止まった世界の祈り
世界シリーズ本編と「大男が~世界状態」を読んでからのほうが分かりやすいと思います。
「久しぶりです、ジェガスさん」
「ん、お前はカイスだっけか。ずいぶんと大きくなったなぁ、こんにゃろう」
薪が欲しいという老人のために朝から薪を割っていた俺のところに美形の男が現れた。まだ運搬の仕事に就いていたときに会った。確かあのとき、カイスは町で商人として働いていたはずだ。
「おい、仕事はどうしたんだ」
俺の顔が険しかったのだろうか。彼はふふんと笑う。そして今度こそ本当に、俺の顔が険しくなっていく。いったいこいつは何がしたいのか。こんな海の近い村まで来たんだ。それ相応の理由があるはず。
「僕、結婚するんですよ」
しばらく静止して。潮風によって目が痛むのを感じて。やっと瞬きをし。しっかり整理してから。
「……はあ?」
間抜けな声をあげた。
「へえ、で、その御嬢はお前の一番か」
そうですそうです、と声を大きくするカイスを見て、心が冷めていくのを自分で感じた。
「で、それがどうしたんだ」
「え」
この返答を予想していなかったのか、彼は困惑する。ああ、これだ。これが見たかった。
「結婚するから何だ? 俺にいちいち報告して何なんだ? なぜこんなところまで来た? 自慢のつもりなのか? そうだよな、俺は結婚してないもんな。お前みたいにかっこいいわけでもないし。気がつけばおじさんだしな。」
で、お前は何をしたいんだ?
俺の言葉を最後まで聴いて、カイスが眼を鋭くする。起こる。怒る。いったいどうなるだろう。大好きな結婚相手のことを俺に言い聞かせるか。それとも結婚について説くか。いや、ただ罵倒するだけかもしれない。そんなことを考えているとき。
「ふふん」
また、その笑い声が聞こえた。
「やっぱり、そういうこと言うんですね」
顔が笑っている。声も軽やかだ。
「分かってるんですよ、ジェガスさん」
ニヤリ、と。意地の悪いような笑みを見せて。
「あなたは、いつも人を裏切るんです。わざわざ反対の言葉を言って。わざわざ相手を怒らせて。自分から悪になる。ジェガスさん。あなたは天邪鬼です。あなたは――」
――とっても優しい人なんですよ。
これは心の物語。嘘つきは優しすぎた。
彼がいなくなった村で。
両手を組み合わせる。
「カイスと、御嬢に。消えることのない幸福と明日を」
それは、この世界の柱を救った英雄の墓の前でのことだった。
どうか、意味を見つけた彼らを見守って。