思っていたからこそ、部長の相談に乗ろうと思ったんだと思います。だって、あの人、自分に関係ないと思ったら、面倒なことだと思って、絶対に手を出そうとしない人でした。それが、自分から約束までしたんですよ。厄介なんかじゃありません。これは、皆の問題です」

「イチ君……。…………。……ありがとう」

 部長はほほ笑んだ。

「修子ちゃんの面会謝絶期間が終わるのは、5日後だそうよ。修子ちゃんのお母さんに聞いたの。……できれば、それまでに、全てに片をつけてあげたい。わがままな話だけど、これが、私の、偽らない気持ちなの」

「……やれるだけ、やってみましょう」

「……ありがとう。本当に……」

 頭を下げ、声を震わせる部長。僕はそれ以上見て居られなくなって、すぐに退室した。


急展開、と言うほどではないですが。

本来なら今回の話にはもっとあれこれと伏線を入れるべきなのでしょうが、とにかくそのまま投稿することにしました。

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