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第3話 A面その2(ダイガク視点)

 天気予報によると、今日の夜遅くに雨が降るらしい。空は曇り空で、雨の気配が近づいていた。

 だが、室内部活である図書部は、その空とは関係なく、いつもと変わらず営業中である。


 似鳥司書が図書館に来てからというもの、図書館は異例の繁盛ぶりだった。

 似鳥氏は気さくで話し易く、顔もいい。少々抜けたところもあるが、それが逆に『かわいい』と女子には特に受けがいい。

 おかげで、図書館は連日大入りで、当番制が役に立ず、ここのところは本来一人の受付係が今は三人制だ。結局、連日受付係記録更新中の僕である。


 人気の担当はもちろん、似鳥氏。女子はほとんどがそちらに並ぶ。そして釣られたようにやってきた男子は部長を見て、そこにわれ先に並ぶ。

 僕は、手伝いだが、役に立つことは無かった。


 棚整理でもしようかな。人が増えると、本を適当に戻す人が出てきて、分類がむちゃくちゃになってしまうのだ。


「部長、僕、棚整理に行ってきますね」


 と言い置いて、席を立ちかけると、部長はあわてて呼び止めた。


「あ、ちょっと待ってイチ君。修子ちゃん、知らない?」


「え? ……そう言えば見てませんね。部室じゃないですか?」


 いつもセットという印象の部長と小沼さんだが、そういえばここのところ片方しか見ていないことを思い出す。

 部長は困ったように、


新荷シンちゃんに、修子ちゃんが来たら受付こっちに来てくれるように伝えてもらうように言ってあるのよ」


「じゃあ、学校に来てないんじゃないですか? 風邪とか」


「来てはいるわ。ゲタ箱に靴が入っていたもの」


 確認したんだ。

 部長は不安げに、


「今日だけじゃないの。ここ最近、ずっとなのよね。どうしたのかしら……」


「おーい、手続き、まだっすか?」


 と並んでいた生徒が部長に声をかけ、部長はあわててカードを受け取った。話は中断。僕は受付を離れた。


(昨日は小沼さんと会ってないけど、おとついは、会ったよな、僕)


 考える。ここ最近、特に会っていないということは無いことを確認し、僕は独り小さくうなずき、


(部長とは、たまたま会っていないだけだな、きっと。心配性だなあ、部長。恋する乙女はってやつかなぁ。相手、女の子だけど)


 そう結論付けた。



 本の整理にはコツがある。図書館の図書には全てにカラーシールと番号シールが貼ってある。カラーは種類、番号は作者番号と入荷の順である。本棚に整理するならとりあえずカラーだけを見ればいい。色だけで判断できるので、作業としては簡単である。ただ、色あせて見えにくい点や、いちいち運ばなくてはいけない分、手間や労力はかかる。

