〈8-2〉正義の炎
三ヶ月前。
マルクシオは魔法の栄える小さな街だった。
街の通りにはいくつもの店が並び、子供の無邪気な声や大人の静かな足音が鳴る。
そこに、一人の男性の声が響く。
「私はアーカーシャ教団の者です」
その言葉に、人々が反応した。
「アーカーシャ教団だって!!」
「嘘!?アーカーシャ教団!?」
この街の人々には信仰するものが存在した。
それが、アーカーシャ教団である。
マルクシオの人々はアーカーシャ教団を『魔法による差別を無くし、皆が平等に魔法を使える平和な世界』を目指す組織だと信じていた。
人々はそれを心から願い、そしてその夢を叶えてもらおうと懇願していた。
それが、大きな間違いであると気付くまでは。
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「さて、わしゃちょっと出かけてくるわい」
「行ってらっしゃい」
「おじいちゃん行ってらっしゃーい!!」
町外れの一軒家に住む老人には家族がいた。
一人娘と、その孫の小さな少年である。
老人の家族もまた、アーカーシャ教団を信仰していた。
「さて、私達は集まりに行きましょ」
「うん!」
二人は家を出て、大広間へと向かった。
この街の、この世界の希望を夢に、二人は家を駆け出していく。
そして
大広間に辿り着いた二人は、期待に胸を膨らませて人混みの後ろの方に立つ。
「ママ、あの人達も教団の人?」
前には何十人もの白いコートで身を包み、フードで顔を隠した人達がいた。
少年が母親の服の裾を掴み、広間の端に立つ者達を指差す。
「きっとそうよ」
母親もまた、少年に微笑み返した。
辺りを見渡してると、やがて演説者の男がその姿を表した。
白い服装は変わらないが、彼は一際目立つ格好をしており、この教団数十名の団員を率いている者だと一目でわかる。
彼は真紅色の髪を軽くかき上げた後、そこに集まった人々を見回した。
「来たわ!」
「一体どんなこと話すんだろう……!!」
期待に満ちた声で溢れる。
彼らにとってアーカーシャ教団は信頼する神のような存在。
自分達と同じ夢を持ち、それを叶えるために戦ってくれている者達なのだから。
ざわついていた人々の声が少しずつ小さくなっていく。
男は集まった人々を見渡すと、穏やかな笑みを浮かべた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
淡々と放たれるその声に、人々は輝く瞳で男へと視線を向けた。
「我々アーカーシャ教団は、これまで魔法による差別のない世界を目指して活動を続けて参りました」
その言葉に皆が大きく頷いた。
そんな人々を見渡し、男は言葉を続ける。
「人々が皆、生まれながらにして平等に、平和に生きられるように。我々アーカーシャ教団の活動を、全面的に協力して欲しいと私は考えています」
その言葉に一人の女性の声を上げる。
「もちろん!何でもいたします!」
一人の女性の声に、街の人々は次々と声を上げ始める。
「俺も!」
「アタシにも協力させて!」
「なんだってやってやるさ!」
少年も嬉しそうに声を上げる。
「はい!僕もやります!!」
母親もまた、その隣で微笑んでいた。
男は深々と頭を下げる。
「心より、感謝申し上げます」
暫くすると、男が顔を上げた。
彼の口角が不気味に上がる。
「それでは、始めていきましょう」
その言葉で、教団の一員の一人が雷魔法を数人へ向け放つ。
その瞬間、一斉に拍手が止まった。
「…………え?」
誰かの声が、小さく漏れた。
男が右手を上げる。
それを合図に、広間を取り囲んでいた教団員達が一斉に前へ出た。
「ま、ママ……」
「ちょっと待って、どういうことなの……」
突然の出来事に街の人々が混乱する。
「言ったでしょう?協力してもらいたいと。魔法による差別を無くすためには、魔法そのものを無くすことが一番であると考えてます」
その言葉に、人々は事の重大さをようやく理解した。
自分達がこれまで信仰してきたアーカーシャ教団。それはただの善の組織なんかじゃなく、過激な思想を持った組織であると。
何も知らずに神のように崇めていた教団の正体は、まるで悪魔のような存在であったと。
「一人残らず、殲滅させなさい」
男が指示を出すと、教団の一員が一斉に魔法を放ち始める。
「きゃぁあああ!!」
