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もう一つの愛を知った悪魔 前

「待ってた、待ってたよ」


神社の鳥居の上に、淡い蒼があった。

逆光で顔がよく見えない。私はそれを怖いと思った。




発端は妹にある。

妹が珍しく、私を誘って高校から一緒に帰っていた時のことだ。


私の妹、菜羽なはは今時珍しいくらい純粋な黒い髪をもつ。

その髪は肩でさらさらと、秋の風に揺れている。

目は大きく、くりっとしていて可愛いという印象を与える。私と同じ焦げ茶の目だ。


変わって私は、茶髪で外ハネの癖がある髪質。毎朝ハネを直すのが大変だ。

肩につかない程度の長さで、目はきつくて、眉じりも上がってる。

どうして姉妹でこうも違うのだろうか。誰にでも愛される妹を羨んで、何年経つのだろう。

もの思いにふけっていると、菜羽は急に駆け出した。


「どうしたの!?」


唐突もない不安が私の声を張り上げさせた。

こんなことは今までなかった。私も走って追いかける。


「何か、呼ばれてる気がするの」


菜羽は話しながら、走る。

何か直感的なものを感じているのだろう。

角を、右へ左へと曲がる。


「何に!?」

「分からない、でも行かなきゃ!」


ただひたすら妹は目指す。

何処へなんて知らないのに。何があるのかなんて分からないのに。

遠ざかっていく小さな背中。


「私も行くわ」


コンクリートの地面を蹴り、私は菜羽の隣に並んだ。


「お姉ちゃん?」


妹の行動に何か感じた。何かが起こると。




彼女が止まったのは神社の前。夕焼けに包まれ、神社が幻想的に見えた。

いつもとは違う神社の姿に、私はとてつもない不安を感じる。しかし、妹は踏み出した。

妹が神社の境内に入ろうとした時、鳥居の下に影が落ちる。それまで何もいなかった鳥居の上に何かいた。


人、それも男性だ。

淡く蒼い髪がさらさらと夕方の風に溶け込む。

赤紫の切れ長の瞳は菜羽を見て、花がほころぶように、にっこりと笑った。

会えたこと自体が嬉しいのだろう。ずっと笑顔を向けている。


菜羽は戸惑うように私を見た。

私は姉なのだから守らなければと、何者か分からぬ男をキッと睨む。

男はまだ笑顔でいる。しかし、何故だかしまりのない顔とは言えない。それは男の容姿ゆえだろう。

彼はゆっくりとくちびるを開き、言った。


「待ってた、待ってたよ」


何を待っていたのか。私は分からずに、ただじっと男を見つめる。

突然、男はにやりと笑う。先程の笑みとは程遠い。


「やっと会えた。ナハ」

「え……?」


妹は頬を染めた。反して、私はなぜだろう。肌がゾクッと震えた。

腕を上から押さえる。


男は鳥居から降り立つ。黒い礼服の裾が風になびく。

彼は名を名乗った。男の名はシイラ。夕焼けが彼を包み込んでいた。



あれからシイラは、家に住み着くようになった。

なぜか両親はシイラを認めている。ずっと前からいた人間のように。

その違和感に、私はシイラが人ではないと気付いた。

よく観察して見ると、鏡に映らないし影がない。

妹は気にしていないようだ。


その人ではないシイラが妹に固執する原因は何だろうか?

今、まるで恋人のような関係になっている。

何故……?


菜羽とシイラは手をつないで、微笑えましく会話している。

かなりの近距離で見つめ合う二人は、恋人同士にしか見えない。

しかし私は知っている。あの男の企むような笑みを。



偶然、シイラが鼻歌を歌いながら一人で歩いているのを見かけた。

すかさず前に立ち塞がる。


「あんたの目的は何? 菜羽の恋人になるために来たんじゃないでしょ。違う……、あんた何者?」


根本的に彼と私達は違う。人でない彼と対峙するのも怖い。

けれど、お姉ちゃんだという責任感が彼の前に立たせた。

シイラはにぃっと笑う。私の知る残虐な笑みだ。


「菜羽の魂は美しいと思わないか? 俺はそれが欲しい。あいつの魂の輝きは俺の光。だから愛する」

「悪魔じゃないの」


私の皮肉に彼はニヤリと笑う。まさか本当に悪魔だとは思わなかった。

実際シイラは人ではない。それは私がよく知っている。


「菜羽をどうする気? 悪魔なんでしょ?」

「17歳になる日に魂の輝きをいただくさ」

「なっ!? どうしてそんなことを? 好きなんでしょう?」

「だからこそだ。ナハの魂はいつも美しい。誰にもくれやるつもりはない」

「おかしいよ。好きなら見守ってやりなさいよ! どうして殺すのよ!!」


好きだから殺す、そんな愛し方があるのだろうか。私には到底分からない。

激しく狂気すら見える恋。


「幾度も繰り返す、俺流の愛し方さ。変わることはない。お前がいつもナハのそばにいるように。なぁ、サノ」


私はそこで気がつく。名前をシイラに教えただろうか? 