 せっせと本を運ぶ僕。

 ……でもなんで、外国文学の棚に、イミダスが入ったんだろう……。

 よっこいせ、と大きなその本を抱えて、辞典の棚へ向かう。辞典の棚は一番端である。


「――お、ダイガク君。頑張ってるねえ」


 辞典の棚の前に座り込んでいる人がいると思ったら、その人は顔を上げて僕を見、軽く片手を上げつつ気軽に声をかけてきた。言わずもがな、新荷先輩である。


「部室にいたんじゃないんですか? 僕に受付を押しつけておいて。……来たんなら、手伝ってくださいよ」


「私は忙しい」


「暇そうですけど。……まあ、どっちでもいいですが、そこ、退いてください。辞典コレ入れたいんです」


「ん? ああ、失礼」


 新荷先輩は立ってそこを退く。僕は辞書を棚に置きながら、


「そういえば、先輩。小沼さんは見ました?」


「うん? 見たよ。なんだ、来てないの?」


 と、意外だ、というように驚いた仕草をして見せる新荷先輩。が、同時に僕の手元に気がついて、


「あ、ソレ、イミダス?」


 とすぐに話題が変わった。


「へ? ……あ、コレですか? はい、そうですが」


「それを探していたんだ。貸して」


「……ハァ。どうぞ」


 イミダスで何調べるんだろう。

 新荷先輩は、イミダスを抱えて、にやりと笑う。多分、にこりと笑ったんだろう。


「じゃ、私は部室に戻るよ」


 と言い置いて立ち去った。

 貸し出し手続きは完全スルーしていった。わざとだろう。


「――何を話していたんだい?」


 急に後ろから声をかけられて、僕はびくりと一瞬体をすくませた。


「うわっ、びっくりした。似鳥先生、急に声を掛けないでください……」


 いつの間に背後に立ったのだろうか、似鳥氏だった。


「あぁ、いや、すまんすまん」


 と似鳥氏は頭をかき、そしてちょっと間があって、


「今、アラタニさんと何を話していたんだい。ヌマサンがどうとか言っていたようだけど」


 と話題を探すように、そんなことを聞いてきた。まるで話をしたい父親のようだ。


「あ、いや、ちょっと、小沼さんが今日は部室に来てないなって話を」


「あーコヌマさんが、ヌマサンね」と小さくつぶやきなにやら納得した様子の似鳥氏。


「君たち、お互い呼び方が違うね。そうやっていつもあだ名で呼ぶの? カナメ君、とか」


「まあ、そうですね。特に女性陣が」


 新荷先輩を筆頭に、部長も、小沼さんも、奇妙なあだ名をつけるのが好きらしい。単にゴーイングマイウェイな人がそろっていると言うだけだと思うけれど。


「面白くって、僕は好きだな。なんだか、青春って感じだ」


 と似鳥氏はニコリと笑う。

 直前に新荷先輩のニヤニヤ笑いを見たせいか、なんだかすごくさわやかな笑顔に感じる。

 女子たちが騒ぐのも無理は無いのかもしれない。


「ニトリせんせー、まだですかー?」

「あ、サボってるー」

「本、ありましたー?」


 わいわいと突然女生徒が数人やってきて、一瞬で似鳥氏を取り囲んでしまった。


「あ、と、スマン、ちょっと話してた。 えーと探す本は、『流しの中心でワンダーランド』だっけ?」

 女生徒達が一斉に突っ込みを入れた。

「「「違います」」」

「せんせー、思いっきり混ざってますよー」

「『流しの下の骨』と、『世界の中心で愛を叫ぶ』ですよー」

「それと、『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』も」

 ……盛大なボケ具合だった。


「あ、そうか。いやあ、最近のはあまり詳しくなくてね。スマン。 あと、ここは図書館だから、静かにね」


 ハァイ、という返事がうるさい女生徒達。似鳥氏は苦笑いして、


「じゃあ君、すまないけど、受付をお願いするよ」


 と僕に頼んで、似鳥氏は女生徒に囲まれながら日本文学の棚に向かう。大変そうだ。

 さて、もう一人の大変な人、部長はどうしているだろう。

 僕は受付に戻る。



(……うわぁ)


 長蛇の列だった。列の構成員は全員、男。さすが部長。


(でもいくら受付が一人でも、こんなに並ぶものかな?)


 疑問は受付の中に入って部長の隣に座った時判明した。


(部長、心ここにあらず……)


