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 葬儀の日は、小雨だった。

 優しい音が静かに空気を清めてゆく。


 アルは現れなかった。

 そんな予感もしていた。

 彼の外見は歳を重ねていかないから……自分の姿を公に見せるのも難しいのだろう。

 たった一人。アルについて訊ねてきた人がいた。

 途惑いながら不在を伝えると──そうじゃないかと思ってたと微笑った。

「大丈夫だよ。多分弔問客がめっきり居なくなった頃には戻ってくるだろうから」

 『よろしく伝えてくれ』と言って彼は同じ年代の人達の群れへ去っていった。

 多分若い頃のエミリアとアルを知る人達なのだろう。その背中を見送りながらぼんやりとそう思った。


 遺品は思ったほど多くなかった。

 写真だけが膨大にあって……ほとんどは子供達とうつしたスナップだった。

 ゆっくり整理しながら、1周忌には写ってる人達に渡してあげよう。

 そう思いながら整頓を続けていったとき──1枚の写真に目が止まった。

 若いけどそこはかとなく面影が残ってる……エミリアの若い頃の写真。

 そして──横に並んだ青年の姿は……何となくダグに似ていた。

 写真を裏返す。

 そこには写真の日付と『後輩のパウエル君と』という文字があった。

 もう一度写真をじっと見つめ……その写真を別に分けて、自分の鞄に入れる。

『──俺は、既に天涯孤独なので』

 そう言って、ぎこちなく微笑った顔を思い出す。

 今となっては、真実はわからない。

 ただ、エミリアの横に佇むその青年の姿は──外見以上に彼のあの時の笑顔を彷彿とさせていた。


 それから数ヶ月後。

 私はギルドの看護科に復学して──もう一度、勉強を始めた。


 エミリアのお墓は海の見える小高い霊園の片隅にある。

 その霊園は家からちょっと離れた大きな公園の中にある。

「じゃ、マーティン行ってくるわね。向こうで待ってる」

「あぁ」


 子供の家はまだ続いているけど……もう子供は増えない。

 それぞれの家庭を持つ私達では、これ以上の運営は不可能だった。

 今は当番制で交代しながら食事当番や家事を続けてるけど──今一番小さな子供が卒業したら、あの家は終わり。


 週三日学校に通ってる私はそれ以外の平日が当番。

 そして、週に一度は仕事帰りのマーティンと待ち合わせてエミリアに会いにゆくのが習慣になった。


 ……ちょっと早かったかな。

 そう思いながらも、花を抱えてエミリアの眠る場所へ向かう。


 霊園に入り、丘をちょっと下る。

 エミリアの場所を黙視で確認する──と。

 先客がいる。……あれは。

「……アル!」

 彼はゆっくり、普段とまったく変わりないように微笑みながら振り返った。


「どこに、行ってたの……?」

 芝の生え揃った坂を急いで駆け下りてきた私は、少し息を切らせて訊ねた。

「……思いのほか仕事が立て込んでしまって」

 苦笑いしながら応えるアル。

 芝生の上に座り込んで。どのくらいここにいたんだろう。

 私は持ってきた花を墓前に供え、スカートを気にしながらアルのそばに座り込んだ。

 風が吹いてる。優しく髪を絡めとり、いつのまにか逃げてゆく。

「──いい場所だね」

「うん。ここからだと海も見えるし……みんなすぐ会いにこれるしね」

 鳥の声も聞こえる。心地良い静けさ。

「……葬儀、まかせっきりにしてしまったね。申し訳なかった」

「ううん」

 聞きたい事がたくさんあった。

 けれどきっとそれは──エミリアとアルの中で確立された約束の中の事で……だから、訊かない。

 ただ、一つだけ。

「ねぇ……アルは、人を信じてる?」

 私の問いに、アルが目を丸くする。

「随分唐突だね」

「うん……あのね」

 私はかつてエミリアにした話を、アルに話し始めた。

 ダグの事。ジンジャーのしてくれた説明の事。……そして、マーティンの事。

 アルは処々で相槌をうちながら、最後まで私の話を聞いてくれた。

 話し終わったあと、彼はしばらく考え込んで……応えた。

「でも……もうシズの中じゃ解決はついているんじゃないのかな」

「うん。……私もそう思う」

 だから。欲しいのは──私の背中を押してくれるもの。

「確かに、人間の意志が書き変えられる事──それを知ってしまった事の不安は大きいと思うけど、実はそれは大した事じゃないんだよ」

 大した事じゃ……ない?

