デートは嵐の予感
「花畑が綺麗な山に行かないか?」
普段はめったにデートに誘わない同胞(jb1801)が、珍しくそう言った。
同胞にデートに誘われて、天にも昇る勢いで喜んだ斉凛(ja6571)は、何日も前から服装を選び抜き、前日の夜から仕込んだ気合いのこもった弁当を携えて、上機嫌で待ち合わせ場所に向かった。
しかしその上機嫌が続いたのは、待ち合わせ場所に着くまでの間だけだった。
今凛は笑っているのに目が笑ってなかった。黒いオーラを漂わせて、静かに不機嫌な空気を醸し出している。
愛しい恋人同胞は笑っていた。それはいい。しかしどうして後ろに二人も人がいるのか。
義理の妹の神風春都(jb2291)は両手をあわせて申し訳なさそうに頭を下げていて、義理の兄である影炎(jb2054)は眼鏡に手を添えつつ、面倒そうに、気まずそうに押し黙っている。
あきらかに二人は空気を読んでいた。同胞だけがのんきに笑顔で手を振っている。
「おう。凛来たか。じゃあ行こう」
「ちょっと待って下さい」
ぴしゃりと凛が言い放つと張り付いたような笑顔のまま言った。
「同胞さんと二人きりだと思ったので、お弁当は二人分しか作ってませんの」
遠回しに不満を述べたつもりだったが、同胞には通じなかった。
「そう思って俺も弁当作ってきたぞ」
その言葉にほんのわずか、凛は機嫌を良くした。同胞も料理は得意だが、食事の支度はいつも凛がしていて、同胞の手料理は希少価値が高い。
「あ……あの、皆さんほど美味しくないと思いますが……私もおにぎり用意してきました」
春都がおずおずと包みを差し出す。
「菓子なら作ってきたぞ」
影炎の手には菓子が入ってると思われる箱があった。それらを見つつ、凛は笑顔を崩して不満顔になった。その表情の変化に同胞は慌てたようにこう付け加えた。
「ピクニックならみんなで行った方が楽しいだろう。だから愚兄と春都も誘ったんだ」
最後のだめ押しのように鈍感な同胞の言葉に、凛は盛大にため息をついた。同胞さんとまた今度二人きりでデートすればいい。我慢、我慢。呪文のように繰り返し、大人しくついて行く事にした。
「分かりました」
この時凛はもっと注意するべきだった。面倒な事がごめんだと言う影炎が、ピクニックに参加している事に普段の凛なら違和感を感じただろう。ただこの時は不機嫌だったためその事実に気づく事はなかった。
獣道のような道なき道を歩いていたが、撃退士の4人にはまったく問題ない。途中までは順調な道のりと言えた。
しかし道が二つに別れた所で、前を歩いていた同胞が突然歩みを止めた。
「ここを少し登ると、目的地の花畑につく。凛、春都、先に行っててくれないか」
凛と春都は互いに疑問符を浮かべながら、顔を見合わせた。
「同胞お兄ちゃん達はどこに行くの?」
同胞は焦ったように付け加えた。
「俺と愚兄はちょっと野暮用をすましてから向かうから。すぐに追いつくぞ」
同胞の言葉にジト目で凛は同胞を見つめた。同胞は滝汗を流しながら笑顔でそれを受け止める。
「もしかして……お仕事ですか?」
凛の鋭い言葉に同胞は押し黙る。この場合沈黙は肯定を意味する。影炎はため息まじりに答えた。
「今更ごまかしても無駄だろう。俺たちはこの山の洞窟を根城にしている暗殺集団を潰しに行く」
影炎の言葉に、凛は最高に怒った時に見せるどす黒い笑みを浮かべた。
「なるほど……ピクニックは仕事のついでだったんですね」
「いや、違うんだ。凛との約束を破る訳ないじゃないか。ただ断れない筋から依頼が入ってな……ピクニックのついでにちょっと殺って来るだけの簡単な仕事だ」
凛の隣で春都も病んだ笑みを浮かべて立っていた。その禍々しいオーラは凛に匹敵する物だった。
「凛さん一人を待たせるのが嫌だから、私もついでに誘ったんですね。私たちを置き去りにして」
「ああ……二人で先にピクニックを楽しんできてくれ。すぐ追いつくから」
同胞の言葉を聞いても二人の少女のどす黒いオーラは消える事なく、ますますふくれあがっていた。凛はひやりと凍るような言葉を呟く。
「すぐ追いつくぐらい簡単な仕事なら、わたくしが手伝ったらもっと早く終わりますわよね。みんなでさっさと殺って終わらせましょう」
「いいですね、凛さん。私も手伝います」
「嫌……危ないから二人は先に行ってて……」
「「危ないならなおさら同胞さん(お兄ちゃん)と影炎お兄様(お兄ちゃん)二人だけで行かせない」」
同胞は滝汗を流しながら、絶対言う事を聞かなさそうな二人に、渋々ついてくる事を許可した。
山の中の洞窟に暗殺集団のアジトがあった。ひっそりと闇にとけるように同胞が中に入って行こうとした所、女性陣二人が先に飛び込んだ。