「逃げるんだ!とにかく逃げるんだよ!!!」
先程の期待の声とは裏腹に、ただ悲痛な叫びと悲鳴が街に響き渡る。
教団の魔の手は容赦なく街を飲み込んだ。
街が次々と破壊され、人々は無慈悲に殺されていく。
「ママ!」
「逃げるんだよ!!」
少年は母親に連れられ、自分の家へと走った。
息が絶える程に必死に。
しかし
「まだこんなところに人がいたのか」
「うそ…でしょ………」
逃げ切ったと思った矢先、奥から顔を出したのはあの男だった。
その顔はまるで、悪魔が嘲笑うかのように見えていた。
「アーカーシャ教団は魔法の差別を無くす組織じゃないの!?私達を救ってくれる為にあるんじゃないの!?なのにどうして、どうしてこんなことを!!」
「魔法による差別を無くす。あぁそうとも、アーカーシャ教団はその為に動いてきた。今だってそうだ、魔法さえなければ差別なんて無い。我々の目的に何一つ曇りなんてないのだよ」
男はそう言うと二人に向けてその手を向ける。
「ママ……」
「っ!!」
少年は母親に抱きつき、怯えていた。
母親は子供だけでも守ろうと、小さな魔法を放つ。
しかし、少し弾けば砕けてしまいそうな氷がその男を狙ったところで、それは無慈悲にもいとも簡単に砕かれてしまう。
「坊や」
「なに……」
男の声に、少年は恐る恐る返事をする。
「君も協力するって言ってくれたね?ありがとう、君のおかげで、この世界はまた一つ平和になるんだよ」
少年は肩を震わせた。
あの時出したあの言葉が、今は後悔してもし切れない程に悔しかった。
あんなこと、最初から言わなければ良かった。
アーカーシャ教団なんて、最初から信じなければよかった。
そんな苦痛に耐えきれず、少年はボロボロと涙を零す。
「悪魔よ!あなた達は神なんかじゃない!悪魔よ!!!」
「悪魔?悪魔ね……。それは、この世界を見て見ぬふりしてきた君たちじゃないのか?」
「っ……!!」
男の魔の手が二人に襲いかかる。
母親は必死に抗った。けれど、その抵抗も虚しく二人は炎に包み込まれる。
「ママ!ママ!!!!」
少年の悲痛な叫びが炎の中から聞こえる。
「ごめんね…ごめんね………」
小さく聞こえる母親の声。そんな二人の声は次第に次第に聞こえなくなっていった。
炎によって家は焼け、声と共に崩れていく。
「素敵だ、素敵だ、なんて素敵なんだ。あぁ、正義の炎はどこまでも美しい。けれど、それ以上に美しいよ、君たちの心は………」
男の見つめる先には、黒焦げになった二人の遺体があった。
二人は最後の最後まで抱き合っており、母親が必死に子供を守ろうとしていたのが伺える。
その光景に男は暫く感動したあと
「来世はきっと、魔法の無い世界で楽しく生きられるさ」
と、二人の遺体を背にその場を去って行った
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「なんじゃ……これ………は……」
夜。
老人がマルクシオに帰った後、そこには凄惨な光景が広がっていた。
家々は崩壊し、辺りには無数の死体が転がっている。
「まだ生き残りがいたか」
「いや、あいつはいい。どうせ何も出来ないジジイだ、そのうち死ぬ」
老人の姿を見つけ、魔法を放とうとする教団の一人。
だが彼は年老いている為に何もできることは無いと判断し、攻撃をやめた。
「お前さん達は……まさか………」
「アーカーシャ教団、と名乗ったところでどうせ忘れちまうだろ。まぁ、死ぬ前に見れてよかったな。教団の活動を」
老人が全ての過ちに気がついた時には遅かった。
それから何日も何日も、贖罪を果たすかのように街の人々を運んでは墓を作り、そして最後に家へと戻る。
丸焦げになった家族の遺体を見つめ、ただ静かに崩れ落ちた。
声も、涙も、何も出せなかった。
ただ二人に手を合わせ、静かに祈りを捧げた。
「ワシも…ワシもそっちに行くからの………」
彼は生き残ってしまったことをただただ悔いた。
「すまんの…すまんの…………苦しい思いさせて、すまんの………」
二人の遺体を抱きしめながら、ただひたすらに謝り続ける。
それから老人は何度も死のうと試みたが、死ぬことは出来なかった。
魔法もろくに出せず、なにより死を目の前にすると恐怖で足がすくんでしまった。
老人はずっと待つことを選んだ。誰かに殺してもらうことを願って。