同じく菜羽の名前も、最初から彼は知っていた。


「どうして名前をって顔をしているな。お前はいつも俺という存在の不自然さに気付く。前のサノもそうだった。……殺したけどな」


底知れない闇が垣間見える。

きっと私もまた、殺されるのだろう。まるで赤子の手を捻るように。


「言葉も出ないか」


か弱い女を見る目だ。その目が意味するのは嘲笑か、失望か。

どちらにしろムカつく。


「私は殺されたくない。もちろん妹も殺させない。怯えたわけじゃないわ。決め付けないで、不愉快よ」


人でないモノのへの宣戦布告。無謀としか思えない。

例え虚勢だとしても、私はあがきたい。





あれから、相変わらずいちゃついている二人をよそに、私は作戦を練っていた。

ようは、殺せなくなるほどの気持ちを抱かせたらいいんじゃないかという考えに至ったためだ。


よしっ、デートさせるぞ!


デートはありきたりなショッピング。遠くから見てると普通の彼氏と彼女に見える。

本当は悪魔と狙われた女だとは思いもしないだろう。


効果を期待して、二人を観察していた。

……あぁ、気付くんじゃなかった。

あいつの目、笑ってない。表面上笑ってるけどそれだけ。

例えば菜羽が笑えば、いつもと変わらぬ笑顔で返す。菜羽が悔しそうにすれば慰める。

そこには共感がない。別の次元から見ているようで、菜羽の死へのカウントダウンは止まっていなかった。

あの子の笑顔は私にとって空気のような当たり前の存在だから、なくなってはいけない。

なんて、本当は自分が生きたいだけ。



デート後、シイラを呼び付ける。

シイラは面倒くさそうにのろのろと来た。

瞳にからかう色が見える。

これは悪魔との命をかけた闘いだ。


「あんた菜羽のことどう思ってるの? 本当に好き?」

「勿論」

「嘘」

「どうして?」

「だってあんたの菜羽を見る目、羽虫でも見る目だったもの」


シイラは目を大きく開く。そして唐突に、腰を折るようにして笑い出す。


「あはははっ! そうだよ、その通り。人間如きに気付かれると思わなかったな。だって、ナハは死ぬんだろう? いつもそうだったよ。他でもない俺が殺す。何人もナハを殺した。不思議だったのは、どのナハも抵抗せずに死ぬんだ。最後に俺に笑ってね」


狂った笑い。目には狂った光。絶え間無い狂気。シイラの闇を垣間見た。


「どうして菜羽がいいの?」

「なんだ、紗乃は執着したことがないのか。きっとその時に分かるさ。どうしてもその人じゃなきゃ駄目で、目障りになるくらい目に入る奴が。いっそ殺してやりたい……、だから俺は殺した。憎かったからな。魂の純粋さが」


私は何事にも執着しない人間だった。別に一生懸命になる理由がない。

ただ適当にやってれば、それで充分だった。

だから、シイラの言葉を聞いたとき、はっとなった。


私は執着したことがない。


足元からひんやり冷えていくような気がした。

私はちっぽけな人間なんじゃないか。

恐れに、カラカラに渇いた喉で私は声をしぼりだす。


「私は生きることに執着する」

「そうだな、お前はそういう奴だよ」


そしてシイラは菜羽に執着する。

続いていく。前世今未来へと。


「ねぇ、菜羽のことどう思う?」

「何度も同じこと言わせるな。俺は菜羽を愛してる」

「嘘臭い」

「何、ほんとのことだろ。殺したいほどに愛してるんだから」

「そうね。あんたはそういう奴だった」


先程と同じ会話になるが、それは虚勢だ。

足が後ずさろうとする。

それでも私が私であるために、弱さは見せられなかった。



菜羽の誕生日まで半年。

私は少しでもと、期待をかけてデートを繰り返した。

私と言う保護者付きのデートを。

次第に菜羽は嫌がるようになった。


「もう、お姉ちゃんったら。私一人でも大丈夫だよ? ……二人っきりにもなりたいし」


そう言う菜羽に苦笑して、なだめる私。

こっちは命がけなのよ。ごめんね。


「お前は面白い奴だな。今までの紗乃もここまで邪魔はしなかったぞ」

「悪かったですねー、邪魔して」


フッ、と笑うシイラ。

ほんと馬鹿にされてるわ。


「それほどまでに生きたいか」

「ええ」

「こう言わないのか? 『菜羽の変わりに私を殺して』とな」


そのセリフは妙に私に染み込んだ。

私という魂に、馴染みの深い言葉だ。


「美しい姉妹愛だな」

「やっぱり! その言葉は前の私が言ったのね」

「ああ。どの紗乃も必ず言う。お前は違ったようだが」


それが酷く面白いらしい。


「嘘でもその言葉は言えないわ。私は妹よりも自分を取ったのだから」

「なんて自分勝手な女なんだろうな」


普通なら妹を助けるぞ。

暗にそんな言葉が聞こえる。


「なんて俺様な男なんでしょうね」


私は最大級の虚勢をはって、返した。

普通なら何度も人を殺さないわ。それも狂ったように同じ人を。

震えそうになる手をぎゅっと握り締める。


「俺に怯えないのはどの紗乃でも同じだな。だが今回の紗乃が一番面白い。なぁ、俺をもっと楽しませろよ」

「望むところね」


怖い、いつ命が捻り潰されてしまうか分からない。

少しでも長く生きようと、みっともなくてもいい。必死だった。



私はきっと菜羽よりも先に殺される。

過去の私はきっと菜羽を守って死んだのね。

どの私もシイラという不気味な存在に気づいていたようだし。

だから菜羽を守る邪魔者の私から消したはず。

今回もきっと私が先。

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