2.幽霊女子との対話
「美世〜? どないしたん? すっごい悲鳴が聞こえたんやけど〜?」
お、お母さんの声だ。下の階から聞こえて来る。帰って来たんだ。いや、民宿だから普通に同じ建物の中なんだけど。
「お、おかえり〜! あ、虫が出ただけやから〜!」
「虫? そうなん? 早う寝なよ〜? 今日もお疲れ様。ありがとうね〜美世」
「はーい」
ウチは民宿旅館だし……。幽霊が出たなんて言ったら、大騒ぎになる。客商売だし、お祓いやら何やらかんやらで……ハァ。前にも一回あった。お母さんも心配するし。
私は暗がりの中。部屋に一人……。お母さんの声のおかげで金縛りが解けた。目は閉じたまま、お布団の中から返事をした。
気配がない──。
さっきの人影みたいな幽霊みたいな何かって、何だったんだろうか。私は目を擦りつつも暗闇の中でモソリと、お布団から起き上がった。和式の照明の紐を二回引っ張って電気をつけた。
(カッチ……カッチ)
「あ、あの……虫じゃないですよ?」
「……」
「あ、あの、虫じゃなくて……」
「わっ!! で、出たぁっ!! い、居る居る居る!! やっぱり、居るっ?!!」
え? 明らかに人が居る? それも目の前に。けれど、人じゃない?
存在が朧気だ。なのに、輪郭が鮮明だ。けれども、立体感がない。夢か何かを見ているような? 映像か何かの映画の中に居るみたいな? その虹色っぽい薄っすら輝いてるオーラみたいなのは何ですか?
「あ、あの……一人で夜の浜辺を彷徨っていましたら、お一人で居る貴方様をみつけてしまって……つい」
「しゃ、喋った……。う、うわわ。あ、あの、ど、どちら様でしょうか?」
なんで? 明らかに変。なんで? 明らかに、おかしい。なんで? 私も私で、なんで会話──?
〝?〟のマークと〝なんで?〟が頭の中を飛び交い混乱させる。私の視線を釘付けにさせる恐怖が、目を見開かせたまま喉をつまらせる。この世のモノじゃないって本能的に悟る。意外にも腰が抜けてない。ヤバい。見てはいけないモノを見てしまっている気がする。
「よ、夜風に吹かれながら、夜の砂浜を全力で走るのって気持ちが良いですよね。な、何だか昔を思い出してしまって……本気になっちゃって」
「い、いや、あ、あの……だから、お、お引き取り願えますか? そ、それとも、家の呪いとか因縁とか? ま、まさかのご先祖様でしょうか?」
て、照れてる? いやいやいや! ど、何処かの学校の制服ですか、それ? 黒髪ロングって、明らかに定番ですよ? ……その容姿。
私は、驚きつつも冷静さを保つのに必死だった。警察とか頭の中をよぎったけれど、人じゃない人に明らかに頭の中が『無効』って叫ぶ。
「消えろ……と?」
私を見つめるその子。視線が冷たい。また金縛り──?
立ったまま身動きが出来ない。私の目の前に、音もなくスーッと近づくその子。その子が私に手を伸ばすと、ヒタっと……冷たい手の感覚が私の喉もとに触れた。
「キャーッ!! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくないっ!!」
「あ、あの……苦しい」
「え?」
気がつくと──。私は、その子の首を掴んでいた。苦しそうに藻掻く、その子の声。ハッとした。私は震えながら……その子の首から手を解いた。
「す、すみません。消えろと仰ったので、ハァハァ……。つ、つい、最期に生きている実感が欲しくて。貴方様の頸動脈に触れてしまって……。ごめんなさい!! けど、触れられた。嬉しい。人肌って、こんなに温かかったんですね?」
な、何?! け、頸動脈っ?! ……ゾッとした。
消えろとは、私は言ってない──。けど、心の中でハッキリと、そう……言ったのかも知れない。
でも、え? 今、私、幽霊に触れた? いや、そもそも幽霊じゃない? やっぱり、人? なんか笑ってません? 何、その笑顔……。いや、そもそも最期に生きている実感が欲しいとか……何なん? その理由──。
なんとか平静を装いつつも、頭の中を整理しようとしてみたけれど、状況が上手く呑み込めない。理解の範疇を超えている。頭の中が真っ白だ。思考が追いつかない。目の前に居るのは誰だ。
「お、女の子?」
「はい」
「と、年は?」
「十七歳です」
「彼氏は?」
「い、居ないです……」
「や、やっぱり、幽霊?」
「? 気づけば、こうなってました」
目が点だ。目が点。どうしたら良い? この状況。目の前に変な女の子が居る。私と同い年の。見た目は可愛いのに。幽霊か人間か……どっちか分からない。いや、どう見たって……幽霊?
「ん~。何処から来たの? 人だよね? 幽霊とは違うんやんな?」
「ゆ、幽霊……って? わ、私、や、やっぱり死んでしまったんでしょうかっ?! ううっ……ウワァーッ!!」
「いや、ちょ、ちょっと! あぁ、もう、ハンカチかタオルって、あ、ティッシュ! ティッシュって……」
なんか、めっちゃ泣いてる。自覚無かったんかなぁ。死んでもたんなら、無になるとか生まれ変わるとか……四十九日はこの世を彷徨うとか言うけど。
ハンカチもタオルもティッシュも手元にない。取りに行こうとするよりも、なんかこの子の傍に居る方が良い気がした。また居なくなって彷徨いでもしたら、この子は長いこと苦しむんだろうなって思った。何だかな……。なんでかは分からないけれど、何か悲しい。嫌だ。
この子の気持ちなのか、死にたくないって気持ちが……私の中に入って来る。ど、どないしよ……? どないしたら、ええんやろ──。
「あ、あの……」
「え? あ、はい?」
アカン……。受け入れてまうんや、私。この子のこと。なんか、よせば良いのに……ほっとけないと言うか、母性みたいなのが湧き出てしまっている。
この子の瞳──、親鳥を見つめる雛鳥のような? めっちゃ、私のこと見つめてる……。
子を想う気持ち? 違う、違うっ!! なんか、私、誤解してる? 自分に酔ってる? 自己陶酔? 何なん、この気持ち──。
「あ、あの……お、お願いします!! め、迷惑じゃなければ傍に居させてもらっても……い、良いでしょうか」
ど、土下座──?! そんなんまでして、私の傍に居りたいん? 幽霊やのに? 幽霊やんな? あ、幽霊やから? でも……。
「迷惑? ウチの旅館、一泊二食付きで一万円以上するんやけど? あ、アンタに払える?」
「あ、あの……お、お金は……持って無いです」
「ハァ……。無一文? 仕方がない。けど、なに? 行く宛がないの? だったら──」
「い、良いんですかっ?! わ、私、何でもやります!! わ、私が出来ることでしたら!! なんでも!!」
「い、いや……と、取り敢えず、一緒に……寝る? お、お布団、狭いけど」
「やっぱり、良い人なんですねっ!! 私、初めて見た時から、ついていきたいなって想ってしまって……貴方に」
うぅっ……。なんか、コワい。やっぱり、ゾッとする。けど、そうは言っても。何だかな……。
取り敢えず、名前も知らないこの子は、幽霊だか何だか知らないけれど──。深く考えずに私は、やり過ごそうとした。
今日は、もう遅い。
気にはなるけど、何とか寝ようと思う。
この時ばかりは、これから何が起きるかなんて……考える余裕すら無かった。
明日から新学期。学校が始まるから……。




