〈9-1〉重なる記憶
マルクシオを発ってからしばらくの時間が経つ。
リゼット達は空の上を飛び続けていた。
「………………」
アーカーシャ教団。
あの街で起きたことが、リゼットは忘れられない。
きっと、他の五人も同じだった。
「ねぇスピカー」
静寂の中、シキがぽつりと声を漏らした。
「お腹空いたぁああああ!!!!!」
シキが腹の音をかき消すかのように、突然大声で叫び出す。
そんなシキを見るや否や
「うるっせぇんだよ!!ちっとは余韻ってもんを知れや!」
ゴツンっ!
「いだいっ!!!!」
と、アルケーの拳がシキの頭上へと落ちる。
「はいはい、二人ともそこまで」
呆れたようにスピカが二人の間へ入り、口を挟んだ。
その光景を見て、ヴェーターが小さく笑った。
「ま、まぁ昨日は何も食べれてなかったからね」
「…………うん」
リゼットも、小さく頷く。
昨夜までいた街で何が起きたのか。 六人とも忘れたわけではない。
それでもリゼット達の旅はまだまだ続いていく。
「スピカさん、次の目的地はどこですか?」
ラミアに聞かれ、スピカは地図を見つめる。
「もう暫く先になるわね。オルド大国を目指すならシャルルマーニュを通るのが最短ルートになるから…」
「リゼットーー!!飛ばしてぇえええ!!!」
「他人に負荷掛けてんじゃねぇバカ!」
ゴツンっ!
「いだっ!!」
再びアルケーの拳がシキの頭上への落ちた。
「……………………わかった」
「お前も潔く了承してんじゃねぇよ!」
そんなシキの言葉に淡々と返すリゼット。
すると彼女は魔法の出力を上げ、飛行速度を加速させた。
「うぉおおおおおお!!速いよぉおおおおお!!!」
「リ、リゼット……ぼ、僕酔いそうなんだけど……」
「リゼットさんってこんなに速く飛べたんですね」
初めての速度に感心する者もいれば、耐えきれず酔う者もいた。
しかし風の音でかき消されていたのか、そのまま六人は速度を落とすことなく、空を駆け抜けていった。
そしてしばらく経ち、小さな森を抜けた先。
「見えたわ」
スピカの声に、五人が一斉に前を向いた。
そこには巨大な街が広がっていた。
高くそびえる時計塔を中心に、数え切れないほどの建物が広がっている。
それはあの大都市ロドモンテに匹敵する程の大きな街だった。
久しく見なかった、生きている街だ。
「街だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
シキの目がキラキラと輝く。
「人がいる!!お店もある!!ご飯もある!!!」
「最後が本命だろお前!」
シキとアルケーのやり取りを横目に、ラミアが小さく笑う。
「はい。賑やかな場所ですね」
「う、うん。人もかなり多そうだなぁ……」
ヴェーターは少しだけ身を縮めた。
そんな五人の前で、スピカは地図を閉じ、街へ視線を向けた。
「ここが、西の大都市シャルルマーニュよ」
ロドモンテとはまた違う雰囲気の街並みに、それぞれが目を輝かせた。
「すっごぉぉぉぉい!!!」
興奮のあまり、シキが走り回る。
「見て見て!あれ何!?食べ物!?ねぇ食べ物だよね!?」
「……………………多分」
「買ってくる!!!」
「待ちなさい。先に宿を……」
と、スピカが言い終えるより早くシキは人混みの中へ消えていった。
残された五人が、その背中を見送る。
「あいつ置いてくか?」
アルケーが呆れた顔でリゼット達に問う。
「賛成ね」
「…………うん」
「シキさんなら大丈夫だと思います」
「じゃ、じゃあ僕も……」
五人はシキなら勝手に何とかなるだろうと思い、それぞれで行動することにした。
「私は宿を取りに行くわ。リゼットとヴェーターとラミアはそれぞれの時間を満喫してちょうだい」
スピカはそう言うと、次はアルケーへと視線を向ける。
