14 青 後方8回転12回ひねり
サクヤに森の事を教えていた時に、それが見えた。
灰色の毛、犬によく似た、でも明らかに違うとわかるその獣はオオカミ。
肉食の獣で、昨日のクマとおなじく、この辺には居ないはずなのに。
逃げなきゃ、サクヤを連れて逃げなきゃ。
頭ではわかってる筈なのに、身体がぜんぜん動かない
殺意、わたしを殺そうとする意思。
足がすくむ、息が、できない……。
走って来る。死が、またわたしを追って来たんだ。わたしはまだ逃げ切れていなかったんだ。
その死は川をあっさり飛び越えて
でも、その死が狙っているのはわたしじゃなく……サクヤだった。
死ぬのはわたしじゃなくてサクヤ?
ダメ!サクヤを守らなきゃ!と思った瞬間に、身体が動いた。
「サクヤ!」
何が起きてるのかもわからず、ぼーっとオオカミを見ているサクヤに飛びついてかばうわぅ
壁にぶつかったみたいに跳ね飛ばされるわたしと、すごい複雑に回転しながらふっとんでいくオオカミ。
ジャンプして来た距離の倍くらいふっとんで行ったんですけど、なんか死を覚悟してたんですけど、えーと……。
とても最近、似たような事があったような気がする。
「サクヤ怪我はない?手はどうもなってない?オオカミとんできてとんでって えっとえっと無事でよかったよぉ〜」
もう自分でも何を言ってるのかよくわからないけど、サクヤが守ってくれたのはわかるええわかります、わたしには痛みもないし怪我もしてないし。
抱きついて無事を喜ぶわたしに、照れているのか身をよじらせるサクヤ。
ダメで〜す、離しませ〜ん。
「コノハ!」
わたしがサクヤにじゃれてると、家のドアがすごい勢いで開いて、ダッシュで飛び出してくるパパ。
さっきのわたしの声に反応したみたい。
「何があった?その子と遊んでたような声じゃなかったと思うが」
「オオカミが出たの、村に入ろうとしてきてサクヤが返り討ちにしてくれたよ。アレ」
サクヤに抱きついてるわたしを見て、急速に冷静に戻ったパパに、アレと言いながらオオカミを指差すと、ちょうどオオカミが走っていくところだった。あれ?
「まあ、逃げられたのは仕方ないな、怪我がなさそうだからそれでいい……サクヤ?その子の名前、か」
と言うと、わたしとサクヤを抱きかかえるパパ。何か言いたそうな、でも言いたくなさそうな、微妙な表情。
「さ、帰るぞ」「さ、かえるぞ」
何も言わない事を選んだらしいパパが短い言葉で選択を話すのを、すかさず真似するサクヤ、真似したかったのね。
パパに運ばれて家に帰ると、テーブルのとこで一旦降ろされたので、サクヤと一緒にイスに座る。
「朝は色々あって言いそびれていたが、今はみんな町に出てて人数が足りないのは知ってるな?
俺は奴らがまた来ないか村の見張りをやっとくから、お前達は家から出ないようにしてくれ、窓とかはなるべく閉めとく事」
屋根裏部屋からいつもの剣と、動きやすさ重視の革の鎧を取り出して来たパパは、装備を確認して身に付けながら、こちらに指示を出してくる。
やつら?……そっか、オオカミだから他にも仲間が居るかも知れないのね。
1匹見たら3〜4匹。1頭、だっけ?オオカミは基本的に群れる物だというのは聞いた事があった気がするかな〜。
装備を身に付け終わったパパが出て行くのをサクヤと一緒に見送る。
「パパ気を付けてね」「ぱぱきおつけてね」
ツルさんとイワさんと兵士の1人のひとも居るから、任せておけばもう大丈夫。
外に出られないのなら家の中で遊べばいいよね。大丈夫だ、もんだいない。
サクヤを抱き上げて、先ずは言われた事を済ませておこうと、家じゅうの窓を締める。
うちの窓は一般的な木製の両開きの窓で、カギとかはないけど小さい閂で閉められるタイプ。
移動ついでにサクヤに家の中の物の名前を教えていくと、あっさり覚えていくサクヤに教える物はあっさりなくなった。
時間はまだお昼を過ぎた頃で、大してお腹も空いてないのよね。
朝のパンを食べ過ぎたし。
こんどは何をして遊ぼうかな、とりあえず身体を使う遊びは家の中でやるとたぶん家が壊れるからダメ。
よし、と決めて自分の部屋へ。
本ですよ本、パパが商人のナギさんに頼んでしょっちゅう集めてくれてたこともあって、子供の読む本の蔵書はちょっとした物だったりするのです。
部屋の窓を全部閉めると暗くなったので、外から開けられない程度にちょっと開けて
サクヤに本、と教えてから、まずはやさしい文字の本から……。
サクヤの知識欲はすごかった、ごめんなさい正直なめてました。
興味を持っているからなのだろうけど、次々に本を読ませたがる。
わたしも頼られて嬉しいし、可愛いサクヤのためだけど、もう疲れたよぅ。
でも、疲れてたのはサクヤも同じだったみたい。
だんだん目がショボショボし始めて、頭がガクンと揺れて、それでも本を離さないのはすごい執念だったけど
眠くなったらお風呂の中でも寝てしまう子だから無理はさせちゃいけないのです。
ベッドに寝せて、わたしのお気に入りのハム王を抱かせて布団をかけてあげると、両手でぬいぐるみと本を抱え込んで仰向けに寝てるという状態に。
白いハムスターのぬいぐるみが本読んでるみたいですよサクヤさん。
はいワンツースリー。
スリーカウントでさっくり眠ったサクヤを置いて、わたしは夕食の準備を始める事にした。