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第4話 B面その2 (トワの視点)

放課後。

帰宅部である俺は基本的に放課後は暇である。

教室に残って適当に宿題を広げ、しかし気が乗らない。ぼんやりと手にしたシャーペンをくるくる回したりノートを意味もなくめくってみたりしたが、馬鹿らしくなって止めた。

机の上を片付けて、帰宅の支度をし、カバンを持って教室を出た。


教室を出たはいいものの、外は小雨、しかも時計を見ると電車の時間にはかなりタイミングが悪かった。

回れ右して教室に入り直すのも馬鹿らしい。俺は特に行き先を決めるでもなく、歩き出した。


中学の校舎、教室を覗くと、机やいすが小さいなと感じた。在学中はそうは思わなかったが、やはり成長期はサイズも変わる。このまえ入ってきた中一はやたらとちびがいたが、あれが普通なのだろう。俺もあれくらいの時期があった、と思うと奇妙な気持ちになるが。

そんなことを無意味に考えながら進む。


着いたのは、三階の端の部屋、教室の半分のサイズで、備品などが置いてあるだけの予備室である。

鍵はあいているらしく、近づくとドアが少し開いているのが見えた。

何の気なしに、覗きこむ。と。



狭い予備室の中、窮屈そうに並べられた机の一つに、突っ伏している人物が一人。

くるくるの巻き毛。規則正しく小さく上下する頭。そして寝息。

新荷だった。

俺は呆れながらも声をかける。


「―――おい」


「んあ?」


巻き毛の頭がむくりと起き上がり、こちらを見た。


「なんだ、トワ君か」


つぶやき、ううーん、と思い切り伸び。


「よく寝た。おはよう」


「……おそよう」


一応皮肉で返しておく。しかし新荷は当然のように動じた様子などなくこちらを見てニヤニヤしている。

相変わらず意味不明である。誰もいない場所で居眠りするのが趣味なのだろうか?

今日は、胸元のリボンの色は黄色。下級生だった。

新荷は俺に視線に気づいたのだろう、ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、


「どうぞ、先輩、立ってないでそこ座ってもいいですよ?」


と気色悪いことに俺に敬語を使った。

まあ、俺も前回逆の立場だったわけで、文句を言える筋合いはない。

俺は肩をすくめ、荷物を置く。そして座らず、その場で腕を組んで壁に背を預けた。


「いいよ、別に。 新荷はどうしてこんなで寝てたんだ。中学校舎だぞここ」


「それを言うならトワ先輩もそーじゃないですか? 高二の先輩が中学校舎の隅っこの予備室に何の用ですか?」


む。


「サンポだ」


端的に言ってそっぽを向く。見えないが、新荷は例のニヤニヤ笑いを浮かべているに違いない。見なくても分かる。


「実は先輩って、暇でしょう?」


「悪いか?だが新荷の方こそ毎度毎度、おかしな所で寝てるのは、暇だからじゃないのか?」


「私はとても忙しい。ずっと気になっていることがあってね。いくら寝ても寝足りないくらいに」


「敬語なくなってるぞ。というか寝るなよ」


「知ってますか? 人間の三大欲求。睡眠欲は生命的に、生物的にクリティカルなんですよ。これに抗ったりしたら、命にかかわります」


「絶対に寝てはいけないと言ったわけじゃない。新荷のは寝すぎって言うんだ。寝すぎて起きれなくなるぞ、いつか」


「言い得て妙な至言ですねぇ、先輩」


とニヤニヤ笑って新荷は言う。


「私、ネコじゃないですから、寝る子は育つってわけにはいかないのが残念ですね。でも、もし寝る子転じてネコになる、としたら、ヒト科がネコ科になるっていうのはすごいことですよ。哺乳類同士ではありますけど、科を超えちゃうなんてまさに至難の超常現象」