「ストライクショット!!」
不意打ちを食らった雑魚達を確実に銃弾で撃墜する凛。
「炸裂陣」
雑魚どもに容赦なく式を放ち、範囲攻撃で数を減らして行く春都。
二人ともあふれかえる殺気を押さえようともせずに、八つ当たりのように攻撃を繰り出す。洞窟内は一瞬にして阿鼻叫喚が鳴り響いた。
「……」
滝汗を流しつつ呆然と同胞がその光景を見ていると、影炎がぽつりと言った。
「やりたいようにやらせておけ。ここでガス抜きしておかないと、後が大変だぞ」
無言で頷いた同胞は、瞬時に笑顔と姿を消した。凛と春都の攻撃からなんとか逃げ出した敵が二人を狙って突進してきたのだ。
同胞は無音で敵の背後に回り込み、剣を振るって一撃で敵の命を刈り取った。
影炎はすっと身を引き、さりげなく凛と春都の側に近づく。
「ここは任せて、お前は好きにしろ」
二人はここにいる敵がただの雑魚に過ぎない事。奥に強力なボスが待ち構えている事を知っていた。
凛と春都を危険に晒したくない。なにより化け物のように敵を切り刻む同胞の姿を二人に見られたくなかった。
「愚兄後は頼んだ」
それだけのやりとりで二人には十分だった。二人の少女達の護衛と監視を影炎が担当し、同胞がボスを倒す。双子だからこその阿吽の呼吸だった。
そして同胞は戦闘が繰り広げられる中を、闇にとけるように消えうせた。
死屍累々という言葉がふさわしいほどの状況の中、二人の少女は笑っていた。ある意味ホラーである。
「お疲れさまでした、春ちゃん」
「いえ、凛さんこそさすがですね」
互いにねぎらい合う義理の姉妹。戦闘後とは思えないほどほのぼのとしたやり取りだった。
「あれ? 同胞さんは?」
戦いに夢中の間は気づかなかった凛だが、戦闘が終わって同胞の姿がない事に気がついた。一瞬不安な表情を浮かべる凛。
そこに闇からぬるりと同胞が登場した。
「おう。凛、春都、無事だったか」
いつも通りの穏やかな笑みに安堵する一同。しかし凛は無表情で同胞に近づくと、いきなり同胞の上着をめくり上げた。大胆な行動に春都は真っ赤になるが、すぐに顔色が真っ青になった。
露出した同胞の脇腹は赤黒く変色し、見るだけで痛々しかった。
「また無茶して……どうして黙ってるんですか」
凛はふくれながら文句を言う。
「心配してくれて、サンキュ。でもこれぐらいすぐ治る」
「でも治るまで痛いのでしょう。わたくしの前でまで、我慢しないで下さい」
そう言いながら凛は同胞に応急手当を施した。完治とまではいかないが、むごたらしい跡がだいぶマシになる。
「凛、サンキュ」
「わたくしにはこれぐらいしか出来ませんから」
「それでも心配してくれて嬉しい」
二人の間に甘い空気が漂う。それを見ていた春都と影炎は気まずそうに目をそらした。
「じゃあ飯食いにいくか」
同胞がそう言うと、影炎は菓子の入った箱を押し付けて、くるっと背をむけた。
「お前達で食べろ。俺は帰る。仕事も終わったしな」
春都も空気を読んだように慌てて言った。
「あっ。私急用を思い出したので、二人っきりでどうぞ」
立ち去ろうとした二人の服の裾を掴んで、遠慮がちに引き止めたの凛だった。
「あの……お二人も一緒に来ていただけたら嬉しいですの」
二人が振り返ると、上目遣いの凛が潤んだ瞳で頬を赤く染めていた。
「同胞さんと二人でピクニックはまた来られます。でもこの4人で……『家族』で来られるのは今日だけかもしれないから……ワガママ言ってごめんなさい」
『家族』と言ったとき、凛ははにかんだように微笑んだ。普段は鈍い同胞も恋人のその微妙な変化は見逃さなかった。
凛に血のつながった家族はもういない。家族の思い出さえも覚えていなかった。同胞は凛が『家族』に人一倍憧れを持っているのを知っている。だから思わず凛を抱き寄せて頭を撫でた。
「皆で行こう。『家族』の思い出はこれから作ればいいんだ。愚兄、春都、俺からも頼む。一緒に来てくれないか?」
恋人同士の二人に引き止められ、何か事情を感じ取った春都と影炎は了承した。
「凛さんとお兄ちゃん達とピクニックなんて嬉しいな♪」
影炎は面倒そうにため息をついて。
「仕方ないな……面倒くさい」
と簡潔に答えた。
色々ハプニングはあったが、この日凛は『家族』の思い出をまた一つ手に入れた。
家に帰った後、記念に取った1枚の写真を凛は大切にアルバムにしまう。まだ空白だらけのアルバムがいつか一杯になる事を願ってアルバムをそっと閉じたのだった。
キャラクターを使わせていただきました3名のプレイヤーの皆さんありがとうございました。