12 青 なまえ
女の子と手を繋いで歩きながら、目に映る物を指さして教えていく。
服、家、柵、道、キャベツ、はたけ、ツルさん。
女の子のお披露目で最初に出会ったのは、畑仕事をしていたお隣のツルさんだった。
金髪の綺麗なお姉さんで、料理を作るのがとても上手な人。
いつもパンを届けてくれるので、うちからはいつもパパが狩って来た獲物のお肉を、お返しにあげている。
ギブアンドテイクの関係というやつ。
「ツルさん、今日のパンも美味しかったです、いつもありがとうございます。 この人はツルさんよ、ツルさん。」
「つるさん」
ちゃんと言ってくれる女の子、空気も読める頭の良い子なんです。
「ハイ、はじめまして。こちらこそよ、コノハちゃん。」
しゃがみ込んで、女の子とわたしに順番に話して来るツルさん。
「はいあじまました、こちろもそよのはちゃん」
言葉が長すぎて、わたしの名前すらちゃんと言えなくなってる女の子。
……あれ?名前?
「あら可愛い、あなたのお名前は何て言うのかな〜?」
「あらかわいい、あののの」すばやく女の子の口を押さえて、抱き上げる。
「あ、アハハハ……この子の名前は、サクヤと言います〜」
わたしの様子に、一瞬頭の上に大きなハテナマークを出して固まったものの、優しくうなづいてキャベツをひとつ、たった今サクヤという名前になった女の子に渡してくれた。
「ありがとう」「ありがとー」
お礼を言って、ツルさんと別れる。
微笑んで手を振るツルさんに2人で手を振り返し、次はイワさんの所かなぁ、と思いながら、ちょっと考えてみた。
ーーなんとなく口を付いて出た、ママの名前。
でも、口にしてみるとなんかこの子にも似合ってる気がする。
この子はサクヤ、わたしの妹。
それでいこう、うん。
「サクヤ〜」「さくや」
「サクヤ〜」「さくや」
「サ〜ク〜ヤ〜」
ちょっとしつこかったかもしれない、ほっぺたを膨らませるサクヤ。
怒った顔もかわいいですね。
ツルさんの家を通り過ぎ、次はイワさんの鍛冶小屋。
木を切る斧とか、草を刈る鎌とかもそうだけど、村にある道具はだいたいイワさんが作ってる。
危ないから触らせて貰えないけど、農具以外の武器も作ってるの知ってるんだけどね。
イワさんは、フルネームはイワオトシ、ドワーフよりヒゲがすごい、というのがキャッチフレーズの、いつも何か作ってる印象のひと。
わたしにはいつもニコニコ話してくれるけど、職人らしくちょっと気難しいってみんな言ってたり。
手が塞がってるので、サクヤを一旦下ろしてからイワさんの家のドアを叩くと、すかさず真似をしようとするサクヤ。
駄目でーす、と抱き上げると、それでも手を伸ばすので一歩下がる。
なんか手をブンブン振ってますよ、どんだけノックしたいのやら。
この子にノックなんてさせたら、たぶんドアを破壊するんだろうな、というのはわたしにも予測がつく。
「アイヨー」
と中から聞こえた声にアイヨーと応えたサクヤは、ようやく手を振るのをやめた。
良かった、どうやら気が逸れたみたい。
「おー、コノハちゃんか、どうしたんだ?」 破壊を免れたドアから顔を出した、ピンクのひげのかたまり。
チラッとサクヤを見て、またこっちに視線を向けて来たその人は、モコモコの獣みたいだけどちゃんとした人間です。
ちなみに1度触らせて貰ったんだけど、触り心地はゴワゴワしてる。
中身は普通のオジサンらしいんだけど、ヒゲを剃った顔を見たら見分ける自信がない。
「こんにちは、イワさん」「こんみちま、いわさん」
2人で挨拶して、立ち話になるけど事情を説明。
イワさんの鍛冶小屋の中は暑くてくさいからあんまり入りたくないんです。
「パパからある程度お話は行ってると思うけど、森でわたしを助けてくれたこの子、親が居ないみたいで。一緒に暮らすことになったからお披露目〜」
「あぁ、そういう事か、リーダーが昨日何かそんな事言ってたな」
うなづくイワさん、なぜか村のみんなは、パパのことをリーダーと呼ぶ。
「そういう事だったらこっち周りで来て正解だったな。そのキャベツはツルからだろ?他の奴らはさっき買い出しに出たばかりだ」
サクヤが持ってるキャベツで、周ってきたルートが丸わかりみたい。
「わたしもいきたかったなぁ」
なんか微妙に恥ずかしいのをごまかして、叶わなかった希望を口に出す。
理由はあるんだと思うけど、サクヤを連れていってあげたかったなぁ。
「急に決まった事だから、また今度な。ナギんとこの馬車で行ったから、残ってるのはアルソかトラルのどっちかだと思うが」
ナギさんは、村の商人さん。
村で採れた毛皮とか余った野菜や、イワさんの作った物を町で売って、代わりにパン用の小麦粉とか色々仕入れて来てくれる気のいいおじさんで、わたしのぬいぐるみとかもナギさんが仕入れてくれた物。
馬車はナギさんしか持ってないから、買い出しとなるとみんな譲らないのだ。
ツルさんは、なぜか、な、ぜ、か、パパが行かない時は行かないんだけどね。
娘としてはちょっと微妙だけど。
アルソさんとトラルさんは国から派遣されて来た駐在兵士の3人のうち2人で、もう1人はセムさん。
……兵士ABC、って感じの人たち。
セムさんが兵士長でちょっと偉いらしいけど、3人ともツルさんより弱いのを知ってからはあんまり。
わ、悪い人たちじゃないよ、うん。
ともかく、そういう事ならこれ以上挨拶を続けても仕方ないので、イワさんに別れを告げて1度帰る事にした
キャベツも置いて来たいし。
「じゃあ、続きはまた今度にして、この子と遊んでくるね」
「おう、子供は遊ぶもんだからな、危なくないように気を付けて存分に遊んで来な」
曖昧にうなずきだけ返しておいた。
昨日死にかけたとか言っても心配かけるだけだし。
家に帰ってキャベツをテーブルの上に置いたら、パパに一声掛けて、お風呂小屋の横の河原でお勉強会。
「草」「くさ」 「水」「みず」 「サクヤ」「さくや」
「お風呂小屋」 「おふろろや」 「水車」「すいしゃ」 「サクヤ」「さくや」
ひとつひとつ、指差しながら教えていく。
今までは、同じ事を何回か繰り返すと嫌がるそぶりを見せていたんだけど、ちゃんと違いがわかっているのか嫌がるそぶりを見せずに続けてくるサクヤ。
真似しながら憶えていってるのかな?
試しに、これは?と、何も言わずに指差してみると
「おふろろや!」ちゃんと理解してました、さすがわたしの娘。
……水と川の違いを教えるのには、とても苦労しました