 動作が遅く、反応も鈍い。うつむいているので、手続きが終わっても次の人が待っているのに気が付けない。カードを目の前まで出されて初めて気が付くのである。

 それで列から文句が出ていないのは、部長のうつむいた物憂げな横顔が、見慣れている僕でさえドキッとするほど色っぽいからだろう。


「ちょっと、部長。大丈夫ですか? 体調悪いなら無理しないでください」


 と声をかける僕に列から無言の重圧がくる。

 でもほっておくわけにはいかない。

 僕が声をかけると、部長はハッと顔を上げ、取り繕った笑顔で僕に応える。


「あ、イチ君。……ごめんなさい、ちょっと、考え事してたわ。平気よ。 あ、すみません、はい、手続き、終了です。返却期限までにお返しください。次の人どうぞ」


 手続きを再開する部長に、僕は心配を募らせた。


「部長、本当に大丈夫ですか?」


 小声でたずねると、


「いいえ、……ただ、」


 と声を落とし、


「修子ちゃんのことを考えてたの」


 ……実に重症である。




「ごめんなさいね、今日は。その、迷惑かけて」


 閉館の時間になって、利用者が図書館を出た後、部長は僕のところにやってきて、そう謝った。


「いいですよ、気にしないでください。でも、小沼さん、どうしたんでしょうね」


 言うと、部長は明らかに落ち込んだ顔になった。失言だった。


「今日はずっと前から約束してた日なの。部活終わったら一緒に帰ろうって。私との約束をすっぽかしたりしたこと、無い子なのに」


 僕は、その物憂げな表情にまたドキッとしてしまう。


「えと、一緒にって、いつも一緒ですよね?」


「一緒に、私の家に、帰るのよ。今日、親、いないし」


「……うわあ」


 しまった、声に出た。

 しかし、部長は慌てふためく僕の様子に、くすり、と小さく笑って、


「あら。……フフ、ごめんなさい。イチ君には、刺激、強すぎたかしら」


 それはもう。とは口には出せず、


「あ・はは。いやそんなことはないデスヨ。えっと似鳥先生の閉館作業手伝ってきますね。それでは、先輩、お先にどーぞ」


 などと口走ってその場をあわてて後にした。




「似鳥先生、手伝いますよ」


「うん? おや、助かるよ。ありがとう」


 似鳥氏は僕の申し出に、にこり、と笑顔を返してくれた。


「今日は約束があってね。少し急いでいたんだ」


「あ・じゃあ僕、後やっておきますよ。鍵も閉めておきます」


「それは助かるよ。いいのかい?」


「僕今日、暇ですから」


「じゃ、これ、お願いさせてもらうよ」


 と似鳥氏はズボンのポケットから会館全体の鍵の付いた鍵束を取り出し、


「じゃあ、閉め終わったら、僕の机に置いておいてくれるかい? 職員室の、どこにあるか知ってる?」


「大丈夫ですよ」


 受け取り、ふと思い出す。約束といえば。


「そういえば、部長も、約束があるって話でした。重なりましたね」


「部長? あぁ、そうなんだ、あの子ね。そっか……奇遇だね」


 と似鳥氏はうなずく。


「あ、そうだ、先生」


 ついでに聞いておこう、と僕は言葉をつづけた。


「小沼さんを見ませんでした?」


「いや、見てないが?」


「そうですか……。部長が探していたんですけど、どこ行っちゃったんだろう」


 似鳥氏はそこで、なぜか小さく笑った。


「いや、もしかしたら見たかもしれないけど、分からないよ」


「え?」


 似鳥氏は、困ったように笑い、


「そもそも、僕は小沼さんの顔を知らないんだ。会っていないんだよ」


「え、そうなんですか?」


 そういえば数日前の顔合わせのときは、都筑と小沼さんはいなかった。


「都筑って子には昨日会ったけどね」


 都筑は昨日の受付の当番だった。僕も一緒に受付係をしたので覚えている。昨日、都筑は相変わらずの態度で似鳥氏に挨拶をしていた。戸惑う似鳥氏の顔が印象的だった。


「で、その小沼さんって子が、何か?」


「いえ、来ていないなって。部長と約束をしていたらしいですけど」


「何か用事が出来たのかもしれない」


「うーん、そうなんですかね?」