「だって、人は自分の都合でいくらでも他の人を裏切る事が可能だから」

 その言葉を自分の中で噛み砕く。

 ──そうか。

 やるかやらないか、は別として……信頼している人間を裏切る事は、人格書き変え云々の前に──容易い事なのだ。

 だとしたら。

「だとしたら……救いはないの?」

 ほぼ反射的に問い返した言葉に──アルが返したのは他愛のない言葉だった。

「……シズは、相手が信じられるから信じるの?」

「え……」

「信じる事は無償のものじゃないのかな」

「……」

「信頼して、相手も自分を信じてくれれば嬉しい。……それでいいと思うよ」

 まるで禅問答のような言葉。けれど。

「まぁゆっくり考えてごらん。単にシズは色々な事が起きて混乱してしまっただけだと思うよ」

「……そうかな」

「うん。シズは人が信じられなくなった訳じゃない。今もこうやって僕に訊ねてくれたでしょ?」

 でも、それは。

 アルならどう考えるのか、知りたかっただけで。

「……ってのが、今考えた僕なりの結論だけど」

 ……

 今、思いっきり気分がずっこけた。

「普段、そう思ってる……って事じゃないの?」

「そんなの考えたくないよ。考える時間は好きなだけあるんだもの、疑いだしたらきりがない」

 ……あぁ。

 そうだ。この人は、既に人の生きる時間の3倍の時を過ごしている。

「実際……もう何回死んだか記憶してないしね」

「アル……死ぬ事も──あるの?」

 苦笑気味に言った言葉に、疑問を口に浮かべる。

「この身体は人間だから、許容量を越えて負担がかかれば死ぬよ。……けれど僕の意思にかかわらず、バックアップされた情報により瞬間にこの身体は再生する。──僕はそういうものなんだ」

 ……だから。いつまでも年老いる事なく、そのままで。

「──それでも、バックアップがいつまでも完全にコピーされつづけるわけではない。何百年かかるかわからないけど、いつかは僕の精神こころも消滅する事ができる」

 まるでそれが救いであるかのように、彼は微笑んだ。


 きっと裏切りも悪意も、人の倍受けとめてきたに違いなかった。

 それでも。この人が人を信じつづけるというのなら。

「シズ!」

 丘の上から声がする。──マーティンだ。

「大丈夫だよシズは。だって『人が信じられなくなった、怖い』と思っても──マーティンや他の人を責めたりはしなかったんだから」

 ちょっと、回り道をしてしまっただけ……それをちょっとずつ埋めていけばいいんだ。

 それが、今の答え。

「……じゃ、そろそろお暇しましょうか」

 アルが立ち上がる。

「……行っちゃうの?」

「うん。約束がまだ残っているから」

 それは、きっと──エミリアと交わした誓い。

「……それじゃ」

「──アル!」

 立ち去ろうとして振り返った背中に……笑顔を見せる。

 きっともうこの人と会う事はなくなるだろう。何となくそう思った。

 だから。

「またね……『お父さん』」

 アルは驚いた顔をして──そして微笑んで、言った。

「うん。──またね」

 そして……その言葉と共に瞬間的に姿を消した。


「なぁ……今の」

 降りてきたマーティンが、信じがたいものを見た、という表情でアルの消えた位置を見てる。

「うん、あたし達の『お父さん』」

「え? でもお前」

 混乱している状態のマーティンを見て、心の中でくすっと笑って。

 御免ね。あとで、ちゃんと話してあげるから。


 空を見上げる。

 エミリアの眠る場所は、変わらず優しい風が吹いていた。

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