「何が言いたいのかわからん」


「そんなのわからなくていいですよ。ただの軽い言葉遊びのジョークですから」


新荷はニヤニヤ笑いを俺に向けたまま、頬づえをつく。

しばしの間。


「……なんだよ」


俺は、こちらを見てにやにや笑いを続ける新荷に不審を感じ、そう声をかける。

新荷は口の端を一瞬だけ上げ、


「いえ、別に何も。トワ先輩の顔を見てただけです。面白かったので」


「何が面白かったのかは聞かないでおく」


「それが賢明ですね」


「………」


やっぱこいつむかつく。

無意味と分かっていながらも、ついつい睨みつけてしまう。もちろん新荷はどこ吹く風で、


「無為の時間、というものについて考えたことはありますか、トワ先輩」


などと言ってくる。脈絡など完全無視で、正直こいつのヨタ話についていく俺は恐ろしくお人よしなんじゃなかろうか、などと考えてしまう。


「ムイ? ああ、何もしないってこと? そうだなあ」


と一応考えてみる。

なんだかんだ言っても、暇な放課後の話し相手と言うのは、こんなやつでも貴重なものである。


「何かしようとして、それの準備をしていて、けどそれが結局うまくいかなかったら、準備してた時間が無駄って意味か?」


「いや、少し違いますね」


と新荷は首を振り、


「何をしようが、どう動こうが、すべては完全に、『何もしなかった』のと同じになる、そういうことが運命づけられた時間のことです」


「意味がよくわからん」


「思考実験ですよ、トワ先輩。もしそういう時間があったら、いえ、そういう時間を過ごさなければならないとしたら。先輩は、どうしますか?」


「どうって言われてもな。まず条件が特殊すぎて想像しにくいし。とりあえず、どうしようもないんだったら、普段通り過ごすだろ。あー、でも、まぁ。そうだな。『何もしなかった』っていくら言っても、本当に『何も』ってことはないんじゃないか? 何をしても、って言っても、過程はあるだろ? 過程ってのはそれだけで無じゃない。少なくとも、経験にはなる。ほら、『失敗は成功のもと』とかいうあれだよ」


「ふーん」


新荷はにやりと笑い、


「トワ先輩、珍しくいいコトを言いましたね。感心です」


慇懃無礼とはこのことだろうか。


「珍しく、は余計だ」


「事実ですよ。トワ先輩、いいコト言ったで賞を差し上げます。助言をひとつ」


と新荷はもったいぶって間をとってから、


「『周囲に気を付けてください。』」


と一言だけを告げた。


「……は?」


今まで以上にわけのわからない言動に、俺はどう反応したらいいのか分からず、思わず間抜けな声が出てしまった。


「……賞? 何? 警告か? 俺は闇討ちでもされるのか?」


「心当たりでもあるんですか、闇討ち。まともな人生を送った方がいいですよ? もし通り魔とかのことだと思っているのなら、それは違います。通り魔に遭う可能性なら誰しも持っていますから、あえて警告なんて私はしませんよ。――警告、ではなく、助言、です。 あぁ、周囲、と言っても、必ずしもトワ先輩と直接かかわりがある人とは限りません。違和感、そして、秘密。このふたつにアンテナを張っておいてくださいね。ま、トワ先輩なら、そうそう大変なことにはならないとは思いますけど。保険みたいなものです」


新荷は例のニヤニヤ笑いを変えないままでそんなことを言う。意味深な視線、意味深なセリフ。とはいえこれはこれで新荷の基本装備だということももう大分わかってきた。


「よくわからんが、ありがたく頂いておくよ」


と適当に流しておく。

新荷は、適当に流されたにもかかわらず、満足そうにうなづいて、それから、「そういえば」と呟いた。


「名残惜しいですが、トワ先輩はそろそろ帰る時間ですね」


ん?

帰る時間? って、げっ。外真っ暗だ。何時だ?


「6時3分前ですよ」


時計を探してきょろきょろと予備室を見回す俺に、新荷は時間を告げた。


「やべ、電車っ」


俺は慌てて教室を飛び出そうとして、ドアまで来てから思い出し、振り返った。


「新荷!」


「――何? ……ですか、せんぱい」


「一緒に帰るか?」


新荷はぴったり3秒間停止してから、言ってくる。


「それは、デートのお誘い?」


「違う」


即答した。


「暗いから危ないだろうと思った先輩の単なる気まぐれな親切心だよ。邪推するな」


「気持ちだけ一応もらっておいてあげます」


薄い胸を張り、偉そうに言う。


「私、トワ先輩とは帰る方向全然違いますしね。で、トワ先輩。あと2分で6時になりますけど、大丈夫ですか?」


げっ。


「じゃあな、気ぃつけて帰れよっ」


それだけ言い置き、俺は全力疾走した。



駆け込みセーフで電車には乗れた。立ったまま、息を整えながら、ふと思う。

あの部屋に時計は無かった。そして新荷の腕に時計があった覚えもない。

しかし新荷は、何も見ずに時間を言った。もちろん、適当だろうが、それにしては今俺がこの電車に乗れたということで、正確さを表わしている。

そういえば最初から、新荷は妙に時間に正確だった。チャイムとか。絶対時間、じゃなくて、絶対時感、とでもいう奴なんだろうか。

それと、もうひとつ。

なぜ新荷は『帰る方向が全然違う』と言ったのだろうか。俺は自分の家がどこにあるのかなんか言った覚えはない。


違和感。って、これのことか?


どうにも釈然としない気持ちを抱えたまま、電車は進んでいく。



新荷冬芽の独壇場。B面書いている時が一番楽しいかもしれない。

というわけで第4話B面その2でした。次はA面、よろしくおねがいします。


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