 まあ、僕と似鳥氏がここでなんだかんだ言っても、部長と小沼さんの問題だから、関係は無いのだけど。


「そういえば、似鳥先生。約束の方は大丈夫ですか?」


「え? ああ、そうか、もう急がないとな」


 と腕時計を見て言う似鳥氏。

 その顔は何やら嬉しそうな表情。約束がよほど楽しみなのだろう。


「では、後は頼んだよ。お先」


 似鳥氏は足早に立ち去っていく。

 と思ったら、出口のところで部長と出会い、なにやら話し始めた。

 急いでいたんじゃないんだろうか、似鳥氏。結構忘れっぽいというか、抜けているというか。

 眺めていると、部長は左、部室の方へ、似鳥氏は足早に出口へと別れた。


 僕は窓閉め、片づけ、電気を消して回って、鍵をかけるという閉館作業を済ませてから、部室へ向かった。

 窓の外はもう暗くなってきている。空は重く暗く雲が覆い、この分だと家に着くころは雨が降っているだろう。



 部室の前、ふすまに手をのばしかけて、ふと中から話し声が聞こえて手を止めた。


「おーけー、早竜寺ハルさん。その頼み、引き受けた」


 新荷先輩の声だった。

 僕は静かな驚きとともに、耳を澄ませた。

 面倒くさがりで、無責任で、適当で、なんでも僕らに押しつけて平然としている新荷先輩が、頼みごとを、引き受ける?

 はっきり言って僕には驚きだった。驚天動地といってもいい。明日も雨になるのは確実だろう。


「だから、早竜寺ハルさん、その心配はとりあえず保留にしておいてよ。私に一任すればいい」


 何を言っているは聞き取れないが、部長が何かを言い、


「あぁ、大丈夫、大丈夫だから。そんなことは無いよ。だから、そんな顔をしないで」


 新荷先輩の、なだめる言葉。新荷先輩の、初めて聞く、優しそうな声。僕には決して向けられることは無いだろうということだけは分かる。新荷先輩は少しの間を待ってから、


「私はハンカチを持っていないんだ。ダイガク君が戻ってくる前に、その泣き顔をなんとかして欲しい。今日のところは」


 と言った。


 ……。

 えーと。

 とりあえず、僕は出入り禁止らしい。カバン、部室に置いているんだけどな。

 部長、泣いている、のかな。新荷先輩の言葉を信じるなら、多分そうだ。

 とりあえず、ここは一旦退却しよう。二人が出て来るまで待つ方がいいだろう。


 結局、五分と経たずに新荷先輩は出てきた。何やら足早で、どこかに急いでいるらしい。

 新荷先輩はそのまま校舎の方へ向かって行ってしまい、僕は声をかけるタイミングを逃してしまった。中の様子を聞きたかったんだけど。

 しかたないので、そっと様子をうかがいながら、恐る恐る部室に入る。


「あ……イチ君」


 部室の机に向かって何か作業をしていたらしい部長が、僕が入ってくるのに気が付いて、顔を上げた。その顔を見ても、泣いた跡は、ない。ホッとする。


「遅くなりました。僕はもう帰りますが、部長、まだ残りますか?」


「私も帰るわ」


 部長は机の上に広げていたものを手早く片づけ、立ち上がる。

 そして、ちょっと間を置き、恥ずかしそうに笑い、


「ありがとう。……待たせちゃったわね?」


 聞き耳を立てていたことは、ばれていたらしい。

 思うが、顔には出さないようにして、「何がですか?」ととぼけた。僕なりの精一杯の気遣いというやつである。

 部長は応えてにこりと、


「いいえ。何でもないわ。 じゃ、一緒に帰りましょうか」


「はい。――あ、僕、鍵だけ返してきます。職員室なんで、すぐ追いつきますから、先に行っててください」


「カバン、私が持って行きましょうか?」


「大丈夫っス。軽いですから。ひとっ走りしてきますよ」




 図書館から校舎までは結構距離がある。それを一息に走って、生徒用ゲタ箱前に着くと、

 不審者がいた。

 ゲタ箱の前にある大きな柱の影に隠れて、背の低い女生徒が、じーっと、ゲタ箱を見張っていた。特徴的な、巻き毛。

 言わずもがな、新荷先輩である。


「…………」


 僕は呆れて声も出ない。珍しく真剣そうな新荷先輩の様子を見たと思ったらこれである。わけがわからない。ゲタ箱からは隠れているつもりなのだろうが、後ろから見れば丸見えなので、ただの間抜けにしか見えない。


