サマーズエンド・スキップ
夏がぼんやりと溶けていって、じんわりと身体に沁みていくこの感覚が、僕にとっては、かけがえのないものに感じる。
この夏は僕に、何をもたらしてくれただろう。考えると、それはわたあめのように、一瞬の甘みの後、すぐに消えてしまうようなものかもしれない。だけど僕の身体には、その仄かな甘みが、確実に血液となって循環しているような気がして、僕は思わずスキップをしてしまった。
その日は雨が降っていた。
少し肩が濡れるくらいの、小雨。
しかし憂鬱な感じは無くて、むしろ情緒的な、清々しい雨だと、そう思えることが嬉しかった。
僕は開いた折り畳み傘をちょっと左右に揺らして、小躍りをするように、雨で湿った坂を進んだ。きらきらと、降る雨が一粒一粒、光を帯びているような感じがした。僕は今、この世界で確実に生きているんだと思った。こうやって不器用なスキップを踏んで、地球と呼応している感覚が、僕の心臓を確実に跳ねさせていた。僕の心臓は今、意思を持った生き物のように、ちゃんと動いている。意思を持った僕の一部が意思を持っているなんて、変な言い方だけど、それでも、心と体が時折離れていたあの頃の僕にとっては、そう表現するのが、一番正しいような気がした。僕の心臓。僕の一部が、本当の意味で僕の一部になっていくこの過程を、僕は鮮明に伝えていかなければいけないと思っている。僕は伝えるために、こうやって文章の中でスキップをしている。このスキップに、みんなはどんなBGMを想像するだろう。僕が想像するのは、軽快で美しい、誰かの心にそっと寄り添ってくれるような旋律だった。
僕はちゃんと生きている。
ちゃんと笑えるし、ちゃんと歩けるし、
ちゃんとこの世界に立てているんだーー。
きらきらと、光の中で、舞う。
そんな不器用な僕の姿を、
僕は受け入れることができていた。
深い暗闇の中にいる時は、どうしても周りが見えなくて、全部終わりにしたくなって、自分を傷付けてしまうこともあるだろう。
それでも僕は、誰かの希望になりたい。
この不器用な生き方から、何かを学んで、自分の中に取り入れて、形にして、伝えて、そしてそれを受け取った人が、幸せになって欲しい。
心からそう思う。
だから僕は、夏の終わりにスキップをするんだ。
傘も放り出したっていい。
全身全霊でスキップをして、
楽しくて、笑って、
こんな良いこともあるんだよって、
伝えていきたい。
そのために僕は、これからも生きる。
雨中のスキップは楽しかった。
少し濡れた服も、心地よくて、
洗濯物を回す音が、良いBGMになりそうだ。




