13.大樹──②
(あれ? 美世と藤堂さん……。はぐれたのかな──)
時々、後ろを振り返っては、藤堂さんと美世が居たのを確認していた。けれど、さっきから見当たらない。後からついて来るだろうって思ってたのに。
「大樹君、どうしたの?」
「いや、美世と藤堂さんが……」
「? あれ、本当だ。居ない? どうしたのかな」
「ちょっと、探して来る」
少し先に居た悠真を斉明寺さんに呼び止めるように頼んで、桜の花びらが舞う中を急いで戻る。展望台への矢印の看板を逆方向に通り過ぎる。斉明寺さんには悠真と、この看板の辺りで待つように言ってある。携帯を鳴らせば良かったことに、後から気づいた。
(ルルル……トゥルルルル)
駄目だ。二人とも携帯に出ない。この人混み、お祭りの音響とか話し声……。騒然とした賑やかさの中、誰もが咲き乱れる桜の美しさに見惚れてて、浮ついている。
「これじゃ、携帯鳴らしても気づかないよな……」
けど、そう遠く無いはず。まだ藤堂さんと美世が僕らと……はぐれてから時間が経ってない。きっと、直ぐに見つかる。何処か、屋台とかお祭りの広場とか、別方向に行っていなければ──。
「そ、それって、どういうことなのかな……美世? まだ思考が追いつかないんだけど」
「い、いや、これ以上、説明の仕様がないんやけどな。ごめん。陽菜にもミサキが視えたら良かったんやけど……」
声──? 人混みと誰かの話し声、お祭りの喧噪で桜の花びらが舞う中、確かに一瞬だけど藤堂さんと美世の話し声が聞こえた気がした。
(何処かに居るはず……。確かに藤堂さんと美世の声が)
大勢の人たちと桜が入り乱れる中、単純に来た道を戻って来ただけなのに。見当たらない。
「嘘だろ? いや、確かに、こっちから声が……」
ふと視線を視界の端にずらすと、大勢の桜の花見の見物客に紛れるようにして……二人が立って何かを話している姿が見えた。思いのほか、近くに居た。
「あ、藤堂さん、美世……」
二人に声を掛けて近づく。人混みを縫うようにして。ようやく二人の傍まで行くと、藤堂さんが何か信じられないものを見たかのように、僕に振り向いた。美世が静かに僕を見て居た。
「た、大樹?! あ、ごめん、気がつかなくって……。な、凪と悠真君は?!」
「藤堂さん? 美世……何か、あった? 斉明寺さんと悠真は、先の展望台の看板の近くで待たせてるよ」
「……」
驚いて僕に話す藤堂さんを他所に、美世は黙っていた。二人に何かあったんだろうか。ふと、藤堂さんと美世が立って居る二人の間に手を伸ばすと──、何かが指の先に触れた気がした。
「え?」
何かが手に当たった感触──。人? 誰も居ないのに。空気の塊? 髪の毛……?
慌てて驚いて、手を引っ込めると、黙って居た美世が口を開いた。
「あのさ。大樹……この際ついでやから話すけど。ビックリせんといてな? 陽菜には言うたんやけど。私な……」
そう話し始めた美世を藤堂さんがジッと見つめていて、僕も美世から視線を外すことが出来なかった。
「ユーレイとかって、信じる? 大樹、ほら、大樹ん家の神社でお祓いとかするやん? 大樹も、その……やっぱり視えへんやんな? 教室でも私からは何も感じないって言ってたし」
美世がモジモジしながら俯いては、言葉を詰まらせている。こういう時って、美世は決まって何か大事なことを言おうとして途中で止めてしまう。やっぱり、やめとく……とか言って。けど、ユーレイって?