「――先輩なにやってるんですか?」


「をっ!?」


 人間が驚いて飛び上がるのを初めて見た。

 新荷先輩、振り返って僕を認め、明らかにホッとしたように、肩を落とした。


「なんだ、ダイガク君か。驚かすなよ」


 と大きく息を吐く。表情をいつもの皮肉的なニヤニヤ笑いに改め、


「今帰りかい?」


「そうですよ。閉館作業が終わったんです。新荷先輩、先に帰ったんじゃなかったんですか?」


「私用だ」


 即答する先輩。胸を張り、無意味に偉そうである。


「……早く帰ったほうがいいですよ。もう暗いですし、多分雨も降りますから」


「大丈夫だ、ダイガク君は気にする必要はないよ」


「はぁ。よく分からないですけど、頑張ってください」


「ダイガク君も気をつけて帰りなさいね」


 僕の軽口に、新荷先輩はお母さんのような言葉で返した。

 そして、さっさとゲタ箱監視を再開する。

 ――何も言うまい。

 僕は職員室に急いだ。




 部長は校門で待っていてくれた。


「すみません、遅くなりました」


「私も今ここに着いたところよ」


 にこりと笑って、部長。

 なんだか、デートの待ち合わせのようだ、とそう思ってしまい、恥ずかしくなる。


「……どうしたの?」


 動かない僕を見て、部長はきょとんと首を傾げる。僕は慌てて、


「いや、なんでもないです」


 と言って一歩を踏み出した。




「似鳥先生って、いい人ですね」


 道中。僕は話題の切り出し方に迷った挙句、そんな切り出し方をした。部長と言えば小沼さんだが、今小沼さんの話題を出すほど僕は無神経ではない。

 部長は、


「そうねえ?」


 と首を傾げる。


「それが、あんまり話をしたことが無いの。たまに私の方を見てるから、話したいとは思うんだけど。だから、似鳥先生のことは、よく分からないわ」


 ちょっと意外だった。さすがの似鳥氏も、部長には声をかけづらいのかもしれない。


「気さくだし、人気者だし、ちょっと抜けてるところもあるみたいですけど、学生に近いというか、親しみが持てる人ですよ」


「あら、イチ君。ずいぶんといれ込んでるわね?」


 部長はくすり、と可笑しそうに笑った。

 よかった、笑ってくれた……。



 一緒に歩いている途中、ぱらぱらと小さな雨粒が降ってきて、次第に雨足を強くしていった。僕と部長はお互いが持ってきていた傘を広げて、会話もそこそこに、駅に急いだ。



   ※



 翌朝。夜の間降っていた雨も止み、いい天気である。

 学校へ行く準備をしている時に、一本の電話が入った。

 母が出て、僕に替わる。電話相手は部長で、内容は。


 ――新荷先輩の、訃報だった。


 信じられない、を繰り返す僕に、部長は冷静に、丁寧に、説明してくれた。


 昨晩の雨の中、下校途中にひき逃げにあったらしい。

 血を流し、雨に降られ、体温を失い、通行人が発見した時にはもう遅かったそうだ。暗い夜道である。目撃者は無く、ひき逃げ犯は未だ逃走中らしい。


 僕は、どうしようもなく、座り込む。


 ……だから、先輩……。早く帰った方がいいって、言ったのに……。

 本当……人の言うこと、聞いてくれない人だから……。


 そして、今まで押さえ込んでいたのだろう。部長も電話の向こうで泣き崩れたらしく、くぐもった嗚咽が聞こえ始めた。


 僕はぼんやりと思う。

 美しい人は、泣き声も、綺麗だ。


事故の描写はいつもちょっと悩みます。

というわけで、第3話A面その2でした。

全10話、A面は全5話予定です。ありがとうございました。

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