「それと、アルケー?」
リゼット達へ向けていた笑顔はそのままに、どこか怒りに満ちた雰囲気を放つ。
「な、なんだよ急に…」
「あのバカを見つけたらその面に百発ぶち込んでから私の元へ連れてきて頂戴??見つかるまで宿に入ることを禁ずるわ」
「あ、は、はいわかりました……」
ひしひしと伝わる彼女の怒りに、流石にアルケーも恐怖で肩が震え上がっていた。
その場を逃げるように去っていくリゼット達。
何も悪いことをしていないのに、何故か自分達までが巻き添えをくらいそうになる予感がし、三人は固まって動くことにした。
「あなた達?夜までにここに来なかったらわかってるわね?」
そんな三人を逃がさんとするスピカの声に、小さく肩を震わせる。
「……………………うん」
「も、もちろんだよ……」
「わかりました、絶対の絶対に生きて帰ってきます」
そんな彼女から発せられた声にビクビクしながら、三人は街の中へと消えていった。
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「リゼットさん、ヴェーターさん、あそこ行きませんか?」
「クレープかぁ、久しぶりに食べるな……」
「……………………いいよ」
リゼット達は三人で店を回る。
食べ歩きしたり、ドールショップに行ったり、アクセサリーを買ったりと、シャルルマーニュの街を思い切り楽しんでいた。
暫く来ることのなかった街並みに、どこか懐かしさを感じつつも三人はこの街を巡った。
スピカへの恐怖心を忘れられないまま。
一方
「だぁあああ!なんっで俺がこんな目に遭わなきゃ行けねぇんだよ!!!あのバカぜってぇぶっ殺す!!!!」
アルケーは観光どころではなかった。
必死に街の中を駆け回り、シキの姿を探し回った。
しかし、こんな広大な大都市では例えアルケーだったとしても一日で探し出すのは至難の業だった。
「バカシキぃいいいい!どこ行ったぁあああ!!!」
アルケーは叫びながら街のあちこちを走り続ける。
まるでスピカの恐怖から逃げるように。
そしてスピカはというと……
「宿はこれで大丈夫そうね。さて、私もシキを探すとしようかしら」
宿を取り終えたスピカは、小さく微笑みながら外へと出た。
広大な街の中、そっと瞳を閉じて考える。
シキのこれまでの行動パターンや手を引っ張ってきた場所。
そこから彼女の場所を推測し、そして
「見・つ・け・た」
と、静かな笑顔で街の中を歩き出した。
彼女はシキのいそうな場所を特定し、ただ歩き続ける。
「あら?」
その中である奇妙な光景に出会った。
路地裏の暗く狭い場所。そこで小さな子供がゴミを漁っている。
顔には酷い傷跡があり、見るからにみすぼらしい格好をしていた。
「…………」
スピカは少し考えたあと、その少女に声をかけた。
「こんにちは」
「ひっ!!」
少女は怯えた様子でスピカを見つめる。
今のスピカは純粋な笑顔を向けており、怒りの感情はどこにも無い。
しかし、その少女は彼女を見て小さく体を震わせていた。
その姿を見た瞬間、スピカの表情が僅かに固まった。
汚れた服、傷だらけの顔。
ゴミの中から食べられるものを探す、小さな手。
スピカは誰よりもこの光景を知っていた。
まだ夜空を見上げることも知らなかった頃の記憶が蘇る。
(もしかして、あなたも……)
「お父さんとお母さんは?」
少女は横に首を振る。
「家族はいないの?」
そう言うと、少女は涙を堪えながら小さく首を縦に振る。
「そう…………」
スピカはほんの少しだけ俯いた。
「私と、同じね」
「えっ……?」
スピカは少女に手を差し伸べる。
「大丈夫よ、私はあなたを助けたいだけだから」
少女は差し伸べられた手を見つめた。
その手は、ほんの僅かに震えていた。