「何? 大事なこと……話してよ。美世……ユーレイでも何でも、信じるから」
風に乗った桜の花びらが、何もなかったかのように藤堂さんと美世の間にヒラヒラと舞い降りた。
何もない空間──。指の先に触れた人のような感触。美世が言う〝ユーレイ〟って言葉にゴクリと息を呑んだ。
「あの……。こう言ったら変かもやけど。取り憑かれてるって言うか、ついて来るって言うか。なんか友だち?みたいなユーレイって言うか。害はまったく無いんやけど」
ユーレイ──。美世がチラッと僕を見ては、気まずそうにして居る。藤堂さんも、まるで金縛りにでも遭ったかのように美世を見つめたまま動かない。
──母さん。もしかしたら、美世が言うように、僕の傍に死んだはずの母さんが居てくれたりするんだろうか。……一瞬、そんなことが頭をよぎった。
「ユーレイ……。美世、信じるよ。きっと、母さんも」
僕が、そう言った時──。ブワッと風が吹いて、沢山の桜の花びらが舞った。騒々しいはずの賑やかなお祭りの会場に居るはずなのに……音の無い世界のように、静かだった。
「ね、ねぇ? 美世? そ、そのユーレイさんだっけか? 名前、ミサキ……って言うんだよね? 女の子?……なんだよね? 私たちと同い年くらいの」
「うん……」
ミサキ。母さんの名前じゃない。もしかしたらって、期待していた。あり得ないのに。もしかしたらって、美世には僕の母さんが視えてたりするんじゃないかって。心の何処かで想ってしまっていた。けど……。
「分かった。信じるよ、美世。ミサキさん……で良いのかな? 初めまして、春風大樹です。よろしくお願いします」
ありきたりな言葉──。だけど、僕は……美世と藤堂さんが立って居る、二人の間の何もない空間へと頭を下げた。神主の父さんみたいにユーレイとか視える訳じゃないけど。信じたかった。母さんが僕を見守ってくれて居るって……そう言って居た父さんの言葉と、今の美世の言葉を。
「う、うわぁ?!」
「え?」
藤堂さんが急に驚いて、一歩……後退りした。藤堂さんがサックスの入ったリュックを背負ったまま転ばないか、一瞬、ヒヤッとした。
「み、美世の黒い影が、すんごい……う、動いた! お、お辞儀した! あ、み、ミサキさん……だったよね?! ハハ……アハハ」
動いた? 黒い影? そう言えば、教室で藤堂さんは、美世には黒い影がついているように視えるとかって言っていた。斉明寺さんは、声が聴こえたとかって言っていたけど。
「うん……。ミサキ、喜んでる。存在が認められたーって。あ、大樹? 私のこと、変な目で見んといてな? 陽菜もやけど。本当に、本当に、ミサキ……居るから。ユーレイやけど、信じて欲しい」
俄には信じ難かった。僕には、何も視えないし聴こえない。けど、目の前で起きている藤堂さんと僕を巻き込んだ現象──。
美世が隠していた事実を打ち明けている。嘘だとは思えない。きっと、本当なんだ。こうなった以上、性格的に美世は誤魔化したりなんかしない。昔から。
しばらく、藤堂さんと美世の立って居る間の……何もない空間を見つめて居たけど。何の変哲もない。だけど、もう一度そこへ手を伸ばそうとすると──、本当に何かに触れてしまいそうで、やっぱり怖かった。
「おーいっ! 大樹ーっ!! あ、藤堂さん! 新浜さん!」
振り返ると、悠真が走って来てて、その後ろを遠くからゆっくりと歩いて来る斉明寺さんの姿が見えた。
「ハァハァ……。もう、何処行ったのか心配したよぉ? まぁ、先に歩いて行ってしまった僕が悪いよね? ごめん。あんまりにも、桜が綺麗だったもんだから」
「別に良いよ。はぐれないように、展望台の看板のところで待つように……まぁ、良いか。皆が合流出来て」
こう言う時って、悠真は動く。言ってもジッとしてられない。分かってた。後から来た斉明寺さんの様子を見れば、なおさら。
「悠真君、言っても聞かないんだから! あ、陽菜! 美世! 良かったぁ。二人とも無事で。まぁ、心配ないとは思ってたけど?」
ふと、ポケットの中の携帯を手に取って見ると、沢山の着信履歴が確認できた。悠真と斉明寺さんからの。やっぱり、聴こえてなかった。このお祭りの賑やかさは……相当なもんだった。
(ザワザワ……ザワザワ)
「あ、あのぉ……わ、私の方こそ、ご、ごめん」
言葉を詰まらせた美世が、またモジモジして地面を見つめて俯いている。あぁ、そうか。僕と藤堂さんに説明したことを、また一から説明し直さなきゃいけない。面倒なのと、申し訳ないのと……そんなところかな? 美世……。
「あ、いや、美世と僕と藤堂さんに……ちょっとした出来事があったんだけど」
キョトンとして僕らを見つめて居る斉明寺さんと悠真。こう言うことは、美世から言うより、第三者の僕から伝える方が信憑性が高まる。そう想ってたんだけど……。
「あ、あのさ? き、聞いてくれる? 凪、悠真君……実はさ。教室でも話したんだけど、その……美世は変じゃなかったよ? ま、まぁ、アレだね? 信じるかどうかは別にして。う〜ん、やっぱり信じて欲しいかな?」
僕の心配を他所に、藤堂さんが慌てながらも丁寧に二人に説明してくれた。こういう時って、藤堂さんは頼りになる。勢いがあると言うか、何と言うか……。怪談話の話し手になる才能がある。迫力があって、真に迫っていて。まるで藤堂さんが奏でるサックスの音のように。偽りがない。
「え、えぇーっ?! や、やっぱり……そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、僕らの傍に居た時って、新浜さんの傍には、片時も離れずに一緒に……」
「そっか。やっぱり。あの時に聴こえてた声って、やっぱり……。ふぅん? なるほど。私は信じるかな? 美世も、そのミサキって女の子のことも」
(ザワザワ……ザワザワ)
賑やかな人通り──。沢山の花見に来た人たちが、僕ら五人の傍を通り過ぎて行く。いや、美世が言うならユーレイのミサキさんを含めて六人……居る。
「うん。よろしくね? ミサキさん? ふふ……」
「えっ?! や、やっぱり声とか聞こえちゃうのっ?! 斉明寺さん?!」
「まぁ、ヘッドホンとかイヤホン着けてる時みたいな? ハッキリ聴こえたり、そうじゃなかったり? なんとなくだけど。慣れないと、ちょっと驚く感じかな?」
「へ、へぇ……」
斉明寺さんには、どうやら本当に声が聴こえるらしい。けど、ご祈祷の時や神社に居た時は、何とも無かったんだろうか。僕や悠真と、一緒に居たけど。
悠真が苦笑いを浮かべている。何気なく前髪を掻き上げては居るけど、焦っているのか、落ち着きがないような……。
(斉明寺さんは声。藤堂さんは黒い影。美世には全部が視えてる。僕は、たった一度だけ指先に触れた感覚がした? 悠真には今のところ何も無い──)
不思議な現象──。けど……。何だろう。心の中にあった、わだかまりと言うか、変な気分が少しだけ晴れた気がした。いつもの美世とは違う、よそよそしい空気。皆とは一歩離れて居た美世の空気が、少しだけ優しくなった気がした。
「もしかして……ずっと悩んでた? 美世?」
「えっ?! た、大樹っ?! い、いや、そ、そういう訳じゃないけど……ち、近いよ」
「?」
僕が美世の顔を覗き込むと、よくは分からないけど、美世が恥ずかしそうに俯いていた。ふと、背中に視線を感じて振り返ると──、斉明寺さんも藤堂さんも悠真も……なんだか僕と美世の顔をジッと見つめて居た。やっぱり、ユーレイのミサキさんのことかな? 僕には何も視えないし聴こえないけど。いつも通りと言えば、いつも通り美世に接して居るだけなのに。
「か、影……が、い、いや、大樹と美世とが……違う、み、ミサキさんが、すっごくグルグル動き回って居るのが、み、視えるんだけど……。な、なんで?!」
「んん? ワーッ? キャーッ? すっごく明るい声が……聴こえる? ミサキさんの声……。 喜んでる? ……あ、ダメだよ、大樹君! 美世が近いって言ってるよ?!」
「ぼ、僕には、何にも……。ち、近いけど、ほら? た、大樹って、割と人との距離感、ち、近い方だから! む、無意識かもだけど。い、いつも通りなんじゃない?!」
悠真が、そう言うと──。何故か、妙に斉明寺さんと藤堂さんが、顔を見合わせて納得した様子で頷いていた。
……近いかな? そんなに? 美世との距離感──。心配して美世の顔……覗き込んだだけだけど。
(〝ザ・音大ズ〟……か。別に僕の進路、決まった訳じゃないけど。なんだか、急に賑やかになって来たな。この岬さくら祭りみたいに。あ、ミサキさんって、同じ名前だ。このお祭りの名前と……一緒だ)
正直に言うと、音楽家になる道のりは厳しいし険しい。それは、誰もが分かってる。生半可な気持ちじゃ出来ない。一生、報われないかも知れない。それでも僕には、やって行く覚悟や自信があるんだろうか。皆は、どう想って居るんだろうか……。それより──。
「あ、ま、まぁ、良いんじゃない? ほ、ほら、ミサキさんも喜んで居る訳だしさ? ね? 凪? 美世も言いにくいこと、打ち明けてくれた訳だしさ?」
「まぁ、それは、そうだよね? ちょっと、美世と大樹君との距離感が近かったけど……」
美世は、何て想って居るんだろうか。これからのこと……僕や美世自身のこと。
本当は、美世と二人で行くはずだった岬さくら祭り。砂浜で美世が僕に叫んでくれた……忘れかけていた幼い頃に抱いていた夢。何て想って居るんだろうか。美世は……何て、想って居るんだろうか。
僕は顔を上げて……春風の吹く、この青い空を見つめた。沢山の桜の花びらが、ヒラヒラと──、何処かへ行くとも知れずに、青空の中を舞っていた。




